14. 尖塔と攻城砲
14.尖塔と攻城砲
早速、今後の戦略を立てるための会議が始まった。参加するのは、主な臣下である。といっても、謁見に参加した七人と、特別に参加を許されたイサクとロンだけであるが。
まず、騎兵長の元にある偵察隊からの知らせが報告された。北の教団は速やかに軍備を整えた。全軍を以って、イサク達が通ってきた道を、すなわち中央の高原地帯の東側を進軍してきているということだった。途中の教団側の諸侯に兵員を供出させ、王党派の諸侯を降伏させている。王党派の大諸侯も、圧倒的な量と質の軍事力を前に、城を出て戦うことなく、傍観する者がほとんど。稀に進路を阻もうと戦う者もいたが、最新の銃器を前にして為す術がないという。つまり、今回向かってきている軍は、教団の精鋭部隊が先頭なっているということだった。しかも、今回の軍勢は「内燃機関」というものによって自動化された乗り物で進軍してきていた。それは恐ろしい速さで、敵は戦いながら大軍勢で移動しているのに、早馬に乗った偵察兵も追いつかれそうなほどだったという。
「あとおよそ一月で王城に到着する勢いとの報告が入っている」
「ということは、騎兵長、圧倒的な数、そして速さの軍勢の前に、皆が逃げおおせることは不可能だ。だが、竜の子、ロンを渡して降伏すれば、世界の理は壊されてしまう。つまり、選択肢は一つ、この王城に籠って、最後まで戦うしかない」
「そういうことになる、歩兵長。して、籠城戦をするにあたって、物資と武器はどれほど用意できているか」
「食料は、租税として集めた穀物を主として、半年分。水は貯水池に一杯分。大河に注ぐ谷川をせき止め、地下の水路を使って引き入れている。こちらはいつもの年と同じく、雨季が来るまで十分に持つ。兵器と弾薬は、投石機と長弓、弩を主としている。銃と火薬もかなりの量が備蓄されているが、何か月にもわたって戦いを続けるには足りない」
「そして、立て籠もる人数は。これが一番重要だが」
「城の住人は総勢四千人、うち戦いに参加できるのは二千人ほどだ」
「敵の軍勢は」
「おそらく、一万は超えているかと。それに加えて、攻城砲が何門も」
長い沈黙が流れた。その後、その日は解散となった。
一月後、突如として、大河の向こうに黒山の軍勢が現れた。教団側の軍である。平野に出ると、兵力を誇示するかのように、横に大きく展開した。これから大河の渡河が待っている。さて、どう出るか。
数日後、教団側から軍使がやって来て、城門の前に立った。捕まることを恐れず、将校一人と従者二人の三人だけである。城を守る側も使者を出して、要求を記した書状を受け取った。内容は二つ。竜王の子、黒竜を引き渡すこと、城門を開き城を明け渡すこと。当然ながら受け入れることはできない。拒絶を伝えると、使者は帰っていった。王城の側からも使者を出し、断固として受け入れられない旨が伝えられた。使者はその日の夕刻まで拘束され、宣戦布告状を持って帰ってきた。
翌日からすぐに軍勢が動き始めた。王城側からも迎撃隊が出撃する。渡河してきた教団側の兵士を討つためである。通常、渡河には犠牲が伴う。王都の前を流れるこの地域最大の大河ならなおのことである。兵員が減ったうえに疲弊した教団側の兵士の上陸を、文字通り水際で阻止する。
「対岸の渡し舟は皆こちらに引き揚げてきた。川沿いには堤防もある。こちらはそれを陣地にして戦う。橋頭保は築かせない。譬えあの大軍が押し寄せても、十日は持って見せる」
騎兵長は言った。イサクもまた志願して、その側で戦闘に加わった。
だが、待っていたのは、予想を超えるものだった。敵軍の後方から、車輪のついた、大きな箱のようなものがやってきた。何なのだと思う間もなく、それは河へ入っていった。上についた筒から、炎と煙を噴き上げながら河を渡ってくる。これが「内燃機関」というものをつけた舟の威力か。イサク達が渡るのに難儀した大河を、一瞬にして渡り切った。渡河を終えた車輪付きの箱舟に向けて、歩兵たちから次々と矢が射かけられる。だが、全く舟に刺さることはない。おそらく鉄板で覆われているのだろう。王城側の兵は箱舟に向けて集まってくる。今度は銃によって弾丸が撃ち込まれる。一斉射撃を浴びても、鉄の箱はびくともしない。それどころか、水から上がり、堤防に向けて進んでくる。ええい、と血気盛んな騎士が突撃を命じようとしたが、騎兵長はそれを止める。
「あれを見ろ」
騎兵長は大河の向こう、敵陣を指差す。気づけば、今上陸してきた箱と同じような箱が無数に並んでいる。それらが川に向けて進み、同じくこちらの岸目指して渡ってくる。
「一箇所に集中するんじゃない。敵は方々から来るぞ」
王城側の兵たちは分散を始めたが、時既に遅し。敵の舟は河の中ほどまで進んでしまっていた。
「何という速さだ」
二番目以降の舟も続々と川岸に上がり、王城側の軍は堤防に退却した。見るや、敵の舟の上、蓋が開き兵士が顔を出す。手には銃を構えている。一つの舟につき何人かが銃を持って、堤防に向けて射撃を始めた。銃を撃て、王城側の号令がかかる。射撃が始まる。第一波が終わり、硝煙が風に流される。当然だが、舟の中に隠れたため、敵の損害は僅かだった。
