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くのいちアイズ  作者: 阿久理ヒロミ


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絆編 第三章 任務・戦い 節一 近江国龍隠拠点壊滅の任

項一 新たなる指示


筑前国より帰還してから、様々な任務をこなしながら半年が過ぎ、チームとしての結束、連携の練度も徐々に向上していた。

「白蓮様からお呼びがかかったと言う事は、大きな任務だよね、きっと」

「そうだろうな。細かい任務なら仁景殿から直接言われるだけだからな」

「それに四人まとめて召集となれば、ほぼ龍隠関連の任務ですわね」

「今度は何処へ行けって言われるのか」

四人が大広間に通されると、既に白蓮が待っていた。

「日々任務ご苦労である。翡翠もそろそろこの里に慣れた頃であろう」

「お気遣い賜り、恐悦至極にございます。もう何ら不自由なく過ごせております」

「左様か。なれば良し」

白蓮の顔から笑みが消える。

「纏、茉莉、朱里、翡翠、其方らは近江国へ赴き、そこにある龍隠物資輸送拠点の壊滅を命ずる。準備が整い次第、早々に出立するよう」


上忍部屋で仁景から任務指示書が渡された。

「今度は大丈夫?まさか見落としはないよね〜」

指示書を広げて確認する纏の耳元で茉莉が囁く。

「!‥」

「ひっ‥ごめんなさい‥」

ーーーーー。

「承知した」

任務指示書が卓に置かれると、仁景が四人を見回し、説明を始めた。

「最近、龍隠による公儀方への軍備増強が目立ってきている」

「公儀方って何?」

「羽柴勢の事だ。対する三河様は内府方と言うんだ」

「纏の言う通りだ。公儀方への軍備の多くは、近江国にある龍隠の物資輸送拠点から出ている」

「そこを潰して相手の軍事力強化を阻む、と言う事ですのね」

「待ってよ、この話だとその拠点ってかなり大きいよね?」

「拠点は大津。琵琶湖の南側湖畔に在って、ちょっとした要塞だ」

「要塞を四人で潰せと」

纏の言葉に三人が顔を見合わせる。

「そう言う事だーー本来ならもっと多くの上忍で当たる案件だが、人員が割けん」

「えっ?マジで言ってるの?普通に無理っぽい気がするんだけどなぁ」

「拠点を焼け野原にしろという話ではない。長期的に輸送が出来ない程度に無力化できればいいのだ」

「その言い方。出来る策があるように聞こえますわ」

「軍用物資の拠点だからな。保管されているのは武具や銃、大筒、そして火薬だ」

「なるほど‥火薬庫を探して爆破するという作戦か」

「その通りだ。火薬庫さえ飛ばせば輸送は止まる、そこを見つけ爆破するんだ。幸い拠点周辺に民家は無い、爆破したところで問題はない」

「これはもう破壊工作ですね」

「火計という戦法だ、朱里」

仁景が纏に向き直る。

「これが拠点を示した街道図だ、あと出立時にも渡す物があるから、ここに立ち寄るようにな」


仁景の説明の後、四人は昼食のため食堂へ入った。

「なんかさぁ、やる事が段々過激になってる気がするんだよなぁ‥そもそも拠点攻撃なんて僕らの範疇外じゃないの」

「仕方なかろう、大軍率いて攻撃すれば、それこそ戦になる」

「それに水面下の事なら、やられた方も大っぴらな報復ができませんわ」

「火薬庫を見つけてって、簡単に見つかるものなの」

「簡単ではないが、無理でもない」

「近くに火と水が無くって、陽の当たらない風通しのいい場所にありますわ」

「そんなものなのかーーあと近江国?琵琶湖ってどの辺なの?」

「ここからなら多羅尾道という忍びの要路で繋がっているぜーーはい、蕎麦お待ち!」

銀次が四人の前に山菜の入った蕎麦を置いていく。

「銀次、よく知ってるねぇーーそこってどんな道?」

「かなりの山道だぜ。何だよ、今度の任務は近江国かい」

「そうだ。だから衆生に紛れて行きたい、他にいい道はないか?」

「それじゃ伊勢回りの東海道を行くんだな。遠回りだが、そっちなら通行人も多いから目立たないだろうよ。詳しく知りたいか?」

「頼む」

「まず伊勢の加太越から関宿まで進んで一泊、そして鈴鹿峠を越えた水口宿で一泊、三日目に大津へ到着するぜ」

「なんか銀次ってさぁ、たまに頼りになるよね」

「蕎麦湯を掛けてやろうか、茉莉」

やっぱり仲がいいな、この二人は。

微笑ましいやり取りが羨ましく思えた。


翌早朝、出立の準備を終えた四人は、仁景のいる上忍部屋を訪ねた。

「これは?」

「火薬庫を見つけたらこれを使え。火薬玉と導火線、それと火のうだ。火薬玉は取り扱いに注意しろよーー朗報を待っている」

ーーーーー。

四人は関宿を目指して東進し、二日目は鈴鹿峠から水口宿へ入り、三日目には大津の城下町から少し外れた温泉宿に到着した。

「明日は早朝から敵情視察だ。町中には城の警備兵が多い、だから隊服ではなくワンピースで町へ出る」

「僕は賛成だよ。目立たないし、潜入しないならその方が楽だし」

「そうですわね。先ずは外から情報を探りましょう」

「刀は?」

「長刀は目立つからな、朱里は短刀にしてくれ。他は苦無でいいな」

「わかったよ〜それじゃ各自、朝まで自由でいいよねーー翡翠、お風呂行こう」

「よろしいですわ」

「まったくアイツら‥ん?朱里も自由にしていいぞ」

「私はいいよ。刀の手入れしておく」

「変わらず真面目だな」

「そんなんじゃないけど‥大切な刀だから」

ーーーーー。

「いやぁ貸切だよ」

「誰も入っている人が居ませんわね」

二人は宿の温泉に浸かっていた。

「あれ‥翡翠、左手首を怪我したの?」

「えっ?あぁ、この痣は実験していた時の痕ですわ」

「何さ、実験って」

「いろんな毒を試してましたの」

「自分の体で?いや、待って、そんな事したら‥」

「僅かな量なら死にませんわ」

「今はしてないよね」

「えぇ、毒は完成しましたから」

「そうか、あの苦無、それが塗ってあったのか‥翡翠、僕の心臓に悪いから、そんな事もうやめてね」

「大丈夫ですわ、もうするつもりはありませんから」

「うん、わかったーーところでさ、今回の任務、翡翠はどう思う」

「どうとは?」

「輸送拠点とは言ってもさ、渦中に飛び込むようなものだよ、ヤバくない」

「そう言う事でしたらヤバいですわね」

「あ〜なんかこれ、翡翠も纏と同じになっちゃったんだね‥昔はこんな子じゃなかったのに」

「私は変わっていませんわ。それに纏とも違いますわよーー茉莉、静かに」

翡翠が唇を指で押さえ小声になる。

目配せした方には板塀があり、耳を澄ますと男達の会話が聞こえてきた。

「男湯‥」

翡翠が頷く。

「‥‥だぞ、しかも今日のもお役人様だって言うじゃないか‥こりゃもう物の怪の仕業に違いねぇぜ」

「お前は本当にビビリだな。確かに怪異だけど、物の怪なんざいるわけがねぇ」

「じゃあ、あの亡骸は何だよ。傷も痣もねぇのに白目剥いてんだぞ」

「癪持ちだったんじゃないのか」

「ここ最近、これで十人目だぞ。お役人様だけで七人だ。そんな筈あるめぇ」

「ほら、時間がねぇんだ、さっさと出るぞ」

「おい、待てよ、置いて行くんじゃねぇよ」

男達の声はそれきり聞こえなくなった。

「なに今の?物の怪で役人が死んでるって話?」

「さぁ‥でも、そのようにしか聞こえませんでしたわね」


翌朝、物見客を装ったワンピース姿の四人は町に出て、琵琶湖湖畔へ足を進めた。

「でっかぁ!」

「もはや海だな、これは」

葦の生える湖畔で、四人は琵琶湖の大きさに圧倒されていた。

「大津城も見えるよーー昨日は水口城を見れたし、凄すぎる」

「始まったか‥朱里のお城讃美が」

「物見らしくてよろしいのでは、ふふっ」

茉莉の横で翡翠が笑う。

「あれ?手前のあれは‥櫓?何だろう?」

「どうかしたか?」

「あ‥うん‥大津城からちょっと離れた所にも櫓があるから。あれだよ」

指差す方には、組まれた石垣の上で、塀に囲まれた櫓が見えた。

纏が街道図を開き、周囲を見回す。

「茉莉、翡翠、来てくれ」

纏が櫓へと視線で目配せする。

「あれなに?お城じゃん」

「いいえ。お城というより蔵ですわねーーあそこからなら陸路も水路も使えますわ」

「近くに行ってみませんか?」

「何だか朱里の動機を不純に思うのは僕だけ?」

「結果良ければ、ですわ」

四人は櫓に向かって歩き出した。


項二 湖畔の城


「これなら宿から町中を突っ切って来た方が近かったなぁ‥」

「琵琶湖のかなり西に出てしまったからな」

「まぁ、地の利がないのですから、仕方ありませんわ」

「私は違った眺めの大津城を見られたから嬉しかったけど」

湖畔沿いに、町方面へ戻る道を四人は進んだ。

