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くのいちアイズ  作者: 阿久理ヒロミ


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立志編 第一章 望まぬ試練 節二 新天地

項一 旅立ち


流星の段取りで碧英の葬儀が終わり、遺体は寺に埋葬され、朱里は焼け残った離れで過ごしていた。

これから私はどうすれば‥。

気持ちの整理もできず、碧英の遺志も理解できないままだった。

「碧英さんね、いつも朱里ちゃんを褒めていたのよーー剣の素質が凄いんだ。このまま精進すれば日本一の剣士にだってなれる。ってね」

初七日を迎えた日、参列した久恵の言葉に、朱里は背中を押された気がした。

「流星さん、お願いします」

翌日、里へ行く決意をした朱里が村を後にした。


幾つか山を越えたところにその里はあった。

農作業する大人、手伝う多くの子供たちが目に映る。

朱里は流星の案内で大きな屋敷の広間に通された。

挿絵(By みてみん)

「この村の長を務める白蓮と申すーー其方が朱里殿か?」

広間の上座、一段高くなった所に座す、白く長い髪と赤い瞳をした高貴そうな女が聞いてくる。

「はい、扇道場碧英の弟子、朱里と申します」

「其方の事は碧英殿より聞いておる」

静かな語り口調だが、圧も感じさせる人物だった。

「ここは影の縁という忍びの里だーー見ての通り、子が多い、戦で親を失った者たちだ」

白蓮が静かに言う。

そして驚いた事は、朱里を孤児としてではなく、忍びとして受け入れたいという事だった。

「其方には剣士として基礎がある、鍛錬すれば優れた忍びにもなろう」

「お待ちください、私は師より剣士になるべく修行を受けてきましたーー忍びというのは存外なお話です」

「いかにもーー誤解なきよう話すが、忍びとは其方が思うほど簡単ではないぞーー剣技も含めた総合能力が必要となる、剣を極めるだけでは及べないところーー碧英殿も思料された上で、其方をここへ向かわせたと思うが如何か」

師範が‥‥あの手紙にあったのは正しく生きよ。だけ‥それがここで修行をしろという事なのか‥。

即断ができなかった。

「無理には勧めない、よく考えながら里を見て回るとよかろうーー茉莉をここへ」

白蓮は仕えの男を呼んで指示を出している。

間も無く、広間の端に黒い忍び装束をした女が現れた。

「茉莉、こちらの朱里殿に里の案内を頼むーーそれから流星もご苦労であったーー朱里殿、気持ちが決まったら教えてもらいたい」

広間から白蓮と流星が出ていき、朱里と茉莉の二人だけが残された。


項二 里案内


「君、朱里っていうの、僕は茉莉十九歳、ここで忍びの修行してる、宜しくね」

挿絵(By みてみん)

「えっ、あっ、はい‥朱里、歳は十八です、こちらこそ宜しくお願いします、茉莉殿」

「堅苦しいよ〜同年代なんだし茉莉でいいよ、僕も君を朱里って呼ぶからさ」

茉莉が朱里を見てニコッと微笑む。

!?この人の目‥左右で色が‥違う?‥。

「ん?あぁ、この目の色の事ーー驚かしてごめんね、僕の右目は義眼だから色が違うんだよ、おかしいよね」。

「いえっ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ‥」。

「いいよ、気にしないで、そう言われるの慣れてるから」。

茉莉は調子が狂うほどサッパリとした人懐っこさだった。


「そっかぁ、小さい時に両親亡くして、今度は育ての親‥それでここに来たんだねーー僕もね、親が死んじゃってここに来たんだーーここ、子供が多いでしょ、みんな戦で親を亡くした孤児なんだよ」

茉莉から案内を受けながら周りを見回せば、その通りだった。

「茉莉‥は、ここで何をしているの?」

「あはは、まだ呼び方がぎこちないねーー僕は上忍になるため鍛錬を受けてる」

「上忍?‥って何?」

「そっか、朱里は聞き慣れてないよね、何て言うのかなぁ上級の忍びーー選抜試練っていうのがあってさ、すっごい厳しい試験なんだ、合格すれば一人前の忍びとして認めてもらえるんだよ」

