勝利と虚無編 第五章 最終決戦へ 節一 岐阜城潜入
項一 思い
陽も暮れた夜の静けさの中、朱里と翡翠はくのいちアイズ結成後から四人で過ごしていた部屋で、敷く事がなくなった二組の寝具、その上に置かれた茉莉と纏の隊服を見ていた。
残った者が望みを継いで‥と茉莉は言った。
後を頼んだぞ‥と纏から託された。
朱里も翡翠も無言のまま夜は更けていった。
大広間では白蓮が一人、神棚に向いていた。
開成‥。
代々より将軍に仕え、護衛補佐を使命としていた舎人の一族。
開成も白蓮も同じ舎人の里に生まれし者だった。
=彼奴は若きより異国の侵略を危惧しておった。ただ権力に執着するだけの将軍と、その将軍をただ守るだけの舎人のやり方にも不満を持っていたのじゃ。十七歳の時、彼奴に竜眼が発現した。得てはならない力を得てはならない者が得てしまった。彼奴は掟を破り舎人へ反旗を翻し、里を出て行ったーー彼奴の憂いは理解もしよう。だが彼奴の国家至上主義は危惧すべき思想。国を守るために国を壊してはならぬ。舎人の者が世を乱すなら、その時は白蓮、お前が止めるのだ=
白蓮の脳裏を、幼き頃に舎人の老師から聞かされた記憶が過っていく。
竜眼は竜眼でしか倒せぬと聞くーーそうであるなら開成を止められるのは朱里だけーーもはやこれが定めなのか‥。
白蓮は大広間を出て行った。
里内の再整備が進む中、二人に白蓮からの召集がかかった。
「新しい任務を伝える。おそらく龍隠に対しては、これが最後の任務になるであろうーー其の方らは龍隠本拠地岐阜城へ赴き、狩野開成討伐を命ずる。里の命を其方らに託すーー頼んだぞ」
翡翠が上段に座る白蓮と、横に居る朱里を見た。
「承知ですの」
「それと其方らに伝えておくべき事があるーー開成の事だ。彼奴は竜眼を使う」
二人が顔を上げて白蓮を見た。
「そして朱里ーーあまり自覚がないようだが、其方の眼にも竜眼が発現しておる」
‥私に?‥竜眼が‥。
「竜眼とは竜の眼と体、それは先読みと神速の力を意味する、数十年に一人と言われる稀少な眼ーーそれがこの時代に二人居るのだ」
思いもしない白蓮の話に朱里が翡翠に顔を向けると、翡翠は静かに頷いた。
「竜眼は竜眼でしか倒せぬ、という言い伝えがある。しかし、その真偽を知る者は誰一人おらんーー開成と対峙した時は心して臨むように」
「心得ましたわ」
翡翠が答える。
「詳細については上忍部屋で、仁景より指示を受けるようにーー以上」
「はっ」
二人が大広間から出ようとした時、白蓮が二人を呼び止めた。
「翡翠、そして朱里ーー必ず生きて戻るだぞ」
静かな声だった。
「心得ておりますわ」
「必ず生きてここに戻ります」
二人は大広間を後にした。
ーーーーー。
「貴女の眼の事、白蓮様も気づかれていましたわね」
「竜眼とか言われても‥正直よくわからない‥」
「貴女に魔眼とは違う眼が発現している事は気づいてましたけど、やはり竜眼でしたのねーー纏は貴女が水鱗を倒した時から、私は焔爪を倒した時に気づきましたわ」
「だとしても、今の私はそれをきっと使いこなせていない」
「そのようですわね」
ーーーーー。
上忍部屋では裸の上半身を布で巻かれた仁景が、奥の部屋で横になっていた。
「仁景殿」
「朱里、翡翠も一緒か。すまんな、こんな格好で」
「傷の方は大丈夫ですの」
「傷は何とかなーー二人がここへ来たと言うことは、岐阜城へ行くんだな」
「はい、先ほど白蓮様より、そう言われました」
「そうかーー少し待て。今そっちへ行く」
起き上がった仁景が、奥の部屋から出て、卓に着く。
「ーーまずは知っての通り、先日、龍隠の侵攻を受けた。辛うじて撃退はできたが、里は纏と守備隊の半数以上を失った。再び侵攻されると、今の里の戦力では撃退できない」
「龍隠側の動きはどうなっていますの」
「龍隠にしても四凶の三人まで失い、最後の金剛は播磨国にいる。だから早期の再侵攻は無いと考えているーーだから、この機にこちらから岐阜城に侵攻して開成を倒す。それでしか、里の民を救える手立ては無い」
茉莉と纏の顔が頭の中を過っていく。