「ここだなーー造り的には城に近いか」

「うん、正門に通用門、水門もある。これはもう小さいお城だよ」

「ほんと城好きだなぁーーそれよりさ、ここ人の往来が多くない?普通に通用門から出入りしてるし」

「そうですわね。お武家様には見えませんし、皆さん道具箱や風呂敷を持っていますわ」

「龍隠の偽装か?」

「まぁ、僕らもワンピース着てるけどねーーでも、歩き方一つ見ても忍びには見えないよ」

石垣の近くまで来た四人の前を、町人風の男女が往来していく。

「この格好で潜入は無理だしーーそもそも今日は潜入なしの予定だよね」

「そうだがーーしかし、これはいったい‥」

「中に入ってみないと‥それか誰か捕まえて聞いてみる?」

「うっかり聞くのは危険ですし、ここで長居も怪しまれますわ。一旦、離れませんこと」

四人は櫓から離れ、大津城の方へと向かうことにした。

「やっぱ、潜入しないとダメだねぇ」

「まさか龍隠の拠点に町人が出入りしているとはな」

「先ずはそこから調べないと‥迂闊に爆破なんてできませんわね」

「そうだなぁーーちなみに今の大津城って城主誰だっけ?」

「確か‥西極高嗣様のはず」

「朱里よく知ってるなぁーーと言う事は公儀方と内府方のどっち?」

「公儀方になるのかな」

「公儀方なら近くに龍隠の輸送拠点があっても、おかしくはないですわね」

四人は湖畔沿いから街中へと入っていく。

「しかし大津城‥近くに見えたのに、歩くと遠いな〜」

更に町中を進んだところで、再び茉莉が声を上げた。

「纏、あそこ!煮売屋じゃないかな」

茉莉の指差す方には『満屋』と看板のある店があった。

「そういえば、もうお昼ですわね」

「だいぶ歩いたしな。煮売屋で昼飯としよう」

ーーーーー。

「おお!どれも美味そうーーこれ悩むなぁ」

店先には煮魚、煮しめ、煮豆の盛られた大皿が並んでいる。

「私は麦飯としじみ汁、煮しめにしますわ」

「おかみさん!こっちも頼むねぇ!」

「ちょっと待っとくれよ」

おかみが店内を慌ただしく動き回っている。

「すまないね。うちの女中が二人も産気づいちゃって手が足りないんだ。この後、あたしも使いに出なきゃならなくてさ、飯を出すのに時間かかるけど、いいかい?」

「私らなら構わない」

「悪いね、そう言って貰えると助かるよ」

四人が各々注文を入れる。

「あんたぁ!あたしゃ、たつやさんへ行ってくるから、後は頼んだよ」

おかみはそう言って、荷運びの男と共に、店横に置かれた荷車を押していった。

「活気のある町ですわね」

「城下で街道沿いだからな」

「お待ちぃ!」

暫くして、店の親父が四人の飯を運んできた。

「すまねぇな、待たせちまって。お豊が居りゃ、ここまでにはならねぇんだけどよ」

「お豊と言うのは、さっきのおかみの事か?」

「そうさ。今、ちょうど飯時だろ、たつやさんへ昼飯を届ける女中が居なくってよ、その代わりさ」

「ああ、産気づいたとか言ってたねぇ」

「おうよ、よりによって二人まとめてだからな、参ったぜ。だからって、たつやさんの納品で穴開ける訳にもいかねぇからな」

「たつやさんて、お得意様ですのね。でしたら仕方ありませんわ」

「そうさ。四十人分の飯を毎日頼んでくれるんだ」

「四十人分は凄いねぇ!そこって何屋さん?何をしている所なの?」

「船座っつうか、問屋っつうか、荷役だな。そこに居る仲仕や人足の昼飯を届けているのさ」

「ねぇねぇ、そこってもしかしたら‥湖畔にあるお城みたいな櫓じゃない?」

「そこだよ。御用のための荷役をしてる蔵さ」」

そこまで言ったところで、親父は別の客に呼ばれ、いそいそと離れていった。

「だってさーーどうする?」

「御用のための荷役か」

「その四十人の中に町人も混ざっていると言う事だね」

「そうなりますわね」

「よく櫓だって分かったね」

「だって四十人が働ける場所なんて、そんなに多くはないでしょ。だから言ってみただけだよ」

「茉莉らしいですわ」

四人は食事を済ませると、櫓へ引き返す事にした。

ーーーーー。

櫓の門には『御用蔵 龍や』と看板が掛けられてあった。

「たつやって‥まんまじゃん」

「ああ、まんまだな」

「ですわね」

「うん‥隠れる気も無いんだね」

閉ざされた門の前で四人は、呆然とその看板を眺めていた。

ーーーーー。

「皆んな、先に帰っていてよ。僕は別で確認したい事があるからさ」

「なんだ?確認したい事とは」

「戻ったら話すよ。ちょっと思いついたんだ。じゃあ後でね」

大津城の場所を確認した宿への帰路、茉莉は一人で町中へと戻って行った。

ーーーーー。

「中に町人が大勢居るとなると、偵察も爆破も町人の居ない夜しか出来ないな」

「しかし、夜なら月夜でなければ、夜目も利きませんわ」

「それで火薬庫を探して、火薬玉を仕掛けるなんて出来るのかな」

「せめて蔵の指図か絵図が欲しいところか‥」

宿に戻った三人が話している途中、半刻ほど遅れて茉莉が宿に戻ってきた。

「皆んなどうしたの?そんな顔して‥」

「任務実行の手立てを考えていたところだ」

「そっか。それなら朗報があるよ」

三人が茉莉に目線を向ける。

「満屋のおかみさんと話してきたんだ。昼飯時間だけ僕らもお店を手伝おうかってさ」

「店を手伝うとは、どういうことだ」

「龍やへ昼飯を届ける女中が休んで人手が足りないなら、女中の代わりを僕ら四人が行こうかって話を持ちかけたんだよ」

「茉莉凄いですわね、商才ありますわ」

「女中に扮して蔵に入るという事か」

「それなら明るいうちに状況把握ができそうだね」

「それで、おかみはなんと?」

「ぜひ頼みたいって。でも只でいいって言うと怪しまれそうだから、手間賃無しの四人分の内飯付きで引き受けて来ちゃった」

「なっ!もう引き受けてきたのか」

「ごめん、名案だと思ったんでさぁ。もう仕事着もほら、渡されちゃったんだよね〜」

「茉莉、お前‥」

「まぁまぁ、宜しいんじゃなくて。他に手立ても出てませんでしたし、結果良ければで」

茉莉はおかみから預かった、紺の袷の小袖を三人にも配っていった。

「それを着て、巳の刻に店へ来てくれたら、やり方を教えるってさ」

「料理を作ったりはしない‥よね?刀は得意だけど、包丁は苦手なんだ」

「それは無い無い。荷車で運んだ惣菜を盛って渡してあげるだけだよ」

「確かに渡に船というやつだな」

「それにこちらから探るより、いろいろな情報も取れそうですわ」

「先ずは明日やってみてだ。その結果でまた話そう」

四人は翌日に備え、夕食と風呂を済ませ、早々に寝床へ入った。


項三 内偵開始


翌日、四人は渡された仕事着を着て満屋へ向かった。

「なんかさ、この格好すごくいいよね、どこから見ても僕ら町娘じゃん」

「偽装として申し分ないですわ」

ーーーーー。

「本当によく来てくれたね〜助かるよ。じゃあ、早速だけど仕事を教えるから皆んなこっち来て」

おかみに呼ばれ、四人は荷車の前に並んだ。

荷車の上には飯釜、汁鍋、幾つかの惣菜用大皿があり、その脇には大量の茶碗、小鉢、箸の入った椀籠、皿籠が置かれてある。

「要は給仕役だね。飯、汁、惣菜をこっちの器に盛って渡してあげる、それだけさ」

随分とざっくりとした説明‥何か、おかみさんてこういう人が多いような‥。

「お代はどうするのですか?」

「貰わなくていいよ。お代は四十人分まとめて龍やさんが払ってくれるから」

「誰が食べても食べなくても必ず四十人分を用意して、掛け売りしている、そういう事ですわね」

「よく知っているわね、その通りよーーあと飯と汁は多めに入れてあるから、お替わり受けても大丈夫よ」

「大体はわかったーーそれでいつ出発して、いつまでに戻ればいい」

「正午にここを出て、向こうに着いて半刻くらいしたら帰って来ていいよ。とりあえず今日の行きはあたしも一緒に行くよーーだから正午前にまた来ておくれ」

おかみは仕込みのため、店奥へと戻っていった。

「元々は女中二人でこなしていた仕事なら、不慣れを考えても三人いれば足りるだろう。それなら明日からは一人を内偵に回しても問題なさそうだな」

「うん。今日行ってみれば、ある程度の構造や配置も分かるだろうからさぁ」

「それなら宿に帰ってからでも、忘れないうちに見取り図を作っておくのはどう?」

「よろしいのでは。見取り図があれば、最終日の段取りも、し易くなりますわね」

「後さ、僕らは何してる人達って聞かれたら、旅芸人って事にしてね」

「旅芸人?どうして」

「おかみさんに聞かれて、そう言っちゃったんだーー大道芸でさ、人を立たせてギリギリに小刀投げるとか、投げた大根を空中で三本に切るとか、宙返りして見せるとかあるじゃん、それなら僕ら全員できると思うんだ、だからよろしく」

