29.異種族の執着
「はぁーーーー、そうだ。お前はそういう女だった……。」
そう言うと手を放し、ソファーの方へと戻っていくとその背に軽く寄りかかりこちらを見る真っ黒な目が細められ、背筋がぞくりと震えた。
「お前の考えを聞こうじゃないか、妻になるつもりがないのに、どうやってそれを解除するつもりだったのかを」
相変わらず人が変わったかのようなクロックの様子に戸惑いながらも、今は従うしかないと諦める。
「解除する方法がないか色々と調べてはいるよ。けど、それよりもあの二人は若いわけだし、別に良い人ができる方が早いんじゃないかって思ってるけど……」
実を言うとあの二人に会って以来、妖精と人魚のことについて調べてはいる。しかし、あーいったものは同意の上の契約が多く、そもそもが解除する前提ではないのだ。故にどれも解除の話が載っていない。それに伴い2人が何者かを調べているが、アルシエルはわかったがフェイルに関してはちっとも情報が出てこない。そんな事を考えていると、再びクロックから盛大なため息が漏れる。
「お前の考えは甘すぎる。人魚と妖精族の執着を甘く見過ぎだ。奴らは人間とは違う。人間のように一度生涯を誓った相手以外に目移りなどしない。一生同じ相手と添い遂げる。それが奴らだ」
「…………えっ……」
思わず間抜けな声を漏らせば、クロックは呆れたように首を振る。
「だから殺せと言ったんだ。」
「うっ…嘘でしょ。いやだって、こんなに私が拒否してるのに!?」
「奴らにそんな事は関係ない。まぁ、いいとこ、お前が死ぬまで永遠に平行線の関係だろうな、その間も奴らは諦めずお前に付きまとい続ける」
クロックの言葉に思わず頭を抱える。嘘でしょ!? 若気の至りで年上のお姉さんを好きになっちゃったら、永遠にそのお姉さんが好きなの!? 異種族の恋愛が理解できないっ!!
「うそだぁ……」
頭を抱えたまま呟けば、クロックが「嘘ではない」と極めて冷静な声ですかさず否定する。詰んでる……。詰んでるじゃないか……。これで私がこの二人以外の誰かと結婚しますってなっても、あの二人は諦めないって事でしょ!? もはや、異種族に憐れみすら覚える。
「異種族が長命にもかかわらず人間と違って数が増えない理由がこれだ。でなければ今頃、人間は今のように我が物顔で世界を占拠できていない」
「良いのか悪いのか……」
「でっ? これで殺すしかない理由が分かっただろ。
さっさと俺に願う事だ。心配しなくても足など付かぬように殺してやる。
それでも不安ならば、俺がお前を匿ってやろう。衣食住は保証してやる」
クロックの言葉に、いよいよもって不信感が募る。本当に目の前にいるのはクロックなのかと。
「あのさ、私の目の前にいるのは本当にクロックだよね? 情報屋のクロックだよね?
なんか、全然いつもと雰囲気ちがうんだけど……。悪魔に願いをかなえてもらうって、悪魔との契約でしょ? それに見合う対価がなければ契約成立しないはずだよね?」
ご本人ですか?と聞いて偽物が「はい偽物です」なんて言うはずもないが……。
すると、クロックは顎に手を添えてフムと一瞬考えると、徐に立ち上がり姿勢を正す。次の瞬間、クロックの足元に光を帯びた真っ赤な魔法陣が現れると、クロックがその長い腕をこちらに差し出して、人差し指で来い、というジェスチャーをしたと思ったら、私の体がふわりと浮き上がる。
驚く間もなく、一瞬でクロックの元へと吸い寄せられる。「なっ!?」声を上げる間もなく、即座に逃げられぬように腰に腕を回され、そのまま強く引き寄せられ、クロックの胸に顔を押し付ける形になる。かすかに香、甘い香りに、思わず頬が熱くなる。
ななななななな!? なに!? 何が起きているかもわからぬまま、突然目の前の世界がグニャリと歪む。それと同時に襲われる酷い眩暈に、一瞬で意識がブラックアウトした。




