絆編 第三章 任務・戦い 節ニ 龍隠拠点扇剣術道場跡地での戦い
項一 シスターズ
「お前は‥まさか‥」
男の黒い瞳が炎のように紅く揺ぎ始める。
「ぐっ!ぐわぁ!‥」
黒い忍び装束の二人が、地に伏して転がり足掻き続け、遂には動かなくなる。
「斬るにも及ばぬ」
男はそれだけ言うと、闇の中に姿を消した。
「やっぱ警備が厳しいね。あんなに大勢居たんじゃ、潜入も突破も簡単じゃないよ」
龍隠本拠地である岐阜城の視察を終えた里への帰路、茉莉が呆れ口調で言った。
「警備をしているのは城の守備隊そのものだからな」
「開成がそこに居るから本拠地と言われているだけ。龍隠の部隊は居ませんわ」
「それじゃあ、龍隠の部隊はどこに居るの?」
「四凶が率いている。現在は焔爪、空烈、金剛の三部隊だ」
「そっか。水鱗はこの前、朱里が倒したからね。残り三部隊の居所は判っているんだっけ?」
「三部隊とも、それは掴めていないままですわね」
「だが、こうしている今も、奴らが影で動いている事は確かだ」
「何処にいても、龍隠の企みは私達が潰していかないと」
「その通りさ。そして、次に僕ら四人がここへ来る時が、開成との決着をつける時って事だよ」
「そうだな。四人で潰す」
「この紋章に誓って、ですわね」
里では仁景と流星が、教会でのミサに立ち会っていた。
「どうだ流星、ここしばらくでの各地の状況は」
「巡礼で回る先々で聞かれるのは、戦が起きる事への不安が一番多いな」
「羽柴勢と三河様の溝が深まる一方だからか」
「いくら水面下で動こうとも、噂というのは世の中を席巻していく。皆んなそう肌身で感じているのだろう」
「この子らには、平和な時代を生きてもらいたいものだが」
「その通りだ、仁景」
二人はミサに参加している子供達と、その面倒をみている黒の修道服に帯型のアイマスクをした四人のシスターを見ていた。
「しかし、見ないうちに彼女らもすっかり大人になったものだな」
「仁景にはそう見えるのか?たいした成長などしてないが」
「まぁ、お前からしたら彼女らは妹のようなものだろうし、その言いようこそ兄のそれに聞こえるが」
ムスッとする流星を見た仁景がニヤつく。
「焼かれた村で生き残っていた幼い四つ子を、教会で保護するように、当時の司祭に頼み込んだのはお前だろ」
「別にーー私自身が受けた施しと同じ事をしただけさ」
「そうかーーそういう事にしておこう」
ーーーーー。
「あっ!流星さん、戻って来てたんですか」
「おや!朱里か?元気そうだな」
里に戻った四人が教会の前を通った時、朱里が流星と仁景に気づき、声をかけた。
「お陰様で、今ではこの通り」
「それなら良かったーーおお、纏も茉莉も久しぶりだなーーん?翡翠じゃないか、いつこっちに来たんだ?」
「十月くらい前からですわ」
「公海殿もお元気か?」
「パパ上はお店が長崎へ移転したので、今頃は立ち上げ準備に追われているはずですわ」
「流星司祭こそ、いつからこっちに?僕にお土産は?」
「相変わらずだな。任務を終えての帰還だ、そんなものある筈ないだろ」
流星は答えながら、肩をすくめて見せた。
「司祭、ミサが終わりました」
一人のシスターが流星に近づき報告すると、見慣れない顔ぶれに三人が目線を向けた。
「ああ、そうか。翡翠以外は初対面かーー私と同じ教会のシスター四人だ。紹介しておこう、右から冬、秋、夏、春、見た通りの四つ子だ。シスターズとでも呼んでくれ」
「それで見た感じが同じなんだね。ちょっと驚いたよーーでも、どうして目を隠しているの?それで見えるの?」
「目を隠しているのは纏と同じ理由と言えば分かり易いか。そして、布は透けてるから目は見えてるーー四人の見分けは髪の長さとかで判断してくれ」