「聞かれたらの話ですし、私は構いませんわ」

「ああ、好きにしろ」

「じゃあ、三本切りならやるよ」

「異議なしだねーーそれじゃ、今はこの格好だし、邪魔にならないところで正午まで待とっか」

四人は店の軒先で街道を見ながら、時間潰しを始めた。

ーーーーー。

暫くして大工風の男二人が店に入り、飯を注文すると、顔を突き合わせるようにしながら、小声で話を始めた。

「お前知ってるか?西極様が三河勢に寝返るかも知れねぇって話」

「そんな話は聞いた事ないな。どこで聞いたんだよ」

「今日、俺が二の丸の壁を修繕してる時によ、壁の向こうで侍同士が話してるのを聞いちまったんだ」

「本当かよ‥」

「この話、どう思うよ?この町はずっと羽柴様に就いていたから安泰なわけなのに‥そんな事になったら、ここが戦さ場になるんじゃねぇか」

「そうさな、聞いた話じゃ、太閤様が亡くなってから、五大老同士で権力争いが起きてるらしい。そのせいかも知れないな」

「身内のゴタゴタなら身内同士でやってもらいてぇなぁ。こちとら巻き込まれるの真っ平御免だぜ」

「まったくだ。戦で泣かされるのはいつもこっち側なんだからよ」

間も無く、男達の前に飯が運ばれ、話はそこで終わった。

「ねぇ、聞いた?」

「ああ、漏れなくな」

「三河様と西極様、こんなの初耳ですわ」

「穏やかな話じゃないよね」

「そうだな。二の丸の侍なら西極の家臣ということか」

「多分ね‥それなら探ってみる?」

「いや、先ずは任務優先でいこうーーこの話は里に戻ってからでも遅くはないはずだ」

「私も同感ですわね」

「分かった。もうすぐ正午だしーーそれじゃあ、そう言う事にしよっ」

茉莉が店奥にいるおかみを呼びに行った。

ーーーーー。

「今日からお手伝いに来てくれた茉莉ちゃん、纏ちゃん、翡翠ちゃん、朱里ちゃん、皆んなご贔屓に!」

おかみに紹介され、四人が一人ずつ挨拶をしていく。

満屋の荷車前には現場作業をする浜仲仕逹が集まっていた。

「おかみ、どっからこんな可愛い娘を攫ってきたんだよ」

「おうよ、皆んな可愛いのしか居ないじゃないかよ」

纏が唇を噛んだ顔を斜に背ける。

‥こんな私でも可愛いと言うのか‥。

朱里の脳裏には、小次郎に止めを刺した自身の姿が過っていた。

「何だい、お前ら不細工が好みなのかい?だったらあたしが相手してやろうじゃないか」

「いやっ待て、おかみ。俺たちが悪かった、だから勘弁してくれ」

おかみさんって凄いな。こんな沢山の人前なのに笑いで纏めちゃうなんて‥。

「ほら、おかみ。変な事言うから、朱里ちゃんが目を丸くしてるじゃないか」

「朱里ちゃん。こんな連中の話なんざ真に受けなくて良いからね」

「ひでぇな、おかみ」

その場が笑い声で埋まっていた。

ーーーーー。

「大体の給仕はこんな感じかな、分かったかい」

「うん、もう大丈夫だよーー後は配り終わったら帰るからさ」

「それじゃあ、任せたよーーあたしは店に戻らせてもらうから」

おかみは一人、龍やから出て行った。

「嬢ちゃん達って、女中さんが休んだ代わりなんだろーー普段は何をしているんだい」

浜仲仕の一人が飯を貰いながら茉莉に聞いた。

「あ〜それ聞いちゃう?」

「何だよ、もったいぶらねぇで教えてくれよ」

瞬間、三人の目が茉莉に向く。

「旅芸人だよ、旅先で大道芸をして回ってるんだ」

「大道芸!おい皆んな、嬢ちゃん達は旅芸人だってよーーなぁ、良ければ見せちゃくれねぇか、もちろん只とは言わねぇよ」

「何だい、本当かい。よっしぁ、俺も乗ったぜ」

「今日なら浜問屋も浜番も留守だしよぉ」

飯を食っていた男も女も、荷車の前に集まり始める。

ああ〜茉莉どうするつもり〜。

「うん、分かった、いいよーー特別ね、少しだけだからお代は要らないよ」

茉莉を見ていた三人の目が点になる。

「じゃあ、皆んな食べ終わったら、あそこの広い場所で待っててよ」

浜仲仕達が、飯を食い終わった者から広場に移っていく。

「茉莉、本当にやりますの?」

「うん、仲良しになっておけば、後々やり易くなるじゃん」

「お前と言うやつはーーだがまぁ、仕方ない」

ーーーーー。

広場で地べたに座る浜仲仕達の前で、四人が大道芸を披露していく。

茉莉のアクロバチックな連続宙返りに歓喜の声が上がり、空中に投げた大根を落ちる前に、短刀で三つの輪切りにした朱里に拍手が、壁に立つ翡翠の体ギリギリに苦無を投げる纏にやんやの声援が飛び交っていった。

ーーーーー。

「ほらね〜欲しい情報も一発だよ」

四人は満屋への帰路を、軽くなった荷車を押しながら進んでいた。

「龍やの構成はこれで分かったよねーー責任者が西極高嗣様と船奉行葦浦観音寺様、それで葦浦様直下の浜問屋が一人、浜番が四人、西極様直下の浜番が二人、後は浜仲仕が三十三人ーー初日にして大収穫じゃない」

