第114話「執事になった魔女、魔女になった執事」
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ナラ・エンの森、白亜の塔。
私の「実験所」は、今日も怪しげな魔力光と、古書の匂いに満ちていた。
「……よし、ここをこう繋いで……北の座標を固定して……」
私の手元には、分厚い魔導書『古き魂の交歓』。
床には、チョークで描かれた直径2メートルほどの複雑な魔法陣が青白く発光している。
これは「魂の共鳴率」を測定し、魔力のパスを太くするための実験的な陣だ。
最近、アルフォンスとの連携(共闘)が増えたから、もっと効率よく魔力を回せるように調整しようと思ったのだ。
「……ふぅ。完成」
腰を上げようとした、その時だった。
「――失礼します、エルカ」
コン、コン。
ノックの音と共に、銀のトレイを持ったアルフォンスが入ってきた。
完璧な燕尾服姿。手には湯気を立てるロイヤルミルクティーと、焼き立てのスコーン。
「休憩になさいませんか? 根を詰めすぎると、眉間に皺が寄りますよ」
「あ、ありがとう。……でも、ちょっと待って! 今、起動中だから!」
私は慌てて手で制した。
魔法陣は、今まさに魔力を充填し、不安定に脈動している状態だ。
外部からの干渉、特にアルフォンスのような膨大な魔力を持つ者が不用意に近づくと、術式がバグる可能性がある。
「入ってきちゃダメよ! 結界が不安定だから!」
「おや。……では、お茶は結界の外に置きますね。ですが、貴女の顔色が少し青いのが気になります。脈拍は正常ですか?」
彼は心配そうに眉を寄せ、私の制止も聞かずにスタスタと歩み寄ってきた。
過保護スイッチが入った彼は、私の「ダメ」を「遠慮」と変換する悪癖がある。
「いや、だから! ここは磁場が歪んでるの! 近づくと危な……」
「大丈夫ですよ。私なら、どんな歪みも制御して見せま――」
ズボッ。
彼のエナメル靴のつま先が、魔法陣の外縁を踏んだ。
その瞬間。
カッ!!!!
「あ」
「……おや?」
視界が真っ白に染まった。
床に描かれた魔法陣が、まるでブラックホールのように空間をねじ曲げ、私たちの意識を強引に吸い込んだ。
世界が反転する。
上下左右がわからなくなり、魂が体から引き剥がされて、ミキサーにかけられるような浮遊感。
(……あ、これ、やばいやつだ)
薄れゆく意識の中で、私はそう思った。
「……う、ん……」
重い。
まぶたが、鉛のように重い。
それに、なんだか視点がおかしい。
いつもより床が遠い気がする。
「……エルカ? ……エルカ、大丈夫ですか?」
目の前から、心配そうな声が聞こえる。
私の声だ。
聞き慣れた、私の声。
「……ん? なんで私が目の前に……」
私はパチクリと目を開けた。
そこには、心配そうに私の顔を覗き込む「私」がいた。
黒髪ロングで、アメジスト色の瞳。
華奢な体つきの、見慣れた私自身。
「……え?」
私は呆然として、自分の手を見た。
そこにあったのは、私の小さな手ではない。
白く、大きな手。
指には関節がしっかりとあり、白い手袋に包まれている。
視線を下げる。
黒い燕尾服。
引き締まった胸板。
そして、やたらと長い脚。
「……うそ」
私はペタペタと自分の顔を触った。
冷たい眼鏡の感触。
整った鼻筋。
少し硬い銀色の髪。
「……私が、アルフォンスになってる!?」
「おや。……やはり、そうなりましたか」
目の前の「私(外見エルカ)」が、アルフォンス特有の優雅な仕草で顎に手を当てた。
その瞳は、私(中身)を見ているようで、実は自分自身(外見エルカ)の体を熱心に観察している。
「術式の暴走による『魂の置換』ですね。……魔導書の記述によれば、効果は24時間。命に別状はありません」
「……なんでそんなに落ち着いてるのよ! 入れ替わっちゃったのよ!?」
私が叫ぶと、自分の喉から低くて良い声が響いて、自分でびっくりした。
「落ち着いてなどいられませんよ」
