立志編 第二章 龍隠との衝突 節二 筑前国密使護衛の任
項一 新任務
伊賀国から帰還した三人が里で新年を迎え、桜の花を見送る頃、新しい任務が言い渡された。
「纏、茉莉、朱里、其の方らは書状を持って筑前国へ赴き、書状を密使へ引き渡すと共に、密使が筑前国当主金吾秀秋殿と接触するまでの護衛を命ずる」
「今回任務について説明しておくーー三河様より預かりの書状を筑前国の金吾秀秋殿へ届ける任務だ。現地には三河様の密使が待機している。君たちは密使に書状を渡せば良い。その後は密使が秀秋殿と接触するまで護衛してもらう」
仁景が言う。
「筑前って九州?ーーどれだけ遠いのか想像がつかない」
朱里には聞き慣れない地名だった。
「そうだな、陸路でも海路でも二週間程度だーーどちらで行ってもいいぞ」
「ん〜書状届けるだけだし、これはもう半分は旅でいいんじゃない」
「残念だが、そうはならないなーー届ける書状は将来を左右する大事なもの。当然、それを奪取しようとする者達がいる。しかも注意するのは龍隠だけではない。山賊や海賊、盗賊とかキリがない」
「えっ〜おちおち寝てもいられないじゃん」
「世話なく簡単なら、最初から我々に依頼なんか来ないだろ、茉莉」
茉莉は肩を竦めて見せた。
「密使という人とは落ち合う場所が決まってるの?」
「そこは決まっているーー南蛮屋という舶来品の卸問屋だ。そこに行けば里が派遣した上忍公海が店主をしている」
「えっ!」
「どうかしたか茉莉」
纏が聞く。
「ううん、何でもないよ」
?‥何だか茉莉‥気のせいかな‥。
「それでは書状を預ける」
仁景から書状と、その他に朱印状、旅費、陸路と海路の街道図が纏に渡される。
「朱印状は関所を通る時や、船の手配に必要だ。あと、これを使えばいい」
道中の着替え、水筒などを入れられる、背負式の行李が各自に渡された。
「重ねて言うが、書状は命に換えても守らなければならない。決して気を抜くな」
三人は上忍部屋を出て行った。
項二 旅路
「この書状と朱印状、街道図は纏が持っていてよ。こっちは‥」
茉莉は旅費を三つの袋に分け始めた。
「こうして三人で持っていれば、もし誰かが無くしても、いきなり無一文にならないで済むからね〜」
旅支度をした三人が、伊賀から奈良を通り、大坂を目指す。
「やっと奈良だぁ〜今夜の宿探さなきゃね」
「大和国奈良かーー交通の要所だ」
「纏、よく知ってるね」
「もう地図役は纏に任せるよ」
宿に入り、明日の出発に備える。
「明日は大坂に入る。羽柴の拠点だから油断禁物だ」
三人は早々に寝床に入った。
「結構‥きつい‥」
翌日、三人は生駒山地の暗峠を進んでいく。
「女!痛い目に遭いたくなけりゃ、荷物全部置いていけ」
鬱蒼とした雑木林に入って間も無く、朱里達は潜伏していた山賊に囲まれた。
「あ〜あ、女だけだから狙われたのかなぁ。相手は十人くらい?どうする纏」
「こんな連中に付き合う義理はない」
「こんな連中ってのは俺たちの事か〜あん?」
「他に誰がいる。時間の無駄だ。道を開けろ」
纏が喧嘩売ってる‥やっぱりこうなるか‥。
「上等じゃねぇか!野郎ども遠慮はいらねぇ!身ぐるみ剥いじまいな」
男達が近づいてくる。
「朱里は下がってていいからねぇ」
纏と茉莉が、飛びかかる男達をかわしながら、次々と蹴り飛ばしていく。
「女だと思って甘くしてりゃ調子に乗りやがって!」
男達が刀を抜き出す。
あ〜居たなぁ、剣術大会にもこんな奴‥私の嫌いなやつだ。
「纏、茉莉、代わって貰ってもいいーー抜いたなら私の領分だから」
「やり過ぎるなよ、朱里」
纏と茉莉が朱里の間合いから出ていく。
「一人で相手する気か、後悔しても知らねぇぞ!」
男の振るう刀を朱里が避ける。
‥‥。
朱里が刀を持ち替え、刃の向きを変える。
一筆書きのような連撃で、男達が地に伏すのは一瞬だった。
「行きましょうーー大丈夫、峰打ちですから」
「じゃあね〜おじさん達」
三人が生駒山地を抜け、大坂に到着したのは日没前だった。
翌朝、三人は播磨国を目指して出発した。
「あれが大坂城!すごいな、黒い城なんだ」
「何?朱里ってもしかして城好きなの」
「うん!」
「へぇ、何か意外。じゃあ播磨国に着いたら姫路城も見よっか」
「それ最高。茉莉もお城好きなの?」
「僕は興味ないね。城見て思うのは、何処から潜入しようかくらいだよ。多分、纏も同じだと思うな」
隣で纏が頷いている。
「そうか‥じゃあ、お城も見れたし、そろそろ行こうかーーあれっ?私の行李が無い!」
「あっ!あれだ!あいつだ!」
下ろしてあった朱里の行李を奪い、走り去っていく男を茉莉が見つけ叫んだ。
「野荒らしか!待て!ーーえっ?」
朱里が叫び、男を追いかけようとした時、横に若い侍風の男が現れ、抜いた小柄を逃げる男めがけて投げ打った。
「ぎゃあ!」
背中に小柄が刺さり、男が倒れ込む。
「クソっ‥」
男は小柄を引き抜くと、奪った行李と小柄を放り投げ、逃げ去って行った。
油断した‥危なかったな‥。
小柄を拾い、行李を取り返して戻ると、纏と茉莉がやれやれといった顔つきで朱里を見ていた。
「ご助力感謝しますーーこれ、ありがとうございました」
拾った小柄を侍風の男に返す。
「偶然、目に入っただけです、気にされずにーー見たところ‥女旅ですか?」
侍風の男は朱里、纏、茉莉を見ながら聞いてきた。
「あっ、はい」
「女だけだと、ああいう輩に狙われやすいから、道中は気をつけた方が良いですよ」
「あ、はい‥あの、お礼をしたいんですが‥」
「いえいえ、自分はただの通りすがりですからーーそれでは」
侍風の男は颯爽と立ち去って行った。
「まったくもう、気をつけてよ。旅費が三分の一無くなるところだったじゃん」
茉莉の苦言を、黙って纏は聞いていた。
大坂を出てから三日目の夕刻、三人は播磨国の宿に入った。
「足がパンパン。思ったより辛かったかな」
「まったくだよ!特にあの渓谷、一ノ谷だっけ、勘弁してほしい」
「安心しろ。ここから先は海路だーー梅雨前の今なら船が出るはずだからな」
部屋で三人は足を伸ばしていた。
「今日の風呂の順番、纏からだよ〜」
「すまないな、行かせてもらうーーその間、これを頼む」
「いいよ、ゆっくり浸かってきてね〜」
書状の入った風呂敷を茉莉が腰に巻きつけ結んでいく。
「こんな物騒な物は早く手放したいなぁーー風呂も寝るのも交代交代なんて疲れるよ」
「でも任務だし。しょうがないよ」
その日も三人は、順番で風呂に入り、順番で眠り、一夜を過ごした。
「ひぇ!大坂城も凄かったけど、白い姫路城‥凄すぎる!」
「なんかさぁ、朱里ってたまにめちゃくちゃ子供になるよね〜」
