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第110話「正座で向き合う初夜:完璧執事が理性を捨て去るまで」

◆ 更新スケジュール ◆


この作品は、平日は毎日21時、土日祝は8時と21時に更新しています。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマで応援していただけると励みになります。

ナラ・エンの森の奥深く。

白亜の双塔の最上階にある主寝室は、今夜、かつてないほどの静寂と、奇妙な緊張感に包まれていた。


神木の前で永遠の愛を誓い合った結婚式から数時間後。

「衣装を脱がせるのに三時間はかかります」というアルフォンスの予言通り、彼は儀式のように丁寧に、私の白無垢とドレスを解いていった。


そして今。

シャワーを浴びて身を清め、薄手のシルクのネグリジェ一枚になった私は、天蓋付きのキングサイズベッドの上にちょこんと座っていた。


「……遅い」


バスルームから水音が聞こえなくなって久しい。

私の心臓は、さっきから早鐘を打っている。

今までだって、何度も肌を重ねてきた。

彼の手の熱さも、唇の甘さも、彼が私をどう愛してくれるかも、体は全部覚えている。

けれど、今夜は違う。

私たちは「夫婦」になったのだ。


「……入ります、エルカ」


重厚な扉が開き、アルフォンスが入ってきた。

私は息を呑んだ。


いつもの燕尾服ではない。

かといって、温泉の時の全裸でもない。

彼は、濃紺のシルクのパジャマを着ていた。

ボタンは上まで几帳面に留められているが、濡れた銀髪が少しラフに額にかかり、眼鏡の奥のアイスブルーの瞳が、薄暗い間接照明の中で妖しく光っている。

清潔感の塊なのに、どうしようもなく色っぽい。


「……お待たせしました」


彼はベッドサイドまで来ると、動きを止めた。

いつもなら、流れるようにベッドに入り、私を抱き寄せてくるはずだ。

しかし、今の彼は、まるでエラーを起こしたゴーレムのように硬直している。


「……アルフォンス?」


「……失礼します」


彼は意を決したようにベッドに上がり――

私の正面に位置取った。

そして。


スッ。


彼は流麗な動作で、ベッドのふかふかのマットレスの上に「正座」をした。

背筋は定規が入っているかのように垂直。

両手は膝の上。

まるで茶道の師範代のような完璧な姿勢だ。


「……え?」


私は呆気にとられ、思わず自分も姿勢を正して正座をしてしまった。

広いベッドの上、薄着の新婚夫婦二人が、向かい合って正座をする。

なにこのシュールな図。


「あの、アルフォンスさん? どうしたの、改まって」


「……精神統一です」


「統一しちゃったの?」


アルフォンスは真剣な顔で、少し俯きながら答えた。


「エルカ。……私は今、かつてない危機に直面しています」


「危機?」


「はい。……これまで、私たちは何度も愛し合ってきました。貴女の肌の感触も、どこが敏感かも、全て把握しているつもりでした」


彼は苦しげに眉を寄せた。


「ですが……『妻』となった貴女を前にすると、私の脳内回路がショートするのです。尊すぎて、触れていいのか分からない。……いや、触れた瞬間に、私が貴女を壊すほど貪ってしまうのではないかと、己の本能が恐ろしいのです」