「髪の長さと、手袋と肩にある紋様でわかりますの。髪が一番短いのが長女の冬で氷の紋様、肩までが三女の夏で太陽の紋様、背中までが四女の春で桜の紋様、背中までの髪を束ねているのが次女の秋で月の紋様ですわ」
「さすが翡翠ねーー纏さん、茉莉さん、朱里さん、初めまして。紛らわしくて御免なさいね。三人の事は司祭から聞いて知ってます。ちなみに司祭は左手の甲に光の紋様がありますよ」
「えっと‥紋様が月だから秋さんかな‥僕らの事も翡翠と同じ、さん付けは要らないよ」
「わかりました。それなら私達の事もさん付け無しで呼んでくださいね」
「うん、判ったよ、秋ーーそう言うことだって、纏、朱里」
「承知した」
じっと見れば四つ子でも少しずつ違いはあるみたい‥でも慣れるまで混乱しそう‥。
「でもさぁ、長女から春夏秋冬じゃないんだね」
「それはさぁ、出て来た順に春夏秋冬って名前つけたら、最後に出てきた方から長女、次女の順だと、後から知ったんだってさ。お粗末だよね〜」
あれ?この人は紋様が太陽だから夏‥なんか話し方が茉莉に似てるような‥。
「覚えるのが面倒なら、紋様でそのまま呼んでくれても構わない」
えっと、この人は紋様が氷だから冬か‥こっちは纏みたいだ‥。
「そう言う事だから宜しくなーーしかし、四人とも隊服姿がよく似合っているなーーそれに比べるとウチの四人は地味だな、しかも年が上なのに色気もない」
「流星よ、好き勝手言ってくれるな」
「本当だよ、教会関係者は清楚でなければって言うから、この修道服を着てるのにひどい」
「いいよ。そんな言うなら色気、やってやろうじゃん。後で後悔すんなよな」
「皆んな、司祭にそんな言い方、ダメよ」
「ふん、後悔させるか‥せいぜい期待しておくぞ、夏」
「また〜司祭まで、もう」
あはは‥なんかどこも似たり寄ったりか〜秋って人、大変そうだなぁ‥。
「岐阜城の件‥白蓮様への報告はこれからか?」
流星とシスターズのやり取りを横目に見ながら、仁景が四人に向き直った。
「今から報告に向かうところだ」
「それで、どうだった?」
「堅牢なお城って感じでしたわ」
「そうかーー白蓮様から話があると思うが、次の任務は既に決まっている。報告が終わったら上忍部屋へ来てくれ」
「承知した」
ーーーーー。
「岐阜城視察ご苦労であった」
大広間で四人は、白蓮に視察結果を報告した。
「帰還後早々ではあるが、次の任務を申し伝えるーー尾張国で龍隠が新しい拠点を建造中との情報がある。そして偵察に出した上忍二名から長らく音沙汰がないーー其方らは尾張国へ向い、新拠点の偵察と、消息不明となった上忍二名の調査を命ずるーー出立は三日後、万全の準備で臨むように。以上、解散」
「承知しました」
四人が大広間から出ようとした時だった。
「茉莉!」
白蓮の眼には、茉莉の死の予兆が映っていた。
「はい。白蓮様」
白蓮の面前に戻った茉莉が跪く。
白蓮の開きかけた唇が閉じていく。
「‥‥いや‥よい、何でもない‥気をつけて行くのだぞ、茉莉」
茉莉は白蓮の気配が、以前より薄くなっている事に気づいた。
「はっ!心得ております」
お互いの目線が交錯した後、茉莉は大広間を出て行った。
「何だったの?茉莉」
「やっぱ、いいやって感じで何もーー気をつけて行けって言われただけだよ」
「え〜何それ」
茉莉は白蓮から感じた違和感を話さず、胸に仕舞っていた。
ーーーーー。
四人はそのまま、仁景のいる上忍部屋へと向かった。
「次の任務について話をしておくーー先ずはこれが建造中の新拠点の場所だ」
仁景が卓の上に街道図を広げた。
‥この場所‥道場の近くだ‥。
街道図に付けられた目印周辺は、朱里にとって覚えのある場所だった。
「こんな場所に拠点なんか作って意味あるのかなぁ」
