女の闘い
僕が歩いている道の少し前にあった、暗く小さい路地から現れた綺麗な女性が現れ、僕に語り掛ける。
「月夜さん、話があるんです。いまよろしいですか?」
そういって、綺麗な女性…シルヴィさんはとっても嬉しそうに笑った。
「あの、シルヴィさん。」
「はい。なんですか?月夜さん」
どうして彼女が僕の目の前に現れるのか。いつも通り、後ろをついてきているだけだと思っていたのに。いや、それよりも今言った言葉のほうが重要だ。
「…僕名前言ったっけ?」
シルヴィさんが清々しい顔でこう答える。
「いえ、カイルが呼んでるのを聞いただけです。」
それ、いつ聞いたんだろう。カイルに見つかったらやばいんじゃ…
カイルがシルヴィさんに事情を聴き、嬉しそうに話したシルヴィさんの後ろで魔力を立ち昇らせながら僕を睨みつける運命しか見えない。…そうじゃなくて。
「なんか、用ですか?」
「月夜さんと話したかったから…と言いたいところですが、あります」
あるのか。絶対どうでもいいことだ。
「最近、月夜さんを、つけ狙っている人がいます」
真面目な顔ですごいことを話し始めたシルヴィさん。僕を狙ってる人。あの、それって…
「えっと…シルヴィさんではなく。」
失礼かと思ったが、それしか思いつかなかった。だって一人で外に出ると必ずシルヴィさんの視線を感じるのだ。害がない事はわかっているからいつの間にか慣れてしまってはいたが。
するとシルヴィさんは心外です、と言わんばかりの声で、
「私はつけ狙ってません。眺めてるんです。」
と、堂々とのたまった。
うん。あれで、眺めてる、か。それにしちゃあずいぶん…いや、よそう。
「そっか違う人ね。誰だろ…」
…僕は何かしただろうか。こんなに何人もの人に狙われ…いや眺められることなんてそうそうないだろう。
「誰だかはわかっています。私が名付けてあげたので。リラという男の子ですよ。17歳くらいですかね、とても深い紫色の瞳をしていて肌は白かったです。見覚えありますか?」
「…は?」
なんでシルヴィさんが名付けた男の子…でも17くらいか、僕が19だからそんなに変わらないな。名付けたってことはシルヴィさんの子供?カイルとの?でもそうならカイルもそう言うよな。そんなに大きくなるまで隠しておいたりなんかしないはず。
「なんで名前を付けたんですか?」
あんまり不躾な質問をするのは憚られて、遠回しに聞いてみた。
「この前初めて出会って、話しかけられたのから名前を聞いたらないというので。それでは不便だろうと思い、名付けた次第です。見覚えはないんですね。よかったです」
シルヴィさんが安心した顔でふう、とため息をついた。
いきなり他人に名付け…その人の親は何をやってるんだろうか。17になるまで…いや17と決まったわけではないが、名前なしでどう生活していたんだろうな。
「彼には気を付けてください。月夜さんを探していたみたいなので…気づいたら私も言いますから。それだけ言いたかったんです。お邪魔でしょうから私は退散しますね。それでは」
一礼した彼女はそのまま僕の横を通り過ぎ、近くの曲がり角に入っていった。
「あ、うん。見ててくれるんだ。ありがとう?」
そこから動かない彼女の気配を感じつつ、一応お礼を言って仕事場であるバー、サリアンテを目指す。…今は午後6時20分。仕事の時間がすぐそばまで迫っていた。
二つ目の曲がり角を曲がり、サリアンテのドアをくぐったところで彼女の視線を感じなくなる。気分は初めてのお使いにママがついてきてしまった子供だ。ため息をつきつつ、マスターに来たことを報告し、グラスを磨く。
キュイがガラスの周りをくるくると回っていた。よく見ると少し曇っている気がする。
「ありがとう、キュイ。もう一回拭くね。」
頭をなでてやるとキュイは嬉しそうに目をぱちぱちした。
「あまり、動物を触るな。お客様の前に出るんだぞ」
マスターに注意されてしまった。すみませんと謝りながらキュイを奥にあるバックに戻す。おとなしくしててね。
OPENの看板を出してしばらくするとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
「ああ。あそこのテーブル席がいい。」
「かしこまりました。こちらへどうぞ。」
かわいらしい女を腕にくっつけた男を案内する。こういう客とはあまり話したくない。女にいいようにされているのがすぐわかるからだ。彼はきっと自分が女を侍らしているとでも思っているのだろうが、女がそんなに甘くないことを僕は知っている。
「ねぇ。セルトゥ。私あまいの飲みたいなぁ。」
「いいだろう。おい、そこの。甘くて飲みやすいのを持ってきてくれ。」
「かしこまりました」
オーダーを賜ってカウンターのほうに歩き始めた僕の後ろから、女の鼻にかかったような甘ったるい声が聞こえてくる。ねぇねぇ。今日はどうするの?私ずぅっとセルトゥのそばにいたいなぁ。
もう、男は彼女にでれでれのようだった。だがあいにく月夜はその女がただ男に甘えているだけだとは思えなかった。そんな女たちはよくこの店に来るからわかる。そして、そんな女たちに惚れた男の末路も。
うまいな。あの女の人。あの男も手玉に取られているなんてそうそう思わないだろう。貢がされるのかな。やっぱり。
絶対に引っかからないようにしよう。
薄くグラデーションになった桃色のカクテル。見た目も味も甘いそれを女の前に差し出した。
「きゃ~かわいい!飲むのもったいなくなっちゃうなぁ」
その様子にまたでれでれする男を横目で見ながら、僕を呼んだ客のほうへオーダーを聞きに行く。
からん。
ドアベルがまたなる。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
そういって振り返ると
「それじゃあカウンターに座るわね。」
そういって妖艶に微笑むシルヴィさんがいた。
シルヴィさんが店の中にまで入ってくるなんて…なんかあったのかな。
前の人のオーダーをマスターに伝え、シルヴィさんのところに行く。
「どうしたんですか、シルヴィさん。珍しいですね」
僕がそういうと、少し微笑んで真剣な顔でこう言った。
「あそこの男つれた女。あの子リラに言われてあなたの事見に来た子よ。リラは私に顔が割れているからかしらね、ほかの子に頼んだのよ。私を騙すなんて100年早いわ。」
いつものちょっとテンションが高い話し方ではなく、もっと落ち着いた大人っぽい話し方。きっとこちらがいつものシルヴィさんなんだろう。
「ほんとですか?もう顔見られちゃいましたよ。」
「そうね…あなたがさらわれちゃったりしたら、カイルやかぐやちゃんに申し訳ないから今日は私が家まで送るわ。私、こう見えて強いんだから。」
「ありがとうございます。僕、2時までですけど大丈夫ですか?」
「あなたの頼みなら何だって聞くわ。それまでここで待たせてね。」
ワインを一つ。赤がいいわ。頼んだシルヴィさんに、今日は僕が払っておきますからね。と言っておく。
女のほうを見ると、相変わらず男に媚びながら何か高いものをおねだりしているようだった。男は金額を聞いてちょっと悩んだようだったが、女に頬を触れられてすぐに了承してしまっていた。
…やっぱり女は怖いな…
氷華です。
おとなっぽシルヴィさんのほうが好きだけど、月夜としゃべるとかわいくなっちゃいます。
次は桜梨の番です




