30.ルイゼになった日
その日は酷い雨だった。
嵐のような天候の中、次々と屋敷に黒い服を着た大人たちがやって来て、屋敷の家財を運び出していく、書庫にあった大量の本も例外ではなく、ついにはカーテンまで外して持っていくその様子を見て、この人たちは家の中の何もかもを持っていくのだと悟った。
止める人は誰もいない。父と母……そして、父の愛人の亡骸は黒い布がかけられて玄関ホールの隅に物のように置かれていた。
貴族でありながら借金をしてばかりの父、お金がないのに、愛人の女に貢いでいたのだ。それを許せなかった母は心を病み、ついに父とその愛人を殺して、自分自身の命も絶った。
私の存在など母の中からも、父の中からも消え去っていたのだ。私には母を引き留めるだけの価値など無かった。ずいぶん前から、私の存在など父の目にも母の目にも映ってはいなかった。まるでこの世に最初から存在しないみたいに。
それでも、貴族の家に産まれたからには、家を継ぐため貴族の令嬢として婿をもらうか、どこかに嫁いで貴族として生きていくのだろうと漠然と思っていた。しかし、そんな未来はあっけなく失われた。私に価値なんてないなら、だったら最初から私なんて産まなければよかったのに……。
この世のすべてを呪うように立ち尽くす私の腕を、黒い服の男が無遠慮に掴み上げ引きずるように屋敷から連れ出す。そして、玄関の目の前に止められていたトラックの荷台の檻に無理やり押し込まれる。
「嫌がるどころか泣きもしねーなこのガキ、頭大丈夫か?」
檻をのぞき込むもう一人の男が、怪訝そうな顔で私の顔をのぞき込む。
「そんなもん関係ねーだろ、顔さえよけりゃ問題ねー。
元貴族なら高値は間違いないだろ。さっさと奴隷商の所に行ってこい」
その言葉に男は頷くとトラックの扉を閉める。真っ暗になる荷台、程なくして動き始めるトラック、ガタガタと揺れる檻の中で膝を抱えて蹲る。自分がこの後どうなるかなど、奴隷商と言われれば10歳の私でも容易に想像できる。
私を救い出してくれる白馬の王子様も、正義の味方もいない。そんなものはおとぎ話の中だけだ。悲しくても、辛くても、涙なんてとっくに出なくなっていた。
感情なんてあるから悲しくなるし、辛いし、怖いのだ。だからない方がいい。これから先の事を思えば、感情なんて絶対にいらないものだ。何もかも捨ててしまえばいい。私はもう貴族の令嬢じゃない。
そう……
私はあの日から
ルイーゼ・リズ・メルヴィン伯爵令嬢から
ただのルイゼになった。