「ねぇねぇ、もっと近くに行って見てきてもいい?」
「あぁ、私達はここで待つから、行ってくればいい」
朱里は一人で堀の方へと向かって行った。
なんて綺麗なお城なんだろう‥。
「ああ!やっぱり貴女でしたか」
声に振り向くと、そこにはあの侍風の男が立っていた。
「見覚えのある服だったので、もしやと思ったら当たりでしたね」
「あっ!‥先日はどうも‥」
「ここにも居るってことはーーもしかして自分と同じ、城好きですか?」
「えっ!はい、お城大好きです」
「やっぱりそうですか、姫路城最高傑作ですよねーーあれ?あと御二方は?」
「同行の者がおりますので」
「‥‥そうですか。自分は小次郎と申す者、もし良かったら貴女の名前を聞いても?」
「私は朱里と言いますーー小次郎様はお城巡りをされているのですか?」
「いえいえ。自分は剣術の修行の仕上げで筑前国へ、今はその道中です」
「修行の仕上げーーなるほど、それであんな小柄捌きができたんですね」
「いやまぁ、あれはたまたま上手くいっただけですーー朱里殿こそ城巡りですか」
「いいえ、私も所用で西国に向かう道中です」
「そうでしたか。まぁ二度ある事は三度とも言いますから、そういう事ならまた何処かでお会いできるかも知れませんね。それじゃまた」
「あぁ‥はい、また」
お城好きな剣士さんかーーあっ、私もそろそろ戻らなきゃ‥。
ーーーーー。
「二人とも待たせてごめんね」
「なんか満足そうな顔してるじゃん、何処まで行ってきたの?」
「お堀の所まで行った。そしたら先日の侍風な人にまた会ったよ。名前も小次郎だって教えてくれた。私と同じお城好きだったよ」
「小次郎?大坂城で小柄投げてたアイツだよねーー他にはどんな話をしたの?」
茉莉の表情から笑みが消えた。
「えっと‥剣術の修行の仕上げで、筑前国へ行く途中だって言ってた‥後は城巡りしてるのかと聞かれたから、所用で西国に行く途中って答えた‥くらい」
「朱里、任務中は無関係な者との接触はなるべく控えてくれ。それとこちらの事も話してはならない。それが忍びの鉄則だ」
「僕も同感だよ。誰が敵かなんて分からないからさ」
「小次郎さんが‥‥でも、そうだよね、ごめん、私が甘かった」
あの時、あの男に変な気配は見えなかった‥僕の考え過ぎかなぁ。
三人は室津の港へと向かった。
「凄いんだね、朱印状って。なんか一番大きな船に乗せて貰えた感じだよ」
「ああ、この船なら足も速そうだ」
三人は商船の荷室にいた。
室津を出港した船は瀬戸内海を西へ進み、備前国牛窓を目指す。
「うっ‥‥‥」
「朱里、さっきから大丈夫?顔が青いよ」
「船酔いかーー潮風にあたれば少し楽になる」
「僕に掴まってーーほら行くよ」
茉莉に寄りかかるようにして、朱里は荷室から出て行った。
播磨国を出て四日、潮待ち、風待ちをしながら、船は備後国鞆の浦を経て、安芸国宮島へ入る。
「だいぶ船に慣れたみたいだねーー最初はもう海に投げ落とそうかと思ったよ」
「酷い言われよう‥でも助かった、ほんとありがとう」
「大鳥居が見えてきたな」
「うわぁ!すごい荘厳な感じがする」
「こ、これは‥ご利益!ご利益!早く任務が終わりますように〜」
手を合わせる茉莉を見て、クスッと笑みを浮かべながら、二人も手を合わせた。
播磨国を出て六日、船は周防国下関で補給と荷卸し、荷積みのため停泊、翌日の出港となり、三人は一泊する宿を見つけに町へ出た。
「もう筑前国は目と鼻の先ほどだ」
「ここまで十一日。結構な長旅だったけど、後少しか」
「やっと風呂に入って、布団で寝れる〜」
下関は大きな港町、宿はすぐに見つかった。
「大きなお風呂、いい湯だったぁ〜」
三人は順番で風呂に入り、浴衣姿で旅の疲れを癒していた。
「あれ?朱里どっか行くの?」
「うん、ご飯までの間、ちょっと夕涼みしてくる」
「元気だねぇ、僕は遠慮しておくよ、行ってらっしゃい〜」
茉莉の横で、纏も静かに手を振っていた。
「あ〜気持ちいい、なんか生きてる気がするーーあれ?」
怒声が聞こえ、目を凝らすと街の外れに人だかりが見える。
「てめぇ!カッコつけてんじゃねえよ!痛い目に遭いたくなけりゃ、さっさと消えな」
喧嘩なのか‥。
近づくと揉めている様子が聞こえてきた。
一人の男の周りを、ガラの悪そうな六、七人の男達が囲み、その中には腰を抜かしたように尻もちをつく、怯えた商人風の男も見えた。
「寄ってたかってカツアゲとは、貴方らには恥というものがないようだ」
囲まれた男は商人風の男を庇うように立ち、毅然とした態度で言い放つ。
「恥だぁ?そんなもん有っても飯は食えねえよ!さっさと退け!どうせ、そいつだってえげつない商売でボロ儲けしてんだろうからよ」
「勝手な言い分だな。貴方らこそ痛い目に遭う前に引いたらどうだ」
囲まれた男が、周りの男達を見回しながら言う。
えっ?!‥小次郎さん‥。
垣間見えたのは知っている男の顔だった。
「野郎ども!この身の程知らずには教育が必要だ!やっちまえ!」
男達が刀を抜く。
「言ってダメなら仕方ない」
小次郎が脇差を抜いた。
たった一人を相手に卑怯な!。
朱里が周囲を見回すと、引き戸の横につっかい棒が立て掛けてあるのが見えた。
刀が交わる音が響き、小次郎が襲いくる刀を弾き返す。
助太刀いたす!。
つっかい棒を手にした朱里が加勢に入った。
つっかい棒と峰打ちで、次々と男達が倒れていく。
「クソ野郎!覚えておけ!」
男達はヨロヨロと立ち上がり、肩を貸しあい逃げて行った。
「お侍様、お嬢さん、助かりました。船で母の具合が悪くなって、薬を買いに来たんです。このお金を取られたらもうーー母が船で待っておりますので、急いで薬を買って戻ります。本当にありがとうございました」
商人風の男は深々と頭を下げると、町中へ戻って行った。
「大丈夫ですか?ーー三度目、本当にありましたね」
「喧嘩だと思って来たら‥小次郎様がいてビックリしました」
「!!あっ‥その、朱里殿‥召し物を直された方が‥」
小次郎の頬が赤らむ。
「えっ?召し物‥‥きゃあ!」
弾かれたように朱里が、着物の大きく開いた褄下を閉じ合わせる。
「す、すみません‥」
「いえいえ。無事そうで安心しましたーー朱里殿は強いんですね」
「あ、はい‥私も一応剣術の修行してましたので‥小次郎様こそお見事です」
纏と茉莉の顔が頭の中を過ぎる。
また怒られるかな‥でも大丈夫。この人は絶対に悪い人じゃない。
「全部、峰打ちでしたね」
「悪党ですけど、だから殺すって言うのは違う気がするもので」
「そのお気持ち、とてもよく分かります」
「今日はお連れの御二方は?」
「船で待っています」
