10.晩秋の森
10.晩秋の森
イサクは街道を離れ、森へと入ることに決めた。もはや嘲笑う人々の視線に耐えられなかった。森に入る前に、イサクは有り金の全てを使って、行商人から、干し肉と、干し果と乳脂を買い込んだ。消えてしまいたいと思いつつも、心のどこかでは生きたいという本能があったのかもしれない。干し肉を噛み、干し果をかじりながらイサクは歩いた。
村がある度に大回りしてそれを避けた。人と会うのが恐ろしかった。
森に入ってしばらくして、襲撃も途絶えた。
度々視点が合わなくなり、ぼんやりと宙を見た。視点を合わせる気力、集中力すらなくなっている。そう気づいた意識も、歩きながら薄れていく。
意識がある時、頭に浮かぶものは、死、その一文字だけだった。
――中略――
(体力を回復する薬草の力を使いながら、イサクは朦朧とした意識の中を歩き続ける。)
木々が、広葉樹から針葉樹に変わっていった。おそらくは、村の本で見たトウヒという木だろう。実物を見るのは初めてだった。それほど、北の、寒さの厳しい地に来ていた。知っている薬草も徐々に少なくなっていった。降り続く雨で、森の中はひどく湿り、火を起こす場所さえ見つけることが難しくなっていった。
――中略――
(疲労の中を歩き続けると、今度は幻覚がイサクを襲うようになる。止まない幻覚の中を歩き続ける)
森に入って幾日が経ったことだろう。最後に食料を食べ、薬草を見つけてから恐ろしい時間が経っていた。数日来、冷たい雨が降っては止み、止んでは降りを繰り返していた。雨を防ぐために外套の下に張った油紙も、長い逃避行の間に擦り切れ、破れ、用を為さなくなっていた。雨は至る所から服の中へと入り込み、靴が、雑嚢が、胸が腹部が濡れ、湿気は熱を、体力を、体から奪っていった。
雨はやがてみぞれへと変わった。泥と入り混じり、ぬかるんだそれに足を取られ、イサクは転がり、手足を広げて仰向けになったところで止まった。ロンは見当たらない。そんなことは、もはや意識の片隅に僅かに残るのみ。やがてみぞれはさらに白いものへと変わっていった。視界がかすむ。母とともにあたった、炉端の暖かさ、ぱちりと薪のはぜる音。燃える火を見たのはいつの日のことだろうか。目に映るそれは、記憶か思いか、実際に見ているものなのか、はかない幻なのか。その画像さえも、暗く、ぼやけていった。
次話は約30分後に投稿予定です。




