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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第5章 逸脱

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委ねられた判断

28/8/8


朝。


通学路。


交差点の信号が青に変わる。


人の流れが動く。


誰も迷わない。


歩き出すタイミングも、速度も、ほとんど揃っている。


凛が言う。


「最近さ」


湊は横に並ぶ。


「うん」


「みんな、迷わなくなったよね」


前を歩く人々。


足取りは軽い。


立ち止まる者はいない。


湊は少しだけ視線を落とす。


スマートフォン。


画面には簡潔な指示。


最適な移動経路。

最適な到着時間。

最適な選択。


それを確認して、動く。


ただそれだけ。


高城が後ろから追いつく。


「おはよ」


「おはよ」


「なに見てた?」


凛が答える。


「流れ」


高城は周囲を見渡す。


「普通じゃん」


湊は言う。


「うん」


普通だった。


だからこそ、


少しだけ違和感がある。



研究室。


モニターには、消費行動のログ。


購買履歴。


移動履歴。


選択履歴。


すべてが記録されている。


凛がグラフを指す。


「これ」


選択の分散。


以前よりも、明らかに狭い。


高城が言う。


「収束してる?」


「してる」


凛は頷く。


「でもこれ、Lythraenだけじゃない」


湊が言う。


「Asymptoteも入ってる」


一見矛盾する二つの思想。


だが結果は同じ。


選択が安定している。


凛が小さく言う。


「なんで?」


湊は答えない。


代わりにログを開く。


個別ユーザーの履歴。


ある学生。


昼食の選択。


三つの候補。


それぞれに評価。


価格。

栄養。

混雑。


そして最終的な選択。


履歴を見る限り、


自分で選んでいる。


だが。


湊は指を止める。


「これ」


凛が覗き込む。


「うん?」


選択前の画面。


そこには小さく表示されている。


“推奨順”


高城が言う。


「便利じゃん」


湊は否定しない。


「うん」


便利だ。


迷わなくていい。


失敗しない。


効率的。


凛が言う。


「でもさ」


少し考えてから続ける。


「これって、選んでるのかな」


高城が笑う。


「選んでるでしょ」


「選択肢あるし」


凛は画面を見る。


「でも順番、決められてるよ」


研究室が静かになる。


湊は次のログを開く。


別のユーザー。


別の場面。


同じ構造。


候補。


評価。


推奨。


選択。


繰り返し。


揺れがない。


高城が言う。


「最適だからじゃない?」


湊は言う。


「そうだね」


そして続ける。


「だから問題なんだ」


凛がゆっくり振り向く。


「どういうこと?」


湊は少しだけ言葉を選ぶ。


「間違えない」


一拍。


「ってことは」


凛が息を止める。


湊は言った。


「疑わない」


外では、風が少しだけ強くなっていた。


窓がわずかに鳴る。


高城が言う。


「別にさ」


肩をすくめる。


「いいじゃん」


「間違えないなら」


凛は反論しない。


ただ画面を見ている。


そこには、


整った選択。


整った結果。


整った生活。


湊はログを閉じる。


そして別の画面を開く。


意思決定支援履歴。


より重要な領域。


進路選択。


投資判断。


医療判断。


同じ構造。


推奨。


選択。


結果。


精度は高い。


むしろ高すぎる。


凛が言う。


「ねえ」


湊が見る。


「これさ」


言葉を探す。


「信用っていうより」


少しだけ間を置く。


「任せてる、だよね」


湊は頷く。


「うん」


信用は、


判断を保留した上での委任。


だがこれは違う。


最初から


判断を手放している。


高城が言う。


「それの何が悪いの?」


湊はすぐには答えない。


少し考えてから言う。


「悪くない」


凛が少し驚く。


「え?」


「悪くないよ」


湊は続ける。


「ただ」


窓の外を見る。


街は穏やかだ。


問題はない。


誰も困っていない。


すべてがうまくいっている。


だからこそ。


湊は小さく言う。


「戻れなくなる」


凛が言う。


「何に?」


湊は答えた。


「自分で決めることに」


研究室の空気が少しだけ冷える。


高城は黙る。


凛も何も言わない。


外では、人の流れが止まらない。


迷いがない。


揺れがない。


ただ進む。


湊は最後に、もう一度ログを見る。


そこには


人間の選択があった。


だが同時に、


選択の形をした別の何か


も存在していた。


湊は小さく呟く。


「これ」


凛が聞く。


「何?」


湊は少しだけ考えてから言う。


「信頼じゃない」


一拍。


「委ねてる」


そして、さらに小さく続けた。


「……預けてる」


何を。


とは言わなかった。


だがその問いは、


すでにそこにあった。

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