「そうですか。ちなみにですが御二方はご姉妹とか?同じ剣術修行の方とか?」
「言うなら修行仲間ですかね」
「修行仲間ですかーー朱里殿はいつここに着いたのです?自分は半刻ほど前に着いたばかりですが」
「着いたのは昼過ぎだったかと」
「それなら乗って来たのは違う船みたいですねーーそれじゃ、またご縁があれば筑前国で」
「はい、そうですね」
小次郎はそのまま町外れに消えて行った。
素敵なお方、こんな人もいるんだ‥。
小次郎を見送った後、朱里は宿へと戻って行った。
「遅かったねぇ、待っていたよ。ご飯の準備できたって言うから、早く食堂へ行こう」
茉莉に手を引かれ、三人は食堂へ移動した。
「何それ、またぁ」
「三度も、そんな偶然あるのか」
それが小次郎との再会を話した反応だった。
「大人数相手に颯爽と人助けしてて‥なんか、その、つい手を貸しちゃったわけで」
「ホントっお人好しだねぇ、朱里は」
って、あんたまさか‥まぁいいか、時間が経てば忘れるかな‥。
「聞く限りなら、悪い人物ではなさそうか」
茉莉と顔を見合わせた纏も、それ以上を口にしなかった。
翌朝、船は筑前国博多へ向けて出港、順風に恵まれて船は夕刻博多へ到着した。
「どうしたの?」
波止場で朱里がキョロキョロと辺りを見回している。
「その‥四度目ってあるのかなって‥」
「ん?あってほしいの」
「あっ、やっ、そんな訳じゃないんだけど‥」
「まぁ三度もあれば十分、普通ならもうないと思うよ」
「そ、そうだよね」
二人の横では纏が街道図を開いて、南蛮屋の位置を確認していた。
項三 南蛮屋
「ここか」
大きく南蛮屋と書かれた看板のある建屋の前で纏が立ち止まる。
「あ〜やっぱりそっかぁ」
茉莉が早々に暖簾を潜って店内へ入って行った。
「おい、茉莉」
纏と朱里が追って店内へ入って行く。
「いらっしゃいませ‥あら!茉莉姉さんですの?」
「もしやとは思ってたけど、やっぱり公海さんの店だったんだねーー翡翠、元気してたぁ」
「はい、この通りですわーーちょっと待っててくださいな、パパ上を呼んで参りますの」
えっ?茉莉と知り合いなの?ーー髪と目が‥何だろう黒緑色‥めずらしい色だな‥。
纏と朱里は二人のやり取りを呆然と見ていた。
「さぁ、皆様もこちらへ」
三人は翡翠の案内で店奥の部屋へ通された。
部屋には洒落た大きな卓と腰掛けがあり、そこには見慣れない服を着た男が一人座っている。
「遠路、お疲れ様でした。拙者は公海と申す。皆さんのことは白蓮様より聞いておりますぞーー翡翠、皆様にティーを頼む」
「はい、パパ上」
パパ上って、もしかして父上の事?‥。
纏も朱里も突然、異世界に連れてこられたような顔つきだった。
「珍しいでしょう?スーツと言って異国の正装でしてな」
公海がモノクルを軽く触る。
「こちらも舶来品です、はっはっはっ」
えっと、何か面食らったけど‥この人が上忍で、ここが密使との待ち合わせ場所で、さっきの翡翠って子が茉莉の知り合い‥という事‥。
「ティーですわ」
翡翠が見慣れない容器に入った緑茶を各自の前に置いていく。
ティー?何か仄かにいい匂いがする‥。
「それはティーと言いましてね、異国のお茶ですーーどうぞ、飲みながら話をしましょう」
「それじゃ公海さん、先に紹介しますねーー里からの指示で来た、こっちが纏、こっちが朱里、そして僕の三人。よろしくお願いしますねぇ」
うわぁ‥ざっくばらんな茉莉だぁ‥あれ、でも逆にそれだけ親しいって事なのか‥。
「纏と申します」
「あっ、朱里と申します」
「続けて、こっちの二人も僕が紹介するねーー正面が公海さん。里の上忍で僕の父さんの友達。その隣が公海さんの娘で翡翠。僕の幼馴染で上忍だよ」
「翡翠と申します。皆様に会えて光栄ですわ」
この子も上忍、何だかそんな風には見えないのに‥それにその格好はどうなっているの‥。
「朱里さん、この服が珍しいですか?これはワンピースという異国の女性服ですわ」
「ワンピース?ーーすみません、見慣れないものが多くて、つい見入ってしまって」
「大丈夫ですわ、皆様そうなりますから、うふふ」
何か調子の狂う親子だなぁ‥。
「密使の方はどちらに?」
「到着しておりますよ。夜にでも顔合わせとしましょう」
「分かりました。では書状もその時に」
「色々とビックリなんだけど」
「ああ、どうして言っておいてくれなかったんだ」
三人は店内の客間に通され、荷物整理をしながら休んでいた。
「いやぁだって、たまたま同じ名前の店とかだったらマズイしさぁーー手紙で店の感じは翡翠から聞いていたんだ、だから見てからの方がいいかなって思ったんだよ」
「その翡翠さんも幼馴染だったなんて」
「元々は駿河国でさ、そこに僕の父さんの工房があって、公海さんも近所に住んでいたから、翡翠とは三歳から一緒だったんだ。それで十歳になって、僕も翡翠と一緒に公海さんから忍びを習ったんだよーー十三歳頃かな、公海さんに新しい任務が里から出て、翡翠も一緒にここへ移って今日に至るっていう話さ」
「なるほど、事情は承知した」
「ディナーの準備が整いましたわ。皆様、先ほどの部屋へお越しくださいませ」
「ねぇ、さっきから聞きなれない言葉が多いんだけど、茉莉は分かるの?」
「私も同感だ」
「あ〜異国の言葉が混ざってるからねーー何となくは分かるよ、今のディナーは夕食って事だよ」
夕食なんだ‥私たち相手なら普通に話してほしいよ‥。
三人が部屋に入ると、卓の正面に公海と初老の男が座っていた。
翡翠も正面に、その対面に三人が座ると、公海が話し始めた。
「揃ったところでーーこちらに居られるお方が三河様特使、本多勝元殿となる」
三人が揃って頭を下げる。
「向いの三名が、三河様の書状を預かりし我が里の纏、茉莉、朱里の三名でござる」
「遠いところ難儀であったなーー先ずは書状をここへ」
「はっ、失礼します」
纏が立ち上がり、腰に巻いた風呂敷を解いて、書状を特使へ手渡す。
「内容が内容ゆえ、念の為に聞くが、他の者に盗み見などされておらぬよな」
「三人にて片時も離さず、ご心配は無用に存じまず」
頷いた特使が書状を開く。
「相違なく受け取った」
「筑前国当主金吾秀秋殿との対談当日は、終了まで翡翠を加え、四名を護衛の任に就かせます」
特使は頷いた。
えっ?四名って‥聞いてないよ‥ね‥。
横を見れば、纏も茉莉も同じような反応だった。
「秀秋殿の都合によって対談は明後日の鳥の刻、名島城にて行う。心しておくように」
特使が話し終えると、公海が手を叩き、卓には次つぎと料理が運び込まれた。
ああ良かった、ご飯は普通だ‥でもこれは何だ?黄色い‥卵か?
