ニッコリ笑って人を斬る。39
人の気配を感じた。
ボクは事務所に向かった。
慎重にドアを開ける。
中は薄暗く、物音ひとつしない。
でも、いる。
事務所の奥から、今川がゆっくりと姿を現した。
「待っていたぜ。お前の方から来るとはな」
その手に握られていたのは、普通のナイフではなかった。
湾曲した刃。
まるで獣の爪のような形をしている。
「……カランビット」
ボクは、そのナイフを見て呟いた。
今川はニヤリと笑う。
ボクは、ニックのナイフを握り直した。
「面白いナイフを選んだね」
「この半年間、お前を殺すためだけに生きてきた」
その言葉には、冗談のような響きはなかった。
本気だ。
リベンジしようとしていたのは、ボク達だけではなかった。
今川も、この半年間ずっとボクを殺すために準備していたのだ。
今川が、ゆっくりと構える。
ボクもナイフを構えた。
半年前とは違う。
今度こそ……。
今川を殺す。
右。
左。
相手の動きをよく観察しながら、お互いに少しずつにじり寄る。
まだ動かない。
ほんのわずかな動きだけで、相手の出方を探る。
そして……。
ナイフの間合いに入る。
次の瞬間、猛スピードでの攻防が始まった。
体の大きい今川。
それなのに、動きに無駄がない。
さらに厄介なのが、間合いの取りづらいカランビットナイフだ。
サイドステップ。
カウンター。
ヒットアンドウェイ。
持っている技術を尽くす。
ボクはニックから教わったことを、一つずつ思い出しながら動いた。
正面に立たない。
相手の動きを読む。
そして、攻撃したらすぐに離れる。
それでも……。
ボクは躱すのが精一杯だった。
今川の奴は、まだ余裕がある。
相手の方が体も大きい。
なのに、その動きは速い。
「どうした? もう終わりか?」
今川が笑う。
そして、カランビットナイフを握り直した。
カランビットナイフは、ただ単に刃で切りつけるだけではない。
握り手についたリング。
それを使った打撃もある。
しかも、今川はその扱いに慣れている。
すごい技術だ。
こいつも、この半年間、ボクを殺すための訓練をしてきたのだろう。
正確に急所を狙ってくる。
体の外側は、切られてもいい。
でも、内側は太い血管が集まっている。
今川は、そこを正確に狙ってくる。
「どうした。終わりか」
言葉でも挑発してくる。
「こんなもんじゃないだろ」
「……」
挑発に乗ってはだめだ。
冷静になれ。
ニックの教えを思い出す。
でも、後ろに下がってもやられる。
このままでは押し切られる。
もう、前に出るしかない。
ボクは一歩踏み込んだ。
さらに攻防は激しくなる。
刃が交差する。
互いに躱し、また踏み込む。
一瞬でも判断を間違えれば、そこで終わる。
半年前、ボクらは今川を仕留め損ねた。
その結果、ボクはニックのもとで。
みっちゃんは傭兵として。
それぞれ死を乗り越えて訓練した。
あの時の恐怖。
死ぬことへの恐怖。
それを乗り越えなくてはならない。
「ちっ!」
今川の攻撃が、ボクの左手を掠めた。
痛みが走る。
見ると、うっすらと血がにじんでいた。
でも、止まっている暇はない。
相手がボクの左腕に気を取られている。
その一瞬を狙う。
ボクは今川の顔へ向かって踏み込んだ。
目を狙う。
だが、今川も反応した。
ナイフの刃が、今川の頬を掠めた。
「クソがー!」
今川が叫ぶ。
頬から血が流れる。
肉を切らせて骨を断つ。
そういう覚悟で狙った一撃だった。
だが、浅かった。
それでも……。
今川の表情が変わった。
どうやら、あの一撃は身体以上に、今川のプライドを傷つけたようだ。




