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100Gのドラゴン  作者: カエル
第五章
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ドラゴンラーキング11

 バイペド・リザードがフマラに進化したのは、ドラゴンが誕生したのとほぼ同時期だった。

 ドラゴンもフマラも元は、砂漠に生息していたトカゲから分岐して進化した生物だ。その後、ドラゴンは世界中に広がり環境に適した形に進化していく。しかし、ドラゴンとは違いフマラはすぐに砂漠から出ることはできなかった。

 彼らが生息していた砂漠の周りは、火山活動の影響で地表が隆起した山脈ができていた。フマラは、ドラゴンとは違い翼を持っていない。そのため、山脈を越えることができず砂漠に留まるしかなかった。

 それから、長い年月が経ち山脈は地殻の変動の影響で徐々に低くなった。山脈がフマラも超えることができるほど低くなった時、一部のフマラは砂漠を抜けて新天地に向かって旅立った。フマラはドラゴンを含む他の生物より、高い知能を有していた。武器を作ることができたため、自分達よりも遥かに大きな生物も仕留めることができたし、自分達より力の強い猛獣も倒すことができた。このままフマラが世界中に広がれば、生態系の頂点に君臨する事も出来ただろう。

 しかし、そうはならなかった。フマラが不運だったのは同じ時代に、フマラと同じような進化をした生物がいたことだ。そして、その生物はフマラよりも高い知能を有していた。

 その生物が使う武器はフマラよりも優れていた。棍棒、槍、弓矢。それらを巧みに使い、他の生物を狩っていった。それらの武器はフマラが使っていたものと比べ、とても優れていた。

 フマラとその生物は、大体同じものを食べていた。そのため、両者が出会う度に争いが起きた。その生物は優れた武器を使って戦い、フマラは武器と高い身体能力、鋭い歯や爪を使って戦っていた。だが、戦いの結果は何時もフマラの負けだった。鋭い歯も爪も身体能力も、さらに開発した武器でさえ、その生物には通用しなかった。遠くから放たれる弓矢、長い槍、さらに相手の武器を防ぐ盾さえも開発していた。その生物との争いに負け続けたフマラは、徐々に勢力を失っていく。

 フマラは遂には、元いた砂漠まで追いやられた。しかし、彼らの故郷も最早安心して暮らせる場所ではなくなった。フマラの新天地進出の妨げになっていた巨大な山脈だが、実は外敵から自分達を守ってくれてもいたのだ。フマラを追いやった生物もフマラと同様に、今まで巨大な山脈を越えることができなかったため、フマラが生息していた砂漠まで行くことができなかった。だが、山脈が低くなったことで、その生物も山脈を越えることができるようになり、砂漠まで渡って来ることができるようになった。

 砂漠までやって来たその生物は、砂漠に残っていたフマラ達にも襲い掛かった。フマラの数は加速度的に減り、ついにその生物はフマラを排除した。

 フマラを排除したその生物は、やがて自らを『ヒト』と名乗るようになり、世界中に広がる。そして現在、ヒトは生態系の頂点に君臨している。


「私の目的は、ヒトとドラゴンの絶滅だよ♪」

リリースが高らかに宣言するのとほぼ同時に、凄まじい光と音がエリアの背後から聞こえた。エリアが振り返ると、遠くで火の手が上がっていた。方角と距離から、燃えているのはカルシ村に違いない。

「お前の仕業か?」

「うん♪」

 炎の光が当たり、リリースの顔がはっきりと見える。彼女は満面の笑顔だった。

「なんのつもりだ?」

 エリアはリリースを睨む。しかし、リリースの表情が崩れることはない。

「もったいないじゃないか♩」

 リリースは、腰に手を当て怒っているかのような表情を作る。

「ユークロプラムシだっけ?こんな面白い進化をした寄生虫を殺すなんてもったいない♪悪いけど、薬は燃やさせてもらうよ♪」

 手を上げ、くるくると回るリリース。彼女の動作ひとつひとつが演出臭かった。

「ユークロプラムシをどうする気だ?」

「そうだね♫色々と研究したいと思っているよ♪改良したら、また面白くなりそうだし♫」

 クスクスとリリースは、笑う。

「村を燃やしたら、ユークロプラムシも死ぬぞ?」

「そうだね♪本当は、今すぐ持ち帰って研究したい所だけど、別の用事ができたからね♪ここの寄生虫は、諦めることにする♩『青光病』が流行している場所は他にもあるから、寄生虫はそこから回収することにするよ♪」

 背後の火は勢いを増していく。上空に上がっていく煙も凄まじい量になっている。リリースの狙いは、カールが持っているという薬を燃やすことだ。一刻も早くカルシ村に行かなければ、治療薬が燃えてしまう。分かっていたが、エリアは動けなかった。理由は、リリースの隣で眠っているライルだった。