「それはカステラという甘いお菓子ですわ」
察した翡翠が朱里に説明した。
静かな食事が終わり、三人は客間に戻っていた。
「ああいう特使とかいると、空気が重くなるから僕は嫌いだ」
「そう言うな茉莉。ところで翡翠殿参入の話、誰か聞いていたか?」
朱里が首を振る。
「僕も聞いてないね。だから、あの後で公海さんにそっと聞いたんだよ」
「公海殿は何と?」
「白蓮様からの手紙にね、護衛戦力について翡翠参入の判断は任せるとあったんだってーーそれで任務必達の為にそうしたって言ってた」
「そうならそうと、白蓮様も言っておいてくれればいいのに」
「確かに。だが分かった。翡翠殿を入れての護衛が決定事項なのだな」
「そうだね。翡翠の技量は問題ないよ。だから後は仲間意識だけかなーー僕と翡翠の間は成立してるけど、二人は今日が初対面だもんね」
「直感だが、翡翠殿はおそらく朱里とは別の撃破型か」
「凄いな纏、ほぼ当たりだよ。翡翠は潜入と撃破、強いて言うなら暗殺型かなーー僕が敵なら翡翠には絶対に会いたくないな」
二人が頷いた直後、客間の戸が開いた。
「お風呂の準備ができてますの。皆様とお話もしたいので、ご一緒にいかがですか?」
「有り難くいただきたい」
翡翠の提案で四人は湯殿に移動した。
「翡翠の体、綺麗だなぁ。僕は見た通りなのに」
「地方は任務が長閑ですの。そのせいでは」
「じゃあ、そう言うことにしとくよーーそれにしても、みんなで一緒に風呂なんて何日振りかな、やっと書状から解放されたって感じだ」
「でも本番はこれからですわーーそこでなんですけど、裸のお付き合いと申しますか、ここで皆様の自己紹介なんか如何でしょう」
「翡翠殿も護衛に入るなら、それはこちらとしても有難い」
「纏さん、殿付けなんてダメですの。翡翠で結構ですわ」
「承知した。では我々の事も纏、茉莉、朱里でお願いしたい」
「かしこまりましたわ、纏ーーでは私から。翡翠、年は十九、茉莉とは幼馴染ですの。識別色は深緑、武具は綱糸と苦無、得意は暗殺。こんな感じでしょうか」
「承知した、翡翠」
その後、三人の自己紹介が済むと、再び翡翠が提案を始めた。
「明後日の護衛に備えて、明日は私が皆様に、名島城までの道案内をしておくべきかと思いますの」
「それは名案だよ、翡翠。経路が分かれば護衛も先回りできる」
「うん、地の利が無いのはやはり不利だからね」
「異論はない」
「よかった。それではお部屋に戻ったら、明日着る服をお持ちしますわーー隊服はやはり目立ちますからね」
「それは助かるよ翡翠。それなら隊服も洗濯できるしーーできれば識別色で統一がいいかも」
「大丈夫ですわ。実はもう識別色でご用意してありますの」
湯殿から客間に戻って間も無く、服を抱えた翡翠が現れた。
「黒が纏、臙脂は朱里、藍は茉莉。寸法は隊服の寸法に合わせてありますわ」
各々の前に翡翠が服を並べていく。
「隊服の寸法?」
「朱里は知らないか。隊服って南蛮屋の職人さんが仕立てているんだよ」
「待て、それは私も知らんぞ」
「え〜纏には教えたと思うんだけどなぁ」
「断じて知らん」
「仲がよろしいのですね、ふふーー念の為、服を着てもらってよろしいかしら。着方はこれから私が手本を見せますわ」
翡翠は深緑のワンピースに着替え始めた。
「なるほど、上から被ればいいんだね」
「軽いな。これは隊服より楽だ」
「隊服が重いのは、刀とかで斬られても耐えるように、布を厚くしてあるからだよね、翡翠」
「さすが茉莉、正解ですわ」
着替え終えた三人を翡翠が見回している。
「大丈夫そうですねーーそれじゃあ、明日また」
そう言うと翡翠は客間から出て行った。
「翡翠って、いつもあんな感じの話し方なの?」
「小さい時は僕みたいな話し方だったけどーー南蛮屋が客商売だから変えたんじゃないかな」
三人は浴衣に着替え、床に入っていった。
項四 視察
翌朝、三人は渡された服を着て、翡翠とともに南蛮屋を出た。
「いいなぁ、この服。ワンピースって言うんだっけ、なんかさぁ気持ちまで軽くなるよ」
「皆様、お似合いでとっても可愛いですわ」
「か、可愛い!なんか‥そんなこと初めて言われた」
「あははっ!朱里が照れてるよ、ねぇ、まと‥」
茉莉の目に、目線を背け、はにかんだ纏の顔が写る。
ありゃ‥ここにも一人いたのか‥なんか‥意外‥。
茉莉は口をつぐんだ。
「簡単に行き方を説明しておきますわーー名島城へ行くには舟が一番早いのですけど、舟だと狙われた時に逃げ場がありませんから、今回は三里くらい歩いて、多々良川を渡る道順で行きますわ」
横で纏が街道図を広げ、確認している。
「分かった、問題ない。道中は狙撃や襲撃を受け易そうな場所も確認しながら進もう」
ーーーーー。
「今は干潮なので、このまま歩いて渡りますわ」
一行が多々良川を渡る切ると、名島城の方から一人の男が歩いてくるのが見えた。
あれ?あの着物‥もしかして‥小次郎さん?‥。
「おや!朱里殿。驚いたな、まさか四度目があるとは」
「私もまさか、小次郎様とお会いするとは思いませんでした」
「服が違う?今日はまた可愛い召し物ですね。名島城を見に行かれるのですか?自分は今、見てきた帰りなんです」
一行から離れ、小次郎と立ち話を始めた朱里を、三人は傍観していた。
四度目?マジでそんな事ある?ーーでも、怪しい気配も色変わりも見えないしなぁ‥。
「あの方はどちら様ですの?」
「ん〜とね、ここに来るまでの道中で、偶然出会った小次郎とかいう侍?朱里はもう三回会っていてさ、今日のこれで四回目だよ。偶然にしてもこんな事あるのって纏と話しているんだよね」
「すごく美男ですのねーー私、ちょっと気になりますわ」
「ちょっと翡翠‥」
翡翠が立ち話をする二人に近づいていく。
「その方が朱里のいい人ですの?」
「えっ!いえ、そんな滅相もない」
頬を赤らめた朱里が両手で否定する。
「あら?そうなんですの」
翡翠が小次郎に歩み寄り、顔を近づけていく。
「えっ、あ、自分の顔に何か?」
顔が触れそうなくらい、翡翠が小次郎を見つめている。
「あ、あの‥ちょっと、翡翠なにを」
「うっ!」
小次郎が目を手で覆いながら、後退して翡翠から離れていく。
「私、この方に興味がありますの。ですので朱里はもう諦めてくださいませ」
「え?それはどういう‥」
「翡翠、いきなりそれは失礼すぎない?」
「大丈夫ですわ。だってこの方、嘘しか纏っておりませんもの」
「え?」
「それにこの方は龍隠ですわ。貴女はこの方に騙されておりますのよ」
「見たのか、翡翠」
茉莉の横では、眼帯を手で押さえた纏が、隠していた苦無を手にしている。
「なるほど。自分と真逆ですか。厄介な眼だ」
