13.後プロポーズ
えっ……最後なんて? そう思っていると、アルシエルが急に跪いて私の左手を取る。
「えっ……ちょっ……」
呆気に取られている間にも、アルシエルは私をそのきれいな金色の目で見上げてくる。まるで恋焦がれている相手にでも向けるような瞳に、柄にもなく赤面する。
「あの日、僕は永遠の恋に落ちました。私の一生をかけて貴方を愛すると誓います。どうか……私の番になってください」
そう言うと、私の薬指に恭しく口づける。ひやりとした唇から人ではないのだなと、飛びかけた意識の片隅で考えていると、広場の階段の辺りから「「「キャァー!!!」」」と女の子たちの驚愕の悲鳴が響き渡る。
「…………はっ!?」
反射的に左手を引いてアルシエルの手から逃れれば、ショックと言わんばかりの驚愕の顔でアルシエルがこちらを見上げている。
「あぁ……その、アルシエルのそれは恋とかじゃなくて、吊り橋効果の影響だと思うんだ。怖い思いをして助けてくれた人への憧れ的な……。それに私は24歳だし、アルシエルは15歳とか? 10代と24歳じゃ犯罪だから、そのぉーね。私も流石に10代は守備範囲外だし、助けた少年に恋心を抱かれてると突然言われても大変困りますしね。うん! ほら、あそこにいる可愛いティーンの女の子達をごらんよ! 君にはあのくらいの世代の子達が良いと思うんだ。世の中には綺麗で可愛くて、こぉー、育ちの良い家庭のお嬢さんとか……」
「嫌です!!」
「えぇ……」
ジャリッと音を立てて立ち上がったアルシエルは、泣きそうな顔で私を見下ろす。
「僕は今年で18歳で成人です! それに吊り橋効果の話は知っています。家の者にも同じことを言われました。けれど5年間もの間、貴方に恋焦がれる想いは決して変わらなかった。今ここであなたに会った瞬間、むしろその想いはあふれて止まらないほどです! これが愛じゃないならなんだと言うんですか。僕からすればあなた以外の女性は皆、雑魚なんです! あなた以外は全部同じで何の感情も抱けない!」
「雑魚って……美男子の口からそんなぁ……」
えぇ……っと困っていると、その目から涙が溢れ始める。頬を伝う瞬間にそれは綺麗な真珠へと形を変えて、ポロポロと地面へと音を立てて転がり落ちていく、そういえば人魚の涙は愛する人の為に泣くときだけ真珠になるとか……思わず驚いて見上げれば、ガバリと勢い良く抱きしめられる。
「好きなんて言葉じゃ足りないくらい、貴方の事を愛しています。お願いです、今すぐ番になるのは無理でも、どうか僕をルイゼのそばに居させてください。時間をかけてくれてかまいません、いつか、いつか僕を好きになってくれれば……」
もはや懇願に近い言葉に、私の頭もどう返したらよいのか思考がパンク寸前だ。修羅場は幾らも潜ってきたが、色恋沙汰なんて無縁すぎて、人の心情をおもんぱかるなんてしてこなかった。私がこれ以上うかつなことを言えば、この純情な少年の心を傷つけてしまいそうで怖いと思ってしまっている。
いや……むしろこの子の将来を思えば、嫌われた方がこの子の為になるのではないか。あの後どうやって帰ったのか、どういう生活をしてきたのか、5年ぶりに奇跡的に会ったのだからそんな話に花を咲かせたかったが、そんな状況ではない。どう考えても、この多感な10代は暴走している。私が大人の対応を取らなければ!
そう思い、両手で押しやりアルシエルの体を突き放す。
「ゴメン、悪いけどアンタの想いに私は答えられないよ。私みたいなクズの事はさっさと忘れて、次の恋を探しな……。アンタが思ってるより私は真面目な生き方をしてきてないんだ。悪いね」
「まっ……まって!」
アルシエルの手が伸びるよりも先に、石塀の縁に飛び乗ると手早くコーヒー豆を取って下へと飛び降りる。
「待って! 行かないで! ルイゼ!」
アルシエルの叫ぶ声を背に、手すりから手すりへ階段を飛び越えて一気に下まで飛び降りると、そのまま街の人混みへと紛れ込んだ。パーズの店へと帰る道をトボトボと歩みを進める。夕日に染められたオレンジ色の街並みが、こんなにも物悲しく感じたことなど一度もなかった。