「うん。そうだね」
「わかりましたわ。その段取りを伺ってもよろしいかしら」
「そうだな。では先ず、岐阜城へは二人の他に流星とシスターズも行く。一両日のうちに流星らが里へ戻る予定だ。合流してからの出立になるだろう」
「流星さん達が戻ってくるのですか?」
「そうだ。そして岐阜城へは伊勢国から養老山脈経由で進み、長良川で二手に分かれて岐阜城へ向かう事になる」
「二手に分かれるなら、陽動作戦ですわね」
「その通り。流星らは闇に紛れて城下へ入り、城正面から攻撃を仕掛けて城の守備隊を撹乱する。二人は城裏手の断崖を登り、撹乱の隙に物見櫓の死角から天守へ潜入だーー開成はその天守に居る」
「岐阜城を視察した時、警護はかなり厳しかった。流星さん達はシスターズ入れて五人です。危険過ぎませんか?」
「二人が天守で開成を討つまでの時間稼ぎだ。流星らには南蛮からの最新大筒も持たせる。こんな体にならなければ、私も行けたのだが‥すまん」
「大丈夫。あの五人ならきっと、どうにかしてくれますわ」
「私もそう信じている。出立して岐阜城までの段取りは流星らが戻ってから決めることにしよう」
ーーーーー。
上忍部屋を出た二人は食堂に入って行った。
二人が席に着く。
「なんか、いろいろと散らかっているな」
「この中でも戦闘があったようですわね」
朱里は誰も座っていない空席をぼんやりと見ていた。
いつもなら、ここで茉莉が纏にちょっかいを出しているのに‥。
すぐに厨房から銀次が出てきた。
「よう。お二人さんは無事だったんだな」
「肝心な時に里を守れず‥すまなかった」
「そこは気にしちゃダメだぜ朱里ちゃんよーーあんな事が‥‥」
銀次が天井を見上げた。
「あんな事が有った後なんだ、無理もねぇさーーでもよ、だからこそ、やっぱり奴らとは決着をつけねぇとな」
「わかってる、そのつもりだ‥」
そう言った朱里が、下を向いて唇を噛む。
「あら?銀次様、その左肩はどうされましたの?」
上衣の下、銀次の左肩にも仁景と同じ、手当てで巻かれた布が見えていた。
「ああ、これかーーあの日、ここでチビ連中を匿っていたらよう、奴らが入ってきてなーー撃退はしたが喰らっちまってよう、この様だ、情けねぇ」
「守備隊じゃないのに‥守ってくれて、感謝する」
「お怪我されているようですし、無理はされませんよう。私達は南の食堂へ行きますわ」
「あん?大丈夫だぜ、右手がありゃ包丁は持てるから心配すんなーー蕎麦でいいか?」
「それでしたら、お任せしますわ」
銀次は厨房へと入って行った。
「この任務、成否は私たち二人にかかっていますわね」
「うん‥でも勝てるのかな、開成なんかに‥」
「勝つしかありませんのよ、朱里」
「私の知る中では、竜眼には魔眼のような制約がありませんの。竜眼対竜眼となれば、おそらく開成の方に分があるでしょうねーーそれでもこちらは二人。連携さえ出来れば勝機は必ずありますわ」
「‥私はまだ竜眼の感覚すら掴めていない‥」
「同じかどうかは分かりませんけど、魔眼を使う感覚なら教えられますわ。流星様たちが戻るまで、いろいろ試してみましょう」
「お前たち、その格好は一体?どういうつもりだ」
「流星が言ったんじゃん、あたし達には色気が足りないってさぁ」
流星とシスターズは里の教会に戻ってきていた。
「だからって、これは無いだろう。お前たちシスターなんだぞ」
これまでシスターズが着ていた長袖、裾の長い修道服が様変わりしていた。
袖なし、裾は股下一寸ほどしかなく、太腿までのタイツをガーターベルトで止め、ブーツを履いている。
「どうさ?少しはあたし達を見直したか流星」
仁王立ちする夏の横で、秋と春がモジモジし、冬はただ腕を組んでいた。
「秋も春も、夏に無理やり着せられたんじゃないのか」
「違いますーーす、すごく恥ずかしいですけど‥任務のためだから‥」
「私も同じです、任務のためなら覚悟します」
「俺は裸でなければ、何でも構わない」
「俺はって、男みたいな話し方は直せと言っているだろう、冬」
「無理やり着せるとか、あたしがそんな事するわけないじゃん」