目に当てた手を下ろしながら、冷笑するように小次郎が言う。
「小次郎様が龍隠?何を言うの翡翠、そんなわけ‥」
「朱里、そいつから離れて、早く構えて」
言いながら茉莉も苦無を構える。
「やめておきましょう。目的が変わりましたから、今日は分が悪い」
小次郎の背後に、ガラの悪そうな男達が現れた。
「そちらも今、ここでやり合うつもりはないのでしょう。朱里殿、五度目にお会いするのを楽しみにしていますよ」
ガラの悪そうな男達が煙玉を爆ぜされ、煙の晴れた頃、小次郎達の姿は消えていた。
ーーーーー。
「嘘、嘘、嘘よ‥敵だったのに、私‥信じていたの?」
顔を両手で覆った朱里が座り込む。
「茉莉、どう言う事なんだ、教えてくれ」
「話してもいいかな?翡翠」
「纏もお仲間ですもの。構いませんわ」
纏の眼帯を見ながら翡翠が答える。
「翡翠の魔眼だよ。あの子、嘘とか偽りを見抜けるんだ」
「では、あの男も魔眼持ちか」
「ええ。ご自分を偽っておられましたわ」
「そう言えば、確かにあの男を見た時にも微かな違和感はあったな。だが茉莉の目にも見えてはいなかった」
「僕の義眼は相手の気配を見ているから、気配ごと隠されると確かに見えないかも」
茉莉は座り込んだ朱里を見た。
「龍隠は何でこんな遠回しなやり方をしてきたんだろう?朱里を標的にしたのか?それとも引っ掛かったのが、たまたま朱里だったのか?」
「そこは分かりませんわ。今回の書状の件とは別な気もしますわね。ただ、あの方の袴の裾は濡れていましたから、この川を渡って待ち伏せしていたのは事実でしょうね」
「先ずは明日の護衛任務を遂行せねばな」
「その通りですわ」
「‥それでどうする?これーー剣術は凄いんだけど、こういうの、かなり引きずる子なんだよねぇ」
「立ち直ってもらうしかなかろう」
無表情になった朱里を連れ、一行は名島城を確認してから南蛮屋へ戻って行った。
項五 護衛
敵だった‥波止場で見た、あのガラの悪そうな連中も仲間だったなんて‥。
朱里の脳裏では、小柄を投げる小次郎、刀を振るう小次郎、城を語る小次郎の姿が走馬灯のよう現れては消えていく。
小次郎が演じた侍は、まさに朱里の尊敬する侍の姿だった。
嘘であってほしかった‥いっそ、ずっと騙してくれたらよかったのに‥。
南蛮屋に戻り、夕食を済ませてから、朱里は部屋で布団を被ったままだった。
「さっきからずっとこうだよ。明日大丈夫かなぁ」
「立ち直ろうとしているからこそ、こうなのだろう。信じて今はそっとしておこう」
「なんか‥こういう時の纏って大人、だよね」
「こういう時以外はどうだと言うんだ?茉莉?」
「や、やめて纏‥ほっぺを引っぴゃらないで‥」
「遅れてごめんなさい。ちょっとパパ上とのお話が長引きましたのーーお二人とも、何をされてますの?」
ーーーーー。
「明日の護衛作戦なんだけど‥」
頬に手を当てた茉莉が話し出す。
「これは何ですの?」
纏が開いて置いた街道図を囲うように三人と、布団の塊が座っている。
「気にしなくていいーー始めてくれ」
「じゃあ始めるよ。まず最初はここから名島城までの護衛、そして名島城での護衛に分けて考えていこうと思うんだ」
「名島城までなら警戒するのは伏兵、特に弓兵だろうな」
「道中はご案内した通り、海沿いですから敵の潜む場所も無ければ、こちらが隠れる場所もほとんどありませんわ」
「矢とかを斉射されると、かなり危険だな」
「それなら伊賀国の敵みたいに葛籠に隠れてもらって、それを運ぶと言うのはどう?」
「防御としては文句ないが、あの御仁がどう言うかは疑問だな。葛籠の運び手も必要になる」
「あと移動する時間ですわ。交渉は鳥の刻。干潮と日没を考えると、多々良川には鳥の刻になってから着く必要がありますわね」
「敵って書状だけ奪えばいいのかな?特使ごと消す気かもよ?」
「おそらく消すつもりだろう。特使が書状の内容を知っていれば、交渉は可能だからな」
ーーーーー。
「置盾はどうかな?ちょうど四人いるし、襲撃されたら盾を繋げて特使を隠すんだよ。矢さえ防げればさ、後は接近戦じゃん。そしたら布団の剣士が頑張ってくれるよ、きっと」
「茉莉に賛成ですわ。きっとあの方も現れるでしょうしね、布団の剣士さん」
「‥承知‥した‥」
布団から出た朱里が、両手で自分の頬をパシパシっと叩く。
「それでいいーー次へ行こう」
「城内の護衛は囮と潜伏に分けて、僕と朱里が交渉まで特使に同行、囮役だね。纏と翡翠は屋根裏から先行潜入して、暗殺隊を見つけ次第で処置。どうかな?」
「配置は問題なさそうだな」
「囮がいたら、逆に敵が屋根裏へ集中しない?二人だと状況によって足りなくなるんじゃ」
「大丈夫ですわ朱里。敵の暗殺なら纏と私で。もし敵が何十人って来たら、その時は呼びますわ」
「囮役もさ、交渉開始直前まで特使と同室していれば、そこも対処できるよね」
「そうか。そうだね。承知した」
「決まりですわね。出発も猿の刻半で構いませんね」
「問題ない」
「では、これでーーお風呂も用意できてますから、皆様お先にどうぞ。私はパパ上に報告してから行きますわ」
「盾板はこんな物で宜しいかしら?」
翌日、隊服姿で店内集合した四人の前には、細長い板が四枚、壁に立て掛けられてあった。
「工房さんに言って作ってもらいましたの」
それは畳を縦半分にしたくらいの板で、裏面中央と、長い縁側面には取っ手も付いている。
「うん。軽いし、持ち運びし易いし、凄いな工房の人たち」
「そうですわ。パパ上自慢の職人さんですもの」
「相変わらずファザコンだなぁ、翡翠」
「ファ?ファザコン?って何」
「ファーザーコンプレックス‥言うなら父さん大好きってやつだよ」
「そんな事はございませんわ。パパ上を尊敬しているだけですのよーーそれなのにパパ上はすぐ悪い女に誘惑されてーーだから、私がいつもこの目で品定めしていますの」
「この目って、昨日のあの目か」
「そうですわ」
ああ‥翡翠、更に磨きがかかったんだね‥いやもう、それは病んでいる領域だよ‥。
‥師範‥。
朱里の脳裏を碧英の顔が過ぎっていった。
「それでは参りましょうか、勝元様」
「よろしく頼んだぞ」
猿の刻半。
五人は名島城に向けて南蛮屋を後にした。
項六 多々良川の戦い
「もうすぐ多々良川だけど、襲ってこないね」
「必ず来るさ」
ヒュン!ヒュン!。
弦の音と同時に、近づく矢に四人が気づいた。
盾を放り投げ、茉莉と朱里の抜いた刀が矢を弾き落とす。
「盾で特使を囲え!」
最初の斉射を弾くと、すぐに第二斉射が放たれた。
盾板に矢が刺さっていく。
「ちっ、盾かーー突撃するぞ」
弓兵と、反対側にいた伏兵が、抜刀しながら一気に飛び出す。
「四人と四人、八人か」
