勝利と虚無編 第五章 最終決戦へ 節二 信ずる正義
項一 誰の正義
「来たのは二人だけか、随分と舐められたものだなーーまぁ良かろう、名くらい聞いてやる、名乗れ」
上座でどっかりと座った開成が言う。
その姿は黒の和装、濃い紫色で亀甲柄の羽織、長い黒髪を後ろで束ね、灰色の瞳と左目尻から左上唇にかけて刀傷があった。
「名は朱里」
「翡翠ですわ」
二人が名乗る。
「貴様の野望を終わらせに来た」
朱里が言い放つ。
「野望?それは違うな、この国を守る為に必要な導きだ」
開成がゆっくりと立ち上がっていく。
朱里と翡翠が身構える。
「近い将来、真の脅威は異国だ。この国は奴らから既に狙われている。奴らのいいようにさせない為には、この国が強くなる事こそが最重要。大義達成に犠牲が伴うのは世の常、命の一つ二つ惜しむ事では無い」
言いながら開成が近づいてくる。
朱里の脳裏を碧英、茉莉、纏、仁景、銀次、白蓮、多くの顔が次々と過っていく。
「断じて違う!そうであっても消えていい命など無いはずだ!」
朱里が刀を抜いていく。
「私は知ってますの。異国だって全ての人が悪ではないーーそしてお前も嘘を言っていますわ。お前の心は人を死なせる事を良しとなどしていませんわね」
眼色が濃くなった翡翠が、綱糸と苦無を構えながら言う。
「覚悟の無い者ほどそう言うものだ。人一人の命が世界の全てのように喚くーー国が滅べば一人の命どころだはないと言うのにな。一人を救って国が滅んだら本末転倒であろう」
「国が滅ぶと言うのなら、その時は国のために戦うまで」
「では聞こうーー国のために戦っても人は死ぬぞ。結局そうやって戦い続ける限り、人も死に続けるのだーーだから覚悟を決めて国を強くする。国が強ければ侵略も内乱も起きない。結果として、お前達が喚く人の死なない世界が実現される事になるだろう」
「そうかも知れないーーしかし、それが国の為なら人の命を見捨ててもいい理屈にはならない」
「ふん。舎人の老いぼれ達と同じような事を言うやつだなーー戦乱の世になった理由をお前らは知っているのか」
「各国の大名が覇権を欲し、争ったからだ」
「合ってはいるが正解ではないなーー正しくは中央が弱かったからだ。時の将軍が個の利に執着し、全体の利を軽んじた結果に過ぎない。中央の統治が強固である時に、騒乱が起きないのも世の常、昔から変わっていない。だからこそ世が乱れつつある今、国の強化が必要なのだ」
「開成、お前に愛する者はいないのか」
「そんなものは、とうの昔に覚悟と引き換えに捨て去っておるわ」
譲れない三人の主張がぶつかり合う。
「その赤目ーー朱里とやら、お前が扇の竜眼使いか」
開成が眉を顰める。
「もう話は終わりだ」
暫く朱里を直視していた開成が、徐に刀を抜き始めた。
「決裂という事ですわね」
「必ず止める」
開成の抜刀撃、朱里と翡翠の連撃、刃を弾き合う音が響き渡っていく。
竜眼の感覚が掴めない。翡翠との練習では掴めるようになっていたはずなのに‥。
なぜ竜眼が発動しない‥奴が同じ竜眼だからか‥だが奴からも竜眼を感じない‥。
変ですわね。どちらも竜眼が発動していませんわーー竜眼は竜眼でしか倒せない‥つまり竜眼同士だと、お互いが打ち消し合って力を無効化するからでは‥。
「この程度の剣技でよく生き残れたものよな」
「まだだ!扇流連斬!」
「援護しますわ」
「ふん、どっちもわかりやすい動きだ」
お互いが竜眼を使えないまま、それでも開成は圧倒的な剣技を見せつけ、徐々に二人を追い込んでいく。