「ふ〜ん‥剣術の免許皆伝みたいなものかなーーそれでその上忍になって何をするの?」

「悪い奴らをやっつけるんだよ」

「悪い奴らを‥‥それだったら剣を極めて武士になるのが一番じゃない?」

そう言った瞬間、茉莉の表情が険しくなったように感じた。

「武士は確かに強いと思うよ。けどさ、武士の戦いって世の表だけ、しかも真っ向勝負でしょーー本当に悪い奴って人目に触れず、世の闇に紛れているんだよーーだから、そういうヤツらを倒せる力が欲しいんだ」

ーーーーー。

「茉莉‥ごめんなさい、なんか私、嫌なこと聞いちゃったみたい‥」

「あ‥僕こそごめん‥朱里って優しいんだねーーいいよ、僕がどうしてここに来たのか、朱里にはちゃんと話しておくね」

ーーーーー。

二人は薪割り場の切り株の上に各々腰を下ろした。

「母さんは僕が生まれてすぐ死んじゃって、父さんが一人で僕を育ててくれたんだ‥父さんは武器工房の棟梁だったーー四年前の夜、工房が盗賊に襲われて、子供の僕だけが避難路へ逃がされ、残った父さんも他の人達も皆んな殺されてしまったんだーー後で判ったのは襲ったのが盗賊でなく、盗賊に扮した龍隠っていう傭兵集団だった事、そして龍隠の雇い主は太閤様と幹部、奴らは表で天下泰平を謳いながら、裏では龍隠を使って邪魔者を排除しているんだよ」

「それじゃあ、さっき言った悪い奴らって太閤様‥」

「本当の黒幕はわからない‥だから上忍になってそれも暴きたいんだ」

そんな過去を‥この人懐っこさからは想像もつかない話‥。

「話してくれてありがとう、辛かったでしょう‥それで仇討ちのため鍛錬をここで」

「うん、まぁ仇討ちってほど立派なものじゃないよーーただ僕みたいな思いをする子が一人でも減ればなって」

「いえ、十分に立派な事だと思います」

そう言って手を握り締めると、茉莉が朱里を不思議そうな顔つきで見ている。

「あれ、朱里もそうだったんじゃないの?ーーさっき朱里の話聞いてて僕と同じ龍隠の襲撃を受けたのかと思っていたけど違うの?」

「えっ?私は道場の火事で‥龍隠とか聞いた事もないし‥」

「な〜んだぁ、白蓮様が朱里を忍びに誘っていたようだから僕はてっきり‥ごめんね」

頭をかきながら立ち上がった茉莉が里の案内を再開し、それは夕方まで続いた。

「明日また迎えに来るよ、じゃあね」

割り当てられた朱里の部屋まで案内を終えると、茉莉は姿を消していった。


茉莉と別れた朱里が室内に入ると、食堂の案内図が置かれてあった。

龍隠‥どうして茉莉はそんな思い込みを‥。

食堂で夕食を食べながら考えてみる。

突然の火事で師範は逃げ遅れた、そう思っているけどーーでも、よく考えればおかしな点もある‥師範の側にあった刀、確かに師範の刀だけど普段置いている場所はあそこじゃない、それに鞘も無かった‥だから師範はあの場所で刀を抜いていた‥それはどうして‥遺書だって‥師範はこうなる事を知っていたような書かれ方にも読める‥。