「違うよ纏、もう一人いる」
伏兵の後ろには小次郎もいた。
「朱里!あの男はお前が抑えろ!我らは特使を守る!」
「わかった」
突進する伏兵をかわした朱里が小次郎の前に出た。
「朱里殿ーー五度目、叶いましたね」
「小次郎様ーーどうか部隊を引き上げていただけませんかーー私は貴方を殺したくはない」
「それはできない相談ですね。拙者も殺しは好みではありませんよ。ですが敵なら話は別です。刃を持つ者は、自分も斬られる覚悟をしているものです」
小次郎が徐に長刀を抜き始める。
「全力で行かせてもらいますよ」
小次郎の眼光が輝く。
朱里が構える。
「なっ!消えた!?」
踏み込む足が止まる。
「後ろだ!朱里!」
纏の声で咄嗟に体を回した。
見えなかった‥でも今、確かに切り込まれた‥。
小次郎が姿を現す。
「視覚干渉ですわね‥‥朱里には厄介ですわ」
「そんな‥マジで最悪」
「こいつらが邪魔だ」
伏兵達が次々に三人へ斬りかかってくる。
再び小次郎の姿が見えなくなった。
「朱里!下ですわ!」
応戦しながら翡翠が叫んだ。
上体を逸らした朱里の隊服が斜め一文字に斬られ、胸から血が滲み出す。
「よくぞ、かわしましたね」
現れた小次郎が静かに言う。
集中しろ朱里、感じ取れ‥。
小次郎が消える。
!!。
朱里の前で微かに土煙が動く。
こっちか!。
左に避けながら、刀を振り上げる。
隊服の右肩を、小次郎の刀先が掠っていった。
くっ、間に合わない‥もっと、もっと集中しろ。
隊服に斬られ傷が増えていく。
「茉莉、翡翠、特使を頼む!朱里、今いく!耐えろ!」
伏兵を倒した纏が駆け出す。
気配を読め‥読み切れ。
「彼らでは足止めも無理でしたか。では、そろそろ終わりにしましょうーー陽炎流光影剣!」
再び小次郎が姿を消す。
見開いた朱里の、赤い瞳が揺らぎ始める。
‥消えていない、いる‥。
霞んだような景色の中に、人の形をした透明な輪郭が見えた。
「そこ!扇流連斬!」
振り下ろされる透明な刀を弾き、朱里の刀がその輪郭を斬り裂いた。
「なっ‥‥見えていたのか?」
刀を地に差し、膝をつく小次郎の姿が現れた。
肩から腰まで、一気に血が流れ出している。
「覚悟‥」
朱里が静かに刀を握り直し、刺突の構えに入る。
一瞬、城を語っていた小次郎の笑顔が脳裏を過っていく。
‥‥‥‥‥くっ‥。
朱里が俯いた瞬間だった。
「ぐっ‥」
胸に苦無が刺さり、小次郎は倒れそうな体を辛うじて堪えていた。
「!?」
振り向くと、すぐ後ろに翡翠が立っていた。
「何か問題でも?」
朱里が震えながら小次郎に向き直る。
「‥‥毒、か」
刺さった苦無を抜いた小次郎が朱里を見上げている。
「皮肉なものだな‥最期くらい、貴女の剣で終わりたかった」
「小次郎様」
朱里が再び刺突の構えに入り、刀を握り直す。
歯を噛み締め、無言のまま小次郎の胸を刺し貫いた。
「‥‥やはり、貴女の剣は綺麗だ‥な‥」
小次郎の体は静かに崩れていった。
「朱里‥」
茉莉が近づき、震える朱里を抱き寄せていく。
翡翠は黙って、その光景を見ていた。
ーーーーー。
「待て‥何かおかしい‥」
倒れている敵を見ていた纏が呟いた。
倒れているのは小次郎を除けば、ガラの悪そうな町人風情の着物姿である。
「そうですわね。特使を狙う暗殺隊にしては、随分と粗末な装いですもの」
「あの時の違和感‥目的が違う?ーーこいつらの狙いは朱里だったのか?‥と言うことは」
「私も同感ですわ。本当の暗殺隊は別にいる‥ですわね」
「茉莉、朱里、まだ終わっていない。このまま城内へ、作戦は継続するぞ」
特使を連れた一行は多々良川を渡り、名島城へ到着した。
項七 名島城
「特使本多勝元殿、城主より申しつかっております」
名島城に入り、特使は本丸の対面所で城主を待つよう案内を受け、朱里、纏、茉莉、翡翠の四人は車寄せでの待機となった。
「行くぞ」
車寄せで顔を合わせた四人が頷く。
「くっ!‥」
「ぐはっ‥」
車寄せの番人を手刀で気絶させ、四人が一人ずつ夜の帳の中に消えていく。
破風から天井裏へ潜入を始める。
「罠に気をつけろ」
「だいぶ来たよね‥そろそろ〜この辺りじゃないの」
「当たりですわね」
対面所真上に着き、部屋の様子を窺う。
「まだ特使だけだ。だが敵も付近に潜んでいるはず、油断はするな」
下段の間に座る特使を見た纏が静かに言う。
暫くすると入り側の障子が開き、城主らしい男が姿を現し、上段の間に座った。
特使が静かに頭を下げる。
「其方が遣いの者か。人払いはしてある。遠慮なく用件を申すが良い」
「お目通り頂け有り難く。拙者は三河徳家の家臣、本多勝元と申す」
あれが秀秋様か‥。
「秀秋殿へ本日は書状を‥」
特使が懐より書状を取り出していく。
「‥‥あら?」
纏の隣で翡翠が呟く。
三人の目線が翡翠に向いた。
「あの方、秀秋様ではありませんわ」
空気が静り、今度は三人が城主らしい男に目線を向ける。
「私、秀秋様とお会いした事ありますの。ですから、お顔はよく存じてますのよ」
「待て翡翠‥つまり、どう言うことだ」
特使が懐から書状を出し終えた時だった。
「勝元とやら、今宵は其方一人ではなかろうに」
特使が無言で顔を上げた。
「来ておるのだろう。遠慮など要らぬ、出て参れ」
城主らしい男が立ち上がり、格天井を見上げて言う。
どうして!バレてる!?‥。
「秀秋様、お久しぶりですの。以前、お会いした時より随分とお年を召されたのですね」
城主らしい男の背後に降り立った翡翠が、囁くように話しかける。
「?!」
咄嗟に振り返った城主らしい男の目を、翡翠が覗き込んだ。
「嘘が下手過ぎですわ。貴方はどちら様ですの」
「‥ふん、これから死にゆく者には関係なかろう」
城主らしい男が飛び退き、言いながら手を叩く。
入り側の障子が一斉に開き、忍び装束をした五人の男が次々と乱入し、一瞬で特使が囲まれた。
「罠!そう言うことか翡翠!特使を守るぞ!」
三人が特使の前に降り立ち、構えに入る。
「揃ったか、待っていたぞーー全員生かして帰すな」
言うと、城主らしい男が翡翠に向き直り、刀を抜く。
「よくぞ見抜いたものよ。地獄の鬼にでも褒めてもらえ」
「貴方こそ、鬼に舌を抜かれますわよ」
苦無と刃が入り乱れていく。
「纏、特使をお願い!僕と朱里で打って出るから」
「承知した」
「朱里、迷う事はないよ、こいつらは僕らの敵なんだからーー行くよ」
敵‥。
瞬間、脳裏に小次郎の言葉が過ぎる。
『敵なら話は別です。刃を持つ者は、自分も斬られる覚悟をしているものです』
刀の柄を握り締めた朱里が切り込んでいく。
「毒か‥貴様‥」
城主らしい男が、左腿に刺さった苦無を抜きながら倒れ込む。
「すぐに楽になりますわ、即効性ですから」
