34.昔話
「俺にとってはつい昨日の事のようだが、人間のお前にとってはずいぶん昔の事だろうな……。お前がまだ幼かったころ、そう10歳の誕生日になる前だったか、お前の母親は悪魔を呼ぶ儀式を行った」
その言葉に思わず目を見開いて、クロックを見る。しかし、クロックは視線を上げることなくそのまま話し続けた。
「だが、儀式は不完全のまま終わった。お前の母親は悪魔を召喚する対価に、人間3人分の魂を捧げた。その3人分の中に、母親の魂も入っていた」
母を含めた三人分、そこに思い当たるのはあの日の遺体、父と母、そして愛人……。
「自分が死んだら願いが分からないんじゃ」
「その通りだ。悪魔を呼ぶ儀式など、願いの大小によるとはいえ大抵は獣の血肉で十分だ。それが、人間の魂3人分などあまりに大きすぎる。
こちらもそれなりの対価を用意せねばならない。だというのに、お前の母親は願わずに死んだ。だが、俺を召喚した時点で契約は成立したも同然だ。こちらから反故にすることもできない。
困った俺はお前の母親の魂を呼び出し願いを聞き出した。それが、娘のルイーゼの願いを叶えてやって欲しい。それが、お前の母の願いだった。お前を置いて死んだことの罪滅ぼしだそうだ」
クロックの言葉に唖然としつつも、ふつふつと腹の底の怒りが沸き上がる。
「何を勝手な……」
「あぁ、実に勝手な母親だな、だが、願いを聞いた俺はそれを受け入れた。そして、その娘の行方を捜索し始めたわけだ。
奴隷商に売られ、闇市のオークションにかけられた元貴族の娘は、高級売春宿に落札されたと突き止めたのは、お前の母親が死んでから既に2年がたっていた。これはもう娘が生きているかどうかも分からないと思いながら、海を渡りその売春宿に行ってみればなんと、その店は焼け落ち灰になっていた。
まったく、お前を探すのにとてつもない労を要したぞ、そこからまた2年、捜索をしてようやく見つけたお前は、隣国のスラム街の薬屋の老婆の元で裏家業の仕事をしていた」
そう言うと、フッと笑うクロックがこちらを見据える。
「なっ…何…」
「俺がお前の姿を見た時、何と思ったと思う?」
「えっ……みすぼらしいガキとか…?」
「違うさ、最高に面白い人間を見つけたと思ったよ」
分かるわけあるか…と、心の中で突っ込みを入れつつ、ジト目でクロックを見る。
「そう怒るな、俺が願いを叶えてやるまでもなく、お前は自分の力で己の未来を切り開いて進んでいた。こんな小さな人間がその豪胆な生き方をしていることに、驚きが隠せなかった。
何よりも、この小さな人間がこれからどう生きていくのかが楽しみになった」
「んっ?まって、そう言えば……クロックに初めて会ったのって、14歳とかそんなもんってことは、それで私に接触してきたって事!?」
「お前の捜索をしていたおかげでずいぶんと人脈もできたからな、情報屋としてやっていくには十分だった。お前を傍で観察するにはちょうど良い仕事だと思ってな」
「いやいや!願いは!?今の今まで何で黙ってたのさ!!」
「お前の願いを叶えてしまえば、俺が人間界にいられなくなる。魔界の法では契約無く人間と関わる事は禁止されている。故に、お前を傍で観察する為に黙っていることにした」
「悪魔過ぎる…」
「おほめに預かり光栄だ」
その辺の女であればクラリと行くであろう妖艶な笑みで微笑むクロックに、思わず目をそらして「褒めてねーよ!」と悪態をついた。