 もし、エリアがここを離れればリリースはライルに何をするか分からない。

「やっぱり、君は優しいね♪」

 リリースが見透かしたかのように、エリアを見る。エリアは隙を作るためにリリースに話しかける。

「どうやって、村に火を点けた?」

「もう、おおよそ見当はついているんじゃない?」

 エリアは、セイルドラゴンが突然カールを襲った時のことを思い出す。あの時、エリアに服従をしたセイルドラゴンが何故、カールを襲ったのか?しかも、カールはセピリアの成分を液状にし、体に吹きかけていた。それなのに何故、セイルドラゴンはカールを襲ったのか?


「お前は、ドラゴンを操ることができるのか?」


 リリースは、ふふっと笑う。

「正確には、少し違うけどね♪私ができるのは、ドラゴンの感覚を狂わせることだよ♪」

「感覚?」

「ドラゴンが感じることを逆転させたり、ないものをあるように感じさせたり、感情をある程度コントロールできるんだ♪」

 リリースが言ったことが本当なら、さっきのセイルドラゴンも感覚を狂わされたのだろう。カールが体に吹きかけていたセピリアは、ドラゴンを遠ざける効果がある。だが、感覚を狂わされたあのセイルドラゴンは、セピリアの臭いで逆にカールに近づいた。結果、セピリアの臭いに引き付けられたセイルドラゴンにカールは喰われた。

「村に火を点けたのは、セイルドラゴンか?」

「そうだよ♪さっきまで、ここにいたセイルドラゴンに加えて他にも五匹♪計六匹で村に火を点けさせてる♫」

 エリアは気付く。リリースが自分のことをペラペラと喋っていたのは、セイルドラゴンがカルシ村に着くまで、エリアをここに引き留めるための時間稼ぎだったのだ。

「貴様!」

エリアは鋭い眼でリリースを睨む。炎の光に照らされたその姿は、神話に出てくる怪物の様だった。激昂したエリアは、鋭い爪を立てる。彼女の怒りは村が焼かれていることに対してだけではない。セイルドラゴンは火を吐くことができるドラゴンだ。しかし、よっぽどのことがない限り火を吐くことはない。

「セイルドラゴンにエンドレス・ファイアー・シンドロームを発症させたのか!」

 まるで、ドラゴンの咆哮の様にエリアは叫んだ。リリースは変わらぬ笑顔で答える。

「うん、そうだよ♪」


 エンドレス・ファイアー・シンドローム。

 火を吐くことができるドラゴンが掛かる精神病。セイルドラゴンに限らず、火を吐くことができるドラゴンのほとんどは、好んで火を吐くことはない。ドラゴンが火を吐く主な理由は、自衛のためだ。火を吐き、敵が驚いた隙に逃げる。狩のためや他の目的のために火を吐くドラゴンもいるが、ドラゴン全体から見ればごく少数だ。

 だが、エンドレス・ファイアー・シンドロームに掛かったドラゴンは、敵もいないのに火を吐き続ける。原因は極度のストレスで、とても危険な症状だ。ドラゴンの体は火に強くできてはいるが、それにも限界がある。高温の火を吐き続ければ体内を大火傷してしまい、体力も大きく削られるため、やがて衰弱死してしまう。

 また、エンドレス・ファイアー・シンドロームに掛かったドラゴンの火が原因で、火災が引き子とされることもある。


「村を一度に燃やすには、大型のドラゴンの吐く炎が一番効果的だからね♪」

 リリースは、ニヤリと笑う。

「まず、ヒトをあまり襲わないセイルドラゴンの感覚を逆転させて、ヒト対する食欲を増幅させる♫そしたら、ヒトを食べるためにセイルドラゴンは村に行く♪セイルドラゴンが村についたところでストレスを増幅させて、エンドレス・ファイアー・シンドロームを発症させたんだ♪」

 リリースの力はかなり強く、広範囲に渡る。その事実に普段のエリアなら、驚愕していただろう。しかしドラゴンのことなど、まるで道具としか思っていないリリースの表情にエリアは激怒した。エリアは、リリースとの距離を一歩詰める。リリースは、一歩下がり倒れているライルに自身の爪を向けた。リリースの爪は、エリアと同等の鋭さを持っている。両者は、そのまま睨み合った。リリースは、全く隙を見せない。先程、話している最中でさえリリースは全く隙を見せなかった。

「ううっ……」

 リリースに隙を作ったのは、目を覚ましたライルが発した小さな声だった。瞬きするほどの短い時間だったが、リリースの意識がライルに向いた。エリアにとっては、それで十分だった。エリアは、一瞬でリリースとの距離を詰める。