四人を見て、流星が大きくため息を吐いた。
「それでーーその任務のためってやつを、誰が説明してくれるんだ?」
「あたしが教えてあげるよ。名案過ぎて驚かないでよね、流星」
夏が流星の傍まで行き、説明を始めた。
ーーーーー。
「本気なのか?お前たちーー夏と冬はともかく、秋も春も本当に耐えられるのか?こんな作戦を」
「‥ぎりぎりかも‥ううん、ダメかもしれない‥でも頑張ります」
「死にそうな作戦ですけど、私たちに出来る最大の効果は望めそうですから、やり切ってみせます」
「お前たちがそれで構わないなら、これ以上は言うまいーー男としては認めたくはないが、どこまでいけるかはお前たち次第だぞ」
「それじゃあ、これが成功したら、あたし達を見直すって事だな」
「成功したらな」
翌日、二人は上忍部屋へ呼ばれた。
「来たな二人とも、これで全員揃ったかーーでは、始めよう」
上忍部屋へ入ると、仁景、流星、シスターズが既に待っていた。
「岐阜城への行き方は説明した通りだ。残るは長良川からの段取りと、開始と完了の合図だな」
「先ず長良川で逃走用の舟を確保しておく。それができたら、我らは夜のうちに城下へ入り、城正門へ移動する。二人は城裏手の断崖から天守を目指して貰えばいいと考えている」
「よろしいですわ。それで陽動開始の合図は?」
「明け方、東の山より陽が昇ったら砲撃を開始する。それが合図だ」
「日の出を待つのですか?闇に紛れた方が幾らかでも有利なのでは?」
「あれだけの城守備隊になると、正攻法では夜でも昼でも、難攻な事に違いはありません」
「大丈夫だよ、朱里。あたしらの考えている奇襲には明るい方が、かえって都合はいいんだ」
「城裏手は物見櫓からも死角。それなら翡翠も朱里も少しは明るい方が、断崖を登り易いのでは?」
「そこは秋の言う通りですわ。でしたら明け方、砲撃を合図に開始ですわねーー任務を完了した時は、こちらから狼煙玉をあげますわ」
「承知した。それとこれは念のためだが、任務中断となった時は長良川に再集結でいいか?緊急時もそこから舟で川を下る」
「わかりましたわ。では出立は明日早朝でよろしいのかしら?」
「問題ない」
「話はまとまったようだなーーそれなら流星、これを渡しておく。例の組み立て式の大筒だーー五つの行李に分けてある」
「すまないな。玉は何発ある?」
「五発だ。各行李に一発ずつ入れてある」
「分かった。それで十分だ」
「朱里と翡翠の行李はこれだ。中には断崖を登るための藁草鞋に、熊手と坪錐が入れてある」
「貰っていきますわ」
七人は上忍部屋を出て行った。
静かな朝。
目覚めた二人が布団を畳み、隊服を着る。
二人の思いは同じだった。
朱里が纏の、翡翠が茉莉の首巻を手に取り、見つめている。
「纏、一緒に行こう」
「最後の戦いですわ、茉莉」
二人が首巻を静かに巻いていく。
決着をつける‥。
武具を付け終え、顔を見合わせる二人の目に迷いは映っていない。
小さく頷き合った二人が部屋を出ると、外では黒の聖職衣を着た流星とシスターズが待っていた。
「それでは、行くとしようか」
七人は岐阜城へ向けて、里を出立した。
項二 決戦の狼煙
重い行李と軽い行李を、七人で持ち回りしながら峠を越えていく。
出立して三日目。
七人は岐阜城の北側、長良川沿いを進んでいた。
「あった。これだ」
葦原に隠されてあった小舟を流星が見つけた。
「こんな舟、いつ調達しましたの?」
「これは一月ほど前、こっちにキリシタンを逃した時に使った舟を隠しておいたものだ」
「国中を回ってますから、キリシタンの伝手には困らないのよ」
「そういう事ですのね。秋は商人に向いているのかも知れませんわ」
「では今夜決行する。それまではここで休んでおくとしよう」
月明かりも無い夜。
「では、ここで一旦別れようーー必ず開成を倒し、戻って来いよ」
「流星さん達にもご武運を」
流星達は城下へ向かい、闇に姿を消していった。
「私たちも参りましょう、朱里」
ーーーーー。
「音を立てると気づかれますわ」
「かなりの断崖に見えるけど‥」