「目的は分からん。岐阜城の南側防衛拠点と思えなくもないが、清洲城の監視という可能性もある。あるいはその両方か」
「どうして清洲城を監視するの?清洲城は羽柴勢の城じゃなかったっけ?」
「今のところはな。ただし城主の福山正則殿も水面下で三河様と接触しているーー大津城と似た状況だ。牽制されたしても不思議ではない」
「駆け引きだらけですわね」
「城主とてどの権力につくかで、一族と民の命運が天と地ほど変わるのだからなーーその背景には羽柴勢の内部対立という不安が大きく影響しているのだ」
「拠点の狙いを探る。その為の偵察というわけか」
「その通りだーーそれともう一点。先に偵察のため向かった上忍二人が、半月ほど音信不通になっている」
「龍隠に気づかれたのでは?」
「おそらくな。村民に扮して現地に居たはずなのだがーーそのあたりも調べてもらいたい」
「拠点の破壊はするのか?」
「拠点の規模もわからない状況だ。破壊については現場での判断に任せるが、無理はするな」
「承知した」
ーーーーー。
「今一つ、目的がハッキリしないと思うのは僕だけ?」
「私もですわ」
四人は食堂で夕飯を待っていた。
「先に偵察に出した者たちが音信不通だから、それを含めて何の拠点かも調べてこい。破壊するか判断は任せるーーでしょう、どうする纏」
「何を考えるにも情報が無さ過ぎだ。今は行って見て考える、としか言いようがない」
「拠点も建造中でしたら、龍やみたいに人足が、村民町民の可能性もありますわ」
「街道図で見たら、拠点の場所は私の地元に近いみたい。だから、現地の情報は私が村の人に聞いてみるよ」
「朱里の地元って、道場のあった村って事だよね」
「うん、そうーー先の上忍って村民に扮していたんでしょ、それなら誰か知っている人がいるかも知れない」
「可能性はありますわね。そこは朱里に任せた方が宜しいのでは」
「そうだな。現地の状況も知らねばなるまい。先ずはそこから調べていくのが賢明そうだ」
あの村に拠点を作るなんて、龍隠はいったい何を狙っているんだろう‥。
「四人揃っているなんて久しぶりだなーーはいよ、夕飯お待ちどうさん」
銀次が四人分の食事を次々に運んでくる。
「やっぱ銀次。口は悪いけど、ご飯は最高だよ」
「こいつ、また言ってやがるーーしかしまぁ、この煩さも居なきゃ居ねぇで、寂しいもんだしな、今日は大目に見といてやるぜ」
纏と翡翠と朱里が顔を見合わせる。
「な!何だよ、大目になんか見なくていいんだよ、ばか銀次」
「茉莉?お前、顔が赤いぞ」
「うるさいな、汁が熱かっただけだよ」
「あらあらですわね」
「ところでよ、四人集まってるのは、あれか、また新しい任務か?」
「そうだ」
「今度はどこへ行くんだ?」
「尾張国だ」
「あっちへ、こっちへ、本当に大変だなぁ、あんたらは」
「そう思うなら、銀次が代わりに行ってくれてもいいんだよ」
「お前なぁ。そもそも俺のこの足じゃ無理だろがーー里も人手不足だからな。今、組で動けるのはあんたら四人と、教会組の五人しかいねぇ。しかし教会組は諜報部隊、つまり里の眼だ。となると、残るはあんた達だけだからな」
「教会組って流星さんとシスターズのこと?」
「そうさ、あの司祭もシスター達も、あんな格好しているが上忍なんだぜ」
「えっ?私はてっきり教会の人だと思っていた」
「上忍ですわよ。全国を巡って情報を取るため、あの格好しているだけですわ」
教会の人じゃないーーそうすると師範と里は最初から三河様繋がり‥だから師範は龍隠の襲撃も想定していた、あの遺言状の書かれ方はそういう事だったの‥今度会ったら流星さんに聞いてみよう。
「出立は三日後、各々準備を進め、休養もしっかり取るように」
夕食を終え、四人は部屋へと帰って行った。