アルフォンスは、私の体を使って、うっとりと自分の二の腕をさすった。
「……ああ、神よ。……まさか、生きているうちに『エルカそのもの』になれる日が来るとは」
「……は?」
「見てください、この肌の白さ。触れた時のマシュマロのような弾力。……外側から触れるのと、内側から感じるのとでは、解像度が段違いです」
彼はスリスリと、自分の頬(私の頬)をスリスリし始めた。
自分の体なのに、中身がアルフォンスだと思うと、猛烈に見てはいけないものを見ている気分になる。
「……血管の中を流れる血液の音さえ聞こえる。ああ、エルカ。貴女の体温は、こんなにも温かかったのですね。尊い。尊すぎて、このまま昇天しそうです」
「ちょ、ちょっと! 私の体で変な顔しないでよ! ニヤニヤしないで!」
「無理です。……今、私は『エルカ』という至高の聖域の内部に侵入しているのですよ? 興奮するなという方が無理です」
彼は恍惚の表情で、私の胸に手を当てた。
「やめてーッ! セクハラよ! それ私の体だから!」
私は慌てて止めようと立ち上がった。
しかし。
ガクッ!
「うわっ!?」
視界が高い。
それに、筋肉のバランスが全然違う。
足が長すぎて、重心が取れない。
私は生まれたての子鹿のように、その場によろめいた。
「おっと。……気をつけてください、旦那様」
アルフォンス(外見エルカ)が、サッと私を支えてくれた。
か細い腕なのに、的確な重心移動で、私の巨体(アルフォンスの体)を支えている。
「……重い。あんた、こんな重い体動かしてたの?」
「ええ。貴女を守るための鎧ですから」
彼はニッコリと笑った(私の顔で)。
その笑顔は、いつものアルフォンスの営業スマイルではなく、どこか妖艶で、ゾクッとするような色気があった。
「……さて。元に戻るには24時間待つしかありません。……とりあえず、リビングへ移動しましょうか」
私はため息をつき、近くの姿見(鏡)を見た。
そこには、銀髪の美男が、困った顔で立っていた。
これが、今の私。
「……すごい」
私はまじまじと鏡の中の自分を見つめた。
背が高い。
肩幅が広い。
眼鏡の奥のアイスブルーの瞳は、宝石のように綺麗だ。
この造形美、もしかして……。
「……ねえ、アルフォンス」
「はい」
「私、今のうちにこの姿で街に行ってこようかな」
「……は?」
アルフォンス(外見エルカ)の目が点になった。
「だって見てよ、このイケメン。
これなら、ナラ・エンの街ですれ違う女の子たち全員振り返るわよ。ちょっとナンパとかして、モテてきちゃおうかしら」
私が冗談半分で言うと、アルフォンスの顔色がサッと変わった。
「……却下です」
「えっ、冗談よ……」
「絶対にいけません!!」
彼は私の体で地団駄を踏んだ。
「その体は! 私の肉体は! 貴女を守り、貴女に奉仕するためだけに鍛え上げられたものです!他の有象無象の女性に微笑みかける機能など搭載しておりません!不潔です! 浮気です! ……私が許しません!」
「……あ、あんたが言うの?」
「当然です! 私の体を使って他の女と遊ぶなど……!そんなことをするくらいなら、私がこのまま貴女の体を好きなように弄びますよ!」
「わ、わかったわよ! 行かないから!」
自分の体なのに、自分の所有権を主張される。
なんだか不思議な気分だけど、彼がそこまで「私専用」にこだわっているのが分かって、少し嬉しくもあった。
「……お腹、すいたな」
騒いだせいか、お腹が鳴った。
アルフォンスのお腹(私)から、可愛い音がする。
「では、食事にしましょう」
「え? 出前でも取る?」
「いいえ。私が作ります」
アルフォンス(外見エルカ)は、自信満々にキッチンへと向かった。
「ちょ、ちょっと! 私の腕力じゃフライパン振れないわよ!?」
「ご安心を。……技術でカバーします」
キッチンに立った彼は、私のエプロンをつけた。
サイズはぴったりだ(私の体だから)。
彼は包丁を手に取ると、流れるような手つきで食材を切り始めた。
トントントントン……!