「確かにそうですわね」

「首が繋がって良かったな、茉莉」

「ちょっと、どう言う意味!ちゃんと褒めてよ、纏」

二人とも仲良しだ‥だけど茉莉の機転って本当に凄いなぁ‥。

ーーーーー。

宿で四人は、各々が目で見た龍やの情報を集め、見取り図に纏めていった。

「まだ配置が何とか判る程度かーー明日からは各部屋の保管品を調べて埋めていくぞ」

「部屋ごとに担当が決まっているみたいですから、個別に聞いていけば良さそうですわね」

四人は風呂に入り、寝床に潜り込んだ。


「今日もべっぴん揃いだねーー腹ぺこだから、たんまりと盛ってくれよ」

「おいらもたんまり頼む」

「あたいもね〜」

満屋の荷車はみるみる内に浜仲仕達に囲まれていった。

「凄い売れ行き!後ちょっとで完売だよ」

「さっき居た葦浦様の浜問屋と浜番の顔見た?上に立つ人って、いつも強面ばっかだね」

「船奉行のお役人様ですから、仕方ありませんわ」

「後は西極様の浜番二人が来たら、もう仕舞いだ」

ーーーーー。

「最後、西極様の浜番二人、来ないね」

「それじゃ私、ちょっと呼んで参りますわ」

「翡翠、場所わかるの?」

「大丈夫ですわ。浜仲仕の人に聞いてますから」

翡翠は蔵の二階へ繋がる階段を上がって行った。

「翡翠が戻ったら、一人残して三人は休憩の振りをして探りに出よう」

「そうだね、それがいいよ」

ーーーーー。

えっと、この階段を上がった広間が詰所ですわね‥。

「すみません。満屋ですの。お役人様、お昼ご飯の準備ができてますわ‥」

暫く待っても応答がない。

寝てらっしゃるの?。

「あの、お役人様ーーすみません、満屋ですのーー失礼しますわ」

そろそろと戸を開けていく。

!?。

部屋には刀を抜いたまま、仰向けで白目を剥いた二人の男が倒れていた。

これは、死んでますわ‥。

部屋は棚や台が散乱しているが、体に切られたような痕は見えなかった。

物の怪の仕業で役人が死ぬ‥あの話と同じですわねーーこの状況、まずいですわ!。

「きゃあああ!」

翡翠は力一杯の悲鳴を上げた。

直ぐに階下から階段を駆け上げってくる足音して、浜仲仕の男達が現れた。

「お!翡翠ちゃん、どうした!」

翡翠が手を振るわせながら、倒れている男を指差す。

「お役人様を呼び来たら‥死んでいますの」

駆けつけた男達の顔が引き攣り始める。

「まただ‥またお役人様だぜ、おい」

「やっぱ、物の怪が取り憑いてるんだよ」

「翡翠ちゃん、早くここから出な!取り憑かれちまうぞ」

踵を返した男達に連れられ、翡翠は階下に向かった。

「翡翠、大丈夫か?何があったんだ」

「お役人様が二人、お部屋で死んでいますの」

「何だって!」

階下と階上が、騒ぎを聞きつけた野次馬達でごった返していく。

「どけ!お前ら、邪魔だ!」

葦浦直下の浜問屋と浜番四人が人を分け、二階へと階段を駆け上がっていった。

「大丈夫かなーー私、翡翠のあんな悲鳴聞いたの初めてかも」

「そうだろうね‥でもあれは演技だから大丈夫だよ。本当の翡翠は死体くらいで悲鳴上げないからさ」

「確かにそうだな」

「じゃあ、何でわざとあんな声を」

「朱里、今の僕らは町娘だよ。それが死体見ても冷静だったら逆に変でしょ」

「翡翠らしい機転だ」

死体を発見した翡翠と男達が、事情聴取で呼ばれたため、三人は事情聴取を見守る野次馬達と一緒に翡翠の解放を待っていた。

「お前は新しい満屋の女中かーーお前が来た時には死んでいたと言うのだな」

「はい‥私はお昼を呼びに来ただけですの‥お返事が無かったので戸を開けたら‥こうなってましたの‥」

泣き声混じりの震え声で話す。

「翡翠ちゃんの悲鳴が聞こえて、ここへ来たらこの有様だったんだ」

「お役人様、もうこれで九人目だ。絶対におかしい、呪われてるんだ、ここは」

「そうだそうだ。しかも西極様のお役人ばっかり。物の怪の仕業に違いねぇーー俺はもうこんな場所で働くのは嫌だ」

「滅多な事を言うんではない!だから、それを調べておるのだ。勝手は許さん」

そのやり取りを翡翠は上目遣いで静かに見ていた。

何だか、おざなりな取調べですこと‥。

ーーーーー。

全員が取調べから解放されたのは半刻後だった。

「今日のところはこのまま何もせず、早々に引き上げた方が良さそうだよ」

「そのようだな」

四人が荷車を押して店に帰ると、おかみが一目散に駆け寄ってきた。

「あんたら大丈夫だったかい。ごめんよう、怖い思いさせちまってさぁ」

「大丈夫だよ、おかみさんーーまぁ、そんなわけで二人分が渡しそびれちゃったけど」

「いいんだよ、そんなこと。無事が何よりさーー今日はさ、もう明るいうちに宿に帰んな」

ーーーーー。

その夜、四人は宿で夕食済ませ、揃って湯場にいた。

「つまり宿に来た初日に、ここで物の怪の噂を聞いていたと言うことか」

「そうだよ。男湯の方からね。何言ってんだくらいにしか思わなかったけど」

「体が無傷なのに白目剥いてって、そのまんま過ぎて、見て驚きましたわ」

「僕も野次馬の間から見たよ。酷い死に様だったね」

「翡翠の側にいた浜仲仕、西極様の役人だけで九人とか言っていたね」

「僕らが男湯から聞いた時は、役人ばかり七人と言っていたから、辻褄は合うかな」

「物の怪事件が、よもや我らに関係してくるとはな」

「そうだ!その時は確か亡骸は十人と言っていたよ。すると後三人は誰?」

「今日の浜仲仕の怯え方なら、浜仲仕の誰かかも知れませんわ」

「私もそう思う」

「可能性は大だな。しかも全員が同じ死に方だ。と言うことは、おそらく犯人は同じ」

「今のところは西極様に敵対する者達と言うのが有力ですわね」

「西極様寝返りの真相が鍵じゃないかな?西極様が公儀方のままなら敵は三河様だし、内府方なら敵は羽柴、つまり龍隠って事にならないかな」

「朱里、その通りだよ!こんな事件の調査、元々任務に入って無いんだから、敵が三河様と言うのは変だよ、つまり」

「龍隠と言うことか」

「もう一つ、確定ではありませんけど、裏を返せば西極様の寝返りが濃厚になりますわね」

「大津城の動きも気になるところだね」

「先ずは明日、死んだ残り三人について、探りを入れてみるか」

「そうしようーーそう言えば私、翡翠の泣き声って初めて聞いたけど、あれ本物?」

「失礼ですわねーー今日のは嘘ですけど、私だって泣く事くらいありますわ」

「あはは、やはり嘘だったのか」

「そう!嘘って言えば‥あの浜問屋と浜番、おかしいと感じませんでした?」

「もしかして翡翠、見ちゃったの?」

「あの状況でしたから見てはいませんわ。ただ、取調べにしては随分と緩い印象でしたわね。最初から犯人なんて誰でもいいみたいな感じでしたわ」

「どうやら、そこも要注意のようだな」

そう結論して、四人は湯葉から出て行った。


四人が満屋を出て、龍やに入ると、浜仲仕の間では前日の変死体騒動の話で持ちきりになっていた。

「よう!嬢ちゃん達、昨夜はすんなり眠れたかい」

「私、怖くて全然寝れなかったのですわ」

三人の目が点になる。

「そうだろうよ、可哀想にな。俺も寝れなかったくらいだから仕方ねぇよ」

「はいはいーーそれで、皆んなして何の話をしていたの?」

「それな、お役人様がいつ、あんな目に遭ったんだって話さ。一昨日は朝から夕暮れまで居なかっただろ。昨日は俺たち誰もお役人様を見てねぇんだよ。って事はよ、夜帰ってきてから、俺たちが来た頃にはもう死んでいたんじゃないかってな」

「夜中に死んだって事?」

「分かんねぇ。でもよ、お役人様は夜中にこの中を見回りするって言っていたから、夜には絶対居たはずなんだよな」

「何だかゾッとする話だねーーそうだ、ちょっと聞いたんだけどさ。お役人様以外でも同じ目に遭った人たちがいるって‥知ってる?」

聞かれた浜仲仕が眉を顰める。

「大っきい声じゃ言えないが、ここで働いていた三人だよ。連中よく仕事終わってから蔵に隠れて、朝まで酒食らっていてな。お役人様が死んでいた同じ日に、三人とも蔵で死んでいたのさ。蔵で酒を飲んだなんてバレたら、俺たちまでクビになっちまうだろ。だから浜問屋様が皆んなに口止めをしてくれたのさ」

浜仲仕と茉莉の会話を聞いた三人が目を合わせる。

「皆んな、この蔵の中で死んでいたの?」

「そうさ。だから気味悪いんだよ。俺たちもまたやられるんじゃないかってよぉーー物の怪なんて冗談じゃないぜ。ちゃんと犯人捕まえてもらいたいもんだ。だから、残ったお役人様だけが頼りなんだよ」

「そうだったんだぁ‥嫌なこと聞いちゃったよね、ごめん」

「気にすんな。昼間は大丈夫だと思うけどよ、嬢ちゃん達も気をつけな」

ーーーーー。

給仕の方もほとんど片付き始めていた。

「死人は役人九人、浜仲仕三人、合わせて十二人か」

「どんどん情報は入るけど、確証が何もないね」

「そこだよなぁ。まぁ、判ったのは事件がいつも夜中に起きてるって事くらいだよ」

「私、ちょっと気になったのは口止めをした浜問屋ですわ。昨日の取調べで、浜番もどこか事件を大っぴらにしたくないような、そんな気がするんですの」

「しかし、どれも推測に過ぎないことだーーもう少し探るしかないな」

「そいじゃあさ、僕そろそろ行ってくるよ」

「行ってくるって、茉莉どちらへ」

「今日さ、荷物少ないらしくて暇だって三人が、暇つぶしに蔵見せてくれるって言うからさ」

「えぇ茉莉、いつの間にそんな」

「んっ?さっきだよ〜じゃあ、行ってくるから待っててね」

「ああいうところは抜け目がないな」

「らしいと言えば、そうですわね」

ーーーーー。

「茉莉ちゃんってお日様みたいな子だよな。見てるだけでこっちまでポカポカしてくるよ」

「え〜褒めたって何にも出ないよ〜」

「ずっと聞こうって思っていたんだけどーー目の色が違うのって何でだい?」

「あ、これは右目が義眼だから色が違うんだよ。僕の右目、六年前の事故で潰れちゃったからさ」

「おっ‥そいつぁ悪いことを聞いちまったな、勘弁してくれ」

「平気だよ。皆んなに聞かれるから」

「そっか、すまねぇーーよっしゃ、代わりに色々案内してやるぜ」

「うん、そっちの方が嬉しいよ」

ーーーーー。

「ねぇ、なんでここは立ち入り禁止なの」

「ここはよ、火薬庫さーー危ねぇから、鍵こそ掛けてないが立ち入り禁止なんだぜ」

ーーーーー。

「ねぇ、ここの立ち入り禁止は何?」

「ここも火薬庫さ。火薬は銃や大筒で大量に使うからよ、他にもこの先に一箇所あるぜ」

ーーーーー。

「ここが最後の火薬庫なんだね。三箇所もあるんだぁ」

「この蔵にはよ、西から来た南蛮製の銃や大筒が大量に届くのさ。そいでそいつを大名宛に仕分けして送るのが、ここの荷役だからな」

「大変な仕事なんだねーーでも、こういう仕事が必要無くなる日が来れば一番いいよね」

「はっはっ、違いねぇ」

ーーーーー。

「今日はありがとねぇ」

「おう、またな」

案内役の浜仲仕達は機嫌良く帰って行った。

「その感じは順調だったんだね」

「あったりぃ」

「茉莉がここまで人たらしだったとはな」

「あら、昔からですわよ」

「君たち、もっと僕を褒めてもいいんじゃないかな」

四人は軽くなった荷車を押して店に向かった。

ーーーーー。

「これでかなり見取り図も出来てきたな」

「あと気になるのは浜問屋とその浜番かなぁーーもし龍隠なら先に処置しておかないとならないよね」

「もう一つ、彼らがあの変死の犯人なら、彼らの中にきっと魔眼使いがいますわ」

「魔眼使いか‥ああ、恐らく居るな」

「魔眼使いだとしたら、どう戦えば?」

「これはもう纏と翡翠にお願いするしかないかな」

「どうして?」

「これは魔眼の特徴でさ、外の魔眼は同じ魔眼を持つ者には効かないんだよ」

「外の魔眼?どういうこと?」

「魔眼には二つありますの。一つは外と呼ばれる攻撃型で纏の魔眼ですわ。もう一つは内と呼ばれる諜報型で私の魔眼がそれですの」

「纏の魔眼は相手を攻撃する、翡翠の魔眼は相手の中を覗ける、これが外と内の違いなのさ。それで外は同じ魔眼持ちには効かない。だから纏の魔眼は翡翠に効かない。そういうこと」