翌日、朱里は流星を探したが見つけられず、上忍部屋に居た仁景に聞いた。
「流星か?今朝早く、次の調査地へ出立したが、流星に何か用があったのか?」
「そうですか‥今度はいつ帰ってきますか?」
「予定は聞いてないが、大体は一月後くらいじゃないか」
「それなら大丈夫です、帰ってきたら聞きますから」
朱里は部屋に戻り、出立の準備を整えていった。
「朱里の地元って、本当に山中の村だったんだねーー田舎育ちと知ってたけど、これはなかなかだよ」
「失礼だな、村はこの先だよ。こんな山中じゃないし、もう少し拓けているから」
山中を進んだ先に、拓けた集落が見えてきた。
「街道図なら新拠点もこの辺りだな」
四人の目に映るのは、夕暮れ前の長閑な山村の風景だった。
「どうする纏、宿も決めないと夜になっちゃうけど」
「村に宿は無いから、宿を探すなら半刻ほど歩いて、町へ下りないとだめかな」
「調査に何日掛かるか分からない状況ですわ。ここは先ず根城の確保が必要ですわね」
「そうだな。村人への聞き込みも今からでは遅い。町へ下りて宿を探そう」
ーーーーー。
四人は町へ下り、一軒しかない温泉宿に入った。
「泊り客が僕らだけとはね」
宿の湯場で、四人は汗と泥を流していた。
「村から拠点らしいものは見えなかったのですわ」
「そうだね。朱里、拠点なんか建てられそうな場所、他にどっかある」
「村から東の山に少し入ると私の居た道場、北の山に入るとお寺があるくらいかな」
「空き地のような場所は無いのか」
「私の知っている限りじゃ無いと思う」
「そうすると、建設中の拠点は焼けた道場跡地かお寺のどっちかって事だけど、お寺にそんなもの作れないだろうから、道場跡地の方って事かな」
「そうなりますわねーー明日は村で聞き込みしてから山に入って、道場跡地の方から確認ですわね」
「道場跡地ってそんな広くないよ。広さならお寺の方が断然広いけど」
「とりあえずは、行ってみるしかないんじゃない」
翌日、四人は早朝から村へ行き、朱里が村人に聞き込みを開始した。
「久恵さん。ご無沙汰してます」
「あれま!朱里ちゃんじゃないの、久しぶりねーーでも‥その格好どうしたの?それに後ろの人達は誰?」
「脅かして御免なさいーー私ね、お役人様の依頼でいろいろな調べ事をしてるの。後ろの人達はその仲間なんだ」
「朱里ちゃん、お役人様になったの?」
「ううん、違うよ。目明しみたいなものって言えば、わかる?」
「わかるわ。悪い連中を捕まえる人でしょーー立派になったんだね、碧英さんが聞いたら、きっと驚くわ」
「あの時はいろいろありがとう。皆んなの親切で今、こうしていられると思ってる」
「ああいうのはお互い様よ、気にしない気にしないーーところで目明しって事はあれかい、例の呪い騒ぎで来たの?」
「例の?呪い?」
「おや、違ったのかい」
「久恵さん、その話詳しく教えて」
「新蔵の前で‥そうそう、道場の跡地にさ、今は蔵が建っているんだよ。新蔵って呼んでいるけど、そこで野盗が二人死んでいたのさ」
「野盗が二人?」
「粗末な服を着ていたけど、刀を持っていたから、きっと流れてきた野盗か山賊の類さーー二人とも凄い形相で死んでいたんだけど、体の何処にも傷や怪我がなくってさ。病にしたって、二人一緒なんておかしいでしょ。お役人様も来たけど、結局解らず終いなんだよ」
「呪いって?」
「気を悪くしないでねーー碧英さんの呪いじゃないかって。そう触れ回った奴がいて、村で噂になってるーーもちろん、私はそんなこと信じちゃいないよ」
「だ、誰がそんなことを!」
「朱里‥」
後ろから朱里の肩に手を掛けた茉莉が、静かに首を振っている。
「誰が言い出しかは分からない。村に碧英さんを悪く言う人なんて居ないのに」
「死んだ二人って、どんな感じの人だったか知ってる?」
