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22. ロンの死

最終章です。

22. ロンの死


 イサクとロンは、最初の謁見の時のように、玉座の間に跪いていた。小臣達を従え、玉座に近づく音がする。しかし、その音は、前の謁見の時のような、老いた、重い体を引きずるものではなく、若々しい、軽々とした、だが確かに歩みを進めるものだった。


 大河の氾濫と教団の軍の壊滅の後、生き残った兵士たちによってすぐに始められたのは堤防の復旧だった。雨季の次なる洪水に備えるためである。近隣の諸侯達も動員され、民衆も農作業の合間を縫って築堤に励んだ。その年は大きな洪水がなかったこともあり、築堤は無事に終わった。

 そして、国と民が守り抜かれるのを見届け、国土の復興を託すようにして、老王は永い眠りについたのだった。そして。


「デリダ」

 裏切り者の神官長に代わり、護民官が王冠を高く掲げる。

 今日は帰ってきた王女、次なる王グージュの戴冠式なのである。

「天と、そして民の名のもとに。汝に王位を託す」

 群臣たちは一斉に平伏した。

「汝と世界の上に平安あれ」

 新しい時代の幕が開けた。


 次はロンの番だった。新しい王、グージュによって、改めて人の王から竜の王への懺悔の儀式が開かれた。しかし、それに続く儀式は、イサクにとって喜ばしいとは言えない、永遠の別れを意味していた。この後、竜の子は、人が無限の欲望を戒め、天と人の契約が遵守されていることを見届けて、世界の理に還ってゆくのである。世界の理に還る。つまりそれは、個としてのロンは消えるということである。

 吉日の朝、大河の堤防の上に、儀式に参加する人々が並んだ。グージュはロンの前に跪き、契約の遵守を誓った。うなずいたロンは後ろを向くと、大河の川岸に向かって歩みを進めた。

 堤防の上、イサクは叫び出したい衝動を必死にこらえていた。もっと言いたいことがたくさんあった。ロンは何度もイサクを救ってくれた。入り江の竜の鱗に触れそうになったとき、教団の城でさとりの術に陥りそうになったとき、森で凍えそうになったイサクの元に、サラを導いてくれたとき。そして何よりも、行く当てのない孤独な旅にずっとついてきてくれた。孤独なイサクにとって、振り返れば、それがどれほどの助けになったことか! 声を出して呼び止めたかった。謝りたかった。そして感謝を伝えたかった。故郷の村の家の炉端で、今度は家族そろって食卓を囲んで談笑したかった。けれど、これは、ロンが勝ち取り、自ら選んだ運命なのだ。

 ロンは軽く振り向いて微笑んだ。大河に向けて再び歩み始め、見守られる中で、すっと消えた。


 儀式の後、人払いしたグージュは、イサクとともに夕暮れの堤防を歩いていた。

落ち込むイサク。その表情は暗い。

 グージュはつぶやいた。

「人の世で学び、か」

「え?」

「ほら、伝説であったろう。竜の子は人の世で学び、新たな王となる、と。今まで王宮にやってきて育てられた竜は多いというが、ロンは実際に旅をして、人の世のことを、身をもって学んだんだ」

「そうだな。本当に。人の世の良いところも悪いところも、みな見ていった」

「まさか、勇者の代わりに、自分で世界を救ってしまう竜王が出るとはな」

「それにしてもお騒がせなやつだった」

 そう言って二人は笑った。声を上げて、かけがえのない仲間との別れの悲しみを昇華させるように。足元には、大洪水を生き延びた、小さな草が花を咲かせていた。


 イサクは爵位も領地も固辞した。世界の危機は終わったが、それで理想の世界が訪れたわけではなかった。元々、王朝の伝統など理想像に過ぎず、既に壊れかかっていたが、今回の戦いはその崩壊を決定づけた。大諸侯たちは、北の教団の豊かな領地を求めて進軍し、その奪い合いが始まっていた。王党派も、王朝の力の実態を知ると、あくまで王に忠誠を誓う者と、叛乱を起こして、権力を奪おうとするものに分裂する兆しが見え始めた。

 そして、一度もたらされた科学技術は消すことができない。それをいかに使うか、または使わないか、課題は山積するばかりだった。

「私は農夫の生まれ、政にも戦にもうとい。故郷に帰らせて頂きます。もしまた王朝に危機が迫ったときには駆け付けましょう、父祖たちのように」

 イサクは王城を後にした。


 イサクは故郷への道を歩いていった。ぽっかりと心に穴が開いたようだった。途中の町々では伝説の勇者と分かると、歓迎され、祝宴が用意されたが、イサクはそれを辞退した。噂が広がると、今度は、イサクが持っているだろう王家からの褒美を奪おうと襲ってくる野盗もいた。イサクは身につけた剣技で突き出された剣を叩き折ると、そのまま歩みを進めた。もう、これ以上の流血を見たくなかった。ロンのいない旅路、邪魔者扱いしていたけれど、友のいない旅はこんなにも空虚なのか。心の中に浮かぶのはただそれだけだった。

 一連の旅では、イサクの弱さも明らかになった。強いはずの自らの内にある、認められない弱さ。それは巨大な木を朽ちさせ、そして倒すうろのように、イサクの心を内側から蝕み、やがて食い尽くすだろう。それまで……。


 故郷の村につき、二年ぶりに家の扉を叩いた。母が待っていた。

「約束の通り、戻ってきました」

 その夏、イサクは自らの旅の記録を本に書き記した。今は天に昇った友との思い出を噛みしめながら。

 秋が近づいてきた。イサクは自ら書いた書物を暗唱すると、村の長に吟遊詩人になることを告げ、暇乞いをした。己の心のうろが、己を食い尽くすまで、傲りを正す物語を語り続ける。

 村を発つ日の夜、家に戻って旅装を整えると、母に向けて言った。

「一度旅に心奪われた者は、もう元の故郷には戻ることはできない。また旅に出る。今度は戻らないよ」

 イサクは扉を開け放ち、夜の風の中へと歩き出していった。

 炉では薪がぱちり、とはぜた。

(終)


 お陰様で、無事完結することができました。

思えば、中学二年の、文字通り中二病と躁と鬱が全開だった時期に考えた物語、十四年の月日を経て文章にして完結を迎えることができたのは、ひとえに、日々訪問してくださる読者の皆様がいらっしゃったからです。

 特に最後の部分では、一切の執筆をやめてしまおうと思って、筆を置きかけていました。それでも、再び執筆に向かえたのは、何か月も更新がなくても、最後まで訪問を続けてくださった、たった一人のあなたがいたからです。

 ありがとうございました。


 今後も執筆をつづけるため、完結設定はしません。設定や解説等を少しずつ書いていく予定です。


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