漠然とした嫌な感じ、しかし考えすぎという思いもある。

結論の出ないまま部屋に戻り、濡らした布で体を拭くと、明日に備えて寝床に入った。


翌朝、食堂で朝食を済まし、部屋の前で茉莉と合流した。

「今日は鍛錬所を案内するよ」

茉莉についていくと、鍛錬所は里から出た小山に作られた施設だった。

「ここは一人で自主鍛錬したり、守備隊長達を敵役にして模擬試練をしたりするところだよ」。

「忍びってどんな鍛錬をするの?」

「そうだなぁーー模擬で任務を遂行するような感じ、例えば敵屋敷に潜入して密書を持ち帰れ、みたいなーーと言っても分かんないよね、ゆっくりやって見せるから一緒に付いてきて」

茉莉が外塀を飛び越えて屋敷内へと入っていく。

「袴じゃ無理だからさぁ、朱里は門から入っておいで」

茉莉は建屋の屋根裏から潜入し、書棚から書状を奪う、透かさず庭に出て、立てられた人形へ苦無を命中させると、朱里に向き直った。

「簡単過ぎだけどこんな感じ、後は苦無や弓の射的、剣術や槍術の実技、足運びや隠形術の習得、諸々だよ」

茉莉が服に付いた埃を払いながら近づいてくる。

「う〜ん、実際はこんな程度じゃないんだろうけどーー本当に実戦で強いの?私のような剣士相手でも戦えるの?」

「いい質問だね、まず忍びの目的は任務を達成して生還する、それが最優先だよ、戦うとすれば逃げる為か時間を稼ぐ為かな、それにむざむざ殺される気もないしねーー朱里って、剣術大会優勝したなら強いんでしょーー僕で真偽を試してみるかい」

