ニッコリ笑って人を斬る。26
テーブルを挟み、ボクとジョーカーは静かに対峙していた。
数秒にも満たない沈黙なのに、異様なほど長く感じる。
ジョーカーは視線を外さないまま、テーブルの上に置かれていたスコッチの瓶を掴んだ。
そして……。
ガシャッ!
勢いよくテーブルの角へ叩きつける。
瓶の底が割れ、鋭い破片が残った。
簡易的な刃物の出来上がりだ。
「どうした小僧!」
右手に割れた瓶を持ち、ジャブのような牽制を繰り返してくる。
不用意に近づけば、あの尖った破片が飛んでくる。
距離があるから当たらない。
でも逆に、ボクも近づけない。
「おじけづいたか?」
挑発するように笑うジョーカー。
もうそんな安い挑発に乗るボクではない。
だけど……このまま睨み合っていても埒が明かない。
相手は体格も腕力もボクより上だ。
正面からぶつかれば負ける。
なら、ニックの教え通り。
ヒットアンドウェイ。
動いて、死角へ入る。
ボクは一瞬だけローテーブルへ視線を落とした。
そして勢いよく踏み込む。
ドンッ!
テーブルの角を思い切り蹴った。
天板は床を滑るように水平に移動し、そのままジョーカーの膝へ向かっていく。
「なっ!」
ジョーカーが咄嗟に身をかわす。
その瞬間、ほんのわずかにバランスが崩れた。
今だ!
ボクは一直線ではなく、大きく右へ回り込む。
真正面ではない。
右死角。
ニックに何百回も練習させられた位置取りだ。
ジョーカーが振り向くより早く、持っていた瓶を叩き落とす。
ガランッ!
割れた瓶が床へ転がった。
「クソッ!」
ジョーカーが振り返る。
でも、その時にはもうボクは後ろへ回り込んでいた。
肝臓へナイフを突き立てる。
そう思い、シーアを突き立てようとした瞬間…。
「ハーイ、そこまでデース!」
「二、ニック⁉」
突然、聞き慣れた声が部屋に響いた。
入口を見ると、ニックが笑顔で立っている。
片手をボクへ向け、ストップのジェスチャーをしていた。
「マコト、最終訓練は終わりです」
「……え?」
一瞬、意味が理解できなかった。
でも、だからといって油断はしない。
現場では何でも疑え。
それを教えたのはニック本人だ。
ボクはジョーカーの膝裏へ自分の膝を押し当て、そのまま体勢を崩して跪かせる。
そして首筋へアルマー・シーアを押し当てた。
「ニック。どういうこと?」
疑いの目を向ける。
ジョーカーも怒鳴った。
「何てことしやがるんだ!」
どうやらジョーカー自身も知らなかったらしい。
「ハイ。実戦訓練をするため、ジョーカーに協力してもらいマシタ。ジョーカーにもナイショで」
「そんなの、証拠にならないよ」
ナイフを首から離さない。
「これが訓練だという証拠は?」
現場では、誰の言葉も鵜呑みにするな。
ニックの教えを、そのまま返した。
「ハイ。よく覚えていましたね」
ニックは満足そうに笑うと、スマホを取り出した。
テレビ電話を繋ぐ。
画面に映ったのは……あきなママだった。
「まこと、よくジョーカーのような手練れを制圧したわね」
「あきなママ……」
「ワカリマシタカ?」
ニックが、もう終わりだというようにジェスチャーする。
すると突然、画面の向こうであきなママが微笑んだ。
「まこと」
「なに?」
「その二人を始末しなさい」
部屋の空気が、一瞬にして凍りついた。