翡翠が朱里と茉莉に向き直ると、二人は敵五人を相手にしていた。
五人の連携が硬い。間合いへ踏み込む隙がない。
城主らしい男を仕留めた翡翠と、纏の目が合う。
翡翠が纏に近づいていく。
「朱里の動きは速いけど、忍びというより剣士そのものですわねーー動きを読まれて、間合いが詰め切れておりませんわ」
「朱里は撃破特化型だからなーーなれば朱里を動き易くするまで」
纏が両手に苦無を構えた。
「茉莉、朱里、選抜試練の連携でいくぞ!翡翠、援護頼む!」
纏が苦無を連投していく。
「いいよ!わかった」
茉莉が敵の間合いに入り、双剣で敵の連携を断つ。
「朱里!今ですわ」
分断した敵に翡翠が綱糸を投げ、動きを一瞬止める。
「御免!」
一気に踏み込んだ朱里の長刀が敵を斬り倒す。
何も考えるな、集中するんだ。
一人、また一人、敵を斬っていく。
「残り二人ーー纏、朱里は大丈夫みたいですし、ここは二人に任せてよろしいのでは」
「ああ、早く城主を取り返さないとなーー天守へ逃したか。軟禁なら最上階が自然だ」
「そこしかありませんわね。上と下から分かれて上がりましょう」
「そうだな、屋根裏から頼む、私は下から上がる」
翡翠が屋根裏に姿を消していく。
「茉莉、朱里、私と翡翠は上に行く。特使を頼んだぞ」
「わかったよ。こっちは任せて、早く助けに行ってやって」
廊下に出た纏が、空き部屋を確認しながら天守へ向かう。
「ここが最後だ」
纏が天守の広間に入った途端、苦無が纏を襲う。
「どうして貴様がここへーー秀秋様、こやつらがお話した秀秋様を狙う暗殺者の一味ですぞ」
苦無を避けた纏が部屋を見渡すと、部屋奥には忍び装束の男三人と、秀秋らしい小袖姿の若い男が立ち、纏を見ている。
「我らは暗殺者ではない。秀秋様に面会する特使の護衛役だ」
「秀秋様、騙されませんように。私らがお守りいたします故」
男二人が刀を抜き、纏との間合いを詰め始める。
「がっ!」
秀秋の側に残った男の首に苦無が刺さり、男が倒れていく。
「ご無沙汰しておりますわ。秀秋様」
翡翠が屋根裏から秀秋の横に降り立ち、言いながら微笑んだ。
「其方は‥確か‥‥南蛮屋の」
「はい、翡翠でございますーー後できちんとご説明いたしますから、少しだけお待ちくださいませ」
翡翠が苦無を持ち、纏へ向き直る。
「おのれ!そう言う事なら」
頷き合った男二人が秀秋に振り返り、刀を振るう。
「させるか」
纏の苦無が二人の男の背中に刺さり、同時に翡翠の苦無が男達の喉元を切り裂いた。
返り血を浴びた翡翠が、秀秋に振り向く。
「ご安心くださいませ。必要な事しかしておりませんわ」
秀秋を連れた纏と翡翠が、対面所で特使、茉莉、朱里と合流した。
特使から渡された書状に目を通した秀秋が、自身の替え玉と男達の死体を眺めている。
「この書状は疑う余地の無いものーー迂闊だった。よもや自分が騙されていようとは」
秀秋は言いながら、目の前で立膝を着く纏に向き直る。
「どこの手の者か、我らからお答えは致しかねますが、秀秋殿を利用し、我らが三河徳家様を貶めるための謀であるは確かかと」
「そのようだなーー三河殿の特使と名乗る暗殺者集団が命を狙っている、暗殺阻止と護衛を狩野開成殿より仰せつかったと言っていたーーこの者ら開成殿の隠密、龍隠なのであろう」
「ご賢察、恐れ入ります」
「いや、この書状を読んで解ったのだ。太閤様が逝去されて以降、水面下で派閥争いが起きている。開成殿がなぜ書状の存在を知ったかは分からぬが、知れば看過できる話でない事くらい察しがつく」
秀秋が翡翠に目線を向けた。
「また其方に救われたな」
「たまたまですわ。お気になさらずに」
秀秋の視線に、翡翠は小さく肩を竦めた。
その後、秀秋は家臣らに天守と対面所の片付けを命じてから、特使を連れて中奥へと入り、四人は中奥手前の部屋で待機となった。
「ごめん、私さっきのやり取りがよく理解できてないんだけど」
纏と翡翠が、えっという顔で朱里を見た。
「そっかぁ‥じゃあ簡単に言うよ。龍隠はね、暗殺部隊を連れた特使が秀秋様暗殺を狙っていると言って、護衛を理由に秀秋様を天守で軟禁し、対面所と天守の人払いをさせていたんだよ」
「暗殺者って私達の事よね、ひどい話」
「だから奴らは特使と私ら全員が揃うのを待って、替え玉もろとも殺し、秀秋暗殺の濡れ衣を私らと、特使を送った三河様に被せるつもりだったんだよ」
「替え玉もろとも?替え玉は仲間なのに」
「普通ならそう思うよね。だから殺すのさ。替え玉は秀秋様の格好をしている、仲間が仲間を殺す筈がない、だから特使か私らが殺したって言う理屈が成立しちゃうんだよ」
「茉莉の言う通りだ。ただ奴らにとって最大の誤算は、翡翠が秀秋様と顔見知りだったと言う事だな。ここが無ければ危なかった。替え玉と分からなければ、こちらも手出しなど出来ないからな」
「あんな状況だったのに、それを看破していた皆んなは凄いなーーそう言えば、秀秋様が翡翠に言った、また救われたって、あれは何?」
「一年くらい前、お忍びで秀秋様は舶来品を見に何度もお店に来られていましたの。私たち同じ年でしたから、お話もよくしてましたわ」
‥という事は、私とも同じ年なのか。
「ある時、刺客の襲撃に遭われてーー刺客は私が仕留めたんですけど、それ以来、秀秋様はお忍び外出が禁止になって、お顔も見なくなっていたのですわ」
「その話は僕も初耳。それってもしかして秀秋様、翡翠狙いだったんじゃないの?」
「どうでしょう‥だとしても私、殿方はパパ上だけで結構ですわ」
翡翠‥そこ否定はしないんだね‥と言うかパパ上が最強なのか。
「なんか状況が理解できた。ありがとう」
夜更けに交渉も終わり、一行は城内の客間に一泊する事となった。
「先に行ってるよ、翡翠」
礼を述べたいと、翡翠が秀秋に呼び止められ、三人は先に入室する事にした。
「死体を片した家臣に言われた事だがーー対面所から天守までの屋根裏に、死体が三体あったそうだ」
「えっそれって‥」
「ああ、そうだーー翡翠は伏兵を始末しながら、天守に来ていた事になる」
「そこまで行くとさぁ‥凄いを通り越して、ヤバい女って感じだよね」
ヤバい女、この言葉は暫く三人の頭の中に記憶される事となる。
暫くして翡翠が部屋に入ってきた。
「面倒な世辞を延々聞かされましたわ」
翡翠が無愛想に言う。
「なんか朱里がうつらうつら始めてるから、もう布団敷いて寝よっか」
三人の中で寝つきが早いのは、いつも朱里である。
その隣で翡翠も寝息を立て始めていた。
「茉莉、まだ起きてるのか」
「うん、起きてるよ」
「朱里の剣術だが‥」
「わかる、動き方でしょ」
「間合いに入った後、まるで相手の動きを先読みしているかのように見えたが」
