2.依頼内容
オババに説教され仕事に向かう前から盛大な疲れを感じつつ、仕事をあっせんしてくれるパーズの店へと向かう。
スラムの裏通りに転がるゴミと、寝てるのか死体なのかも分からない人間を避けながらパーズの店の裏口へとたどり着く。渡されている鍵をドアノブの鍵穴ではなく壁の溝に差し込めば、ガチャリと音がして解錠したことを知らせてくれる。真鍮のドアノブを回して滑り込むようにドアの隙間から中へと入れば、独特の薬品の匂いが立ち込めている。
パーズの店はスラム街ではなく表通りに面しており、表では煎じ薬屋として店を出している。縦長の店の裏はスラム街の路地へとつながっており、まさに表は日向、裏は日陰と言わんばかりだ。薄暗く長いコンクリの廊下の先には鉄の扉があり、消えかけた電気がチカチカと切れかけている。無駄に重たい鉄の扉を押し開ければ、明るすぎる光に思わず目を細める。
「おぉー、やっと来た。客を待たせるなよ、ルーズな奴ですみませんね」
聞きなれた若い男の声が響いて、そちらの方に目を向ける。古びた木の床間に同じく古びた椅子に腰かけた細身の男は、薬の瓶が所狭しと並べられたショーケースに片肘を乗せて寄りかかりながら、その膝に分厚い背表紙の本を乗せている。男の見た目は若いのに、肩まで伸びた白銀の髪と白銀の目が細められ、こちらを呆れたように見ている。
「うるさいパーズ……」
不愛想にそう答えつつ、殴られていまだ痛む脛を摩る。ショーケース越しにこちらを見ていた客相手に「そのうえ不愛想ですみませんね」とヘラヘラ笑いながら謝罪している。
「いえ、私たちが早く来すぎただけですので……」
オロオロという言葉がふさわしいくらい、ショーケースの向こう側にいた女性は挙動不審だ。スラム街には絶対いないタイプの清廉な女性だ。よく手入れの行き届いたサラサラの茶色い髪に、メイクなどいらないくらい整った顔。おそらく化粧は最低限なのだろう、控えめな清楚美人だ。身なりもフォーマルなスーツ姿。そんな人間がこんな汚い店に来るとは何事かと思っていると、ふとその女性の肩に珍しい生き物が乗っているのが目についた。
「妖精……」
うっすらと発光した人型をした小さな生物は、白いワンピースのような服を着ている。金色の髪に尖った耳は小さなエルフのようにも見えるが、その背中には妖精の証である綺麗な薄水色の光る羽が2枚付いている。
「ルイゼも初めて見たか? まあ俺達みたいな世界の人間とは真逆の生き物だからなー妖精ってのは。ここは空気が悪いでしょうから、気分が悪くなったら言ってくださいよ旦那」
パーズがそう言いながら妖精の方を向くと、妖精は静かに頷いた。
「旦那?」
えっ、あれって男なのと思いながら思わず妖精をマジマジと見つめれば、妖精がぺこりと会釈する。内心で、かっ……可愛いと思わず思ってしまう。
「さて、天下のルイーゼ様ことルイゼが来たところで話を進めましょうか。ご要望は、誘拐された息子さんの救出でしたね」
「おい待て!」
パーズの言葉に思わず制止を入れる。妖精の息子? それとも女性の息子? それによって救出難易度がだいぶ変わるのだが、というより私の仕事は運び屋であって救助隊ではない。
「あ゛? なんだよ」
「何だよじゃないわ! いきなり呼び出されたと思ったら救助? 私の仕事がなんだか忘れたのか?」
「忘れてねーって、とりあえず黙って最後まで話を聞けって!」
窘められるようなパーズの言葉に舌打ちしつつ口を閉じる。客が目の前だろうが関係ない。気に入らないなら断るまでだ。腕組みをして薬品棚によりかかる。
「すみませんねー。それで話の続きですけれども、攫われた息子さんですが調査の結果、闇オークションにかけられるようです。闇オークションは表の世界の大富豪や政治家なんかも参加してますから、国家警察も手出しできない。我々に頼んで正解ですよ。こんな不愛想な顔してますけど腕は確かですから、必ずお二人の大切な息子さんは救出しますよ」
パーズの言葉に客の二人は互いの顔を見合わせて、いくばくか安堵の表情を浮かべている。んっ? 二人の……息子!?
「まてまてまて、二人の息子!? 人間と妖精!? このサイズ差でどうやってグファッツ!!」
「黙らんかい、このドアホッ!!」
パーズの手にしていた厚表紙の本が顔面にクリーンヒットし、鼻の痛みに思わず床へと蹲った。




