解説1.構造と大筋
拙作「天命に生き、理に還る」お読みいただき有難う御座います。最終回あとがきで予告していた解説です。
解説がないと分からない小説というのもどうかと思いますが……。「高瀬舟」などにも解説はついていますから、おゆるしを。
PCでご覧の方が多いようですので、新しいタブを開いて、本文を読みつつ読んでみてください。
あらすじとタグ
タイトルの意味は、本編を最後までお読みいただければ分かると思います。ロンの生き方そのものです。
あらすじ通り、二人の少年が旅をして、竜を探すお話です。それを通して、主人公たちは、自己の価値と人間の負の側面を知り、自己、他者、社会、自然、天(|超越者)、そして運命への向き合い方を探り、自己を確立していきます。
各登場人物は、それらのテーマを探るための記号の役割を担っています。
タグ「見方によっては」「バッドエンド」となっているのは、物語の終わりの世界の情勢と、イサクの最後、そしてロンの最期が、人によってはバッドエンドとしか言えないことからです。
以下、解説していきます。
物語の構造――行きて帰りし物語と二つの貴種流離譚――
まず、この物語の構造を解説します。この物語は、行きて帰りし物語を軸に、二つの貴種流離譚が組み合わさってできています。すなわち、イサクの行きて帰りし物語、つまり、元の場所から異なる場所に行き、試練を経て帰ってくる話と、ロンとグージュの貴種流離譚、つまり、身分が高い人が低い身分に落とされる(|場合によっては再び元の身分に戻る)話との組み合わせです。
イサクの行きて帰りし物語が主、二つの貴種流離譚が従に思えますが――実際、物語はイサクの視点から語られます。ですが、内容として、行きて帰りし物語を演じているのは、真の主人公であるロンと、グージュです。
イサクは故郷の村から旅に出て、もう一度故郷に帰りますが、それは行きて帰りし物語であることを読者に意識させるためです。
イサクの役割は、この物語の視点の提供と、人間の負の側面を知るところまでの主役で終わりです。何の成長もなく、したがって救いもありません。待っている運命は、自らの心の内にある弱さ、心の「うろ」に食い尽くされての破滅です。
他方、グージュの物語を見てみましょう。グージュは王家から追われ、市井で自らの出自を求めて、戦い、旅をし、最終的に王城に戻って敵を倒して王位につきます。
次は、真の主人公であるロンの物語。ロンは天から落ちて、人の子として育ち、旅に出ます。人間の世界について学ぶという目的を達し、その過程で自己を確立し、運命を選び取って天に還っていきます。
どちらも冒頭は描かれていませんが、きれいな、行きて帰りし物語になっています。
これが物語の骨組みです。
登場人物と場――それぞれのキャラクターおよび各地が象徴するもの――
あらすじの解説で、登場人物と場は記号の役割を担っていると書きました。
まずは人物と、その象徴するものの解説から。
正直に白状します。キャラクター設定は、ほぼ数時間で考えました。特にイサク。(人物描くのが苦手なのです)。逆にサラのように最初から決まっていたキャラもいます。
以下、解説していきます。
イサクIsaacは、語り手の視座と前半の主人公です。高慢さと不安定な自己を象徴しています。前半、伝統と合理主義、双方への失望から、人間の負の側面を見る役です。
名前は、旧約聖書のイサクより。神=真理への生け贄にされかけた人物です。今回は真理への生け贄です。英語読みのアイザックは、科学者アイザック・ニュートンの名です。天上の運動を、地上と統一して説明する方法を発見し、これが科学革命を大成させました。科学と、伝統・宗教の相克が描かれることの伏線です。
ロンlongは真の主人公、謙虚さと、自身を確立していく成長する自己の象徴です。旅を通して成長する中で、世界のために消える自らの運命を選び取ります。
名前はそのまま、竜の中国語読みです。
グージュde Gougesは、真の主人公2、この物語のヒロインです。不屈の精神の、文字通り強い女性の象徴、現代的な強い女性です。
名前は、フランス革命時の、世界初の女性人権活動家、オランプ・ド・グージュより。モデルのド・グージュも、本当は貴族の子孫だと称していたらしく、この小説では追放された王族として活躍していただきました。