「勘がすごくいいって思っていたけど‥なんかそれ以上の違和感だね」
「そうだな、違和感か‥あと、小次郎が朱里を狙っていた理由も謎だ」
「たまたまとか言う話じゃなさそうだよね‥」
一行が南蛮屋に戻ったのは、翌日の昼過ぎのことだった。
項八 くのいちアイズ結成
「パパ上〜」
南蛮屋に戻ると、出迎えた公海に翡翠が抱きついていく。
昨夜との、この違いは何‥。
「その顔なら無事に任務は終わったようだね」
翡翠を引き剥がしながら、公海が一同を見回す。
「おお、成果は思っていた以上だ。この女子達もまったく大したものよのう、ご苦労であったーー儂は報告があるからこのまま出立するが、皆はどうするのだ?」
「私達はこの茉莉が幼馴染と久々の再会なので、明後日あたり出立する予定ですーー特使殿は道中お気をつけて」
「儂の心配なら要らん。儂の顔を知る敵は、皆が全員始末しておるからな、はっはっはーー公海殿にも世話になった。またどこかで会おう」
特使はそう言って南蛮屋を後にして行った。
「近くに湯屋がある。湯浴みしてくるといい、この時間なら湯屋も空いているだろうから」
「それでしたら服を着替えてから参りましょうかーー脱いだ隊服は洗濯を頼んでおきますわ」
四人は隊服からワンピースに着替え、湯屋へ向かった。
「ふぅ〜なんかさ、やっぱ生き返るよね〜」
「ああ、遠路だったし、色々あったしなーーともあれ、全員無事で何よりだ」
「なんか私だけ、皆んなを振り回しちゃってごめん」
「いいんだよ。ちゃんと忍びとしても成長してるから大丈夫さ」
「剣術があれだけの腕なのですから、そちらを活かす方がよろしいのでは」
「それは有りだと私も思うぞーーそれはそうと茉莉。翡翠と会うのは久々なのだろう、二人でゆっくりしたいなら遠慮は要らんぞ」
「ありがとう纏〜」
「やめろ茉莉、抱きつくな!離れろ!」
「お気遣いありがとうですのーーでも‥」
「でも?」
纏と茉莉が翡翠を見る。
「これから私も皆様とずっとご一緒ですから、お気遣いなら無用ですわ」
「‥‥‥」
三人が黙り込んだ。
「貴女達と同じ組ですわよ。白蓮様から聞いておりませんの?」
三人が首を振る。
「そうですのーー白蓮様お忘れなのかしら。ですので皆様、よろしくですのよ」
「ええっ!聞いてない聞いてないよ!南蛮屋は?パパ上はどうするのさ?」
「南蛮屋は店仕舞いして、長崎で新規開店する予定ですわ。パパ上もその準備で忙しくなりますの」
「パパ上無しで翡翠、大丈夫なの?」
「茉莉、失礼ですわ。私そんなお子様ではありませんのよ」
「いや、だってさっきも抱きついていたじゃん‥」
「ほんの挨拶がわりですわ」
「本当に一緒に戦うの?」
「そうですわ。同じチームですから」
「チーム?」
「異国の言葉で、組という意味ですのよ」
朱里が纏を見ると、纏は思いついたように湯船から出て、板場へ向かい始めた。
全員が纏の後に続く。
纏が脱いだ衣服の中から、任務指示書を取り出し開いた。
「ある‥‥最後の端っこに小さく‥」
「嘘っ!本当だ!書いてあるじゃん、纏」
=尚、本任務完遂後は翡翠が同志となる故、承知されるよう 白蓮=
「ねっ。そういう事ですわ」
湯屋から戻った四人は夕食までの間、客間で足を伸ばしていた。
「今回任務で南蛮屋がウチらの拠点と敵にバレた筈だから、この先どうするのか、ちょっと気にはなってはいたんだ。引越し予定があるから大丈夫だったわけかぁ」
座卓にあった茶菓子を食べながら、茉莉が呟くように言う。
「その通りですわーーだから、今日から正式に四人ですわね」
「そう言う事なら改めて。ようこそ、翡翠を歓迎する」
「よろしくね、翡翠」
「翡翠と一緒なんて六年ぶりくらいかぁ。また上手くやろうね」
「私こそ、よろしくお願いですの」
纏が深呼吸をした。
「これからは龍隠との対決がもっと色濃くなるはずーー龍隠のようなやり方は認めん。我らは我らの正義で奴らを止めるーー四人の意志は、一つだ」
朱里と茉莉が頷く。
「承知しましたわ」
「ねぇ、それならさ、さっき言っていたチームだっけ?僕らのチーム名決めない?カッコいいやつに」
「よろしいのでは。異国ではチーム名って当たり前のように使っていますから」
「僕等らしくカッコいいやつかぁーーん?‥あれ?そっかぁ」
茉莉が三人を見回していく。
「皆んな眼が普通じゃないよ。僕は義眼で蒼色だし、翡翠は魔眼で緑眼でしょ、纏は片目が魔眼で銀眼だよ、朱里も眼の色が赤い」
「朱里の眼だって普通じゃありませんわよ。それならアイズはどうですの?異国で目の事ですわ」
アイズ‥なんかカッコよさそう‥。
「いいね、アイズ!もう少し僕ら感を足したい気もーーくのいち‥くのいちアイズでどう?」
「くのいちアイズか、異議なしだ」
「くのいちの眼ですわね。面白いですわ」
「かっこいいと思う」
「じゃあ決まりだね。そしたらさ、くのいちアイズの紋章も作ろうよ」
「紋章とは大袈裟じゃないか」
「いえ、チームはよく目印の入った旗を立てていますわ。これもよろしいのでは?それに紋章なら茉莉、絵描くの得意でしたわね」
「茉莉、案があったら書いてみてよ」
「ん〜じゃあ、ちょっと待って」
「私、紙とペンを持ってきますわ」
ーーーーー。
「何これ?すごいな、墨のいらない筆だよ」
「ペンシルですわ。筆ではありませんけど、似たものですわ」
しばらく考えていた茉莉がペンを走らせる。
「これでどう?色違いで四つの眼。識別色を元に配色してみたよ。朱里が赤、纏が紫、翡翠が緑、僕が青だよ」
三人が書かれた絵に見入る。
「お前、すごいな」
「決まりですわね」
「茉莉、上手すぎ」
全員一致であった。
「その絵、もう一枚描ける?工房にお願いして、刺繍で作って貰いますわ」
「さすが翡翠だね。それなら隊服に付けられそうだよ」
「物々しい気もするが‥チームならそれも悪くないか」
「武家の家紋みたいでかっこいい」
翌日の夕方。刺繍された紋章四枚が翡翠から配られた。
「綺麗!凄すぎだよ、職人さん」
「縫い付けてみようよーー場所はどこにする?」
「左胸でいいんじゃないか」
「針と糸なら、人数分ここにありますわ」
「針は苦手だ‥少し曲がっても知らんぞ」
「そんなの問題ありませんわーーどうせ、直ぐ血で滲みますわ」
針を持つ三人の手が一瞬止まった。
四人が紋章を隊服に縫い付けていく。
「パパ上。寂しくなりますが、どうかお身体を大切に、それと悪い女にはくれぐれもお気をつけを」
「今、それを言うか?まぁそうだな、十分気をつけよう。長崎開業が落ち着くまで、翡翠も達者でな」
四人の胸には同じ紋章があった。
くのいちアイズ、その名の掲げる最初の旅が始まる。