「たしか三十歳か四十歳くらいの男だったかな」
「ありがとう久恵さん。新蔵に行ってみようと思うーー新蔵って誰の蔵なの?」
「わからないわ。ある日人足が集まって、何かやってると思ったら蔵が建っていたんだーーでも、住んでいる感じも、使われてる感じも無いから、それも気味悪がられてるの」
誰の蔵かわからない‥。
「朱里ちゃん、次は朝か夕方おいでよ。昼間は畑や山に行ってて誰も居ないから。皆んな朱里ちゃんの顔見たら喜ぶと思うわ」
「うん。これが落ち着いたら、また来るよ」
「分かったわ。それじゃあ、気をつけてね」
ーーーーー。
「いきなり過ぎてびっくりなんだけどーーしかも、また変死体じゃん。まさか水鱗が生きていたなんてのは勘弁してほしいな」
「水鱗は間違いなく死んでいる、それは無いーーただ、変死というなら別な魔眼使いが関わっているかも知れないな」
「新拠点はどうやら道場跡地に有りそうですし、変死体もその近くと言うなら、音信不通になった上忍二人で、ほぼ確定ですわね」
四人は頷いた。
「しかし朱里、よく目明しなんて思いついたね、驚いたよ」
「何でだろう‥咄嗟に出てきたんだーーそれより茉莉、さっきは止めてくれてありがとう」
「大丈夫だよ。あんな話を聞かされたら、僕だって同じになっていたと思うな」
「新蔵とやらへ向かうぞ」
ーーーーー。
朱色の山伏装束、オールバックにした黒髪の一部を赤く染め、赤の狐面を側頭に被った男の影が、蝋燭の炎で揺らめいている。
「焔爪様。くのいち四人、こちらに向かっていると伝令より報告が入りました」
「来たか。罠とも知らずにな。小次郎、水鱗を倒したその力、この目で確かめさせてもらうぞーー手配通りと全員に伝えろ」
ーーーーー。
「どういうつもりだ、龍隠」
朱里の拳に力が入っていく。
道場跡地に道場の面影は一切なく、均された敷地には高い壁に囲まれた蔵らしい建物が建っていた。
「確かに人の気配は感じないかーーどうだ茉莉、何か見えるか?」
「気配は何も見えないかな」
四人は森の影から蔵の様子を窺っていた。
「見た目だけなら、拠点と言うより、やはり蔵ですわね」
「未完成なのかなーーどうする、これ?確かにそれらしい建物は見つかったけど、これじゃ何なのかが、さっぱり分からないね」
「中の状況くらいは見ないと、何とも判断が難しいですわ」
「こんなもの、中を見て龍隠拠点だったら壊した方がいい」
「待て!任務は偵察だ。蔵のような拠点、上忍の変死、どうするかは里の判断に任せるのが賢明だろう」
「これを放っておく手はないと思う。破壊は現場の判断に任せると仁景殿も言っていたはず」
「待て朱里、この状況で敵影も、気配すらもないと言うのは罠と考えるべきだ」
「確かに罠は疑うべきですわね。ただ今の情報だけでは、雲を掴むような報告しか出来そうに有りませんわ」
「それならさ、潜入はする。でも敵が来たら、戦わずに撤収するのはどう?無理はするな、とも仁景殿は言っていたし」
「二対一対一か‥では潜入調査、敵と遭遇したら戦わず撤収、それでいくかーーそれなら私と翡翠で上から、茉莉と朱里は下から潜入で行こう」
三人は頷き、二手に分かれて潜入を開始した。
「通用門が開けっ放しだしーーやっぱ無人なのかなぁ」
身を潜め、気配を消しながら中へ入っていく。
「誰も居ないようだ」
内部は二階建てのような構造になっていたが、伽藍堂で、中央に石のような塊が見えるだけだった。
漠然とした違和感に、茉莉が蔵の中を見回す。
隣で朱里が、中央にある石の塊を凝視していた。
朱里の視線を茉莉が追う。
その石は砕かれた墓石で、扇家と刻まれてあった。
「ふざけるな‥龍隠」
唇を噛み締め、握った朱里の拳が震えだす。
「落ち着いて」