「そして蔵を襲ったのは、恐らく外の魔眼使いですわ」

「つまり敵が魔眼持ちなら、同じ魔眼持ちで臨めば力を無効にできる、そういうこと」

「その通りだーーそして、状況によっては爆破の前に、この怪事件は解決しなければならなくなる」

「どうする?明日、鎌かけてみる?」

「そうだな。もし黒なら茉莉か翡翠、どちらかの目で見えるだろう」

「見えますわ、きっと」

「それじゃ、鎌かけは僕にやらせてもらっていい」

「私はかまいませんわ」

「問題はない、好きにやっていい」

纏の魔眼、一瞬だけ見たことはあるけど‥。

その後は翌日に備え、四人とも寝床に入った。


翌日も四人は龍やに来ていた。

「嬢ちゃん達は聞いてるかい?」

「何の事?」

「今日、後任の新しいお役人様が来るって話さ」

「僕たちはそれ聞いてないよ。えっ?今日来るの?」

「飯時に来るってわけだから、ぼちぼち来るんじゃねぇのかなーーしかし、こんな事件ばかりだから、来る方だって嫌だろうなぁ。俺だったら絶対来ねぇな」

「そこはお役人様の一番辛いとこだよね」

「はっはっ、その通りだぜ」

新しい浜番の赴任に備えた浜仲仕達で、荷車前はいつもより早めな盛況ぶりだった。

「しかし、九人も変死しているのに、また次なんて大丈夫なのかな?」

「それでも外したくない事情があるのでは」

「変死は西極側だけ、葦浦側は被害なし、この違いこそが鍵なんだろう」

門の方が賑やかになってきた。

「皆を集めろ」

入って来た浜問屋が浜仲仕の一人に言うと、広場にぞろぞろと人が集まり始めた。

「あれだね。浜問屋達の後ろに見慣れない顔が二人いるよ」

「私達も参りましょうか」

四人も浜仲仕に紛れて広場の端に加わった。

「集まったようだなーーでは、これより大津城から赴任した新しい浜番の二人を紹介する‥」

「紹介が終わったら僕が質問に行くからーー翡翠、頃合い見て僕を回収して」

「わかっていますわ」

ーーーーー。

「‥と言うことだ。何か聞きたいことのある奴はいるか?」

浜仲仕の一人が手を挙げた。

「なんだ?」

「新しいお役人様の仕事は、今までと変わらないって事でいいんですか?」

「そうだ、変わらないーー他には」

「変な事件ばかりで‥もうあんな事は起きないですよね?」

「それは今、調べておると言ったであろう」

「はい!」

「お前は満屋の女中かーーなんだ?」

「私達、一昨日の事がショックでーー皆様、お城からのお役人様ですよね?事件解決まで何か手立てはあるのかなと思って」

「大津の事情は大津の者にしか分からん。我々は大津の者ではないから答えられんな」

「えっ?すみません。私、ここお世話になり始めで知らなくてーーでは、お城のお役人様でないなら、どちらのお役人様なのですか?」

「我々は船奉行葦浦様から遣われた者だーー忘れずに覚えておけ」

「そうするとお城のお役人様だけが、あんな亡くなり方をしているわけですね。船奉行様は何か仰られているのですか?」

「葦浦様は事件と関係ない。これはこの蔵だけの問題だーーもういいな、下がれ」

「ごめんなさい、最後に一つだけーー今回もまた事件が起きるとお考えですか?」

「何を言っているのか、貴様」

「茉莉ちゃん!だめ、お役人様に失礼ですわ!ーー本当にすみません、この子ったら、あの事件以来、怖がって眠れていないのでーーほら、早くこっちに下がるのですわ」

「浜問屋様、許してやってくだせぇ。この子ら本当に怖がっていて」

「俺らだって怖いんだ、娘なら尚更だ、多めに見てやってくれ、お願いだ」

「まったく‥よく躾けておけーー他に無いならこれで終わりだ。持ち場へ戻れ」

役人達はぞろぞろと階段から、浜番の詰所へと上がって行った。

「茉莉ちゃんダメだよ、浜問屋様を怒らせたら厄介なんだからよ」

「本当だぜ。俺はもうダメかと思ったぜ。もう無茶しないでくれよな」

「皆んなごめんね‥つい癖で聞いちゃったんだよ」

「茉莉ちゃんらしいなーーまぁ正直、文句の一つも言えなかったから、ちょっとスカッとしたけどな」

「はっはっは、違いねぇ」

「おっと、油売ってるとまた怒られっからな、退散退散」

浜仲仕達は持ち場へと戻って行った。

「ありがとね、翡翠。ちょっとヤバかったかぁ」

「本当はそんな事、思ってもいませんわよねーーよく揺さぶりましたわ」

「それでどうだ?何か見えたのか?」

「嘘言ってますわねーーあの者達、葦浦様直下の者ではありませんわ」

「うん、それと新しい二人にも同じ事が起きると思ってるよーー魔眼の方はどうだった?」

「異様さは感じなかったな」

「私も感じなかったですわね。やはり、これは使われないと判りませんわ」

「でも、これで葦浦側五人が龍隠の可能性はグッと高くなったよね」

「まだ確証がない。とりあえず今日は仕事済ませたら店に帰ろう」

ーーーーー。

「限りなく黒って奴だよね、どうする?」

「尻尾を出すか、手出しをして来ない限り、こちらから行く口実がありませんわ」

「もう少し、尻尾を探るしかないな」

「そしたらさ、今日来た二人、大津側と接触してみる?葦浦側とはもう接触は難しいしーーついでに寝返りの噂も聞いてみよっか」

「寝返りはおそらく否定されるだろうがなーーあと浜問屋達には気づかれないように」

「分かってる。それに聞くのが僕なら、もうバカな無礼者って札付きだろうしさ」

「そうでしたわね」

「でも気をつけてね」


翌日、いつものように満屋へ行くと、おかみが四人に駆け寄ってきた。

「今日もお願いするわーーでもね、新しい女中が二人見つかりそうなの、それまであと少し力を貸してね」

「僕らは大丈夫だよ。もともと予定なんて無い旅芸人だからさ」

「本当、助かってるよ、ありがとう」

ーーーーー。

「今日の飯も美味そうだな、おい」

「そうさ、おかみさんの腕がいいからだよ」

龍やに来て五日目、四人は浜仲仕達と打ち解けていた。

「いらっしゃいませ。お役人様」

「ほう。ここではこういう飯が出るのか」

「そうだよ。料理の希望とかあれば言ってね。おかみさんに頼んでみるからさ」

「それはありがたいーーお?お前は昨日の娘か」

「あ〜覚えられちゃった‥昨日は御免なさい」

「構わない。あっちは怒っていたみたいだがな」

「やっぱりそっかぁーーねぇ、お役人様も噂は知っているんでしょ、怖くないの」

「ここだけの話、怖い。城ではそんなこと言えないけどな」

「物の怪だったらどうすんの?策はあるの?」

「物の怪などいる訳がない。犯人は必ず人だ。刀傷など無くても首絞めや、心の臓に強い衝撃を与えられれば人は死ぬ」

「犯人が来るのを待つつもりなの?」

「正体が知れない以上、それしかあるまい。ただ、これまでも剣の腕は立つ者達だ。みすみす相手に体を触れさせる事など考えにくいのだがな」

「奇襲されたとかはないですか?」

「それなら刀を抜く間もなかっただろう」

「毒とかはどうですの?」

「特に飲み食いしていた痕跡もない」

「そう言えば、そうでしたわね」

「もしかしてお前か?第一発見者というのは」

「そうですわ」

「それなら聞きたい事があるーー部屋の戸を開けた時に変な臭いは無かったか」

「臭いはありませんでしたわ」

「そうか、毒気を吸った訳でもないかーー二人とも同じ死に方なのだ、言ったように剣豪だからな、一人がやられたとしても、もう一人が反撃くらいはする筈だが、室内には刃痕すらもない」