茉莉は自身を指差し、挑発するように言う。

「分かった、竹刀とか刀の代わりになりそうなものある?」

「あるよ、僕は苦無の代わりに小石を使うね、刀か苦無か、先に相手へ当てた方が勝ちでいいかい」

「それでいい」

茉莉から木刀を受け取り、頷いて見せる。

一刀連撃で仕留める‥。

朱里と茉莉が構え、二人の間の空気が、ぴたりと止まる。

瞬間、速い踏み込みで木刀の刃先が茉莉を捉えるが、茉莉の体が僅かな差でそれをかわす。

それは想定内!。

透かさず二刀目を放つ。

しかし、それも僅差でかわされた。

三刀目を放つ直前、茉莉が朱里の胸と足へ石を同時に放つ。

その石を木刀で弾いていく。

「へぇ〜避けずに二個とも弾くなんて」

「茉莉こそ、その手の石、私が避けた方へ投げてトドメを刺すつもりだったんでしょ」

茉莉が石を持ち直す。

「ふ〜んーーそれじゃあ!これは」

茉莉が石を四個連投し、同時に石を弾く朱里の死角に入り込み、手にした五個目の石を突き入れてくる。

「させない」

木刀を振り下ろす。

二人の動きが止まる。

木刀が茉莉の首に、石が朱里の脇腹に当たっていた。

ーーーーー。

「あははは!引き分けってやつだよ、これーー朱里凄いね、どうして僕の狙う場所が分かったのかな」

石を持つ手を下ろした茉莉が笑い始める。

「いや、忍びと剣士、引き分けなら私の負けだ‥失礼な事を言って済まなかった」

朱里は木刀を下げて一礼した。

「そんな気にしないでよ、それより朱里って勝負になると人が変わるんだね」

「えっ?」

「一瞬で隙が無くなるし、勘が鋭くなってる気がしたよーーホントどうして僕の狙う場所が脇だと分かったのかな?」

「‥いや、その、何て言うか、そこに茉莉が見えたような気がして」

「凄い勘だな〜驚いた」

言いながら笑う茉莉。

負けた‥私のは勘が当たっただけ、茉莉の動きを追えていなかった‥。

自身の了見がまだまだ狭かった事を痛感させられた思いだった。


「それじゃあ、次は裏の山に行ってみようか」

進む先には鬱蒼とした木々、大きな池、小さな小屋などがある。

「この辺はね、敵に見つからない移動とか、気配の消し方とかを鍛錬できるんだーーちょっと見ててね」

茉莉は懐から先端に分銅の付いた紐を取り出すと、それをクルクルと振り回し、高い木の枝に投げて絡ませ、スルスルと身軽に紐を手繰るようにして登っていく。

更に回収した紐を別の木の枝に絡ませ、木から木へと移動して見せた。

「こんな感じで、なるべく人目につかないようにするんだーー後はね〜」

茉莉はその後も木々の中で姿を消して見せたり、橋桁の裏を辿って池の対岸へ移動して見せたりと、朱里を驚かせた。


里に来てから四日目、この日も茉莉は案内役をしてくれていた。

「聞いてよ朱里、銀次のやつがね〜」

「待って、銀次って誰?」

「え〜、朱里だって食堂で毎日会ってるじゃん、ご飯作ってる人だよ」

「ご飯作っている人って‥あそこなら私、女の人一人しか見た事ないよ」

「やっぱ、そうなるよねーーざ〜んねん、そいつは女に見えるけど男だよ」

「え!?‥‥‥‥」

「あははは!朱里、ここに来てから一番の驚き顔だね」

「嘘!あの長い黒髪の人よねーーそんなぁ、見るたび綺麗な人だな〜って思っていたのに‥男の人だったなんてーーはっ!まさか、それも忍術なの」

「あははは!そんなわけないよぅ、朱里って最高ーーあぁでも、あいつなら男なのにくのいちの色仕掛けも出来そうーーもうだめ、お腹痛い‥」

お袈裟に笑う茉莉、隣で朱里はムッとした顔つきでそれを見ていた。

‥でも‥何か楽しいな‥案内人が茉莉で本当に良かった‥きっと一人になると塞ぎ込んでしまう私の心を知っていて、気を遣ってくれているんだ‥‥早く私も前に一歩踏み出さなきゃ‥。

茉莉から力を貰えたような気がした。


項三 纏との模擬戦


「持ち方はこうーー投げ方はこうーーあの的を敵だと思って」

茉莉の笑いが収まった後、二人は射的場で苦無の投擲をしていた。

「凄いね茉莉、ほぼ命中じゃないーーこれも鍛錬の賜物なのか」

「まぁそうかな‥でも苦無はまだまだ、上には達人がいるからさーー可愛さなら僕が一番だろうけどね〜」

もう慣れた茉莉のおふざけである。

挿絵(By みてみん)

「誰が可愛いって茉莉、ん?」

いきなり背後から声が聞こえ振り返ると、右目に眼帯を付けた忍び装束の女が一人立っていた。

「あれ‥噂をすれば何とかってやつだねーー纏‥居るなら居るって言ってよ」

茉莉の知り合い?纏?‥全く気配がわからなかった‥。

「今日も鍛錬?ホント熱心だね纏はーー丁度いいや、紹介するね、この子は四日前に里へ来た朱里ーー今、里の案内をしてるところだよ」

「初めまして、朱里と申します」

「うんとね〜僕の友達で纏、さっき言った苦無の達人だよ」

「達人とか言うのはよせ茉莉ーー朱里と言ったか、コイツに関わると脳天気が移るから気をつけた方がいい」

「酷いな、そんなだから氷の女とか言われちゃうんだよ」

「もう一度言ってもらっていいか」

纏が腰の苦無に手をかける。

「やだよ〜ーーそんな事よりさ、折角だし朱里に苦無の投擲見せてやってよ」

「自分から言い出しておいてそんな事とは何だーーまぁいい、客人の前だから大目に見てやる」

何なんだろう‥この二人‥。

変に息の合った掛け合いが可笑しかった。


凄すぎる‥しかも片目なのに‥。

纏の放つ苦無の連撃に声が出なかった。

十字にも、襷にも自在に苦無を的に当てていく、しかも投擲の間隔が極めて短い。

あの間隔の連撃となると刀での防御はかなり難しそうだ‥。

「凄いでしょーー纏の苦無を受けてみる?朱里の勘と刀なら弾けるかもよ」

「出で立ちは剣士のようだが、刀で全て弾くと言うのか?」

茉莉の提案に纏が聞き返す。

「そうだよ、朱里は剣術大会で優勝してる強者だし、僕も対戦したけど勘が凄くいいんだ、相手として不足はないと思うよ、纏ーー苦無は六投まで、全て弾いたら朱里の勝ち、弾けなかったら纏の勝ち、速さ対決だね、これでどう?」

