表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/122

第15話「測定:新しい皮膚の選定」

◆ 更新スケジュール ◆


この作品は、平日は毎日21時、土日祝は8時と21時に更新しています。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマで応援していただけると励みになります。

「……本気?」


リビングの中央、即席の台座の上に立たされた私は、震える声で問いかけた。 現在の私の服装は、シルクのスリップ一枚。 肌の大部分が露わになり、塔の中とはいえ、さすがに心もとない。


「大真面目です」


答えるアルフォンスの格好も、普段とは違っていた。 完璧な燕尾服の上着を脱ぎ、体にフィットしたベスト姿。袖を肘まで捲り上げ、その引き締まった前腕にはピンクッションが巻き付けられている。首には銀色のメジャーをかけ、眼鏡の奥の瞳は、獲物を狙う猛禽類のように鋭く細められていた。


「建国記念パーティーまで、あと二週間。……貴女に相応しいドレスを仕立てるには、ギリギリの時間です」


そう、あの日届いた忌々しい招待状のせいで、私は十年ぶりに社交界という魔窟へ足を踏み入れることになったのだ。


「だからって、何もあんたが作らなくても……王都の仕立て屋を呼べばいいじゃない」


「却下です」


アルフォンスは即答した。


「どこの馬の骨とも知れぬ職人に、貴女の体に触れさせるなど言語道断。……それに、彼らに貴女の魅力を完璧に引き出すデザインなど不可能です」


彼は作業台に広げられた、夜空を切り取ったような深い青色の生地――最高級のミッドナイト・シルクを愛おしそうに撫でた。


「貴女の『新しい皮膚』は、私が選定し、私が設計し、私が縫い合わせる。それ以外に選択肢はありません」


完全に、狂気じみた職人の目だった。

彼にとって私は、これから最高の作品に仕上げるための「素材」でしかないのだ。


「さあ、測定を始めます。……動かないでくださいね、マヌケな案山子かかしのように」


彼は私の前に跪いた。

執事が主人にかしずく姿勢。

だが、そこから見上げてくる視線は、完全に私を品定めしていた。


「まずは、足首から」


シュッ。 銀色のメジャーが引き出される乾いた音が、静かな部屋に響く。

ヒヤリとした金属のテープが、私の足首に巻き付いた。


「っ……冷たっ……」


「我慢なさい。室温は二四度に保っています」


彼は事務的な口調で言いながら、数値を読み上げる。


「……20・5センチ。ふむ、以前より0・5センチ太くなりましたね」


「えっ!? 嘘、太った!?」


私は思わず自分の足を見下ろした。

確かに、以前は骨と皮だけだった足首に、

ほんのりと健康的な肉が付いている気がする。


「騒がないでください。以前が枯れ木すぎたのです。今は、ようやく人間らしい曲線美が生まれ始めたところだ」


アルフォンスはメジャーを外し、そのまま私のふくらはぎを、下から上へとゆっくり撫で上げた。


「ひゃぅッ!?」


「……筋肉の張りも悪くない。毎日、階段の上り下りをさせた甲斐がありました」


手袋をしていない。

今の彼は、完全に「素手」だ。 少し硬い指先と、熱い掌が、薄い皮膚一枚隔てただけの私の肉体を直に確かめていく。


「つ、次は? 次はどこよ!」


このままでは変な声を上げてしまいそうで、

私は慌てて話題を変えた。

アルフォンスはゆっくりと立ち上がり、私の腰に手を回した。


「ウエストです。……息を吐いて、力を抜いて」


背後から抱きすくめられるような体勢。

彼のベストのボタンが、私の薄い背中に当たる硬い感触。そして、耳元にかかる熱い吐息。


ギュッ。 メジャーがくびれに食い込む。


「……60センチジャスト。……おや?」


アルフォンスの声色が、少しだけ低くなった。

彼はメジャーを当てたまま、私の脇腹――スリップからはみ出た、少し柔らかい部分を、親指と人差し指でムニッと摘んだ。


「……エルカ様。先日の特製マカロンが、ここに貯蔵されているようですね」


「ッ!? や、やめてよ! 触んないで! バカ!」


私は顔から火が出るほど赤面し、身をよじった。 一番気にしているところを、よりによって一番知られたくない男にピンポイントで指摘される屈辱!


「……素晴らしい」


しかし、アルフォンスの反応は予想外だった。

彼は摘んだ肉を離すどころか、愛おしそうに親指の腹で撫で回したのだ。


「な、なにが素晴らしいのよ! 太ったってバカにしてるんでしょ!」


「いいえ、称賛しています。私が与えた栄養が、こうして貴女の肉となり、私好みの柔らかさを形成しているのですから」


彼の指が、脇腹から背中へと滑る。

骨張っていた背骨の周りにも、薄い脂肪の層ができているのを確かめるように。


「……管理しがいがありますね。抱き心地も、以前より格段に良くなっている」


「……っ、セクハラ執事!」


「事実を述べたまでです。さあ、次はバストです。腕を上げて」


一番の難関が来た。

私は羞恥心で爆発しそうになりながら、観念してバンザイをした。 無防備に晒される胸元。

薄いシルクのスリップは、体のラインを隠す役には立っていない。


アルフォンスは真剣な眼差しで、メジャーを胸の高い位置に回す。

私の真正面に立ち、視線を胸元に固定する。


「……」


無言が痛い。 何か言ってよ。


「……成長しましたね」


数秒の沈黙の後、彼がぽつりと呟いた。


「栄養状態の改善と、毎晩の入浴時のマッサージの成果でしょうか。形状、弾力ともに、理想的な黄金比率に近づきつつあります」


彼は事務的に数値をメモしながらも、その瞳の奥には、職人の情熱とは違う、もっと昏く濁った炎が揺らめいていた。


「この曲線を最も美しく見せるためには……胸元は大胆にカットし、コルセットで持ち上げるデザインが良いでしょう。……ふふ、他の男たちが目のやり場に困る姿が目に浮かぶ」


