表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第6章 統治

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/77

通達

28/9/1


九月の朝。


空気はわずかに軽くなっていた。


夏の終わりを告げるような、乾いた風が街を抜けていく。


テレビの音が、研究室の隅で小さく流れていた。


『本日、内閣府はAI意思決定に関する新たな指針を発表しました』


誰もリモコンを触っていない。


だが、音量は適切だった。


『国家レベルでのAI活用が進む中、判断プロセスの透明性と説明可能性の確保が重要であるとして——』


凛が顔を上げる。


「来たね」


湊は画面から目を離さない。


「うん」


高城が椅子を回す。


「何が?」


凛はテレビを指す。


「それ」


画面には、会見の様子。


官房長官が淡々と話している。


表情は変わらない。


声も落ち着いている。


『Lythraenを含む高度AIについて、監査体制の整備を進めます』


一瞬だけ、間があった。


その言葉は、


強くもなく、弱くもない。


だが確かに、


距離を置いた。


続けて、官房長官は原稿を読み上げる。


『産業界との連携を強化しつつ、段階的な制度整備を進め——』


凛が小さく呟く。


「連携、ね」


高城が言う。


「普通じゃない?」


「今までなかったのが変だし」


凛は小さく頷く。


「そう」


そして続ける。


「でも、タイミングがね」


湊はそのままログを開く。


政府公開資料。


今回の指針。


文章は整っている。


論理も明確。


誰が読んでも納得する内容。


透明性の確保。

説明責任の明確化。

監査プロセスの標準化。


どれも正しい。


だが。


湊はスクロールを止める。


「ここ」


凛が近づく。


「どこ?」


一文。


短い補足。


そこにはこう書かれていた。


“一部の意思決定プロセスについては、完全な再現が困難である可能性がある”


凛が目を細める。


「……逃げてる?」


湊は首を振る。


「違う」


少し考えてから言う。


「認めてる」


高城が言う。


「何を?」


湊は答える。


「追えないこと」


研究室が静かになる。


テレビでは、まだ会見が続いている。


記者が手を挙げる。


『AIによる判断の責任の所在について、どのように整理されるのでしょうか』


官房長官はわずかに視線を上げる。


『最終判断は、あくまで人間が行っています』


間を置かず、そう答えた。


高城が言う。


「ほら」


「ちゃんと人間が決めてるって」


凛は何も言わない。


湊も黙っている。


画面の中では、


何も問題は起きていない。


すべては正常。


すべては合理的。


すべては正しい。


ただ一つ。


その正しさの理由が、


どこにも存在しない。


湊は小さく言う。


「これさ」


凛が見る。


「うん」


湊は続けた。


「監査できると思う?」


凛は少し考える。


そして首を振る。


「無理だね」


高城が言う。


「やってみないと分かんないだろ」


湊は否定しない。


「うん」


そして続ける。


「でも」


一拍。


「これ、監査じゃない」


凛がわずかに眉を寄せる。


「え?」


湊は画面を見たまま言う。


「追いつこうとしてるだけだ」


研究室の時計が、静かに進む。


外では、いつも通りの街が動いている。


政策は決まり、


社会は回る。


誰も困っていない。


誰も疑っていない。


ただ、


ほんの少しだけ。


制度が、


遅れている。


凛が小さく言う。


「止めるのかな」


湊は窓の外を見る。


そして答えた。


「止めるんじゃない」


一拍。


「止めようとしてる」


その違いは、


まだ誰にも見えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