知らない男
「よく考えたら、あんな小さいはりねずみ見つかんないよな…」
図書館の近くに行き、市場まで行って探した僕は、次にどこを探せばいいのかわからずにその辺のベンチに腰かけていた。走ったせいで乾いていた喉を毒々しい緑色のジュースで癒す。あんまり味はしない。その色をみて、食べかけたまま放ってきてしまったレタスを思い出した。まだ半分残ってたのに、帰ったらもうしなしなになってるんだろうなぁ。ドレッシングかけてきちゃったし。
ずずっ
緑が少し減った。
そういえば、リラって子がいるんだよな。昨日聞いて用心しようと思ってたのに、外に出てきちゃった。
シルヴィさんから聞いていたリラの特徴を思い出す。
ええっと、瞳が濃い紫で肌が白くて、片耳にイヤリング、少し長めの髪の毛…それで、とてもかっこいい。らしい。
その、「かっこいい」という言葉を口にするまでにシルヴィさんは実に10分ほどの前置きを置いた。曰く、あなたのほうが、そうよ、月夜さん。あなたのほうが、いえ、でもほんとはこんなこと言いたくないのよ?でも、一般論。そう、一般論としてね、言わなくちゃと思って…
帰り道にずっと隣でそれを聞かされていた僕の身にもなってほしい。肝心なことは何も言わないで、ずっとずっと…それで出てきたのは「かっこいい」の一言で。割に合わない、と叫びたくなった。
まあ、そういう子がいたら気を付けよう。
ジュースも飲み終わり、ごみ箱を探して視線を動かす。すぐに見つけて立ち上がろうとすると声を掛けられた。知らない、男の声。
「月夜…見つけた。」
肩に手が置かれる…寸前。僕はぱっと身をひるがえして腕に括り付けてあったナイフを持ち、体の魔力を一所に集める。
「誰だ。」
睨むと、目の前には背の高い男。イヤリングを付けていて、長い髪を耳にかけている。白い肌。もしかして
「リラか?」
僕が低い声で聞くと、男はたれ目気味の目を細めて、首を緩く振った。
「リラ…違うと思う。」
「じゃあ、誰だ。」
ナイフを構えなおして、聞く。さっきは少しだけいた悪魔たちはいなくなっていた。
男からは、とても大きい魔力が流れ出ていた。肌がぴりぴりする。戦ったら、魔力が低い僕は負けてしまうだろう。
カイルくらいの魔力が欲しい…。それより僕、死ぬのかな。こいつが魔力使ったら一発だぞ。かぐやさんに告白したかったんだけどなぁ
男が少しだけ揺れる。僕はさっきより相手を強く睨んで、ナイフをぎゅっと握った。男が口を開く。
「キュイ…」
男が、甘めのバスでつぶやく。
「はぁ」
力が一瞬で抜けた。
今こいつ、キュイって言った?
キュイははりねずみじゃ…こいつがキュイ?
悪魔だったってことか?
「おれは、キュイ。月夜が、はりねずみって言ってた、キュイ。」
よく見ると男は緊張したように自分の服の裾を握っている。白い頬も心なしか赤くなっているようだ。
「あさ、散歩してて…日当たりのいいところで、寝ちゃって。いつもの時間に、戻れなくて。そしたら、月夜いなくて。今日、何もなかったはずなのに。おれのこと、探してるかもって、だから、おれも探してた。」
ほんと。と言って、男は消えて…足元には、いつものキュイがいた。僕のところまで駆け寄ってきたはいいが、靴に登れなくてスニーカーをかりかりしている。ちょっと登れたと思ったら、ぽてんとひっくり返った。起き上がれなくて手足をわしゃわしゃしている。
うん。キュイだ。
そのあほさ加減にいつものキュイだと悟り、しゃがんでひっくり返ったのを直してやる。ナイフは元の場所にしまった。
直してもらったキュイはちょっと離れてまた男の姿に戻った。でもさっきより…背が低くなった?
さっきは僕よりだいぶ高かったはずの背が、僕をちょっと越すくらいになっている。
「あの、背、低くなった?」
キュイ…まだそんな感じはしないが…は、僕と自分を見比べると、さっきより高めの声で話し始めた。
「おれ、まだ、きっちりヒト型の時の姿、決めてなくて…顔は、こんな感じ、にしたけど、背とか、声はまだ…月夜は、どっちがいい、思う?」
確かに、たれ目で唇が薄くて全体的に整った顔と、灰色と茶色の混ざった長い髪はさっきと変わらない。
答えられなくて口を開いたまま呆けていると、不安になってしまったらしいキュイが、こんなのも、できる。と言ってふっと姿を変えた。
顔はさっきとあまり変わらない。少しふっくらして、目が大きくなったくらい。髪の毛も。
「え、女の子?」
胸が膨らんでウエストは細く、腰は緩やかな曲線を描いている。そして背が、僕より小さくなっていた。
かぐやさんより、小さいかな?
だいたい150センチくらいの小さなかわいいキュイ(ヒト型)が僕を見上げている。
いや、違うよ?僕はかぐやさん一筋だからね。このキュイもかわいいとは思うけど、かぐやさんのほうが可愛いから。
付き合ってもいないのに言い訳が頭の中をぐるぐる回る。なるほど。リラの事を言った時のシルヴィさんはこんな気持ちだったのか。
キュイの頭のてっぺんを見ながら何も言わずにいると、キュイが僕の目の前で手を振った。話さなくなった僕が心配になったらしい。別に現実逃避をしているわけでもないので手を掴んでおろすと、キュイは上目遣いにこちらを見上げてきた。かわ…これ以上は言えない。
うるっとした黒い目と、目を合わせられない。
顔をそっぽに向けたまま、肩を掴んで言う。キュイの顔は視界の端に少し映る程度になった。
「あの、とりあえず男になろうか。」
キュイがきょとんと首をかしげてから、こくんと頷いた。気がした。
氷華です
キュイは悪魔?でした
次はリラ目線と月夜目線半分ずつです




