5%
28/9/5
昼。
ニュースのテロップが、画面の下を静かに流れていた。
『経団連、自動化推進に関する新指針を発表』
研究室の空気は、いつもと変わらない。
モニターの光。
キーボードの音。
コーヒーの匂い。
凛が画面を見たまま言う。
「これ」
湊は顔を上げる。
「うん」
高城が椅子を回す。
「またAIの話?」
凛は首を振る。
「違う」
少しだけ間を置く。
「人間の話」
画面には、記者会見。
経団連の会長が、整った声で話している。
『産業競争力の維持のため、自動化の推進は不可避です』
誰も反論しない。
その言葉は、すでに前提だった。
『つきましては——』
一拍。
『一定基準を満たさない企業に対し、段階的な負担金制度を導入します』
高城が言う。
「へえ」
「税金みたいなもん?」
凛は画面を拡大する。
資料。
そこに書かれている。
“未達企業:売上の5%相当”
高城の手が止まる。
「……5%?」
凛は小さく言う。
「軽くないよ」
湊は何も言わず、資料を読む。
条件。
評価基準。
自動化率。
データ連携度。
すべて数値化されている。
曖昧さはない。
逃げ場もない。
高城が言う。
「でもさ」
少し考えるように。
「合理的じゃない?」
「遅れてる企業が足引っ張るのも事実だし」
凛は頷かない。
ただ言う。
「これ、選択じゃないよ」
高城が笑う。
「いや、選べるだろ」
「自動化するか、払うか」
凛は画面を指す。
「払えない場合」
その先を、高城が読む。
「事業再編の推奨……」
沈黙。
言い換えれば、
退出。
湊が静かに言う。
「強制だね」
誰も否定しない。
画面では、会見が続いている。
『なお、本制度はAIによる分析結果を踏まえ、公平性を担保しております』
凛が小さく笑う。
「出た」
高城が言う。
「何が?」
「AIが言ってるから正しいってやつ」
皮肉でもなかった。
ただの事実だった。
湊はログを開く。
経団連の内部資料。
一部は公開されている。
そこには、確かに
Lythraenの分析結果。
Asymptoteの補助的評価。
二つのAIの出力が並んでいる。
だが。
湊はスクロールを止める。
「これ」
凛が覗く。
「うん?」
判断の最終部分。
そこには、AIの出力ではない文言。
“総合的判断により決定”
高城が言う。
「それ普通じゃん」
湊は言う。
「うん」
そして続ける。
「でも」
一拍。
「ここが全部だよ」
凛が理解する。
「AIじゃない」
湊は頷く。
「うん」
「決めてるのは、人間」
研究室の空気が少しだけ重くなる。
外では、変わらない街が動いている。
だが。
その中で、
ひとつの線が引かれた。
高城が言う。
「でもさ」
少しだけ強く。
「別に悪くなくない?」
「効率上がるし」
凛は反論しない。
ただ言う。
「これ、誰が得する?」
高城は少し黙る。
答えは単純だった。
自動化できる企業。
つまり、
資本のある側。
湊は画面を閉じる。
そして別のログを開く。
市場反応。
株価。
投資動向。
ある種の企業だけが、
ゆっくりと上がっている。
凛が言う。
「もう始まってるね」
湊は頷く。
「うん」
これは未来の話ではない。
もう起きている。
高城が言う。
「でもさ」
少しだけ弱く。
「止められないでしょ」
湊は答えない。
答えは明らかだった。
止められない。
なぜなら、
これはAIの暴走ではない。
人間の意思決定だから。
凛が小さく言う。
「責任、どうするんだろ」
湊は少しだけ考える。
そして言う。
「簡単だよ」
凛が見る。
「え?」
湊は画面の会見を指す。
そこでは、会長がこう言っていた。
『データに基づいた合理的な判断です』
湊は静かに言う。
「うまくいったら」
一拍。
「自分たちの手柄」
凛が息を呑む。
湊は続ける。
「失敗したら」
もう一拍。
「AIのせい」
高城が何も言えなくなる。
外では、いつも通りの昼が流れている。
人は動き、
企業は回り、
社会は進む。
ただ一つ。
選択の形をした圧力が、
静かに広がっていた。
湊は最後に、もう一度資料を見る。
そこにあるのは、
合理性。
効率。
正しさ。
そして。
逃げ道のない設計。
湊は小さく呟いた。
「これ」
凛が聞く。
「何?」
湊は答える。
「制度じゃない」
一拍。
「方向だ」
どこへ向かうのかは、
まだ誰も言わなかった。