「どう言うつもりだ茉莉ーーまぁ、よかろう、望まれるのなら応じよう」

「だってさ、朱里はどうする?」

茉莉に続く異種試合‥これも試練か。

「お願いします」

模擬戦で使う刃の無い苦無と刀を、茉莉が用意して二人に渡す。

「じゃあ、僕は立会人ねーーでは、始め」

纏と朱里が構え、息をする音だけになる。

来る!!。

纏の左右の腕が同時に動いた。

二本の苦無が朱里の右肩と左足へ近づく。

ここは振り下ろす!。

既に別二本の苦無も朱里の右半身に迫っていた。

やはりか!。

振り下ろした刀を逆手に持ち替え、振り上げて苦無を捌いた朱里の左半身に、また新たな苦無が迫りくる。

これは!縦列!。

五投目と六投目の苦無は並列でなく、連結したような縦列で朱里に向かっていた。

五投目の苦無を弾き、咄嗟にかわした体の横を、六投目の苦無がすり抜けていく。

「勝者、纏」。

朱里がガクッと膝をつく。

「纏、容赦ないなぁ、一刀使いの相手にはキツいよ‥まぁ僕なら落とせたけどね」

「これは試合なんだ、容赦などむしろ相手に失礼というもの」。

「確かにねーー朱里も一刀でよく捌いたね」

茉莉から手を差し伸べられ、朱里は立ち上がった。

「私の負けだ」

「朱里、そんな気にしなくていいよ、実戦じゃ苦無は弾くより避けるのが正解だから」

「それならば茉莉、なぜこんな試合を提案したのか」

纏が言う。

「いやぁ、朱里に忍び的なもの、いろいろ見て感じてもらいたくてさ」

「変わらずお節介だな、お前は」

あんな投げ方まであるのか‥。

「茉莉‥茉莉は落とせると言ったが、どうやって落とすのか知りたい」

「えっ?まぁ落とすというか‥僕は双剣使いだから、あはは‥」

茉莉の目が泳ぐ。

「朱里、五投目まで見事だった」

「いえ纏さん、あれが実戦で、六投までという制限がなければやられていました」

「謙虚な姿勢は立派だが、ここでは敬称など無用、私の事は纏で構わないーーそれと流派があるなら聞かせてもらえないか」

「扇流剣術です」

「扇流‥‥確か三河家の剣術指南役だったか、なるほどーーさて、私は次があるからここで失礼させてもらうとしよう」

纏はそう言うと、早々に鍛錬所を出ていった。

「何か気に障ること、私言っちゃったのかな?」

纏の反応に違和感を感じ、茉莉に聞く。

「ああ‥それはね〜」

茉莉は口を濁していた。


項四 決意と忍び装束


夕刻、鍛錬所を出た二人は食堂に入った。

「ねぇ銀次〜」

「何だよ、今から忙しくなるんだから邪魔すんなよな」

挿絵(By みてみん)