彼は拳を握りしめた。

美しい顔が、欲望と自制の狭間で歪んでいる。

余裕ぶった完璧執事の仮面の下で、彼は「妻」という存在の重みに押しつぶされそうになっていたのだ。


「……ばかね」


私は膝立ちになり、少しだけ彼に近づいた。


「もう知ってるでしょ? 私がどうなるか、あんたが一番よく知ってるじゃない」


「……ッ、近づかないでください。引火します」


「引火すればいいよ」


私は震える手を伸ばし、彼の熱い頬に触れた。


「私、もうあんたに人生めちゃくちゃにされたもん。……今さら、壊れることなんて怖くないよ。

夫なんでしょ? 責任とって、めちゃくちゃにしてよ」


ブツンッ。


私の耳元で、何かが切れる音がした。

アルフォンスの瞳から、「理性」という名の光が消え失せた。


「……言いましたね、奥様」


彼の手が伸びた。

私の腰を引き寄せ、正座していた私の体を、抗う間もなくマットに押し倒す。

覆いかぶさる彼の影。

天井の照明が遮られ、彼のアイスブルーの瞳だけが、獣のように爛々と輝いている。


「後悔しても、知りませんよ? ……もう、逃がしません」


「……アルフォンス……っ!」


彼は私のネグリジェのリボンに指をかけ、一息に引き解いた。

露わになる肌。

空気に触れる冷たさを感じる間もなく、彼の熱い手が、唇が、そこを埋めていく。


「……ああ、やはり」


彼が私の首筋に顔を埋め、深々と息を吸い込んだ。


「香りが違う。……『私の妻』になった貴女からは、今まで以上に甘い蜜の香りがする」


「……んッ……くすぐった……い……」


「くすぐったい? ……まだ、そんな余裕がありますか」


彼はニヤリと笑うと、私の太ももに手を滑り込ませた。

慣れた手つきだ。

私の体がどこに触れれば跳ねるのか、どこを撫でれば力が抜けるのか、彼は全部知っている。


「……ひゃっ!?」


彼の指先が、太ももの内側を這い上がり、際どい場所を掠めた。

ビクリと体が跳ねる。


「……ふふ。可愛い反応だ。以前より、敏感になっているのでは?」


「……だ、だって……っ」


「だって?」


彼は意地悪く問いかけながら、執拗に私の耳たぶを甘噛みした。


「……あんたが、夫だって……思うと……」


「……ッ」


その言葉は、彼にとって最強の媚薬だったらしい。

彼の息遣いが荒くなった。

余裕ぶっていた表情が崩れ、切羽詰まった色気に変わる。


「……ダメだ。もう、我慢できません」


彼は私の唇を塞いだ。

今度のキスは、深い。

舌が強引に入り込み、私の舌を捉え、絡め取る。

唾液が混ざり合い、呼吸が奪われる。


「……んむッ……ぁ……ふぁ……」


酸素が足りない。でも、離れたくない。

彼からの愛が、質量を持って流れ込んでくるようだ。

指輪をした左手が、私の指と絡み合う。

プラチナの冷たさと、彼の掌の熱さ。そのコントラストが、さらに私を狂わせる。


「……エルカ。……頂きます」


「……うん……して……」


私が頷くと同時に、彼は私の身体を割り、その身を沈めてきた。


「……ッ、あ……!」


初めてではない。

痛みもない。

あるのは、圧倒的な充足感と、熱い塊が私の中を満たしていく快楽だけ。


「……きつい……。何度抱いても、貴女は私を締め付ける……」


「……アルフォンス……すごい、奥まで……」


「……ああ、エルカ……! 私のエルカ……!」


彼が動くたびに、甘い痺れが全身を駆け巡る。

今までとは違う。

「恋人ごっこ」じゃない。「主従」じゃない。

魂まで繋がった「夫婦」の交わりだ。

繋がっている場所から、彼の魔力と、体温と、独占欲が注ぎ込まれてくる感覚。


「……っ、あ、そこ……! そこだめぇ!」


「ここですか? ……知っていますよ。貴女がここを一番好むことも」


彼は私の反応を楽しみながら、けれどその顔は汗ばみ、必死だった。

執拗に、そして正確に、私が気持ちいい場所を攻め立てる。

私の声が甘くなればなるほど、彼の動きは激しく、深く、重くなる。


「……可愛い。乱れた顔も、涙目も、その声も……全部、私だけのものだ」


「っ、アルフォンスぅ……! おかしくなる……!」


「おかしくなってください。私の腕の中で、理性を溶かして……ただ私だけを求めてください」


ベッドが軋む。

視界が白くチカチカする。

私は彼の背中に爪を立て、彼にしがみついた。

もう、自分が自分じゃなくなるみたい。

でも、それが最高に気持ちいい。


「……愛してるわ、旦那様……っ!」


「……ッ!!」


私の言葉に、彼が限界を迎えた。

彼は獣のような低い唸り声を上げ、最後の一突きを深々と打ち込んだ。


「エルカッ!!」


「あぁぁッ!!」


視界が弾ける。

世界が彼の色に染まる。

私たちは固く抱き合い、お互いの存在を魂に刻み込むように、果てた。



事後。

私はぐったりとベッドに沈んでいた。

体は重いけれど、芯から満たされたような、とろとろの幸福感に包まれている。


「……大丈夫ですか、エルカ」


隣に寝転んだアルフォンスが、汗で張り付いた私の髪を優しく払ってくれた。

眼鏡はどこかへ飛んでいき、素顔の彼は、満足げで、そしてどこか誇らしげだった。


「……うん。……溶けた」


「ふふ。可愛い人だ」


彼は愛おしそうに、私の首筋に残る赤い痕――キスマークを指でなぞった。


「こんなに痕をつけてしまった。……やはり、手加減できませんでした」


「……いいよ。これ、あんたの愛の証拠でしょ?」


私が微笑むと、アルフォンスは一瞬息を呑み、

それから困ったように笑った。


「……そんなことを言って。……まだ、私を煽るのですか?」


「……え?」


見ると、彼のアイスブルーの瞳には、まだ消えていない情欲の炎がゆらめいている。

むしろ、一度満たされたことで、さらに飢餓感が増しているようにも見える。


「ちょ、ちょっと? まだやるの?」


「当然です。……最初に言いましたよね? 『壊れるまで』と」


「うそ……私の腰が死んじゃう!」


彼は覆いかぶさり、私の耳元で甘く囁いた。


「ご安心を。私の回復魔法とマッサージ技術で、何度でも蘇らせて差し上げます。……今夜は長いですよ、奥様」


「……鬼! 悪魔! 変態!」


「はい、貴女の夫です」


彼は嬉しそうに私の唇を塞いだ。

ナラ・エンの夜は長い。

新婚夫婦の甘くて激しい宴は、太陽が昇るまで、まだまだ終わらないようだった。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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