17. 再び侵入者
17. 再び侵入者
イサクとロン、それにグージュは、先ほど起こったこと、すなわち、主席がこの戦場にいること、魔術を使って侵入してきたことを報告しに、今日の軍議の部屋へと駆けた。地下の通路を抜け、再び日差しのもとへと出たときだった。ガシャン、バリバリ。突如として、王宮の中庭から何かが地面にぶつかる音と、ガラスや庭木が砕け散る音が聞こえた。
「何があった」
着弾か。予告する敵の声もなかったのに。三人は音のした中庭へと走った。
そこに待っていたのは、砲弾ではなく、金属とガラスでできた一つの塊だった。鋼とは違った、見たことのない銀色の金属。いや、教団の城で見た機械の箱に似ているかもしれない。下の方には黒く丸い車輪のようなものがついているから、乗り物なのだろう。ガラスでできた窓の向こうに一つの人影が見えた。「内燃機関」の音が響き、車体の一部が上に跳ね上がる。
「ええい、何者だ。教団の魔術使いか。出てこい!」
グージュは抜刀し、体の前に構えて今にも斬りかからんとしている。周囲に人垣ができ始めた。
果たして、開いた扉から、人が出てきた。出てきた人物は、両手を挙げて周囲を見回す。気が抜けるほど痩せてひょろりとした若い男だった。この世界の者とは思えない奇妙な出で立ちをしている。薄い茶色のズボンをはき、赤を基調とした格子柄のシャツは、濃い色、薄い色、その間に中間の色を繰り返す不思議な模様で全体が織られていた。頭髪は短く切られているがボサボサで、顔にはガラスでできた二つのレンズ――おそらく眼鏡というものだろう――をかけていた。手には何やら、表紙の赤い、薄い紙でできた束を持っている。剣を向けられて男は叫んだ。
「話をさせてくれ。敵じゃない。あなた方を助けに来たんだ」
捕縛された男は、今日の軍議の部屋へと引き立てられていった。突如乗り物を伴って現れるとは、いかほどの魔術師か。敵なのか、味方なのか、全く見当もつかない。とにかく、軍議で話をさせようという訳である。
跪かされた男を見るなり、集められた大臣達や将軍たちは言った。
「お前は十五年前の奇術師ではないか! なぜまたここにいる。投獄され、追放されたんじゃなかったのか? しかも、なぜ十五年前か年を取っていない。悪魔の術か」
「話を聞いてくれ。悪魔じゃない、大学生だ。一度帰った後、あなた方を助けるために戻ってきたんだ、未来から!」
「どういうことですか?」
イサクはその場に居合わせた人々に聞く。
「将軍方はこの者を知っていると?」
「この者は十五年前、突如として王城を訪れた者だ。そして数々の奇術を披露してみせた」
中軍将軍が答える。
「小さな機械から稲妻を出す奇術、それを使って、ただの石から金属を取り出す奇術、いとも簡単に鉄をも曲げる奇術」
「奇術じゃない。科学に基づく、高度に発達した工学技術だ」
「黙れ。そして、言ったのだ。『この術を使えば、この王城の城壁を吹き飛ばせるだけの火薬を作ることもできる』と」
「それは少し口が滑っただけで」
「よって、この者は危険ということで、投獄の上、持ってきた道具とともに山脈の北に連行し、追放した」
「神託でそう出たのだ」
神官長が言う。
「このような邪悪なものは、王都からできる限り離れたところに捨て去るのがよい、と」
学生を称する男が続きを話す。
「そして、追放された北方で、近頃、領地を拡大しているという若い領主に拾われた。聞けば、その領主は科学、特に製鉄と肥料の技術を研究していた。鉄の農具で北の湿った大地を耕し、肥料で作物の収穫を増やして豊かな国を作りたい、と。そこで、領主に、自分の知る限りの科学技術、特に、エネルギーの原理と、火薬の製造にも使える窒素の固定法を教えてしまったんだ。ちょうど持っていたこの本を使って」
学生は赤い表紙の紙の束を指差す。イサクはその題字を読んだ。
『……wton特別号 世界を変えた若者、科学革命の大成者アイザック(Isaac:イサク)・ニュートン以来の科学技術の歴史』
あっ、と思わずつぶやく。世界を変える若者……。
「領主は魔法とエネルギー法則の統一理論を見つけたと言っていた」
「お前、潤沢な鉄と火薬を手に入れたら、野心家の領主が何をするか分からなかったのか! どれだけの戦が起こった、お前のせいで」
グージュが叫んだ。
「あの領主は本当に熱心に知識を学び取った。だからついつい教えてしまったんだ。まさか世界の歴史をこんなにも変えてしまうとは思いもしなかった」
「この。今すぐ叩き斬って」
「最後まで聞いてくれ。だから、戻ってきたんだ。僕の知識を使った過ちで狂わせてしまった、この世界の歴史を正すために」
大学生と称するこの男が何ゆえこの世界、この時代にやってきたのか。そして一度帰還した後、何ゆえ歴史の異変に気付き戻ってきたのか。それはまた別の物語である。
「……ヨモギの根を集めてくれ。それに尿をかけて……」
学生の知識を使って、城内で様々な改革が実行された。まず行われたのが、小銃のための火薬の増産だった。今まで厠の土と備蓄に頼っていた火薬は、まさかの尿から採取されることになった。次に行われたのが投石機の改良。力のかかり具合と、石の形、重さを見極めることで、より正確に、より遠くまで飛ばせるようになった。これら二つによって、敵の先陣を一歩後退させ、敵兵が突撃してきた場合には、集中砲火を浴びせることができるようになった。「衛生」の知識により、傷病者の救命率は向上し、城内の感染源は一掃された。
とはいえ、小銃と投石機では限界がある。城が攻城砲の射程から外れるほどに敵を遠ざけることはできなかった。連日、砲弾が城内に撃ち込まれる。それでも。
「絶対に王城と黒竜は守り抜く」
その決意は変わらない。
今日も城壁に上って、イサク、ロン、グージュは敵陣で砲撃の準備がされるのを見ていた。
「何か変じゃないか?」
ふとグージュは言う。
「何が」
と言うイサクに、グージュは続ける。
「なぜ私が入城したとき、南の裏門は敵の包囲がなかった。今は南門も包囲されているとはいえ、圧倒的に東門、つまり守りの堅い正門への配備が多い。何より、敵の大砲は尖塔、いや館の一つまで正確に打ち抜くのに、この長大な城壁にはほとんど砲撃がない。的としてこれ以上のものはないし、城壁を崩せば、いや、城門を破壊できれば、そこから一気に攻め込むことができる。なぜそれをしない。教団には単なる落城とは別の目的があるんじゃないのか?」




