ニッコリ笑って人を斬る。25
そして次の火曜日。
ボクは任されていた仕込みの仕事を急いで終わらせる。
共用部分の合鍵をポケットに忍ばせ、六階に向かった。
昼下がりのビルは静まり返っている。
古い建物なので、防犯カメラや電子ロックのような気の利いた設備はない。
人の出入りも少なく、階段を上る足音だけがやけに大きく響いた。
ジョーカーは、いつものように事務所を出て行った。
ここ数週間観察してきた行動パターンに間違いはない。
今なら入れる。
「意外と簡単だ……」
そう呟きながら、ボクは鍵穴に合鍵を差し込んだ。
カチリ。
拍子抜けするほどあっさりと鍵が開く。
周囲を確認してから、素早く中へ滑り込んだ。
部屋の中は、ごく普通の事務所だった。
机が並び、棚にはファイルがぎっしり詰まっている。
しかし、どの机にもパソコンが見当たらない。
違和感があった。
ボクは書類を手に取って目を通す。
契約書らしきものやメモはあるが、特に怪しい内容は見当たらない。
暗号のようなものもなければ、機密情報らしいものもない。
「ハズレ……?」
いや、そんなはずはない。
部屋を見回していると、事務所の左奥に一枚のドアを見つけた。
「あそこか」
静かにドアノブを回す。
鍵は掛かっていなかった。
扉を開けた瞬間、思わず口元が緩む。
「ビンゴ!」
そこは仮眠室のような部屋だった。
ベッドがあり、小さな冷蔵庫があり、テーブルとソファーが置かれている。
長時間滞在するための部屋なのだろう。
そしてテーブルの上には、スコッチの空き瓶とノートパソコンが置かれていた。
しかも、電源が入ったままだ。
ボクは素早く周囲を確認し、大容量のUSBメモリを差し込んだ。
コピー開始。
進行バーがゆっくりと伸びていく。
このデータをニックのところへ持っていけば、専門家が解析してくれるはずだ。
当然、ボクが見ても中身は分からない。
でも、ジョーカーの秘密が入っている可能性は高い。
時間がやけに長く感じる。
ようやくコピーが終わった。
「これで完了……」
ボクはUSBメモリを抜いた。
その瞬間だった。
「テメェ、何してやがる」
低い声が部屋に響いた。
全身が凍りつく。
振り返ると、そこにはジョーカーが立っていた。
ヤバい。
いつもより一時間も早い。
完全に計算外だった。
ジョーカーの目が鋭く細められる。
逃げ道を塞ぐように、一歩、また一歩と近づいてくる。
「チッ……」
ボクは反射的に距離を取った。
そして無言のまま、腰のアルマーシーアを抜く。
刃が鈍く光った。
「やる気か!」
ジョーカーが怒鳴る。
その顔には余裕ではなく、明確な敵意が浮かんでいた。
前回の失敗が脳裏をよぎる。
でも、あの時のボクとは違う。
ニックに教わったことを思い出せ。
正面に立つな。
止まるな。
死角へ入れ。
ボクはテーブルやソファーを間に挟みながら位置を変え、ジョーカーとの距離を保つ。
静かに呼吸を整えながら、ボクは戦闘の準備に入った。