「!」

 エリアは、鋭い爪をリリースに振るう。それと同時にリリースは、後ろに跳んだ。再び二匹の距離が開く。ポタリ、ポタリと地面に赤い液体が落ちた。リリースは自分の左腕を見る。左腕はごっそりと肉が削がれ、血が流れ落ちていた。

「あは♪」

 リリースが狂気に笑うと、エリアを頭痛が襲う。エリアは耳を動かし、パタリとまるで蓋をするように耳の穴を塞ぐ。すると、頭痛がピタリと収まった。エリアはそのまま距離を詰め、鋭い爪でリリースの喉元を狙う。リリースは、それを右腕で塞いだ。喉元を掻っ切られるのだけは何とか防いだが、今度は右腕の肉が削ぎ落される。

「あははは♪凄いね!もう分かっちゃったんだ♪」

 両腕の負傷など、まるで気にする素振りもなくリリースは楽しそうに笑う。エリアはさらに追撃を掛けるようとする。

「がああああああ!」

 突然、ライルが頭を押さえて苦しみだした。今度はエリアがライルに気を取られる。次の瞬間、リリースの全力の蹴りがエリアの腹部に入った。

「ぐっ」

 強烈な一撃だったが、エリアは何とか耐えた。しかし、エリアが顔を上げた時には既にリリースの姿はどこにもなかった。

『あはははっ♪じゃあね~♪』

 どこからともなく、リリースの声がエリアの頭に響いた。どうやら逃げ出したらしい。どんどん遠ざかっていくいく、リリースの匂いがそれを証明していた。その匂いを辿ればリリースに追いつくことも出来たが、エリアはそうしなかった。頭の痛みに再び気絶したライルを近くにあった洞窟に隠すと、直ぐにカルシ村に向かった。


 カルシ村は、夜だというのにまるで昼間のように明るかった。巨大な炎が全てを燃やし、どんどん広がっていく。

「助けて~」

「麦が……」

 村人は悲痛な声を上げながら、村の中を走り回っている。村のはずれに向け、逃げ出す者。燃え盛る麦畑の前で膝をつき、呆然としている者。煙を吸い込んで倒れている者。

 エリアは、そんな村人を見ずに真っ直ぐカールの家を目指す。

「た、助けて~」

 猛然と走るエリアの目に一人の男が映る。男の足は燃えており、それが上半身にも移ろうとしていた。男はなんとか火を消そうとしているが、炎の勢いは一向に収まらない。

 その場に止まって、男を見るエリア。そんなエリアに男も気づいた。

「せ、先生!た、助けて~」

 男は、エリア達と共に牢獄にいたイーヤだった。イーヤはエリアに助けを求めながら、こちらに走ってくる。途中で、足がもつれたイーヤは前方に転ぶ。

「エ、エリアさん!た、助けて~」

 倒れながらも、イーヤはエリアに助けを求める。一緒に牢獄にいたはずの彼が、何故こんな所にいるのか?何故、エリア達が縛られていた時に一緒にいなかったのか?薬を飲み、眠った振りをしていたエリアは、全てを知っていた。

 イーヤ=グラインツは村人と通じていた。金で雇われたか、それとも命が惜しかったら協力しろとでも言われたか、おそらく両方の可能性が高い。彼が牢獄いた理由は恐らく、エリア達がどこまで知っているのか情報を引き出すためだ。同じ牢獄に閉じ込められた者同士なら、心を開いて知っていることを話す可能性は高い。そう考えられてのことだ。知り合いのカールがその場にいたのは偶然だろうが、そうなると彼は迷うことなく友人を村人に売ったことになる。

「せ、先生!は、早く!早く、助けてくれ~」

 涙を流しながら、懇願するイーヤをエリアは冷たい眼で見降ろしていたが、やがてイーヤから視線を逸らすと再び走り出した。

「そ、そんな!まっまって……」

 必死の叫びは、エリアには届かなかった。エリアの姿が炎の中に消える。

「ああああっああああああ!」

 下半身の炎は、上半身に移る。炎はそのまま、イーヤの頭まで広がった。

「あああああああ……」

 炎で気管支が焼け、やがて声が出なくなる。動かなくなったイーヤを炎はまるで、生物のように喰らいつくした。


 イーヤは、走る。途中には、何人もの村人が倒れていた。村人だけはない。炎を吐き過ぎて体力を使い果たしたセイルドラゴンが、何匹も死んでいた。エリアはそれらを避け、走った。そして、薬があるというカールの家にたどり着く。

「……」

 そこで、エリアが見たものは燃え盛るカールの家だった。


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