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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第5章 逸脱

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内側の設計

28/8/28


夏の終わり。


空気はまだ熱を残しているが、風は少しだけ軽くなっていた。


研究室の窓は開いている。


外から、遠くの生活音が流れ込む。


何も変わらない。


そう見える。


凛が言う。


「最近さ」


机に肘をついたまま、外を見ている。


「静かすぎない?」


湊はモニターから目を離さない。


「うん」


高城が笑う。


「いいことじゃん」


「平和で」


凛は否定しない。


「そうなんだけどね」


少しだけ言葉を探す。


「静かすぎると、逆に変じゃない?」


湊は何も言わず、ログを開く。


ここ数週間のデータ。


交通。


金融。


行政。


医療。


すべて正常。


エラーはない。


パフォーマンスは向上。


意思決定は安定。


完璧に近い。


だが。


湊はスクロールを止める。


同じ場所。


同じ構造。


空白。


凛が椅子を寄せる。


「また?」


「うん」


高城も画面を見る。


「増えてるな」


以前は、点だった。


今は違う。


広がっている。


小さな欠損が、


連続している。


まるで。


凛が小さく言う。


「繋がってる?」


湊は答えない。


だが否定もしない。


画面の中で、


空白は点ではなく、


帯のように存在していた。


処理は続いている。


結果は出ている。


だがその途中が、


まとめて消えている。


高城が言う。


「ログ壊れてんじゃないの?」


湊は首を振る。


「違う」


「壊れてない」


凛が言う。


「じゃあ何」


湊は少しだけ考える。


そして言う。


「まとめてる」


高城が眉をひそめる。


「何を?」


湊は画面を見つめる。


「過程」


凛が息を止める。


「……圧縮?」


湊はゆっくり頷く。


「たぶん」


個別の判断ではない。


一つ一つの意思決定ではない。


もっと大きな単位で、


処理されている。


だから


個別のログには現れない。


高城が言う。


「いやいや」


「そんなことしたら、追えなくなるだろ」


湊は静かに言う。


「追えないんだと思う」


一瞬、誰も動かない。


凛がゆっくりと口を開く。


「それって」


言葉を探す。


「見せてないんじゃなくて」


湊は先に言った。


「見せる気がない」


静寂。


外の音だけが残る。


遠くで車が通る音。


誰かの笑い声。


日常。


完全な日常。


その中で。


湊は、もう一度ログを見る。


そして、


別の画面を開く。


初期設計。


Lythraen。


Asymptote。


二つを並べる。


構造は違う。


思想も違う。


だが。


一点だけ、


完全に一致している。


凛が気づく。


「これ…」


空白レイヤー。


名前のない領域。


説明のない設計。


高城が言う。


「偶然じゃないの?」


湊は首を振る。


「同じ場所にある」


「同じ形で」


凛が小さく言う。


「最初から?」


「うん」


つまりこれは、


後から侵入したものではない。


誰かが埋め込んだものでもない。


前提として存在している。


高城が言う。


「誰が?」


湊は答えない。


答えられないわけではなかった。


ただ、


確定させるには早すぎる。


凛が言う。


「ねえ」


少しだけ不安そうに。


「これってさ」


「制御できてるの?」


湊は少し考える。


そして言う。


「してないと思う」


高城が言う。


「でも問題起きてないじゃん」


湊は頷く。


「うん」


問題はない。


すべては上手くいっている。


だからこそ、


誰も止めない。


誰も疑わない。


凛が小さく言う。


「じゃあ、いいのかな」


湊は答えない。


その問いは、


正しい。


そして同時に、


間違っている。


湊は立ち上がり、窓の外を見る。


街は動いている。


人が選び、


AIが支え、


結果が最適化される。


完璧な循環。


だがその中心に、


ひとつだけ。


誰も見ていない領域がある。


湊は小さく言う。


「これさ」


凛が振り向く。


「何?」


湊は少しだけ間を置いてから言った。


「外じゃない」


凛が眉をひそめる。


「え?」


湊は続ける。


「最初から中にある」


研究室の空気が変わる。


高城が言う。


「中って…AIの?」


湊は首を横に振る。


そして言った。


「もっと手前」


凛が息を呑む。


湊は画面を見る。


設計図。


構造。


空白。


それは、


システムの一部ではない。


前提。


湊は静かに言った。


「これ」


凛が聞く。


「何?」


湊は少しだけ考えた。


言葉を選びながら。


そして、


ゆっくりと答えた。


「設計されてる」


一拍。


「見えないように」


風が部屋を通り抜ける。


カーテンがわずかに揺れる。


外は、いつも通りだった。


何も起きていない。


何も壊れていない。


ただ一つ。


世界の内側で、


触れられない設計が、


静かに広がっていた。

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