儀式とお鍋とかぐやさん かぐやside
ぱたんとドアを閉め、私は玄関に座り込む。頬が熱い。
「つきやさん…」
名前を呼ぶとそれだけで、ふわーっと足の先から頭まで、なにか甘いものが通り抜けていった。ふわふわしたまんまの頭を振って、考える。私、カイルが好きなんじゃなかったっけ…
でも体の全部がお砂糖になっちゃったみたいなこの感覚を覚えてしまうと。カイルのは少し憧れていた程度で、こっちが本当の恋、なんだとしか思えなかった。つきやさんのことを考える。
今日のつきやさんの髪型はとってもかっこよかった。いつも全然見えない目も少し見えた。しかも二人してしゃがんでしまったときの灰色の瞳には、小さな魔力と一緒になにか私をどきどきさせるものが含まれていた。あの時のつきやさんの目を思い出すと、それだけで胸が震えて、暑い夏がもっと熱くなる。
カイルを見たときはこんなことにはならなかった。胸がきゅんとするくらいで、こんなに、私が溶けてしまいそうになるくらい頬が熱くなったことはなかった。これじゃ真夏のアイスクリームみたい。返してもらったお鍋を抱えて考える。
「また、来てくれないかな…」
理由はなんでもよかった。ただ、あの声が聞きたいと思った。あの目が見たいと思った。あの時視界の隅に見えた、あの伸ばそうとしていた手がどこにいくつもりだったのか、知りたかった。感じたことのない、他者のぬくもりを感じたかった。
なんて軽い女なんだろう。カイルが好きって、この前まで思ってたのに。この一瞬だけでつきやさんが好きになってしまった。
自分の中で出てきたことのない欲が次々と作り出されて、感情を溢れさせている。それは想像していたようなきれいな感情ではなくて。黒っぽい、どろどろした感情ばっかりで。
「すきって、怖い」
でも自分が素直じゃないこと、ポーカーフェイスが得意なことは十分に知っていた。きっとつきやさんは私がどきどきしていたなんて、かけらも思わないだろう。
天の世界の黒いところを見つくした私は、感情なんて人につきいられる隙になるものは隠そうと努力してきた。どんなことがあっても笑顔を崩さず、そこにいかなる感情ものぞかせない。天使とはなんなのか、私はいつも考えてきた。
人々に安息を与え、祝福を贈るものではないのか。でもそんなことは考えても無駄だと知った。それからは何も考えず、ただただ微笑を守り続けた。嫌な思い出だ。
「気づかれないようにしよう」
つきやさんが返してくれたお鍋をもって立ち上がる。こんなひねくれた私と一緒にいて、つきやさんが楽しいわけがない。こんな真っ黒の、やさしさのかけらもない、演技力だけで今までつきやさんに接していた自分に、つきやさんのそばにいる資格なんてない。
この気持ちはきっちり閉じて、心の底にしまっておこう。もし溢れてしまうのだったら、もう、つきやさんのいない地の果てのほうに逃げるしかない。戸棚にお鍋を戻すと、小さく開いた窓の隙間からカーテンをはためかせた生暖かい風が、わたしの髪をなでた。
少女の金の目はうつろに冷え、口もとにはその目に不釣り合いな、温かい天使の微笑が浮かんでいた。
氷華です
天の世界は意外と怖めな世界です
私、じれ甘を書くの向いてないかもしれない…




