20. 黒竜の涙
20. 黒竜の涙
内通者を失い、教団は焦ったのか、攻勢をかけ始めた。神官長が墜落死したと分かるや否や、砲撃は神託所へと向いた。役立たずへの報復に遠慮はいらないということだろう。一昼夜の間、絶え間なく砲弾が撃ち込まれ、神託所は周囲の地形も分からなくなるほどの粉塵の山と化した。
次はどこが狙われるか、恐れおののく人々には目もくれず、グージュは敵陣を見下ろす。
「大砲に使う潤沢な火薬はどこから出てくるのだろう。いくら乾季とはいえ、教団の城から長大な距離火薬を運んでいたのでは途中で湿ってしまう。それに、学生は、窒素の固定法、つまり空気と熱から火薬を作る方法を教えたと言っていた。途中のどこかで火薬を作っているんじゃ」
イサクは敵陣に目を凝らす。
軍勢の後方、巨大なガラスのドームが見えた。よく見れば、中には、電線を繋がれ、のたうつ、巨大な生き物の姿があった。
「あれだ」
イサクは教団の首府で、竜の命を吸い取り、「エネルギー」を生み出す機械を見た話をする。その残虐さに、思わずグージュは耳をふさいだ。
この状況を打破するには、あの機械を壊し、火薬の供給を止めなくてはいけない。城にある大砲も、投石機も、あの距離では届かない。こうなったら、残る選択肢は一つしかない。
「ロン、行ってくることはできるか」
「はい」
ロンはきっぱりとうなずいた。
城壁に上ると、ロンは黒竜へと変じた。そのまま飛び立つと、あらん限りの力を振り絞って、ガラスのドームに向け宙を疾駆する。敵軍にどよめきが走った。巨大な大砲を主力とした部隊は、素早く宙を駆ける黒竜を捉えることはできなかった。しかし。
「逃がすな、撃ち落とせ、捕まえろ」
小銃が向けられた。絶え間なく鉛の弾が撃ち込まれる。しかし、その中を、黒竜はひるむことなく飛んで行く。ガラスのドームに着くや、黒竜はそれを打ち破った。ドームの中にいたのは、はたして、真っ白い竜だった。無数の電線がつながれ、体中から血が滲みだしている。これは、いつか話に聞いた、教団に連れ去られたという入り江の白竜では。白竜の目は真っ赤に燃え、苦しみにもだえていた。まさに、竜の命を吸い取り、エネルギーに変えるという装置だった。こんな中に、何か月も、たったひとりで苦しみながら。この傷だらけの体、もう救いようがない。
「救ってやれずすまない。白竜、こんなに長い間苦しめて」
入り江で不望と話した思い出を想うと、涙を止められなかった。黒竜は白竜に鉤爪を突き立てる。白竜は体をよじる。ガラスが砕け散り、周囲にいた白衣の操作員と機械がなぎ倒される。何度目かの斬撃の後、城まで届く断末魔を上げ、白竜は息絶えた。
黒竜はまた銃弾の雨の中を城へと戻ってきた。また人の姿に戻ったロンは、銃弾の傷だろう、体中から血を流している。
イサクは医官たちを集める。
「すぐに治療を。銃弾を取り除いて。竜に金属は毒なんだ」
すぐに治療が始められた。三日三晩、ロンは苦しみ続けた。
やっと意識が戻り、ロンは言った。
「赦してくれ、白竜」
涙を流し言い終わると、再び目を閉じ、意識を失った。




