ニッコリ笑って人を斬る。30
ボクは壊れているのかもしれない……。
まるで、この状況を望んでいたかのように。
普通の日常生活では、もう刺激を感じられない。
タブーを破ることでしか、スリルを得られない。
他者の生死を、自分の意思でコントロールしている。
その状況に、強烈な快感を覚える。
そんな自分が怖い。
でも……嫌いじゃない。
ママの指令を聞いた瞬間、ボクの口角が上がる。
そしてボクは笑いながら、ジョーカーの首を斬った。
「ヤメロー!」
ニックが叫ぶ。
ボクはニックの死角に入ろうと、一気に横へ回り込む。
しかし、ニックもナイフを取り出し、臨戦態勢に入った。
「マコト、やめるんだ!」
ニックの声は、もうボクには届かない。
サイドステップ。
ヒットアンドウェイ。
それも、ニックから教えられた戦い方だ。
この半年間、ニックに叩き込まれた戦い方。
「マコト……どうしても、やるのデスネ」
ニックも覚悟を決めたようだ。
鋭い切っ先が、ボクに向かってくる。
徹底した反復練習で、身体に叩き込んだ動き。
筋肉の記憶、マッスルメモリー。
お互いの手の内は分かっている。
だからこそ、うかつには近づけない。
先に相手の武器を奪い、無力化した方が勝ち。
正中線を保つ。
肩甲骨を前後に使い、ナイフを素早く動かしていく。
外側の筋肉に頼らない。
身体の内側から動かす。
それが、ニックから教えられたボクの戦い方だ。
何分、闘っているのか分からない。
時間の感覚が消えている。
ただ、目の前のニックだけを見ている。
七十歳を超えたニックの呼吸が、徐々に荒くなっていく。
それでも、動きに無駄はない。
さすが、ボクの師匠だ。
でも……。
今だ!
ボクが一歩、踏み込む。
ゼロレンジ。
入った瞬間、ボクはニックの空いている方の手首を掴んだ。
そして、手首から肘、肘から肩へ。
関節を一本の綱のようにつなげるイメージで、柔らかく引いていく。
ただ力任せに引いているわけじゃない。
引いては押す。
押しては引く。
身体全体を使って、波のように力を伝えていく。
ウェイブ。
ニックの身体から、少しずつバランスが崩れていく。
そして……。
ドサッ!
ニックがうつ伏せに倒れた。
ボクはナイフを構える。
ニックが顔を上げる。
その目が、ボクを見つめている。
少し悲しそうに笑っているようだった。
そしてボクは……ニッコリ笑った。
ボクはニックの首を斬った。
「ニック。色々ありがとね。これはもらっておくよ」
ボクはそう言うと、ニックのシーアを拾いジョーカーの事務所を後にした。
あとは掃除屋が片づけてくれる。
何もなかったことになる。
ボクも、何もなかったような顔をする。
そして……。
ボクは今日も、何気ない顔で居酒屋のバイトをした。