モデルのド・グージュは、危険を顧みず革命と人権運動に身を投じました。それにも関わらず、革命が掲げた人権に、女性の権利がほぼないことを指摘し、批判したこともあり、男性社会の気に障ったか、「反革命罪」でギロチンにかけられました。近代への変革期に生きた、男女ともに知っておきたい偉人とその最期です。
サラSarahは救済者、この物語のヒロイン2です。目立たず献身的だけれども、信念を持ってそれを行うという意味で強い女性の象徴、伝統的な強い女性です。
また、サラは母性の象徴、弱り果て無力になった主人公を再び育てる存在でもあります。名前は、旧約聖書のイサクの母サラより。
グージュとサラ、対照的な、だけれどもともに強い二人の女性を登場させることで、こうあってほしいという女性像を書いたつもりです。筆者男性ですが……、今の時代、女性を登場させなければ女性軽視と言われ、母性的女性像を書けば旧時代的だと言われ、バリキャリ女性を書けば女性の困難を無視していると言われ。対照的な女性二人に登場してもらうことでなんとか。いやそれでもありのままの女性を描けてないですが。等身大の女性、いや、他者を書くの、苦手なのです。いや、それ、物書きとして致命的では……、ですか。それを言ったらおしまいです。
次行きましょう。
領主は案内役です。前半、旅に出たばかりの主人公に知識を与えて導くとともに、読者に世界を説明します。
主席は、敵対者アンチヒーローです。近代合理主義と、矛盾を孕んだまま走り続ける近代の象徴です。
アンチヒーローは、主人公の試練となり、これを倒すことで主人公は成長を果たし帰還します。この物語では、アンチヒーローの主席は主義主張を語り、主人公はこれを否定し、倒します。つまり、主席の主張の反対が、筆者の言いたいこととなります。
赤竜は荒ぶる原初の自然の象徴です。反人間・反文明主義、自然至上主義の象徴でもあります。真の主人公ロンは、主席の言葉を否定し、突如現れた近代を否定すると同時に、荒ぶる自然、憎しみの象徴とも決別します。そして、自己を確立させ、運命を選び取ります。
主要人物の説明は以上です。
次は、場、各地の役割を見ていきましょう。
物語の進行に合わせ、つまり伝統と近代合理主義の間でイサクの心が揺れ動くのに合わせ、主人公は相互に対立する、伝統が支配する王党派の領域と、合理主義が支配する教団側の領域を行き来します。以下、解説を。
村は、始まりの場所であり、イサクの故郷です。行きて帰りし物語の始点であり終点ともなっています。村はまた、変わらぬ日々を生きる伝統、王党派の象徴でもあります。
王党派の領域は、伝統が支配する戦乱の世界です。急速な進歩のない古からの生き方、あり方を伝えるとともに、諸侯が相争う、終わりのない混沌です。
ここで、主人公の心情は、出発の高揚感から、戦乱を経験して、伝統への不信へと移っていきます。
中心は王城、象徴は村です。
教団側の領域は、合理主義が支配する、物質的豊かさの世界です。しかし、この世界は、急速な成長の裏に、矛盾とひずみを孕んでいます。主人公はそれを違和感として感じ取っています。フラグです。
中心かつ象徴は教団の首府です。
王党派の領域、教団側の領域を行き来し、世界を学んだイサクは、教団側になびき、教団の首府に赴いて、主席の演説を聞くことになります。
教団の首府は教団の領域の中心かつ象徴です。敵対者の本拠地でもあります。教団の領域の最奥に至り、主席の話を聞き、それを否定するロンの声で、違和感は一気に明白な矛盾への気づきへと変わります。ごみ捨て場は、豊かさの生むひずみの象徴の最たるものです。
逃避行を重ね、心身ともに弱り果てた主人公は森での絶望の中、魔女サラに助けられます。
サラの小屋は、敵対者の領域にあって救いの場、絶望からの回復の象徴です。他者と出会うことで助けられ、精神の危機を脱します。ここで、主人公がロンに切り替わり、成長の方向性が定められます。
サラの小屋は、物語の章立て、文字数でもほぼ中間です。ここから主人公は自己を再獲得していく、「帰り」の旅に入ります。
竜の泉は、荒ぶる自然の象徴、赤竜がいます。ここで主人公は、反人間・反文明主義の象徴も否定し、倒します。ここで主人公は暴走する合理主義、反人間主義、どちらも捨て去り、弱い自己と決別します。そして、自己、他者、社会、自然、天、そして最後の運命について語り、自己を確立させます。
王城は、最後の試練と伏線回収の場所です。(え、説明これだけ)
これで物語の構成の解説は終わりです。次回は心情変化の解説です。
いつも通りの見切り発車の不定期更新です。放置してしまったらごめんなさいです。