止める茉莉を振払い、朱里が墓石に駆け寄っていく。
「ダメだ朱里!」
茉莉が朱里を追う。
その時、壁に隠れていた敵の弓兵部隊が現れ、朱里と茉莉を包囲していく。
上部から潜入した纏と翡翠にも、敵弓兵が攻撃を仕掛けてきた。
「まずい!囲まれたか」
「きっと下も同じ状況ですわ」
包囲を突破しようとする茉莉と朱里の行く先を、矢の雨が塞ぐ。
「完全に囲まれたみたいだーー!!?」
茉莉の義眼が、朱里の足元に異様な気配を察知した瞬間、その地面が割れ、人影が飛び出してきた。
「朱里!後ろだ!」
「遅い!」
地面から現れた男が奥義の構えに入る。
背後、しかも地中から意表を突かれ、朱里の抜刀が間に合わない。
「抜刀術奥義!昇龍!」
「朱里!!」
茉莉が朱里を体当たりで突き飛ばした瞬間、男の斬撃が茉莉の背中を切り裂いた。
「あ‥れ‥」
飛び散る血と共に、茉莉が静かに倒れていく。
立ち尽くす朱里と、倒れていく茉莉の瞳を見た男が構えを解き、朱里に向き直る。
「また仲間に救われたな赤目ーー四年前の碧英もそうだった、お前を庇って口を割らないから、俺の火焔で焼き殺してやったよ」
更に朱里を挑発した男が、再び地面に消えていく。
上部の敵を倒した纏と翡翠が、蔵内の二階へ潜入した。
朱里の目の前に倒れた茉莉の体からは、夥しい量の血が流れ出していた。
朱里の目が大きく見開き、体が震え出す。
「茉莉!!」
その叫び声は纏と翡翠にも届き、階下を見た纏と翡翠の時間が止まる。
「罠だ!次が来る!ダメだ!朱里、逃げろ!」
気を取り直した纏が叫ぶ。
嘘だ‥茉莉‥どうして‥。
体を突き破るような怒りと哀しみに、纏の声も遠のき、自分の鼓動だけが激しく響いて、眼が赤く揺らぎ始める。
ーー瞬間、朱里の感覚が、背後に半透明な人影を見た。
体が直感で動き、その影を一刀両断すると、地中から飛び出したばかりの男の体を斬撃していた。
「ーーやはりお前、その力‥そうか‥」
不適な笑みを浮かべた男の体から血飛沫が上がり、その男は倒れていった。
「焔爪様!」
焔爪が討たれると、混乱した敵部隊が叫びながら退散していく。
纏と翡翠が階下へ降りて、茉莉へ駆け寄るが、すでに茉莉は息絶えていた。
「地下か」
纏が崩れた地面を見下ろす。
「建設途中の地下通路を使った待ち伏せだったのだな」
横で翡翠が静かに頷く。
「壁の弓兵も階上の敵も、全部が囮ですわ。本命は最初からこの焔爪だったのでしょう」
茉莉の周りで膝を落とした三人の目に、血で染まったくのいちアイズの紋章が映っている。
胸の中が爆発しそうな思いに駆られても、声を出せる者は一人もいなかった。
「そういう事だったのか‥分かった。後の事は私の方で処理しておくーー三人は白蓮様へ報告に行くよう」
里に戻った纏から報告を聞いた仁景が、静かに拳を握り締め、俯き気味に答えた。
ーーーーー。
「茉莉が‥そうかーー纏、朱里、翡翠、大儀であった」
取り乱した様子もない白蓮の声だった。
言葉は‥それだけ‥か‥。
「これは定めのようなもの。残った者はこの事を引きずる事のなきようにーー以上」
白蓮がそう言葉を結ぶ。
「‥白蓮様、それだけですか?」
「朱里!言うな」
「悼むお言葉すらも無いのですか」
大広間に沈黙の空気が流れていく。
「私の魔眼は予見ーー出立前に茉莉の事は見えていたーーしかし、あくまで予見。そして何より四人全員で臨まなければ、全滅すら有り得る任務だったのだ」
白蓮からの回答は淡々とした言葉だった。
見えていた‥。
両手に力が入り震える朱里を見た纏が、横で黙ったまま首を振る。
再び空気が沈黙した後、朱里が立ち上がる。
「朱里!」
纏の声も聞かず、朱里は大広間から走り出ていった。
朱里を目を追う纏の横で、翡翠はじっと白蓮を見つめていた。




