雨の図書館
金属のずしっとした重み。美しい光沢。すこし錆がついているあたりがこの鍵が昔から使われていたことを教えている。
これはこの前カイルがお鍋を借りに来た日に見つけたカピバラの首にかかっていたものだ。カピバラなんてこのあたりじゃそうそう見ないから珍しくて近づいてみたら、この鍵をもっていた。
少し見てみようととってみると、いきなりカピバラが暴れだし、びっくりして立ち上がってしまった。そんなに大事なものだったのなら早く返そうと目を向けると、もうカピバラはいなくなっていて…もしかしたらまた会えるかもしれないと持っておいてはいるけれど、どうも置き場所に困る。
最終的にあったときにすぐ返せるようにひもを少し長くして首から下げておくことにした。そうして暇があるたびにこうして眺めているのだった。
「まあ 仕事中なんてたいてい暇だけど…」
私の勤めている図書館はほんとに人が来ない。こんなに来なくて、私は雇われる意味があったのかと疑ってしまいたくなるくらいには来ない。
最初の二年で本の整理は全部終わってしまったし、そのあとの三年くらいは本を読み続けた。
でももう面白そうな本あらかた読んでしまったし、これから新しい本が入るとも思えない。うじうじ考える。ここを辞めていった人の気持ちが分かったかもしれない…机に突っ伏していると、約一か月ぶりに表のドアが開いた。
ばっと顔をあげる。誰が来たんだろう
「こんにちは」
にっこりした笑みとともに入ってきたのはつきやさん。一気にこの前のどきどきがよみがえってきた。
「こんにちは」
見かけ上は普通の態度で対応する。心の中は大混乱だ。
「ここだったんだね、かぐやさんの図書館。カイルに教えてもらってなかったら気づかなかったよ」
カウンターまで歩いてきて、話しかけてくれる。優しいな…
「そうだよね。私暇だからもうすこし人が来てくれるといいんだけど…そうか、見つかりにくいからかなぁ」
そうするとつきやさんは少し考え込むようなかっこうになった。今日はこの前みたいに髪は結んでないけどかっこいいな。前髪切ったらもっとかっこいいと思うのに…なんで切らないんだろう。よく見てみるとつきやさん服もかっこいいし。
ベージュのズボンにチェックのシャツ。少し開けた首元には銀色に光る指輪がチェーンに通されて光っている。おしゃれ上級者だ。指輪はだれのかな。恋人とのペアリング、とかかな…
胸が痛い。私にそんなこと思うことなんてできないはずなのに。つきやさんなんてかっこいいひと、ほかの女の子が放っておくはずがない。それに私はつきやさんに嘘をついてばっかりだ。この前言った、ありがとうなんて、私からは自然と出てこない。優しい女の子を演じただけだ。
「かぐやさん?どうしたの?」
沈黙していた私につきやさんが私の顔を覗き込む。目があった。きれいな顔…
「ごめんね。ちょっと考えごとしてた。」
笑みを浮かべて返すと、心配そうになるつきやさん
「なんか悩みでもあるの?僕でいいならなんでもきくよ?」
ああ この人は本当に聞いてくれる人だ。それできっと私よりも真剣に悩みを解決しようとしてくれるんだろう。私の悩みは、あなたのこと。解決してくれるの?…演技は続く。
「ううん。そういうわけじゃないの。ありがとう、心配してくれて」
完璧な天使の笑み。
「嘘…じゃない?」
苦笑いしながらつきやさんが言う。なんで。私いまちゃんと演技できてたはず。なのになんでそんな確信をもてるの?
「そんなことないよ」
「…そっか。」
笑顔をもっと自然にすれば…そう思って少し変えてみたけど。これは何回も聞くのを遠慮してくれただけだな。なんで私が悩んでるってわかったんだろう。
「…なんで」
「ん?」
思わずつぶやく。本を見始めたつきやさんはそんな私の小さな声にも気づいてくれた。もう なんでこんなに見ててくれるんだろう。なんで気づいてくれちゃうんだろう。
「どうしたの?」
なんでこんなに優しい声なんだろう。期待してしまいたくなるではないか。でももしそうだったら…いや、そんなこと考えるだけ無駄か。
「ううん。なんでもないよ」
期待だけしても、恋が実らないことなんて知ってる。…いままで期待したらしたぶんだけ嫌な終わり方をした。今回も同じ。アプローチなんて、するだけ無駄。
「ならいいんだけどさ…」
暗くて寂し気な声。頼りたい。聞いてもらいたい。私の今まで。私の恋心。…心の奥にしまっておこう。
外では雨が降ってき始めたようだった。ぽつり、ぽつん、つんたんぴん。屋根をたたくのは小さなしずく。やがてそれは大きくなって、ざわざわ私の心を揺らす。いろんな思いが頭をめぐり、声が出そうで出てはくれない。でも、もしそれが言葉に出てしまっても
それはそれで、だめだから。
氷華です
図書館司書、おもしろそう




