崩壊・覚醒編 第四章 影の縁の里防衛戦 節一 無念の深淵
項一 朱里の謎
「ここにも居ませんわね」
「ああ、そうなると里の外へ出たのか」
「茉莉は自分の身代わりになって死んだーー朱里はそう思っているのでしょうね」
「自分より他人を優先する傾向がある。朱里には辛かろうな」
「あの時の茉莉もきっと同じ思いだったと思いますわ。纏、貴女だってあの場面なら同じ事をしていますわ」
大広間を出た纏と翡翠は、飛び出していった朱里を探していた。
居そうな場所を全て見て回り、最後に部屋へ来たのである。
「明日になっても帰ってなければ、これも仁景様に相談するしかないですわね」
「そうだなーー茉莉の埋葬に、拠点の処分、それだけでも大変だろうが、仕方ない」
二人は片付いている朱里の荷物を漠然と見ていた。
「あの男に、まんまとやられましたわね」
「赤の狐面、四凶の一人焔爪ーー奴の狙いは最初から朱里だったーーおそらく朱里の居た道場を襲撃したのも、筑前国で小次郎を差し向けたのも奴の仕業だろう」
「理由は赤く揺らぐ朱里の眼ですわね」
「ああ。ずっと違和感を感じていたがーー水鱗、焔爪、四凶二人を朱里は倒した。これは偶然ではあるまい」
「そうですわねーー二人の四凶を倒した朱里の動きは、言うなら神速と先読みのようなものでしたわ」
「その通りだーーそして朱里からは魔眼の違和感を感じないーーと言うことは」
「竜眼ですわね」
「ずっと違和感だったものが確信に近づいたのは、水鱗の魔眼が朱里に効かなかった時だーーだが覚醒したばかりなのか、本人に自覚が無い」
「そのようですわね」
「だから焔爪は覚醒前に朱里を消したかった。道場跡地に新拠点を建て、変な噂を流し、墓石まで置き、朱里を挑発する罠を仕組んだのはその為だ」
「解らないのは、その焔爪が朱里の竜眼をどこで知ったかですわね」
「竜眼も魔眼も血筋による継承が最も多いと聞く。その辺りから情報を得た可能性が高いか。発現が数十年に一人と言われる竜眼なら尚更だろう」
その後、二人は日没まで、朱里を見つける事はできなかった。
その日は午後から雨が降っていた。
人気のない空間で、雨音だけが聞こえてくる。
里を出た朱里はさすらうように歩き、気づけば道場跡地に来ていた。
戦闘のあった龍隠拠点はそのまま放置され、門は開けっ放しになっている。
拠点内にあった遺体は、仁景の手配によって片付けられていたが、壊された墓石周りの地面だけは赤黒く染まったままだった。
茉莉‥。
その地面の前で朱里がへたり込む。
=落ち着いて=、=ダメだ!朱里!=、茉莉の声が頭を過ぎる。
私のせいで茉莉は‥。
茉莉を死なせたのは自分だという自責の念が、空を隠す雨雲のように朱里の心を覆っていく。
白蓮様が茉莉を止めなかったからじゃない。あの時の自分がもっと冷静であったなら、きっと茉莉は‥。
振り払っても際限なく、同じ思いが朱里を捉えて放さなかった。
=僕は茉莉十九歳、ここで忍びの修行してる=、=僕は結婚して、好きな旦那と子供とずっと一緒に暮らすんだ=、=聞いてよ朱里、銀次のやつがね〜=、茉莉との思い出が次々に現れては消えていく。
「茉莉‥ごめん‥ごめん‥ごめんなさい‥」
両手を着き、地面を濡らしながら、呟く朱里の声を、激しくなってきた雨音が消していた。
「朱里の居場所が判ったぞ。道場跡地に戻っているらしい」
手配した捜索隊からの報告を受けた仁景が、二人を上忍部屋に呼んでいた。
「やはり、そこでしたわね」
「朱里の育った場所であり、同時に失った場所でもあるからな」
「茉莉も里に帰ってきている。朱里にもそう伝えてやってくれ」
二人を見ながら仁景が言う。
「わかった。私が迎えに出よう」
立ち上がろうとする纏を翡翠が止めた。
「私が行きますわ。茉莉の幼馴染ですからーー纏は残って仁景様と一緒に白蓮様の護衛を」
「ーーわかった、翡翠に任せる。頼んだぞ」
普段と違う翡翠の様子に、纏は翡翠の申し出を受け入れた。
翌日、翡翠は道場跡地の龍隠拠点前に着いていた。
ここへ来る途中、何度も隣を見た。
いつもなら軽口を叩く幼馴染がいる場所だった。
翡翠の脳裏に息絶えた茉莉の姿が過っていく。
開けっ放しの門から中を覗くと、中央に置かれた墓石の傍に座る朱里の姿が見えた。
茉莉が倒れていた場所には、摘まれた野花が置かれてある。
「朱里、やはりここでしたのね」
朱里が俯いていた顔を上げた。
「茉莉の遺体は里に埋葬されましたわ」
「そう‥わかった‥」
それだけ言うと朱里はまた俯いた。
「そうやって朱里は、ここで誰を待っているのかしら」
朱里の体が微かに揺れた。
「茉莉ならもう来ませんわよ」
「わかってる‥」
「自分のせいで茉莉が死んだと思っているの?」
「‥私がもっと冷静だったら‥茉莉は死ななかった」
「もっと冷静だったら?‥今の貴女、また同じ事を繰り返してますわよ」
朱里が息を呑んだ。
「茉莉は他人の為に死んだりしませんわ。どうしてか?簡単なことです。その人に重荷を背負わせたくないから。だから、全て自分の気持ちだけで行動しているのーー茉莉は貴女を守りたかった。それだけですわ」
「でも‥やはり原因は私‥」
「原因なんて誰にもありますわ。死ぬ覚悟も。貴女だって水鱗に言ったでしょ。殺す意志のある者は殺される覚悟もしている、と。茉莉の覚悟を無意味にしないでほしいわ」
「覚悟‥」
「そうよ。=戦う理由は違っても望むものは四人一緒。例え任務の中で誰かが死んだとしても残った者が望みを継いで、立ち止まらず先へ進まなきゃね=って、幼馴染の私に茉莉がよく言ってましたわ」
朱里の中に茉莉の言葉が蘇る。=平和に暮らせる時代が少しでも早く来るように。僕はそれが叶うよう思いを繋いでいくんだ。自分の思いのために=、=朱里はさ?何のために生きるの?=。
「茉莉‥」
涙が止まらなかった。
「あと一つ。茉莉の報告を受けた時の白蓮様は決して無感情ではなかったわーー私の眼にはそう見えましたから」
朱里の息が乱れていく。
「皆んなの心の中に、この紋章の中に、茉莉はずっといますわ。だから皆んなで先へ進みましょう、朱里」
朱里の号泣が拠点の中に長く響いていた。
拠点で夜を過ごし、東の空が白み始めていた。
「迷惑ばかりかけてごめんなさい」
「チームとはこういう事ですわ。再起できたならそれでよろしくってよ」
二人が花を置いた場所に手を合わせていると、門から里の伝令が飛び込んできた。
「翡翠様、朱里様」
「あら、貴方は伝令のーーそんなに慌てて、どうされたのです?」
「仁景様より。里に、龍隠の部隊が侵攻中との事。直ちに里へ帰還せよ。とのお達です」
「翡翠!」
「直ぐに戻りますわよ、朱里」
伝令とともに二人は拠点を出て、里へ向かった。