「つまり一瞬で二人を同時に、同じ方法で死なせたという事ですわね」

「何人かに同時に襲われたのでは?」

「そんな踏み荒らされた痕跡も室内には無かった」

「確かに棚と調度品が倒れて散らかってましたけど、荒らされたという感じでは無かったですわね」

「お前、よく覚えておるな」

「仕事柄、神経は使うお仕事ですので」

「何をしておるのだ?」

「旅芸人ですわ」

「ほぉ、それならいつか見せてもらいたいものだな」

「よろしいですわ、ご縁があればですけど」

「ねぇねぇ、大きな声では言えないんだけどさーー西極様寝返りの噂って本当?」

浜番の表情が険しくなる。

「どこでそれを聞いた?」

「えっ、満屋のお店にいる時、大工風のお客が話していたの聞こえちゃったんだ」

「大工風ーーどんな人相とか、着物とか、覚えているか?」

「あ〜そこは御免なさい、ちょい見、ちょい聞きだったからあんまり‥覚えてない」

「いつ頃の話だ」

「多分、五日くらい前かな」

「そうか、五日前で大工だな。ありがとう」

「やっぱ、噂は本当なの」

「違う!虚言だ。だから噂の出所を調べているのだ」

「だったら西極様をよく思わない敵の仕業って事だね」

「そんな事をお前が知ってどうするーーまぁ、そういう事になるのだろうな」

「お話も良いのですが、ご飯とお汁が冷え切ってますわよ」

「うおっ、しまった」

「ごめん、話しかけちゃったからだよね、いま取り替えるからさ、お椀出して」

「済まぬな」

「気にしないでよーーはい、これーーじゃあ頑張ってね」

役人二人は詰所へ戻って行った。

ーーーーー。

四人は宿に戻ると、早々に食事と風呂を済ませ、部屋に戻っていた。

「いやぁ〜なんか分かんなくなってきちゃったぁ」

「犯人が特別な力を持った者なら解決ですわよ」

「あっ、そっか、それはそうだよねぇ」

「むしろ寝返りの噂の方だ。やはりキッパリと否定したな」

「肯定なんてしたらそれこそ、ここが戦さ場になるんじゃ」

「どれも不審だなぁ。何か証拠が欲しいよーーあと調べられる所ってある?」

「大津城は?」

「それって朱里の希望でしょーーでも、そっか、西極側の動きは見ておいた方がいいか」

「物見で前を通っただけだ。近くで噂を探ってみるか」

「そうですわね。やれる事はすべきですわ」

「それなら城周辺と町で、分けて調べよっか」

「そうだな。だったら茉莉と朱里が城周辺、私と翡翠で町、それでいいか」

「私、大津城でいいんだね」

「分かった、朱里の親代わりしてくるよ」

「私は町でもよろしいですわ」

「それなら明日、仕事が終わってから行動しよう」

四人が眠る部屋には月明かりが差し込んでいた。


「聞いたぜ、おい。おかみが新しい女中さん二人見つけたそうじゃないか」

「早いね、誰から聞いたの」

「昨夜、満屋に飯を食いに行った奴からだよーー何でぇ、俺、朱里ちゃん贔屓だったのによぉ。寂しいぜ」

「あ、ありがとう。そんな事言われたのって、初めてだから嬉しいよ」

「出たよ。朱里の天然の技」

「おめぇずるいな!俺だってよ、翡翠ちゃん贔屓だったんだぞ」

「あらま。嬉しいですわーーご飯いっぱい盛って差し上げますの」

「こっちもだ。忍法かまとと」

「ふん、おめぇらは女を見る目が無ぇな。こちとら大人の纏姉さんの贔屓だぜ」

「私に何か言ったか?贔屓?好きにすればいい」

「うわぁ、お客なのに。秘技氷の女ーーあれ?僕だけ贔屓さん居ないのか」

「後ろ見ろ、茉莉」

「おわっ!」

後ろには大勢の浜仲仕達が並んでいた。

「あっしらは茉莉ちゃん執心だぜ。皆んなして傾いて見せよっか」

「ああ、いいよ。傾かなくってもさ」

「茉莉こそ、奥義人たらしですわね」

「話を聞いてからよ、そろそろお別れかと思うと、皆んな寂しくてなーーだから贔屓の娘に挨拶しとこって話になったんだよ。驚かせちまってすまねぇな」

辺りから笑い声が響く。

いい人達ばっかり。口悪いけど皆んな優しいーーそれなのに皆んな、御免なさいーー私、ここを壊しに来たんだ。きっと、もうすぐここは終わっちゃう。嫌だけど‥嫌だけど‥仕方ないんだ‥。

「あ〜あ、誰ぇ、朱里を泣かせたのは。僕がお仕置きしてあげるよ」

「それはあっしです!」

「てやんでぃ、俺が泣かせたんだよ」

「ちょっと待った!茉莉ちゃんのお仕置きを貰うのは俺だぜ」

「あんた達ぃ‥もう今日は昼飯盛ってあげるのや〜めた」

「構わないで放っておけ。仕事進めるぞ」

「ですわね」

「‥うん、わかった」

給仕が終わったのは、普段より半刻ほども過ぎた頃だった。

「何だか励ましとお別れの会が、同時に来たようなもんだったよ」

「まだ、いつ迄って言われていませんのにね」

「わからん。もしかしたら、おかみが今日までと言っていたのかも知れん」

「まぁ、今日までならそれで。明日もあるならまた明日で。そういう事だよ」

「店に戻るとするか」

ーーーーー。

「おかみさん、今日すごい見送りをされたんだけど、何か言ったの?」

「おやまぁ、そうかい。連中ったら気が早いね〜」

「って事は言ったんだね」

「皆んなには明日、新しい女中がちゃんと来たら言おうと思っていたんだよ。だってほら、終わりにしちゃった後で、今日来れませんとか言われたらマズいでしょ」

「おかみさん、抜け目がございませんわ」

「えっ、ダメだったかい」

「大丈夫だ、問題はない」

「それじゃあ、最終的には明日来てからって事なんだね。わかったよ」

ーーーーー。

「さて、二度目の大津城。ここが京町口だ」

「纏と翡翠は町で何をするの?」

「多分、寝返りと物の怪と、龍やに関する事とかの情報探しだろうね」

「そうかーーこっちはどうしようね」

「う〜ん、この格好で城内潜入って無理だしーー人の出入りを見るくらいかなぁ」

「それなら、あそこに茶屋があるよ」

「本当だ。今なら栗餅がきっとあるはず」

二人は茶屋に腰掛け、門から出入りする役人達を見ていた。

ーーーーー。

「ねぇ茉莉、あれ見て」

「うぐっ‥な、どれ‥!?」

捕縛された男二人が、役人二人に引き立てられていくのが見える。

「あれは満屋にいた大工の二人じゃん」

「何で捕まってるの?私たちが大工から噂を聞いたとお役人様に言ったせい?」

「わからない。でも大工だって話を聞いた側だから、張本人では無いはずさーーお役人様も必死になっていたからな。片っ端から捕まえてるって感じなのか」

「大丈夫かな」

「今の僕らじゃ、どうしようもできないよ」

一行が門を潜る時だった。

「ひっ」

「うがっ」

捕縛された男二人が急に倒れ込んでいった。

「ええっいきなり何!?ーー朱里、よく見て、首」

「あれは‥針?」

役人が慌てて倒れた男に駆け寄っていく。

「見えにくいけど‥あれは多分‥いや間違いない、吹き矢だ」

「暗殺!」

立ちあがろうとする朱里を茉莉が押さえた。

「言ったでしょ、僕らじゃどうにもできないって」

「でも‥」

「それより近くにいる人や物をよく見てーー吹き矢なら近距離でしか使えない。犯人は近くにいる」

門の脇、門の上、塀の影、それらしい人影は見つからない。

間も無く、門の中から二人の男が姿を現し、門前に倒れている男達と役人に駆け寄っていった。

「奴ら‥今の見た?朱里」

「見た、葦浦の浜番二人だ」

「他には見えない?」

「多分、二人だけだと思う」

「吹き矢を撃てた可能性は奴らが一番高い。吹き矢なら人目を避けて使える。奴ら男達の息を確かめ、止めを刺す気だ」

「毒針って事」

「男達はすぐに倒れたからね、間違いない、かなり強い毒だよーーどうして奴らがここに居るんだ、やはり葦浦の者じゃないのか」

「城内で潜伏していたんじゃ」

「って事は、男達がここに連れて来られる事を知っていたのか。あの男達が捕まるのは奴らにとって都合が悪い事なんだ」

「あの二人、門番にも止められず出てきたよ」

「きっと過所かなんかを持っているのさ。過所があれば門なんて出入り自由だよ」

「過所って何?」

「通行するための許可状だよ。龍隠の後ろには開成がいる、さらにその後ろは羽柴勢だ。過所なんて簡単に手に入れられる」

門前には人手が集まり、倒れた男二人を運んで、全員が城内へと姿を消していった。

「朱里はこのまま、ここを見張っていて。僕はもう一つ、浜町口の方も見てくるからさ」

「わかった、気をつけて」

ーーーーー。

四人が宿で合流できたのは、陽も暮れた頃だった。

「結局さ、葦浦の浜番は京町口に二人、浜町口にも二人居た、どっちから入って来ても、門前で口封じするつもりだったんだよ」

「そうなると、大工二人をそうまでして口封じする理由ですわね」

「まさか隠密だったとか?でも見た感じは普通の大工にしか見えなかったよね」

「隠密なら、あんな満屋の店内などで話はしない」

「え〜と、あの時、あの二人、何を話していたっけ」

「寝返りの話知ってるか?二の丸修繕していて侍の話が聞こえちまったーーですわね」

「それだよ、侍。聞いた話の内容が原因かと思ったけど、その侍が見られちゃいけない事だったんじゃないのかな」

「可能性はあるな。それでも侍が聞かれてはならない話をしていた可能性も残る」

「大工二人が尋問された時に、何を喋るか分からない、だから口封じをしたーーですわね」

「その侍っていうのも龍隠になるの?」

「そこだよね。ただ大津側の侍なら見られた、聞かれたって騒ぎに大した痛みはないでしょ。龍隠が何かを目論み、それがバレそうになったから口封じをした。とすれば侍は龍隠だよ」

「よく考える必要が未だありそうだな」

「そうだね。僕も頭の中を整理したいーー先に町の方教えてよ。どうだった?」

「ほとんど空振りでしたわ。でも一つだけ知れた事がありますの」

「それは何?」

「今、修繕している大津城、修繕費の出所は三河様なの。寝返るかどうかは別にしても、西極様が三河様と繋がっている、これは事実のようですわ」

「そんな大事、里を出る時にも聞いてないよ」

「忍びには必要最低限しか渡さない、そういう事だろう。任務は拠点を当面使えなくする、だから爆破だった。大津城の事情は本来の任務外だからな」

「大津側が寝返りの噂を重く見たのは、その事で痛い腹を探らせる口実を作りたくなかったから。これが大津側の本音ですわ」

「となると、最後はやはり物の怪の真相が残るのか」

「それについては各々で情報を整理して、明日また話し合おう」

「賛成ですわ。私も今日は少し疲れましたの」

四人は各々の想いを胸に寝床に入っていった。


項四 決行


四人が満屋につくと、おかみと見慣れない顔の女が二人、荷車の前で身振り手振りしているのが見えた。

「なんか後任者、ちゃんと来てるみたいだよ」

「本日でお役御免になりそうですわね」

「今日もありがとうよ。この子らが新しい女中の二人でね。今、段取りを教えていたところさーーだから来てもらって悪いんだけど、今日から手伝いはして貰わなくて大丈夫だよ」

「可愛い娘が来てくれて良かったねーーじゃあ、僕らはこのまま帰るね。後で着替えたら着物戻しに来るから」

「そうかい、すまないねーーあっでも、一緒に浜仲仕達へ挨拶に行くかい」

「いいよ、それは昨日で済んでるからーー逆に今日も行ったら、あれ?って顔されそうだよ」

「それならいいんだけどさ。じゃあ、また後でね」

ーーーーー。

四人は宿に戻ると、隊服に着替え、見取り図を広げて話し合いを始めた。

「昨夜の続きといこうーーあれから状況整理した私の結論を今から話す」

「かまいませんわ」

「最初は龍や、西極、葦浦の関係からだ。龍やは羽柴側の武器蔵で、羽柴勢の大名と龍隠本拠地岐阜城へ武器支援をしている。その武器支援を管理しているのが羽柴の息がかかった葦浦なのだが、その中の浜問屋と浜番には龍隠が入っている。そして西極は西極で領地内の施設である事を理由に、管理役の浜番と置いている」

