ニッコリ笑って人を斬る。27
一方のみっちゃんも、実戦に投入された。
作戦室に集められた八人の前で、ジェイドが作戦概要を伝える。
「よし、作戦を伝える。昨晩、五十メートル級の小型貨物船が、イラン革命防衛隊を装った海賊に拿捕された」
モニターに、対象となる船の写真が映し出される。
「パナマ船籍だが、実際のオーナーは日本の商社だ。乗組員は十六名。日本人三名、フィリピン人十三名。全員が人質になっている可能性がある」
「また日本の船かよ」
隊員の一人が、みっちゃんを見る。
「ミッキー、お前の国はどうして船を助けに来ないんだ?」
「えっ……」
突然話を振られ、みっちゃんは言葉に詰まった。
「憲法で制約があって……軍隊を送れない……」
「へえ……」
隊員は肩をすくめる。
「そりゃ、肩身が狭いな」
「……まあね」
みっちゃんは苦笑いする。
確かに、アメリカなら即報復だろうね。
自分の国の船が襲われても、自分たちで助けに行けない。
その現実を、みっちゃんは初めて戦場で実感していた。
「だから狙われるんだろうね」
アイリーンが口を挟む。
「でも、おかげでアタシたちもメシが食べられるんじゃない?」
「アイリーン……」
みっちゃんが苦笑すると、アイリーンはニヤッと笑った。
「冗談よ、ミッキー。気にしない」
「……ありがと」
「無駄話は後だ」
ジェイドが話を戻す。
「今回の最優先事項は、この船にいる日本人三名の救助。その他の乗組員については、可能な限り保護する。救出後船は相手の仕業に見せかけ爆破する」
「どうして爆破するのさ?」
アイリーンが質問する。
「その保険金から俺たちの報酬を出すらしい」
「保険金詐欺かよ⁉」
「小さな企業だから報酬が払えないらしい。まあ、余計なことは口にしない方がいい」
ジェイドが真剣な顔で言った。
ジェイドがモニターを切り替える。
「マットとキールは斥候。俺とカール、ジャックは突入。アイリーンとミッキーはバックアップ。ドクター・ヤンは負傷者の手当てを頼む」
「了解」
「出発は二十時。対象船への接近は二十三時五十分。乗り込みは二十四時を予定している」
「了解!」
全員が声を揃えた。
その声を聞いた瞬間、みっちゃんの胸はドキドキとしてきた。
極度の緊張だ。
これまで何度も訓練してきた。
銃の扱いも教えられた。
走り方も、身体の使い方も、嫌というほど叩き込まれた。
でも……。
今回は訓練じゃない。
本物の人質を助けに行く。
本物の敵がいる。
そして、撃たれれば死ぬ。
みっちゃんは小さく息を吐いた。
「ミッキー、大丈夫?」
隣にいたアイリーンが声をかける。
「うん。大丈夫……たぶん」
「その答え、初めて聞いたわ」
「体育教師だからね。生徒には『たぶん大丈夫』なんて言えないよ」
「フフッ。じゃあ今日は?」
「今日は……自分に言ってる」
「それでいいわ」
アイリーンはそう言って、みっちゃんの肩を軽く叩いた。
各自が装備を整える。
濃いネイビーの戦闘服。
ヘルメット。
暗視ゴーグル。
防弾チョッキ。
小型無線機にボディカメラ。
ライト、ナイフ、そして滑り止め加工が施されたタクティカルブーツ。
手にはケブラー繊維を使用した耐切創グローブ。
アサルトライフルはHK416。
拳銃はSIG Sauer P320。
予備弾倉はHK416が六本、P320が二本。
これがGulf Shield Securityの標準装備だった。
ドクター・ヤンだけは、武器に加えて医療セットを携行している。
「重い……」
みっちゃんが装備を身につけて呟く。
「そのうち慣れる」
ジェイドが答える。
「これ着て走り回ってたら、体育の授業なんて楽勝だな」
「そう思えるなら、まだ余裕があるな」
「……そういうこと言う?」
ジェイドが笑う。
「冗談だ。行くぞ、ミッキー」
「了解」
八人はRHIB(高速ゴムボート)に乗り込んだ。
RHIBは船体の周囲に大きなチューブを備えているため浮力が高く、荒れた海でも安定して走ることができる。
海軍や沿岸警備隊などでも使用されているタイプの高速ボートだ。
エンジン音を響かせながら、RHIBは夜の海を進んでいく。
みっちゃんは暗い海を見つめていた。
陸地から離れるほど、周囲には何もなくなっていく。
あるのは黒い海と、遠くに見える船の灯りだけ。
やがて、時計が二十三時五十分を示した。
「目標を確認」
前方を監視していたマットが無線で告げる。
暗闇の中に、一隻の貨物船が浮かんでいる。
ジェイドが手を上げた。
「エンジン、電動に切り替える」
操船担当が操作すると、エンジン音が大幅に小さくなった。
RHIBは、波の音だけを残してゆっくりと貨物船へ近づいていく。
みっちゃんはHK416を握り直した。
心臓が早くなる。
大丈夫。
訓練した。
何度も何度も。
そう自分に言い聞かせる。
ジェイドがエアランチャーを取り出した。
気圧でフックを射出し、ワイヤーロープを目標へ渡すための装備だ。
「行くぞ」
シュッ!
発射されたフックが、貨物船の手すりに引っかかった。
ジェイドがワイヤーを確認する。
「マット、キール」
「了解」
二人の斥候が先に登っていく。
しばらくして、無線から声が入った。
「クリア」
「了解」
マットが手招きをする。
続いてジェイド、カール、ジャックが乗り込む。
その後をドクター・ヤンが続く。
最後にアイリーン、そしてみっちゃん。
みっちゃんが船の甲板へ足をかける。
同時にRHIBが遠ざかった。
海の上に残されたのは、八人だけ。
みっちゃんはHK416を構えた。
さっきまで聞こえていた自分の心臓の音が、さらに大きく感じられる。
ここから先は、本当の戦場だ。
みっちゃんは唇を噛みしめた。
そして、仲間の背中を追って歩き始めた。




