16. 侵入者
16.侵入者
日々続く教団側の砲撃に、王城は瓦礫の山と化していった。そんな瓦礫の中を、イサクは毎日歩いていた。役割は伝令である。城の宙に架かる回廊の多くは、砲撃によって崩落してしまっている。日々動線が失われ、伝令にかかる時間は長くなっていった。そんな中でも、小臣や兵士たちに伝令を任せられない機密については、軍議に参加することを許された人々が直接伝えなくてはならない。という訳で、最も役割が少ないイサクとロンが伝令役をしていたのである。今日も、案内役の兵士に導かれ、各役所を巡っていた。
「さて、行くか」
それらの中でも特に重要なのが、神託所で仰がれた結果を持ち帰ることである。この王宮では、重要な事項の決定に際しては、天の意に沿っているかを確認することになっていた。神官長の所管する神託所の巫女たちに神官長を通して伝える。儀式の後、神官長がその結果を読み解き、可否を判断するのである。大抵の事柄については可と出るのだが、何せ時間がかかる。神官長は、軍議の時には出席するのだが、その他のときはほとんど神託所に籠り切りだった。イサクは神官長に供物を渡し、神託を仰ぐよう頼む。今回の内容は、明日の軍議の場所について。予定していた地下室に着弾がないかを占ってもらうのである。結果が出るのを神託所の前で待ちながら、いい加減に飽きてきたイサクはつぶやく。
「全く。教団が総攻撃をかけてこない籠城戦だからよいけれど。普通の合戦だったらあっという間に敵に攻め込まれてしまうぞ、こんな悠長なことをしていたら」
「イサク、何か言ったか」
神官長が出てきていた。イサクは慌てて口をつぐむ。
「神託は可と出た。結果を、指揮を執る各将軍に伝えよ」
「はい」
勢いよく返事をすると、イサクは指揮を執る将軍たちのいる城壁へと、瓦礫の合間を縫って歩き始めた。
人気のない地下の通路に入る。イサクは思わず目をこすった。少し離れたところだが、一瞬にして一つの人影が現れたのである。あんなところに姿を隠しておける曲がり角はあっただろうか。不思議に思い立ち止るイサクには目もくれず、人影はイサクの来た道へと歩き出す。頭にフードを被ってはいたが、すれ違い様、その顔が見えた。どこかで見た顔、茶色い髪、そしてあっと驚くその声。
「お前は教団の主席!」
「若造! あのときの!」
「どうしてここに⁉」
言うや、主席は剣を抜いて、口封じにかった。かろうじて斬撃をかわすと、イサクも剣を抜いて戦闘を始める。剣が互いの顔すれすれをかすめる。刃をぶつけ合い、相手の一瞬の隙を探る。イサクは剣を突き出し斬撃を加えたが、主席はその数倍の斬撃をイサクに加えてきた。次第にイサクは守勢に回るようになっていった。イサクは長期の籠城戦で剣を振るう機会が少なくなっていたとはいえ、それを差し置いても、主席の剣の腕前は相当なものだった。また一撃、イサクの胸、寸でのところを剣が横切る。
「ロン、助けを呼んできてくれ!」
ロンが走り出すと、主席は指を鳴らした。火の玉がロンを取り囲む。それらは一斉に中央に集まり、火柱となった。間一髪、ロンは床を滑ってそれをかわすと、再び走り出した。
「お前、魔術を使えるのか」
イサクが言い終わるのも待たず、主席は次の一撃を加える。はじき返したイサクの目の前で鮮烈な光が明滅を始めた。この、視界がきかない。思いながらも、イサクは音を頼りに剣を避けた。魔術を使って、イサクは二人の周囲に炎の壁を作り、主席の逃げ道を断つ。場に光を満たして、こちらも相手の視覚を封じた。空を切る音と相手の気配を頼りに、二人は剣を振るい、魔術を繰り出す。戦闘の中で剣と魔術、どちらにも集中力を注ぐのは、気力を消耗させた。一瞬、集中が弛んだ。刃が振りかかる。斬られる。
ふと気配が消える。何が起こった。光と炎の術を消して周囲を見渡すと、応援が駆け付けたところだった。息を切らしたイサクは膝に手を突いて、その場に崩れ落ちた。援軍の先頭に立っていたグージュに助けられながら、救護所に向かった。イサクはグージュに話す。
「教団の主席は魔術が使えた。それも相当な腕前だ。炎で周りを囲ったのに、転移の術を使って城外に逃げた。空間を通らない転移は、並の魔法使いではまず身につけられない高度な術だ」
「教団は、魔術や、それを使う者を目の敵にしているんじゃなかったのか?」
「それは表向きだ。科学を信奉し、魔術を否定するように見せかけて、その実、主席は魔術を、自分とその周りだけのものにしてしまいたかったんだ。自分と同じ能力を持った政敵が出てくるのを潰すためだ」
イサクはグージュに魔女狩りの苛烈さを話した。グージュは絶句した。しかし、しばらくして口を開いた。
「今回の件で分かったことがある。この戦場に主席もいる。城外にいる教団軍の中から主席を捕まえられれば、北の教団は滅ぼせる」
それは、王城側が希望を見出した瞬間だった。