「ここまで異論のある者はいるか?」

異論は出なかった。

「これまではそれで問題が無かった。しかし、西極と三河様が水面下で繋がった事で、事情が一変する。西極と三河様から見れば、羽柴勢に武器支援する龍やは邪魔な存在だが、表立って潰すことも出来ない。そこで西極浜番に龍やの武器支援情報を密偵させた結果、看過できない武器支援量と判り、我々に拠点壊滅の任務が来た。こういう流れだ」

「承知できていますわ」

「僕も同じだよ」

「ところが西極浜番の密偵行為が龍隠に気づかれた。しかし龍隠でも表立って西極家臣の抹殺はできない。だから証拠が残らないよう魔眼使いに抹殺させた結果、不可解な変死に物の怪騒ぎが起きた」

「魔眼使いが抹殺と断定していいのかな、未だ確証はないんだよね」

「そこだが、我々も知っている二人の役人の死に方を見れば、それでしか説明ができない。だから魔眼使いありきで考えている」

「その点でしたら、私も纏と同じ考えですわねーー十三人全員が同じ変死は有り得ませんわ」

「確かに。特別な殺し方で犯人が知れないようにしているのは間違いないもんね」

「では良いな、次に行く。これまでの調べで葦浦の浜問屋と浜番が嘘を言っていることは分かっている。それは彼らが葦浦の配下ではないという事、物の怪騒ぎに関わっているという事。つまり西極の浜番殺しは彼らの仕業と考えている」

「茉莉と私の眼で見たこと、私もそう踏んでおりますわ」

「では続きだ。西極と三河様の繋がりは、大津城修繕費の支払元が三河様名義であった事から大工連中に知れる事となり、そこから寝返り噂が生まれたと見ていいだろう。しかし、その噂は龍隠でも葦浦でも羽柴側にとっては凶報でしかない。その為、侍に成りすました龍隠が大工を使って噂を拡散させ、西極を追い込むつもりが、その大工が西極側に捕まってしまった。おそらく侍の顔か、会話の内容か、尋問で西極側に知られたくない事があったのだろうな。葦浦浜番が大工の口封じをしたという訳だ」

「葦浦浜番が口封じの犯人というのも確証はありませんわーーただ使われたのが毒吹き矢となると、疑う余地はなさそうですわね」

「私の結論を言うーー龍隠とは戦わない、気づかれないよう火薬庫の爆破だけを行う。そうすれば龍隱も撤退せざるを得ない。任務も完了だ」

「これに異論はないか?」

「私はほぼ纏と同じ考えですわーーただ一点、龍隠も黙って見てはいないと思いますの。戦闘の想定は必要ですわね」

「他にはどうだ?」

「僕もないよ、朱里は?」

「‥ありません‥」

「どうしたの?何か元気無くない?」

「ん?そんなことはないよ‥」

その後、四人は作成した見取り図を見ながら、話を続けた。

「当日の配置は茉莉が詰所の見張り、他は火薬庫に一人ずつだ。火薬玉と導火線の仕掛けができた者から狼煙玉を上げる」

「じゃあ、僕は三人の狼煙玉を確認したら、点火合図の狼煙玉を上げればいいよね。もし、見張り中に敵が現れた時は、緊急の笛を吹くよ」

「笛の拍子を決めてくれ」

「トン、ツー、トン、三拍子でどう?」

「茉莉の笛でトン、ツー、トンだな、分かったーー決行は今夜、丑の刻とする」

ーーーーー。

四人は借りていた着物を満屋へ返し、宿では早めの食事と風呂を済ませていった。

「今のうちに少し休んでおいた方がいいーー朱里はどこにいる?」

「お風呂までは一緒でしたのに」

「僕、ちょっと探してくるよ。先に休んでいて」

ーーーーー。

「探したよ。月でも眺めていたの?」

湯場の隣、涼み場で朱里は黙って夜空を見上げていた。

「話し合いの時から元気なかったよ、どうしたの?具合が悪い」

朱里が首を振る。

「じゃあ、どうして?」

朱里が静かに両拳を握り締めていく。

「朱里‥あそこを爆破したくないんでしょ」

朱里は頷いた。

「僕だって同じさ。皆んないい人達だから、穏やかに生きてほしいと思ってる」

「だったら‥どうして‥」

「前に話した事覚えてる?僕の父さんは武器工房の棟梁だったんだ。三河様の依頼で強い武器を作っていたよ。ある時ね、父さんが作った武器を僕に見せながら言ったんだ。

=優れた武器やそれを使う軍が重用されるのは間違っている、武器も軍も無駄でこそ有るべきものなんだ=って。龍やは町も村も人も焼き尽くす武器の蔵なんだよ。だから、あそこに有る物は全部無駄になるのがいい。あの武器で誰も死なせないために。人が死ななくていい、平和に暮らせる時代が少しでも早く来るように。僕はそれが叶うよう思いを繋いでいくんだ。だから龍やを壊すよ、自分の思いのために」

「自分の思いのため‥」

「朱里はどうするの?」

「私は‥皆んなの、今の生活を‥壊したくないだけ‥」

「朱里はさ、何のために生きるの?」

「何のため?」

「辛い事を自分で決めるって言うのは誰だって苦しいよーー今の朱里は自分で決めなきゃならない事から、他人を理由に逃げているんじゃないの?」

「そんな事‥ない‥」

「ねぇ、誰もが笑っていられる世の中なんて無いんだよーーでも、頑張れば近づける事はできるんだ。だから僕は頑張る。朱里は?頑張らないの?」

「‥‥」

涼み場の床板が一滴ずつ濡れていく。

「‥師範の言った。正しく生きよ、が分からなかったーー私の正しいと周りの正しいが違うから‥でも師範は私に正しく生きろと言ったんだよね‥」

茉莉が朱里の肩を抱き寄せる。

「ありがとう茉莉‥もう逃げないよ、私も闘う‥一人でも多く平和になれるように」

「きっとさ、僕も朱里も、この先でいっぱい悩むと思うんだーーでも一緒に頑張って乗り越えよう」

朱里は小さく、しかし確かに頷いた。


満月の夜だった。

「時間だ。これから龍やへ向かう。門前で合流だ」

「あっ、ちょっと待ってーー皆んな、これ着けて」

茉莉が取り出したのは目幅より少し広い布だった。

「目隠しだよ。僕ら満屋の女中で顔を知られてるじゃん。今夜、顔を見られると満屋にも迷惑かかっちゃうからさ」

「茉莉、そんなに気が利くなら商売できますわよ」

「識別色になっているんだな」

「大丈夫、目穴があるから普通に見えるよ」

ーーーーー。

四人は龍や正門、通用戸の前に集まった。

「左の塀から行けば、中からは死角だ」

「あっ、それ大丈夫だよ。ちょっと待ってて」

茉莉が通用戸に手をかけて軽く揺すると、間も無く通用戸がスッと開いた。

「昨日の昼、通用戸の閂をね、ちょっと短く切っておいたんだ」

「茉莉って、仕事も遊びも同じ感覚ですのね」

四人は通用戸から中へと潜入していった。

「そっか、大津の役人は夜中に見回りしてるって言っていたね」

「二人ですわね、あのお役人様は龍隠ではありませんから、気絶させて安全そうな場所に転がしておきましょう」

蔵の扉が並ぶ通路の軒先に小石を投げると、異音に気づいた役人二人が慎重に近づいていく。

二人が軒下に入ると同時に、小石をまた投げる。

新しい異音に役人が向き直った瞬間、軒天から背後に降りた翡翠と茉莉が手刀で役人を気絶させた。

「ここなら爆発の影響も少ないかな」

二人の役人を正門裏の太い柱の影に入れ、四人は持ち場へ分散していった。

葦浦の役人連中は呑気に寝てるんだぁ‥まぁ龍隠だから放っておくけどさ‥ん!?。

茉莉が周囲を見回していく。

何か、おかしな気配がするんだけど‥。

目を凝らす。

通用門裏の柱から、揺らめく気配が見えた。

何か居る。あれは尋常じゃないな‥。

茉莉は苦無を構えながら柱側面に回り込むと、強い殺気とともに揺らめく気配に向かって苦無を投じた。

「人の獲物を横取りしといてよ、勝手が過ぎねぇか、おい」

苦無の弾かれた音の後、柱から異様な出立をした男が現れた。

「お前、よく俺様が居ると分かったな。今までバレたことなんかねぇのによーーそうか、お前も魔眼使いか」

うわぁ‥何か、変なのが出てきた。僕のこと魔眼使いとか言ってるし。

茉莉が苦無に手を伸ばしていく。

「あの役人は今夜の獲物になる予定だったんだぜ。よくも横取りなんかしてくれたよな」

その男は、毛先に行くほど白くなる水色の髪を腰まで伸ばし、青い羽織に白い袴を穿き、煙管のようなものを咥え、更に青い狐面を側頭に被っていた。

挿絵(By みてみん)

