15.王女の帰還
15.王女の帰還
北西から向かってくる街道は、険しい崖となっている王城の裏を避け、王城の南側で平野へと出る。山の裏から来るは味方の援軍か、敵の増援か。知らせが届くや、人々は城壁へと走り出した。イサクも城壁の上、人々の隙間から目を凝らす。
南方の峠の上、鬨の声を上げて軍勢が流れ下ってきた。全員が機動力を高めた軽装である。土煙を上げる騎馬隊が、教団の軍へと突撃を開始する。教団側の軍は応戦するよう指令を出したが、砲兵中心の部隊は、思いもよらない襲撃に、一瞬対応が遅れた。敵の歩兵が小銃を持ち出す。しかし、その頃には、騎兵隊の先頭は敵陣に斬りこんでいた。
戦いに見入る人々の脇で、銃声が聞こえた。南門の方だった。
「南門を開けてくれ。敵じゃない。援軍だ」
門が開かれると、大量の軍勢が流れ込んできた。騎兵隊も後退を開始する。その多くは敵の銃撃の前に倒れてしまったが。今までの戦闘は、援軍を城内に入れるための、捨て身の陽動作戦だったのだ。
城内、南門から街の中心部へと続く坂を上ってくる軍勢。城壁の上から、イサクは喜びを以ってそれを見ていた。その中の一人、列の最後尾、閉じられた門に向かって仲間の死を哭し、再び前を向いた小柄な兵士と目が合った。いや、正確には兵士でなく、大きな紀章をつけているから指揮官なのだが。相手もイサクを見て驚きを隠せなかった。間違うはずがない。こんな奇蹟があるだろうか、イサクは街の中心へと駆けた。
「グージュ!」
「イサク!」
「どうしてここに?」
「お前も。ついに竜を見つけたんだな。竜が見つかるも、それがいる王城に危機迫ると聞いて、以前得た従士達と決死隊に参加した次第だ」
イサクとグージュは話した。グージュはイサクと別れた後も各地を転戦して配下を増やしていった。そして、王城に向かう決死隊でも戦果を挙げて、将の一人まで上り詰めた。イサクもまた、グージュと別れた後の冒険の話をする。教団の首府に赴いたこと、そして教団は天候を操る機械で世界の理を壊しかねないこと。統治下で生まれている、多くの矛盾について。
「そういう訳で、北の教団の狂気の計画は何としてでも阻止しなくてはいけないんだ」
「そして、北の教団は黒竜の力を使って計画を為し遂げようとしている。それを知ったイサクは急いで黒竜を求め、王城にたどり着いて籠城を始めた、と。
で、その黒竜というのはどこにいるのだろうか。確か東方で見つかったというのは聞いたのだが。ちゃんと安全なところに匿われているんだろうな」
「それが、驚かないでくれよ」
合流したロンをイサクは指差す。何が、という顔をするグージュの前で、ロンは頷く。その体を輝かせ、難なく竜に変じてみせた。援軍の兵士達にどよめきが広がる。
「まさか、あの子供が」
「大切なものはすぐそばに、ということさ」
「そうだ、王に非礼を詫びなくては。急を要したとはいえ、王城の門をこのような形で開かせてしまったのだから」
「分かった。王宮にお伝えしよう。王が謁見に応じてくれるだろうから」
「そんな、畏れ多い」
「まあ、そう言わず。ロンのことよりも、ずっと驚くことがあるから。それにしても、包囲は東の正門だけで、南門は包囲されていなくてよかったな」
二人は話しながら、案内してくれる衛兵を探した。
グージュを含む援軍の将達は、城内に入った兵士達が無事休息の場を見つけ、負傷した者達が手当てを受けるのを確かめて回った。ひと段落すると、将達は礼装に着替えさせられ、玉座の間で謁見に臨むことになった。イサクは将達の案内を買って出た。玉座の間、老体の王に驚きながらも、将達は一人ずつ、王の前に進み出、拝礼していった。最後に、グージュの番となった。グージュは、王の前にひれ伏した後、その手を取り接吻する。その目を見開いて、驚きを隠せなかった。王の薬指を凝視する。思わず胸元から、鎖に掛けたものを取り出す。それ、物心ついて以来、ずっと自己の拠り所としてきた鉄の指輪は、まさしく、王の指にはめられた鉄の指輪と同じものだった。王もまた、驚きを隠せない。側にいたイサクとロンは頷き、話し始めた。
「グージュは、自分の力でここまでやってきました。運命に抗い、それを切り開き、ついに勝ち取ったのです。陛下」
十四年ぶりに再会した王とその孫娘。別れてからすっかり時を経た二人は、しっかりと抱き合い、涙を流した。失われた時を埋め合わせるかのように。そして十四年間の、互いの戦いを語り合った。
「そして、私の本当の名は?」
「デリダ。古の」
翌日からの軍議には、グージュ達、援軍の将も参加することになった。援軍の将兵は、これからの戦いになくてはならないものになったからである。
「して、兵員と物資の数量は?」
グージュは説明する。
「物資は、奇襲戦だったため、ほとんど持ち込むことができませんでした。そして、兵員ですが、峠を越えるときには、およそ三千人でした」
城内と合わせて七千人。その人数で、数万の敵と攻城砲と、戦う。希望はあるのか。
新たに、籠城に加わった兵士たちを待っていたのは、過酷な砕石運びと飢えだった。敵の砲撃と、その着弾地点を告げる声は、新しくやってきた兵士たちの戦意をくじいた。今までの、苦戦しながらも敵と武器を交えたのとは違う、ただただ敵の攻撃に耐え、街の瓦礫を撤去する任務。投石機の射程ぎりぎりで、その射程の短さを嘲笑するかのように隊列を組む敵兵に、城内からは何もできない、もどかしさ、やるせなさ。減っていく食糧。瓦礫と飢えの中で、このまま終わりを迎えるのか。士気は限界を迎えようとしていた。
「くそう」
忍耐強いグージュが悪態をつくのを、イサクは何度も耳にした。




