リラの事 キュイの事
とんとん。
軽く肩をたたくと、この前の果物屋さんでお手伝いをしていた女の子が振り向いた。黄色い目を大きく開いて、しきりに瞬きをしている。
「果物屋さんのお嬢さんだよね。この前はありがとう。助かったよ。」
にっこり。女の子は頬を赤らめて、いえ、そんな。と首を振って恥ずかしそうだ。
俺は基本、自分の見た目より下か同じくらいの人は「お嬢さん」、自分より上だと思われる人に「お姉さん」と呼んで、お姉さん相手の時は敬語を使う。
俺がこの体の時間を止められてどれくらいたっただろう。まだ俺は下っ端だから数年だが、二号先輩やまだあったことのない四号先輩は何十年も止めたままらしい。
ワールドトラベラーは、その任務が終わるまで歳をとらない。そういう魔法を訓練が始まるときにかけられるのだ。落第した者から魔法をとかれ、記憶を消して普通の生活に戻される。
俺は受かってしまったからこのまま何十年もこの体のままなんだろう。天の世界の天使たちは基本何百年か生きるが、天の世界に住む一般人たちは普通に人と同じだ。それが何年も、天使と同じくらいに生きることができるようになるのがこの仕事だ。だがこの仕事は人がよく死ぬ。
今は二号先輩と四号先輩と五号の俺しかいない。欠番はそこの番号の人が5回死んだという意味だ。教官によると、あまり同じ番号が死ぬとわかりづらいから同じ番号になれるのは5人だけだということだった。
俺は、3人目の五号だ。
目の前の女の子が潤んだ目でこちらを見ている。一通り謙遜はし終わったらしい。
「また何かあったらよろしくね。じゃあ。」
また笑顔で手を振って別れる。そのあとに3人くらい、前にあったお嬢さんとお姉さんがいたので笑顔で話しかける。
俺はこれで情報を集めるのがうまくて、ワールドトラベラーになった。二号先輩のように魔法がうまいわけでも、四号先輩のように天使の癒しがつかえるわけでもない。ただ、女の子が話しかけやすい顔としゃべり方だっただけ。
どんどん笑顔が張り付いて取れなくなる。
僕は路地裏にまた逃げた。誰も通らない道をずんずん歩く。自分でも情けないような声がでた。
「どこに、行こう」
―
男になってほしいという僕の要求にキュイは頷いて最初の姿に戻った。背の高い、男の姿だ。月夜はほっとする。
なんでだかわかんないけどかぐやさんに全力で謝りたくなるから、もう女の子にはならないで欲しいな…
キュイを見上げながら、ありがとうとお礼を言う。
「月夜、こっちが、いい?」
大きな体でキュイは首をこてんと傾げた。かわいい…ような?大きい男だからちょっと違和感がある。
こっちがっていうのは男のほうがってことだろうか。それとも背丈の話だろうか。キュイははりねずみの時も思っていたが、少し抜けている気がする。
とりあえずどっちだったとしてもいいように答える。
「うん。背はどっちでもいいけど。好きなのにしなよ。」
「わかった。じゃあ、これで。」
悩む間もなく断言した。これで姿は決まりらしい。
「でもキュイ、やっぱりただのはりねずみじゃなかったんだね。えっと悪魔?」
「うん。たぶん、そう。」
「たぶんて…」
適当すぎるだろう。
「月夜に拾われる前は…何してたかな。たぶん、弟と暮らしてた。」
相変わらず眠そうな声で言う。
「弟?弟いるんだ。今はどこに?」
四年ちょっと一緒にいるけど、会わなくてもいいのだろうか。僕の言えたことでもないけど。ゆいはどうしてるかな。
キュイはうーんと考えて
「わからない。」
と真顔で答えた。
「え。それでいいの?会いたいとか、ないの?」
「ない。」
少しも悲しさを感じさせない声でキュイが言うから、こちらが戸惑ってしまう。もしかしたら喧嘩別れしたのかもしれない。出会ったとき、キュイはボロボロだったから。
それならあまり聞かないほうがいいかもしれないな。
そう考えて話を逸らす。
「それじゃあキュイにも本当の名前があるんだよね。そっちで呼ぼうか?」
いつまでもペットみたいな名前で呼ばれるのも嫌だろう。
「キュイでいい。おれ、まだ月夜といても、いい?動物の姿でいるから。」
キュイははりねずみの時とそっくりな黒い潤んだ目でこちらを見ている。大きくなって、男になってもこれを見てしまったら、うっと詰まってしまう。
今の家はカイルの家だ。もう一人増えるとなったら部屋が足りないだろう。はりねずみのままでいるとは言っているが、たまにはヒト型になりたいときもあるかもしれない。
しゃべるときぐらいにすれば大丈夫、かな?
「キュイはご飯あれで足りるの?もし足りないならカイルに言わないと…」
いや、そうでなくても言うつもりではあるが。
「ずっとあの姿でいれば、大丈夫。この姿になっちゃうと、きびしい。」
体の大きさに依存するってことだな。
「じゃあ、いいんじゃない。たまにヒト型になって話そう。帰ったらカイルに言おうか。その時にまたヒト型になって。今ははりねずみに戻ろう。」
「わかった。ありがとう。月夜。これからもよろしく。」
無表情だった顔に満面の笑みを浮かべてキュイははりねずみに戻った。女の子がいたら、何人か卒倒しそうなくらいのまぶしい笑顔だった。
かぐやさんがキュイの事好きになっちゃったらどうしよう。
そんなことを考えながら、肩に小さくなったキュイをのせて帰途についた。
太陽はまだ少ししか傾いていない。これからゆっくり帰っても、夜ご飯はちゃんと作れるだろう。
カイルにはいつ言おうかな。今日はバーは休みだから、夜ご飯を食べながら話せるだろう。
じゃあ今日はキュイの分も作るか。
キュイは何好き?野菜のイメージしかないなぁ
はりねずみになっているキュイに答えることはできないということはわかっていながらも聞きながら歩く。
今日の夜が楽しみだ。
氷華です
次は桜梨の番です