役人が獲物?って、つまりそういう事‥こいつ銀次を拗らせたような奴だな。

「くのいちかーー差し詰め影の縁あたりなんだろ、なぁ」

「名乗られてもいないのに、自己紹介する気なんかないよ」

「面白い奴だな。いいだろう、名くらい聞かせてやるーー俺は水鱗。影の縁なら聞いたことくらいはあるだろう」

茉莉の脳裏を仁景の言葉が過っていく。

=四凶で判っている事は、青の狐面が水鱗、赤の狐面が焔爪、白の狐面が空烈、黄色の狐面が金剛、それだけだ=

「青の狐面‥水鱗‥えっマジで‥四凶‥本当に居たんだ‥」

「お前、失礼なやつってよく言われるだろーーまぁいいか、どうせ今日が命日になっちまうんだからな」

男は咥えた管を茉莉に向け、短く息を吹き出した。

!?。

咄嗟に避けた茉莉の後ろ、立っている柱に矢が刺さる。

吹き矢!。

「おお?よく避けたな、おい」

男はゆらゆらと体を揺らしながら近づいてくる。

思いっきり最悪かも‥物の怪の正体が四凶なんて聞いてないよ。

二矢目が茉莉を襲う。

「何だ、すばしっこい女だな」

ここは一人じゃ無理だし、時間稼ぎして共闘で倒すしかない‥。

ビッ、ピィー、ピッ。

茉莉は笛を吹き鳴した。

「なるほど、仲間がいたのかーーいいぜ、何人居たって同じだからよ」

「それなら試してみる?でも、皆んな傾奇者は嫌いだけどね」

「威勢がいいのは好きだが、嫌われちゃあ仕方ねぇな。女ならせいぜい俺様を楽しませてみろよ」

水鱗が吹き矢を連射してくる。

連射?どうなってんだ、あの管は‥。

間一髪で茉莉が吹き矢をかわし、透かさず苦無を四連投していく。

「お前の目、何かおかしいよな〜」

苦無をあっさりかわした水鱗が腕を組む。

「おかしいのはそっちの頭だと思うよ。顔は綺麗なのに勿体無いな。僕の知り合いにも似た顔がいるけど、話してて腹立つとこまで似てやがる」

‥とは言ったものの、どうするかなぁ‥苦無は避けられるし、一人で接近戦もヤバい気がするし‥。

そう考えた一瞬、眼前に水鱗の顔が現れた。

「うっ!」

水輪の青い眼が輝き、それが茉莉の瞳に映った途端、体内を未曾有の違和感が走り抜けていった。

なっ!‥これは‥。

茉莉が手で、目を覆いながら、膝をつく。

「何だお前、やはり魔眼使いじゃねぇな、俺様の魔眼が効くんだからよ」

何これ?どうして僕は水の中にいるんだ?‥マズい、これじゃ息ができない‥。

「片目の色も違うから、てっきり魔眼と思っちまったぜ。放っておいても白目剥いて死ぬだろうが、仲間も居るみてぇだから、止めは刺しとくか」

水鱗が徐に、茉莉の首に管を向け、息を吐く。

「ぐっ」

チクッとした痛みが、茉莉の首横を走る。

ヤバい‥この痛みは、毒‥。

「ん?仲間が来たか」

水鱗が飛び退くと、居た場所に苦無が刺さっていく。

「茉莉!大丈夫か!」

笛の音で駆けつけた纏だった。

「茉莉!」

水鱗の背後に飛び出した朱里が長刀で切り込む。

「仲間は二人か。でも来るのが遅かったな、あの女は間も無く死ぬぜーー役に立たない部下達も起きたようだし、もう終いだな、クックックッ」

朱里の斬撃をかわした水鱗が笑う。

纏と朱里を、詰所から出てきた浜問屋と四人の浜番が取り囲んでいく。

「お前らには期待もしてねぇけどよ、そんな呑気だから、くのいちなんかに潜入されるんだぜーーせめて女達が逃げないよう見張りくらいはしろよな」

浜問屋も浜番も全員ここに出てきているーーすると誰だ、こいつは?。

「朱里、気をつけろ、こいつは四凶の水鱗だ。魔眼を使う、物の怪の正体だ」

「ほぅ、ご名答だよ、眼帯女」

纏を見た水鱗の眼が輝く。

纏が眼帯を手で押さえ、よろけたところに浜問屋、浜番達から一斉に吹き矢が放たれた。

「くっ」

弾き切れない一本の矢が、纏の右腿に刺さり、纏が膝を落とす。

朱里の二撃目もかわした水鱗が、かわし際に朱里へも魔眼を仕掛けていく。

朱里の眼が一瞬だけ赤黒く反応した。

「あぁ?お前にも効かないのかよ。ちっ、二人とも魔眼使いか。まぁいい、それならこいつで止めを刺してやるだけだーー奥義!降魔針‥」

朱里に向けた管から吹き矢が連射される直前、水鱗の管に巻きついた綱糸が、水鱗の動きを止めた。

「何を!この糸は」

水鱗が振り返り、手繰った糸の先、翡翠が軒天から降り立った。

「ぐわっ!」

その隙に毒矢を抜いた纏が、浜番の一人に苦無を連投して包囲から抜け出し、茉莉の元に駆け寄ると、手刀で茉莉を気絶させ、魔眼の呪縛を解除した。

怯んだ浜問屋、残った浜番達を翡翠の苦無と、朱里の長刀が切り倒していく。

「貴様ら、本当に使えないな。見張りすらできないのか」。

倒れた浜問屋、浜番達を水鱗が見下し、不機嫌そうに言う。

翡翠が纏と茉莉に駆け寄り、茉莉の首から抜いた毒矢を自身の左手甲に刺していく。

「翡翠!」

「大丈夫ですわ。私なら毒慣れしてますから、今は毒を確かめただけですのーーこの毒なら解毒できますわね。纏は茉莉と一緒にそこに居てください」

翡翠は腰から薬草袋を外し、解毒薬の調合準備を始めた。

「朱里!少しの間、その変なお方のお相手を頼みますわね」

「わかってる」

「ふ〜ん、一太刀も当てられないくせに威勢だけはあるんだな。そこで倒れている女もそうだ、口だけは達者だったけどなぁ」

「茉莉を侮辱するな。お前には聞きたいことがある」

「すぐ死ぬ奴がそんな事を聞いてどうする。冥土の土産か」

「ここでの変死は全てお前の仕業か?」

「だったら何だ」

「殺す意志の無い者をなぜ殺す?」

「殺す意志?そんなものは関係ないね。理由も必要か?そこに転がっている役立たず共と同じ、価値の無い奴は殺すだけだ、むしろ屑が片付いて気分がいい。貴様だってそうして刀を向けているだろう、矛盾しないのか」

「殺す意志のある者は殺される覚悟もしている。しかし、殺す意志の無い者を手にかけるのは断じて違う。そして価値の無い者など一人もいない」

「知ったように言うではないか。だがな、現実はどうだ?強い者が弱い者を支配する、極めて単純な理屈だろう。命の価値とか尊厳とかは対価も持たず、ただ守ってもらおうという都合のいい弱者の戯言よ」

戯言‥。

碧英、小次郎、茉莉、纏、翡翠、浜仲仕達、朱里の中で様々な顔が現れては消えてゆく。

朱里が刀の柄を握り直す。

「最後に聞く。お前は人を殺して苦しくならないのか?」

「そんなもの、なった事もないし、なる必要すら感じないな」

「そうかーー私にはお前を理解する事は出来ない。そして、これ以上お前の好き勝手にさせるつもりもないーーお前は今ここで、私が止める」

自分の覚悟は自分で示す‥。

朱里が構えに入る。

「貴様のようなつまらない事を言う連中は何人もいた。勝手にすればいい。俺様も勝手にやらせてもらうぜ」

水鱗も構えていく。

「奥義、降魔針!」

管から吹き矢が高速で五連射されていく。

朱里の眼が赤く揺らぎ、矢の動きがスローモーションに変わる。

矢をかわし切った瞬間、低い姿勢で踏み込んだ朱里の刀が、一気に下から水鱗を切り裂いた。

「貴様、そんな力を何処に‥」

水鱗が膝をつく。

「いい気になるなよ‥この程度で‥あのお方達には到底‥及ばん‥」

そこまで言って水鱗は倒れた。

朱里、お前の眼‥今のそれは何だ‥。

解毒薬を飲んだ纏が、朱里の背中を静かに見ていた。

茉莉と纏を先に宿へ帰した朱里と翡翠が爆破を決行、龍やは大きな爆発音とともに煙に包まれていった。


宿で茉莉と纏の回復を待ってる間に、満屋と浜仲仕三十三人が大津城内荷役の仕事に就けた事を、満屋のおかみから聞かされた。

「龍やさんが火事って聞いた時は、さすがにあたしもどうしようかと思ったけどね。新しい女中も雇ったばかりでさ。大津のお役人様が口利きしてくれて本当に助かったよ」

「大変だったよね。でも、皆んな仕事を無くさずに済んで良かった、僕も嬉しいよ」

「人生、何かあるか本当にわからないから、あんたらも道中は気をつけるんだよ」

「うん。そうするよーーそれじゃ元気でね。皆んなにも宜しく言っておいてよ」


茉莉と纏の体調も回復し、四人は宿の湯場で寛いでいた。

「ここの湯も最後かぁ」

「いい湯でしたのに残念ですわ」

「そう言えば翡翠、綱糸投げて水鱗の攻撃を止めてくれたけど、気づかれずにあの男の背後をよく取れたね」

「よく覚えてませんわ。あの男が鈍かったのでは」

「なんかさ、あんなこと言ってるけど‥この暗殺女、ヤバくない」

小声で言った茉莉の言葉を、朱里と纏が黙って聞いていた。


翌日朝、四人は里への帰路についた。


薄暗い部屋では蝋燭の火が揺れている。

「そうか、水鱗が死んだか」

男は静かに笑った。

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