うわっ全力、男の低い声だ!。

「相変わらずつれないなぁ、ほら隣の朱里がびっくりして目が丸くなってるじゃん」

「ああ、最近来るようになった子だね、朱里って言うんだ、俺は銀次、よろしくなーーあとさ、あまりコイツとは関わらない方がいいぜ、脳天気が移るからよ」

「な!お前まで言うか!女と紛らわしい格好した奴になんか言われたくないよ〜だーーもういいよ、邪魔しないからご飯二人分お願い」

茉莉と仲良いんだな‥ふふっ。

「ねっ男だったでしょう」

朱里はコクコクと頷いて見せた。

運ばれた食事を平らげた茉莉が楊枝を咥え、さながら親父のように寛いでいる。

「銀次って口は最悪だけど、ご飯は最高なんだよね〜嫁にしたいくらいだよ」

「嫁って、茉莉がお嫁に行けばいいのでは?」

「僕は無理無理、料理からっきしだし、包丁なんて武器にしか見えないし」

「あはは‥そうなんだ」

二人は言いながら膳を片した。

「ところで鍛錬所での続き、纏さんのこと聞いてもいい」

「やっぱ気になる?‥」

茉莉は一瞬だけ伏せ目になった後、顔を上げて話し始めた。

「纏の家って三河家専属の刀鍛冶でね、八年前に小田原で戦があって、その巻き添えで家族全員殺されたんだけど、なぜか纏だけが生き延びて保護されたんだよ」

茉莉は一呼吸おいて話を続けた。

「纏を保護したのは忍びの者で、纏の家族を殺したのは賊の仕業だと聞かされた。だから纏は保護された先で、仇討ちのために忍びの修行をしていたんだけど‥」

「だけど?」

「真実は違っていたんだ。纏の家族を殺したのは龍隠。そして纏を保護したのも龍隠。それを知った纏は四年前に脱走してここに来たんだよ」

「ひどい‥そんな事って‥」

「そして、ここからが大事な部分だよ。僕の家も三河家専属の武器工房だったんだーーさっきの纏の反応‥もうわかったよね」

両方とも三河家専属の仕事をしていた‥!?。

目を見開いた朱里を見た茉莉が、更に言葉を足す。

「おそらく龍隠は三河家の関連施設を狙って壊滅させているんだよーーだから朱里の流派を聞いた纏の反応がああなったんだ」

「まさか‥師範からそんな話聞いたこともな‥」

それが‥あの遺言状‥‥確かに三河家の指南役をしていたし、それで数日、家を空けることも多々あった‥それじゃあ、あの火事は事故ではなかったと‥。

「今はただの可能性でしかない、朱里に気になる事が無ければ違うかも知れないし」

「‥ある‥」

「そう‥なんだーーじゃあ、また明日迎えに来るよ。ゆっくり考えたいでしょ」

食堂を出て茉莉と別れ、一人で自室に戻った。

あの日、道場で何が起きたのか知る由もない、手掛かりはこの遺言状だけ‥だから里へ行けだったのか‥正しく生きよって、戦うも引くも自分の意志で決めろって事なのか‥。

碧英の顔が浮かぶ、考えが堂々巡りしていく。

確かめるしかない‥。

朱里は硬く目を閉じ、布団に潜った。


「その決心、承知した、心して対するように」

忍びの鍛錬を受ける、朱里からの返事を聞いた白蓮が上座から答える。

白蓮は手を叩き、仕えの男を呼んだ。

「朱里に忍び装束一式を手配するようにーー識別の色は何色が残っているか?」

「はっ、識別色は臙脂色と山吹色、橙色があります」

「朱里、今聞いた三色の中で好きな色を選ばれよ」

「では‥臙脂色をお願いします」

白蓮が仕えの男を見る。

「承知いたしました、直ちに」

「頼んだぞーーそれと纏と茉莉をここに呼ぶように」

頭を下げ、仕えの男が出て行って直ぐ、纏と茉莉が朱里の隣に現れた。

「改めて申し渡す、纏、茉莉、そして朱里の三名は本日より選抜試練に向け、教官を付けるゆえ、日々鍛錬に精進するように、よいな」

「はっ!」

三人が同時に返すと、そこへ仕えの男が忍び装束を持って朱里の前に現れた。

