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第38話「文通禁止命令」

◆ 更新スケジュール ◆


この作品は、平日は毎日21時、土日祝は8時と21時に更新しています。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマで応援していただけると励みになります。

塔が世界から消えて一週間。

私の生活は、相変わらずアルフォンスに管理されるだけの、怠惰で甘美な日々だった。

だが、人間(魔女)というのは贅沢なもので、

衣食住が満たされると、次に欲しくなるのは「他者との繋がり」なのだ。


「……暇だ」


私は研究室のデスクで頬杖をついた。

アルフォンスは優秀な話し相手だが、彼との会話は常に「私の体調管理」か「彼自身の愛の告白」に帰結する。 たまには、もっとこう、魔女らしい世間話がしたい。


「そうだ、メリンダに連絡しよう」


思い出したのは、かつての魔女仲間である薬草オタクのメリンダだ。 彼女とは数年に一度、手紙や魔法通信で生存確認をし合う仲だ。

塔は異界にあるが、魔力波を使った通信なら届くはずだ。


私はデスクの引き出しから、通信用の魔道具「遠見の水晶」を取り出した。


「えーと、周波数を合わせて……」


水晶に手をかざし、魔力を注ぎ込む。

ブゥン……。

水晶が淡く発光し、ノイズ交じりの映像が浮かび上がろうとする。


『……もしもし? エルカ? 珍しいじゃない、あんたからかけてく……』


「あ、メリンダ! 久しぶり! 実は今、すごいことになってて……」


私が身を乗り出した、その瞬間だった。


パチンッ。


乾いた音がして、水晶の光が唐突に消えた。

映像も、メリンダの声も、プツリと途絶える。


「……え? 故障?」


私は水晶を叩いた。反応がない。

魔力回路が強制的に切断されている。


「故障ではありません。回線を切ったのです」


背後から、冷ややかな声が降ってきた。

振り返ると、銀のトレイを手にしたアルフォンスが立っていた。 その手には、配線を切断するための魔力ハサミが握られている。


「……アルフォンス? 何するのよ!」


「それはこちらの台詞です」


彼はハサミを置き、ハンカチで指先を拭いながら、汚いものを見るような目で水晶を見下ろした。


「許可なく外部回線に接続するなど……セキュリティ意識が低すぎます。ウイルスが入ったらどうするのですか?」


「ウイルスって……ただの友達よ?」


「友達? ……その『メリンダ』という魔女は、直近でいつ入浴しましたか? 彼女の部屋の湿度は? ダニの発生率は?」


「し、知らないわよそんなこと!」


「ならば『不潔』とみなします」


アルフォンスは断言した。


「外部からの通信回線は、言わば『情報の下水道』です。……どこの誰とも知れぬ雑菌だらけの思考や、愚痴、自慢話といった精神汚染物質が垂れ流されている」


彼は私の肩に手を置き、顔を近づけた。


「そんな汚れた電波を、貴女の清浄な鼓膜に入れるわけにはいきません。……耳が腐りますよ?」


「……極論すぎるでしょ!」


「事実です。よって、本日より当家における私的通信を全面的に禁止します」


彼は水晶を没収し、棚の高い位置に放り投げた。


「そ、そんな……! じゃあ、私は一生誰とも喋っちゃいけないの!?」


「私がいれば十分でしょう?」


「あんたは執事でしょ! 友達とは違うの!」


私が抗議すると、アルフォンスは少し傷ついたような顔をして、それから「ふむ」と顎に手を当てた。


「……確かに。貴女の『社交性』が完全に死滅するのは、管理者として本意ではありませんね」


「でしょ? だったら……」


「分かりました。妥協案を出しましょう」


彼は懐から、真新しい羊皮紙と羽ペンを取り出した。


「手紙なら許可します。……ただし」


彼の眼鏡がキラリと光る。


「私が代筆し、内容を適切に『校正』した上で送付するという条件付きですが」


          

一時間後。

私はソファに座り、アルフォンスがサラサラと筆を走らせる音を聞いていた。


「……いい? 要点は三つよ」


「はい。伺っております」


私は口述筆記を頼んでいた。


「一つ目は、『私は元気でやってる』ってこと。二つ目は、『最近、すごい執事が来て生活が変わった』ってこと。三つ目は、『また珍しい薬草があったら送って』ってこと。……以上よ」


「承知いたしました。魔女様らしい、簡潔で無味乾燥な文章ですね」


「うるさいわね。友達なんてそんなもんなのよ」


アルフォンスは優雅な手つきでペンを動かし続ける。 その横顔は真剣そのもので、まるで国家間の条約文書を作成しているかのようだ。

時折、「ふむ……ここは表現が弱いですね」「もっと情緒を込めねば」などと独り言を呟いているのが気になるが。


「……できました」


数分後。 アルフォンスは満足げに羊皮紙を持ち上げ、私に差し出した。


「私の文才を駆使し、貴女の想いをより正確に、より美しく表現しておきました」


「……へえ、気が利くじゃない」


私は手紙を受け取り、目を通した。


『拝啓、親愛なる友よ。 私は今、人生の絶頂にいます。 かつてゴミに埋もれていた私の世界は、一人の「完璧な執事」の到来によって、黄金の楽園へと変貌を遂げました』


「……は?」


出だしから雲行きが怪しい。


『私は元気などという言葉では表現できません。 毎朝、執事の愛のこもったキスで目覚め、彼の手料理で胃袋を満たし、夜は彼に全身を洗われる……。 そう、私は今、彼なしでは呼吸すらできない「幸せな捕虜」なのです』