「朱里、竜眼が出せないのでは」
「出せない、うまくいかない」
「やはりーーそれは開成も同じようですわね。おそらく竜眼同士ではどちらも力を使えないのですわ」
「それでダメだったのかーーということは」
「ええ、純粋に剣同士の戦いになりますわ」
「それでも奴の剣技は相当厄介だ、隙がない」
「こちらは二人、連撃で隙を作るしかありませんわね」
翡翠が苦無を投げながら開成を左右に揺さぶる。
開成の動きを予測して朱里が斬り込むが、開成はそれにも反応してくる。
「二人揃ってもこの程度なのかーーもうよかろう、終わりとしよう」
マズいですわね‥埒があきませんわ。長期戦ではこちらが不利‥奴の動きをどうにかして鈍らせないと、朱里に勝機がありませんわね‥。
「まだ私達の全力も見ていないのに、早計な方ですわねーー朱里、いきますわよ」
翡翠が開成の左右に苦無を連投すると、透かさず朱里が斬り込んでいく。
「何度やっても同じだというのが判らんのか」
開成の刀が苦無を弾き、朱里の斬撃から身をかわす。
その瞬間、開成の頭上へ跳ねた翡翠が、苦無を連続して投げ下ろす。
上からなら避けるしかないはずですわ‥。
「朱里!」
開成が苦無を避けた先へ朱里が再び斬り込み、翡翠が開成の背後に降り立つ。
「覚悟ですわ」
朱里の刀を払った開成の背中に、翡翠が抜いた短刀を突き入れた。
「この程度、甘いわ。抜刀術奥義不知火!」
瞬間、姿勢を落とした開成の体が反転、振り上げた刃先が翡翠の胸を切り裂き、突き入れた翡翠の短刀が宙を舞っていく。
斬られ、仰け反った翡翠の目が開成を見下ろし、口元がニヤリと笑う。
「何だと‥」
翡翠が上から放った苦無には綱糸が繋がれてあった。
退こうとした開成の背中に綱糸が絡みつく。
開成の動きが僅かに鈍り、体を屈めた翡翠がその左腿に毒苦無を刺した。
「翡翠!」
朱里が斬撃を入れ、開成が身を引いた瞬間に翡翠の体を引き戻す。
翡翠の深緑色した瞳が瞼で閉ざされていく。
「翡翠!」
翡翠の斬られた隊服から血が滲み出し、翡翠からの返事はない。
抱いた朱里の掌が血で赤く染まり始める。
翡翠を寝かせた朱里が立ち上がり、無言で奥義の構えに入る。
「小賢しい真似をするではないか」
毒苦無を引き抜いた開成もまた奥義の構えに入っていく。
音も空気も止まったような感覚だった。
継ぐよ茉莉。守るよ纏。無駄にしないよ翡翠。だから私は‥。
構える朱里と開成の間を微かな風が吹き抜けた。
「扇流剣術奥義ーー閃光斬!!」
「無駄だ!抜刀術奥義ーー不知火!」
踏み込み音と共に朱里と開成の体が交差し、両者ともに刀を振り抜いていた。
「馬鹿な‥俺以外に誰が背負える‥この国を‥守る覚悟もない者が‥何を語る‥」
開成の中をさまざまな思いが通り過ぎていく。
この国の民が殺されたのに、相手が異国人だから我慢しろというのか!
害しかなさない将軍を是とする、あんたら舎人の都合のいい考えになど従えん!
誰も変えないなら、俺がこの手で変えるだけだ!
我ら龍隠は世を変えるため長信様の影になる!
長信様は未来が見れても足元が見れんのだ、我らは天下泰平を目指し豊秀様につく!
豊秀様、明光が本能寺で謀反を起こす、これを利用して天下を取られよ!
今こそ異国に我が国の力を見せる時、朝鮮半島へ出兵するべきかと!
世を乱す大名ども、勝手はさせない、全て粛清するのみ!
‥‥いつも世を乱すのは欲望の亡者たちだ‥‥。
静かに開成の体は崩れ落ちていった。
ーーーーー。
同じ頃、里の伝令が岐阜城に向かって、ひた走っていた。