畳まれた黒い装束、その襟元と帯、首巻が臙脂色のものだった。

「纏、茉莉、朱里を頼む、朱里は早く纏と茉莉に追いつくようにーーそして今、其方らの前に居る者が教官の仁景となる」

「仁景と申す。手加減はなし、必ず上忍へ育てましょうーー早速だが三人揃って鍛錬は明日早朝より行う。各自は備えるように」

教官となる仁景は、朱里に忍び装束を渡した仕えの男だった。


その後、白蓮の号令で解散となり、朱里は自室で装束の着方を二人から教わっていた。

「朱里もこれで正式に僕らの仲間だね、忍びの組って最低三人必要なんだ、だから三人揃わないと選抜試練も受けられなかったんだよ」

「茉莉の言うとおり、これからは三人一蓮托生だ」

「ありがとう‥私が三人目って言う事ですよね、選抜試練って受ける人が少ないんですか?」

「孤児となって里に来るものは多い、だが武術経験等はほとんど無い、経験があっても白蓮様の目に適わなければならない、対象年齢も十八歳以上だ、だから受けられる者は非常に少ない‥私も茉莉も二年待っていた」

「纏も僕もここに来る前から忍びの訓練受けていたからね。でも三人目が朱里で良かったよ」

「結構待たされたんだ‥でも私は忍び経験全く無いけど大丈夫なのか、正直不安はあるけど」

「そこは大丈夫だよ、最低三人組って言ったでしょ、これには意味があってさ、基本的には諜報、分析、戦闘の役割があるんだ」

「身軽な茉莉は諜報を、私が分析を、剣技のある朱里なら戦闘向きだろう‥得意と武具も双剣の茉莉が速攻、苦無の私が遠隔、長刀の朱里が撃破と被っていない」

「お互いが得意を発揮して、苦手を補い合って戦うんだ、だからね、そんな心配はしなくていいよ」

二人の言葉に救われる思いがした。

挿絵(By みてみん)

「いいよ、朱里、サマになってるじゃんーー臙脂色も似合ってるよ」

忍び装束を着た朱里を見ながら茉莉がはしゃぐ。

「僕もこの藍色と臙脂色で悩んだんだよね」

「私は黒一択だった」

「識別色ってこういう事なのかーーそれにしても‥何かこれ‥ずっと袴だったから股がスースーするような‥慣れないからかな‥茉莉を見てて何とも思わなかったけど、自分が着るとちょっと恥ずかしい‥かも」

「直ぐに慣れるよ、鍛錬に入れば、逆に動きやすくて見直すと思うな」

「その通り。忍びは闇、我々を見る者がいるとすれば、それは即ち敵。無用な心配だ」

ーーーーー。

「では早朝、鍛錬場で会おう」

纏と茉莉は部屋を出て行った。


項五 仁景の説明


「遅れる者なく揃ったな。改めて言う、私が三人を担当する教官の仁景だ。普段は里の守備隊長をしているーーでは初めにこの鍛錬の目的、選抜試練の内容を説明しておく」

挿絵(By みてみん)

上忍装束を纏った仁景が三人の前に立っている。

「選抜試練は単独試練と連携試練の二種で行う。単独試練は個々の技量を試すもの、武術、捜索、索敵、潜入、潜伏の五項目をーー連携試練は与えられた模擬任務を条件内に遂行するもの、それが合格条件となる」

選抜試練、まずはここを突破しないと始まらない、と言うことか。

仁景が三人を見回しながら更に言う。

「纏と茉莉には今更の話だが、朱里のためにここで話しておくーー選抜試練で想定される敵は龍隠だーー龍隠とは狩野開成が飼う影の傭兵集団だ。幹部は四凶と呼ばれる四人。水鱗、焔爪、空烈、金剛。奴らは表には出ぬ。だから我ら影の縁が討つ」

龍隠‥どんな連中なのか‥。

「この鍛錬で、私が合格を出さなければ選抜試練には挑めない。心して掛かるようにーー先ずは今の実力を見せてもらう」。

今日が新しい私の第一歩だ。

朱里は手に持った長刀を握り締めた。

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