「……速っ!?」
私は目を疑った。
私の細い腕なのに、包丁の動きは神速だ。
野菜が空中で踊り、正確に千切りにされていく。
フライパンを煽る動きも、手首のスナップだけで軽やかにこなしている。
「……腕力がない分、遠心力と魔力強化を使えば問題ありません。……ふふ、自分の体でお料理……なんだか、おままごとのようで楽しいですね」
彼は鼻歌交じりに、あっという間に豪華なランチプレートを完成させてしまった。
オムライスに、手作りハンバーグ、そして彩り豊かなサラダ。
見た目も完璧だ。
「……あんた、中身が入れば体なんて関係ないのね」
「愛があれば、どんな環境でも最高のパフォーマンスを発揮するのが執事ですから」
彼はテーブルに料理を並べ、椅子を引いてくれた。
「さあ、召し上がれ。……旦那様」
私は席に着いた。
目の前には、私の大好物ばかり。
でも、ふと思った。
(……これ、アルフォンスの体で食べるんだよね)
私はフォークを手に取った。
大きな手。長い指。
……そうだ。
「ねえ、アルフォンス」
「はい?」
「あんたが作ったんだから……あんたが食べさせてよ」
「……え?」
「いつも私に『あーん』してるでしょ?
今日は私がアルフォンスなんだから……あんた(エルカの体)が私に『あーん』してよ」
私はニヤリと笑った。
立場逆転のチャンスだ。
アルフォンス(外見エルカ)は一瞬キョトンとしたが、すぐに頬を染めて、嬉しそうにフォークを手に取った。
「……承知いたしました。……これぞ、究極の自給自足ですね」
彼はハンバーグを切り分け、フーフーと息を吹きかけた。
私の顔をした美女が、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
……これはこれで、すごくいい。
「さあ、お口を開けてください、旦那様」
「あーん」
パクッ。
口の中に、肉汁とデミグラスソースの味が広がる。
美味しい。
いつもと同じ味だけど、私の体(アルフォンスの手)から食べさせてもらうと、格別に感じる。
「……美味しい?」
「うん、最高」
「……ふふ。貴女にそう言っていただけると、この体(私)も喜びます」
彼は次々と料理を私の口に運んでくる。
見た目は「可憐な美女が、銀髪の美男に食事を与えている」という構図だ。
でも中身は、「執事が主人に食べさせている」だけ。
逆転しているようで、何も変わっていない。
「……ねえ、アルフォンス」
「はい」
「あんたの視線って、こんな感じなんだね」
私は咀嚼しながら言った。
「いつも私を見下ろして……こんなに小さくて、可愛い生き物(私)にご飯を食べさせてたんだ」
「……ええ。至福の時間ですよ」
「うん。なんか、わかる」
私は彼の手首を掴み、引き寄せた。
アルフォンスの体だと、エルカの体は本当に華奢で、壊れそうだ。
「……守らなきゃって思うし、太らせなきゃって思うわね」
「でしょう? ……さあ、もっと食べてください。私の体(貴女)は燃費が悪いので、今のうちにカロリーを蓄えておかないと」
「……私の体で太らせないでよ?」
「大丈夫です。出るべきところは出て、締まるところが締まるように調整しますから」
「……余計なお世話よ!」
私たちは笑い合い、ランチを楽しんだ。
お互いの体を交換して、お互いの視点を知る。
それは、私たちの共依存をさらに深く、逃れられないものにする「儀式」のようだった。
24時間が経つまで、この奇妙で甘い「ごっこ遊び」は続きそうだった。
読んでくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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