「ちょっと待って!? 何これ!?」


私は叫んだ。 元気だなんて一言も書いてない。

ただのノロケだ。いや、ノロケというより、洗脳された信者の手記だ。


『貴女は薬草の研究をしているそうですが、無意味ですのでおやめなさい。この世で最も効能のある万能薬は、「アルフォンス・クライン」という存在だけなのですから。 追伸:私の肌艶が良すぎて、鏡を見るたびに彼に感謝の祈りを捧げています』


「送れるかぁぁぁぁぁ!!」


私は手紙をテーブルに叩きつけた。


「なによこれ! 恥ずかしすぎるでしょ! 私がバカみたいじゃない!」


「事実をありのままに書いただけですが?」


アルフォンスはキョトンとしている。 本気だ。

この男、本気でこれが「適切な校正」だと思っている。


「どこが事実よ! 私は捕虜じゃないし、祈りなんて捧げてない!」


「おや。……では、昨夜お風呂で『極楽~』と言いながら、私の背中にしがみついていたのは誰ですか?」


「そ、それは……!」


「今朝、私が着替えさせている時、『アルフォンスの手、あったかい』と猫のように喉を鳴らしていたのは?」


「うっ……!」


彼は一歩ずつ私に詰め寄る。


「貴女は私に依存している。私がいなければ生きていけない。……違いますか?」


「……そ、そうだけど……それを友達に言うのは違うでしょ!」


「なぜです? 真実を隠すことは、友情への裏切りですよ」


彼は私をソファの背もたれに追い詰めた。

壁ドンならぬ、執事ドンだ。


「……それとも、私との生活を他人に知られるのが恥ずかしいのですか?」


彼の顔が近づく。

眼鏡の奥の瞳が、少し悲しげに、そして妖しく揺れている。


「私は……こんなにも貴女を誇りに思っているのに。貴女が私の手によって美しくなり、堕落していく様を、世界中に自慢したくてたまらないのに」


「……っ」


重い。 愛が重すぎて、物理的な圧力を感じる。

でも、その真っ直ぐすぎる視線に、私の胸はドクンと高鳴ってしまう。


「……恥ずかしいに決まってるでしょ。……あんたとのことは、私だけの秘密にしたいの」


私が苦し紛れに言うと、アルフォンスの表情がパッと輝いた。


「……秘密?」


「そ、そうよ。……あんたが私を甘やかすのも、私がダメになるのも……二人だけの秘密」


「……なるほど」


彼は納得したように頷き、私の顎を指で持ち上げた。


「独占欲ですね。……私との関係を、誰にも見せたくない、と」


「……そういうことにしといて」


「可愛らしい人だ」


チュッ。 彼は私の言葉を塞ぐように、唇に口づけを落とした。 甘く、優しいキス。

手紙の内容に対する怒りが、急速に溶けていく。


「分かりました。この手紙は破棄しましょう」


彼は手紙を指先で摘み上げ、青い炎で瞬時に焼き払った。


「その代わり……通信など必要ありません。貴女が言葉を交わすべき相手は、私一人で十分です」


「……横暴ね」


「ええ。……これからは、貴女の口から出る言葉、耳に入る音、すべて私が検閲し、管理します」


彼は私の耳元に顔を埋めた。


「外部からのノイズなど、一ミリも入れさせない。……貴女の中を、私だけで満たしてみせます」


「……アルフォンス……」


私は彼の首に腕を回した。

文通禁止。情報の遮断。

それは客観的に見れば「監禁」だけれど、今の私には「守られている」という安心感しかしなかった。 世界から切り離され、彼だけの言葉を聞き、彼だけの愛を受ける。

それが、今の私にとっての唯一の真実なのだから。


その夜。

エルカが眠りについた後、アルフォンスは一人、リビングの暖炉の前に立っていた。 彼の手には、数通の封筒が握られていた。 それは、彼が今日一日で「遮断」し、エルカの目に触れさせなかった、外部からの手紙たちだ。


「……やはりな」


アルフォンスは冷徹な目で、手紙を開封した。

差出人は「メリンダ」や、その他の魔女仲間たち。 一見すると普通の近況報告だ。

だが、アルフォンスの解析眼は、そのインクに込められた微細な魔力を見逃さなかった。


「『認識誘導』……いや、『帰巣本能の刺激』か」


手紙の文章には、巧妙な精神干渉魔法が編み込まれていた。 『王都が恋しい』『研究施設に戻りたい』『今の生活に違和感がある』 読むだけで、エルカの深層心理に「ここを出て魔法省へ行きたい」という欲求を植え付ける、洗脳の手紙。

おそらく、魔法省がエルカの交友関係を洗い出し、友人たちを脅して書かせたのだろう。


「……腐りきっている」


アルフォンスは吐き捨てるように呟いた。

友人の言葉すら武器にする、卑劣なやり口。

もしエルカがこれを読んでいたら、彼女の情緒は不安定になり、自ら結界を解いて出て行ってしまったかもしれない。


「……汚らわしい言葉など、一文字たりとも彼女には読ませない」


ボッ! アルフォンスの手の中で、手紙が一気に燃え上がった。 友人の手紙も、外部からの情報も、すべて灰になる。


「エルカ様。……貴女は何も知らなくていい」


彼は燃えカスを暖炉に放り込み、静かに微笑んだ。


「貴女はただ、私の書いた『甘い嘘(ノロケ手紙)』に赤面し、私の腕の中で幸せな夢を見ていればいいのです」


守るということは、時に真実を隠すことでもある。 彼は完璧な執事として、主人の目と耳を塞ぎ、汚れた世界から彼女を隔離し続けることを、改めて炎に誓ったのだった。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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