「……あんた、楽しんでるでしょ」


「ええ、とても」


彼は悪びれもせず微笑んだ。


「さあ、最後は……首周りと、肩幅です」


彼が後ろに回り込む。冷たいメジャーが首に巻かれる。まるで首輪のように。


「……首、32センチ。……肩幅、38センチ」


測定が終わった。 はずなのに、メジャーが外されない。 それどころか、アルフォンスは私の肩に顔を埋めるようにして、深く、長く息を吸い込んだ。


スーッ……。


「……ッ!」


背筋に電流が走る。

動物がテリトリーの臭いを確認するような、生々しい呼吸音。うなじに当たる彼の鼻先が熱い。


「……アルフォンス? もう終わりでしょ?」


「……確認です」


彼の声は、甘く、陶酔していた。


「……いい香りだ」


彼は私の耳元で囁いた。


「あの不快な埃とカビの臭いは完全に消え失せ……私が選んだ石鹸と、蜜蝋と、そして貴女自身の甘い体香が混ざり合った、極上のアロマになっている」


彼の唇が、うなじに触れた。 キスではない。

ただ、そこにあることを確かめるような、執拗な接触。


「……貴女は今、髪の先から爪の先まで、私の匂いで満たされている。……目隠しをしていても、一千人の雑踏の中から貴女を見つけ出せる自信がありますよ」


「……ストーカー」


「管理者です。……所有者と言ってもいい」


彼はゆっくりと顔を上げた。 鏡越しに目が合う。

眼鏡の奥のアイスブルーは、もはや理性の色を失いかけていた。


「……この肌に、他の男の視線が触れると思うと……ドレスではなく、鉄の鎧を着せて塔に閉じ込めておきたくなる」


「……パーティーに行けなくなるわよ」


「ええ。いっそ、そうしてしまいたい」


彼の指が、私の鎖骨をなぞる。

冷たいメジャーの感触が残る肌に、彼の熱い指が上書きされていく。


「ですが、そうもいきません。私の最高傑作を、世界に見せつけなければなりませんからね。……ですから、特別なドレスを仕立てましょう」


彼は不敵な笑みを浮かべた。

それは、美しいドレスを作る職人の顔ではなく、強力な呪具を作る魔術師の顔だった。


「素材は、このミッドナイト・シルク。……そして、刺繍糸には、魔力伝導率の高いミスリル銀糸を使いましょう」


「……ずいぶん豪華ね。予算大丈夫?」


「ただの装飾ではありませんよ」


彼は私の耳元で、共犯者のように囁いた。


「そのドレスには、特殊な術式を編み込みます。……貴女が私の半径五メートルから離れようとすると、布地が鉛のように重くなり、足がもつれる魔法を」


「はぁ!? 何それ、拘束衣じゃない!」


「安全装置です。……貴女が不埒な男の手を取って踊り出そうとした瞬間、ドレスが貴女を締め付け、私の元へ引き戻す」


彼は楽しそうだった。 心底、楽しそうだった。


「私の作った『第二の皮膚』が、常に貴女を監視し、管理する。……ああ、想像するだけで興奮しますね」


「……変態。絶対着ないから」


「おや、裸で行くおつもりで? それはそれで、

私が貴女をマントで包んで、誰にも見せずに抱えて歩くことになりますが。私はそれでも構いませんよ?」


「……うぅ」


詰んでいる。 どちらに転んでも、私は彼の所有物として振る舞うしかないのだ。


「さあ、採寸は終了です。お疲れ様でした」


アルフォンスは離れ、メジャーを首にかけ直した。 そして、私の肩に上着をかけてくれた。

その手つきは、先ほどの粘着質な接触が嘘のように、紳士的で優しかった。


「素晴らしいドレスをご用意します、エルカ様。……貴女が、世界で一番美しく、そして誰よりも『私の管理下にある』と証明する一着を」


私は上着の前を握りしめ、小さく頷くことしかできなかった。 身体に残るメジャーの冷たさと、

彼の指の熱さ。 それが、これから作られるドレス――「甘美な檻」の予兆であることを、私の本能が悟っていたからだ。


「……期待してるわよ。変なデザインにしたら許さないんだから」


「ご安心を。貴女を輝かせることにかけて、私の右に出る者はいませんから」


アルフォンスは自信満々に微笑み、再び銀色の針と糸を手に取った。

窓の外では、パーティーの夜に向けた不穏な風が吹き始めていたが、今の私には、目の前で針を動かすこの男の狂気の方が、よほど現実的で甘い脅威だった。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

感想や評価・ブックマーク、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