ニッコリ笑って人を斬る。21
食事を終えると、まずはカリ、あるいはアーニスと呼ばれるフィリピンの伝統的武術の訓練を始める。
棒やナイフを使った武術で、グリーンベレーなどの特殊部隊の格闘術にも大きな影響を与えたものだという。
ニックが手にした二本の棒が、軽快な音を立てて空を切る。
その動きは、年齢からは想像できないほど速かった。
ニックは165センチほどでやせ型。西洋人としてはかなり小柄だ。
それでも、長年にわたって戦場を生き抜いてきた。
だからこそ、大きな相手と闘う術を知っているのだろう。
「マコト、力に対して力で返さない! 素人相手ならイイですが、プロには通用しまセン」
ニックは、片言の日本語で教えてくれる。
「テッテイして、ヒットアンドウェイです」
「ヒットアンドウェイ……」
攻撃したら、すぐに離れる。
一か所にとどまらない。常に動く。
言葉にすれば簡単だけど、実際にやってみると難しい。
ボクが一歩踏み込む。
ニックが避ける。
さらに踏み込もうとすると、今度はニックが横へ回り込む。
「待って!」
息が上がる。
体力のない今のボクには、きつすぎる。
「はい、ツギはサイドポジションです」
休む暇もなく、次の訓練が始まった。
とにかく正面に立たない。
相手の死角に入り込む。
「マコト。ソウです。上手いです」
ニックが初めて褒めてくれた。
死角に入るのは得意だ。
これだけは、今までの仕事でも自然にできていた。
「コンドハ、前腕、手首、アキレス腱、体のじん帯を切って、相手の移動手段を封じマス」
「……首じゃなくて?」
「首だけが急所ではアリマセン」
今までのボクは、殺すなら首。
それしか考えていなかった。
でも、相手の動きを止める方法は他にもある。
前腕、手首、アキレス腱。
身体の一部を狙い、相手の動きを封じる。
ボクはニックの動きを真似しながら、何度も繰り返した。
「マコト、次はカウンターです。ワタシに打ち込んできなさい」
「はい!」
ボクはニックに向かって踏み込む。
その瞬間、ニックの身体がわずかに動いた。
ボクの腕の軌道を逸らしながら、同時に攻撃を叩き込む。
よくパリーと呼ばれる技術らしい。
「えっ……?」
気がついたときには、ボクは床に尻もちをついていた。
何をされたのか、まったく分からない。
「何をしたのか、全く分からなかったよ」
「パリーをしたと同時に、空いている手で相手の視界を遮る。ソシテ、死角を作り出す」
簡単に説明するニック。
でも、実際にやってみると、とても簡単な技ではないことが分かる。
相手の攻撃を見極め、軌道を逸らし、同時に視界を奪い、死角へ入る。
すべてを一瞬で行わなければならない。
これがニックの最高の得意技なのだろう。
「このテクを身につけたら……何かが変わる気がする」
ボクは立ち上がりながら呟いた。
「ソウです。デモ、まだまだデス」
ニックは容赦がない。
「ソシテ、一番なってはいけない状況は、クリンチされることデス」
体格差がある場合、組みつかれた時点で潰される危険性が跳ね上がる。
みっちゃんならともかく、ボクには関節技や投げを狙うよりも、まず距離を保つことが重要だという。
「相手に触らせない。相手の正面に立たない。そして、常に動く」
ニックの言葉を頭の中で繰り返す。
今までのボクは、ただ殺すことだけを考えていた。
でも、殺し屋として生きていくなら、それだけでは足りない。
そんなことを、少しずつ理解し始めていた。