敵の舟の前側が開き、動く障壁とともに、銃を持った兵士が現れた。しかも一隻から何十人も。こちらは既に弾が込められている。王城側の軍に向けて一斉に発砲を始めた。敵の第一波が終わる。
「次の弾を込めろ。早く、敵が次の弾を込める前に。先を越されるんじゃない」
王城側の軍は、また一斉射撃を返そうと銃に火薬を込める。破裂音が響く。王城側の軍に向けて、無慈悲にも敵の銃弾の第二波が浴びせられる。教団側の新式の銃は連射ができるのだった。堤防の裏に隠れていた大部分の者は助かったが、上にいた者は不意を突かれた形となった。
「退却、退却」
号令が響く。騎兵長は言う
「これ以上兵員を失うわけにはいかない。皆、武器を持って城内に戻れ」
歩兵たちを先頭に、それを騎兵が守りながら、王城へと退いた。その間にも、敵は同じような舟を使い、何度も、人員を、車両を、そして陣地の構築に使う資材を運んだ。十日は阻止してみせると騎兵長が言った橋頭保の構築は、一日にして終わったのだった。
翌日も、敵の人員の渡河は続けられ、渡り終わった者から、王城の前の平野に整列を始めた。通常、これから戦う敵の前で整列することはない。敵に兵の数を数えられ、手の内を明かすようなものだからだ。しかし、教団は敢えてそれをやってみせた。相手に対して、絶対の兵力差の自信があるからこそできることだった。
「……九千……一万……」
城壁の上に立ったイサクは、そこまできて数えるのをやめた。城内にいる兵は二千弱。それを遥かに上回る敵が目の前にいる。それだけで戦意は削がれていった。
「降伏せぬか」
どのような手法を使ったか、大きな箱から、敵将の声が大音量で聞こえてくる。これも、教団の進んだ技術を見せつけるためだろう。しかし、ここで降伏する訳にはいかない。一度戦いを始めた者に対して、教団が容赦するはずがない。それに、ここで竜を差し出せば、世界の理は壊れてしまう。
絶望的な戦いが始まった。
教団側の軍は早速動き始めた。大河の向こうに、巨大な車両がやってきた。立て籠もるイサク達は、城壁の上からそれを見ていることしかできない。兵員と同じく、鉄張りの舟で渡河してきたそれの覆いが取られた。現れたのは、人の背丈数人分の長さはあろうかという巨大な大砲だった。砲口も、人が入れそうなほどに広い。黒光りするそれはおそらく鋼鉄製だろう。北の教団の攻城砲の話は聞いていたが、ここまでのものだとは。そうしている間にも大量の火薬が運ばれてきて、砲に詰められる。号令一下、火が入れられる。地を揺るがす轟音が響いた。一発目は空砲だったが、続く降伏を呼びかける声の後は実弾だった。王城の横、岩の崖に弾丸がめり込んだ。岩が崩れ落ち、土煙が上がる。その威嚇でも降伏しないとみると、次からは王城の中に正確に照準を合わせてきた。三発目の点火とともに、巨大な鉄球が飛び込み、振り向くと一軒の館が消し飛んでいた。
次の日、そのまた次の日には、さらに攻城砲が運び込まれ、砲撃の準備が整えられた。並べられた攻城砲は八門を数えていた。それらが順に火を噴き、砲弾を飛ばす。しかも、驚くべきは、その破壊力にとどまらず、その弾道の正確さだった。大きな声を響かせる箱を使って、次はどこに砲弾を撃ち込むかを告げるのである。着弾点にいた人々が逃げ出し、避難が終わるとともに、八門の攻城砲が順に同じ標的を撃ち抜いていく。終わるとまた、次の目標が告げられ、同じことが繰り返されるのである。人への被害は最小限に抑えられたが、心理への影響は多大だった。昼夜逃げ回る人々は次第に疲弊していった。砲弾の正確さを前にして、次はわが家が破壊されるのではないかという不安に陥れられた。
岩山の斜面に広がる王城は、古の冥王との籠城戦では不落を誇ったが、その形状は、攻城砲の前には無力、いや、むしろ弱みとなった。壁のように広がるため、砲撃を加えるには絶好の的だったのである。教団の砲兵隊は、王城の街並みを櫛抜けにすると、今度は宙に架かる回廊に標的を定め、次には弩の備え付けられた尖塔を標的にした。矢が届かぬように高く高く積み上げられた尖塔は、鉄の塊の前に脆くも崩れ去った。
イサクや、軍事に携わる者達は、その鉄の質と量にも驚きを隠せなかった。撃ち込まれた鉄球は良質な鋼でできていた。王党派の諸侯の領地でも鋼は作られている。しかしそれは非常に高価なものだった。砂鉄や鉄鉱石を掘り出して炉で熔かして銑鉄を作ったあと、大量の炭を使って職人が何日もかけて鍛造する。上位の騎士の厚い鎧一式を揃えるにも、一つの村から上がる小作料何十年分もが必要だというのに。教団はそんな鋼を惜しげもなく相手方に投げ込む。
崩れ落ちる尖塔と、攻城砲の鉄、それらはまるで、終わりゆく古い伝統と、それを打ち壊す科学と合理主義の対決を象徴しているかのようだった。まるで狩りの獲物をもてあそぶかのように、教団の軍は王城を少しずつ、だが確実に蝕んでいった。それはおよそ一月続いた。食料よりも水よりも、希望が先に潰えそうになっていた。だがある日、知らせがもたらされた。
「北西から軍勢が向かっています」