「これは秋の言った通り、目が利かないと登るのは至難ですわね」
「この断崖の上が物見櫓、その上が天守か」
「そうですわ。藁草鞋に履き替えて、ここで静かに夜明けを待ちましょう」
ーーーーー。
夜明けが近づき、東の空が白み始めていた。
「私が先行して縄を下ろしますから、朱里はそれ伝いに登ってきて」
翡翠が熊手と坪錐を使い、器用に断崖を登っていく。
断崖を中ほどまで登ったところで、生えた木の幹に縄を繋いで下へ垂らす。
下では朱里が、その縄を伝って断崖を登り始める。
東の山から陽が出る頃、二人は断崖を登り切り、物見櫓の下まで到達していた。
ーーーーー。
「いつでも撃てるぞ」
その頃、城の正門前では木陰に潜んだ流星達が、組み立て式の大筒を組み上げ、冬が発射準備を終えていた。
「正門付近の警護は二人だけだな」
流星の魔眼が城内の様子を透視していく。
「そろそろ始めよっかーー皆んな準備して」
夏が聖職衣を脱ぐと、その下は露出の多い修道服姿だった。
「できればやりたくはないんですけど‥」
「本当にそれやるのか、夏」
春の嘆きを聞いた流星が夏を見た。
「決まってるでしょ」
そう言い切る夏の横で、冬が黙って聖職衣を脱ぎ捨てていく。
「お日様も登ったしーーそれじゃ、始めちゃいますか」
静寂に包まれた朝の空気に、大筒の爆音が響き、城の正門が大破した。
「合図がきた」
「こちらもいきますわよ」
二人が一気に物見櫓まで上がると、櫓番二人は爆音の聞こえた正門に気を取られていた。
難なく手刀で櫓番を気絶させると、ボロボロになった藁草鞋をブーツに履き替えてから、屋根伝いに天守へ向かい、高窓から本丸城内へ潜入していく。
城守備隊が早朝の砲撃に混乱している間、流星達が次々と門を大筒で破壊し、広い千畳敷へと入っていく。
そこは周囲を足軽の詰所、矢や鉄砲の狭間に囲まれた広場である。
「ここまでかーーどうやら完全に囲まれたようだ」
流星の魔眼が城守備隊の配置を透視していた。
「いいよ大丈夫。ここならいけそうだよ。ここを舞台にしよーーそれじゃいくよ!シスターズ」
四人は四方向に分散すると、包囲する城守備隊に見えるように妖しく、体をくねらせながら妖艶な踊りを始めた。
「何だ?あいつらはーーバテレンの女か?」
「たった五人?しかも四人は女ーー砲撃してきたのは奴らじゃないのか?」
「わからんが何なんだ、あの如何わしい着物と踊りは」
「見えそう‥いや、見えてるんじゃないのか」
「どこの敵だ?何を考えている?戦う気が無いのか、あいつら」
「でも、なんか畜生め!目が離せねぇ」
包囲している城守備隊が、シスターズの踊りを不思議顔で見入っている。
「いい感じじゃないか、どんどん繋がっていくのがわかるよ」
「いつまで踊ればいいの?この視線、もう私、耐えられないかも」
「踊りは春の得意分野だろ」
「そうだけど、恥ずかし過ぎる」
「流星、いつ撃てばいいの?」
「夏!お前の作戦通り、連中はお前たちに目が釘付けだ。いつでも撃てるぞ」
「よっし!いくよ皆んな」
四人が同時に剣を抜き、剣先を地面に向けて構えていく。
「いくぞ!雷撃!」
夏の掛け声と同時に、四人が膝を着くようにして剣を地面に突き立てた瞬間、剣から地面に電光が走り、視線を辿って走り出す。
「ぐあぁぁ!」
詰所や狭間から、男達の悲鳴が千畳敷に響いていく。
少しするといろいろな場所で、刀や鉄砲を手にした城守備隊が倒れていた。
沈黙した千畳敷で、夏が流星に振り返り、ニヤリと笑う。
その横で秋と春がへたり込み、冬は何事もなく立ち上がり、服の埃を払っている。
これがシスターズの魔眼雷撃。
視線で繋がる相手を地表から一斉に電撃する攻撃、その威力は繋がる視線が多いほど強力になるものだった。
「こっちの仕事はほぼ完了だーー朱里、翡翠、絶対に死ぬなよ」
本丸城内に潜入した二人は、大広間の前に立っていた。
「ここが最後の部屋だ」
「いきますわよ、朱里」
襖を蹴り倒し入った先には、一段高い上座でどっかりと座る男の姿が見えた。
「来たか。白蓮の雌犬ども」
その男は不適な笑いを浮かべていた。




