16.クーリングオフは不可
「え゛っ!? 外れない!!!?」
ぐぬぬぬぬー!!! と引っ張っていると、フェイルが立ち上がり笑顔でそっと私の手を止める。するとパーズがショーケースに頬杖をつきながら、冷静な声で口を開く
「あぁーあ、すました顔してやるねぇー坊ちゃん。それ妖精の契りの指輪でしょ」
「何!? 妖精の契りの指輪って!?」
勢いよくパーズを振り返れば、諦めなと言わんばかりの顔をするパーズ
「妖精との約束は人間からは絶対反古にはできない。妖精が解除するまでは絶対にな、指輪はその証、妖精となんかしらの契約を結んでるっていう証だ。その指輪の主に契約が果たせないような害が及べば、害を及ぼした奴は妖精から呪いを受けるぞっていう警告の指輪さね。お前はお嫁さんになるって約束を知らないとはいえ頷いちまったんだ。妖精の契約にクーリングオフは存在しない。諦めな、ついでに身の安全も保障されるし、寧ろラッキーじゃん」
「んなっ……」
驚愕と絶望に今度こそ思考が停止する。えっ? 私はいったい……?
「安心してくださいルイゼ、さすがにその気もない相手を無理やり妻に迎えるような野蛮な真似はしません。貴方が知らずに頷いていた可能性は考えていましたし、なのでこれから少しずつお互いを知っていきましょう。結婚を前提にお付き合いという事ですね」
「だとしたら坊ちゃん、なんでこいつの指に契りの指輪なんぞ?」
「最初はそのつもりはなかったのですが……ルイゼの左手の薬指に人魚の口づけの印があったもので……」
そう言って私の左手の薬指にフェイルが触れようとすると、バチッと静電気のような音がしてフェイルが溜まらず手を放す。その言葉に停止していた頭が戻り自分の左手を見るが、何も見えない。
「人の目には見えないですよ。けれどその指にはルイゼ以外触れることすらできない。もちろん指輪をはめることもね。大方その印を付けたのは、5年前のあの人魚では?」
その言葉に驚いてフェイルの顔を見上げる。
「どうやら間違いないようで……はぁ……あの時助けなければ良かったな……」
前髪をかきあげ気だるそうに溜息をついた後、ぼそりと呟いた言葉に「今なんて?」と返せば、ニコリと微笑み「いえ何も」と返されてしまう。アルシエルと言いフェイルと言い、異種族恐るべし油断ならないやつらだ……。
「彼は貴方に何と? 左手の薬指に印を残しているくらいですから、大方の予想はつきますが」
フェイルの言葉に、思わずギクリと肩が揺れる。
「あぁー……番になってほしいとかなんとかぁ……」
その言葉にフェイルの眉がピクリと痙攣し、次の瞬間一気に店の気温が下がり始める。そんな気がするではなく実際に気温が下がり始め、私やパーズの吐く息が真っ白になっている。妖精の力怖い!!!
「ちゃんと断ったから! キッパリと!」
慌ててそう伝えるも気温は下がる一方で、ショーケースに霜が降り始める。
「おいおい坊ちゃん! 店の商品全部だめにする気かい?」
パーズが苛立たしげな声を出せば、途端に気温が上がり始め直ぐにショーケースからも霜が消えていく。
「失礼しました。どうにも力が感情に左右されやすくて、未熟なところを見せてしまって申し訳ありません。ルイゼ、大丈夫ですか? 霜焼けなどできていませんか?」
慌てて私の手を取り、手をくまなく見ている。
「大丈夫だって! 大丈夫です!」
そう言って手を引き抜いて後ろ手に隠す。その様子を見たフェイルが小さくため息を吐く。
「すみませんルイゼ、貴方にみっともないところを見せてしまいました。ですが気を付けてください。貴方が断っても、その薬指に印が残っているという事は人魚は貴方を諦めてはいないという事です。人魚の愛が消えるか、人魚自身がその印を解除するまでは消えることはありません」
「えぇ……せっかく断って逃げるように帰ってきたのに……」
つまり解除してもらう為には、こっちから接触しないといけない? いやでも使う予定のない薬指……と思ったところで、フェイルのエメラルド色の瞳がこちらを見つめているのに気づく。
「ウグッ……フェイルとは、お友達からお願いします。人魚の……アルシエルの件はどうしたら納得して解除してもらうか考えるよ」
はぁーーーと深いため息をつけば、フェイルが再び私の右手を取るとその指輪に口づける。
「人魚の件は私も一緒に考えます。そしていつか必ず、その左手に私との結婚指輪をはめてもらいますからね」
愛おしげに見つめてくるエメラルドグリーンの瞳に眩暈を覚えつつ、ギギギと錆びついた機械のように首を背けるが、パーズが「ダハハハ! 真っ赤じゃねーかルイゼお前! 坊ちゃん、こいつが落ちるのも時間の問題だぜ、良かったな」と他人事のように笑っていた。
パーズ、後でぜってぇーぶん殴る!!!




