儀式とお鍋とかぐやさん
最近、視線を感じる気がする。僕は後ろを振り向いた。誰もいない。いつものバーで仕事をしているだけだが、ここ一週間くらい、誰かからみられている感じがしてならない。そしてその“やな感じ”は、昨日くらいからひどくなっている気がした。
「僕になんか用でもあるのかな…」
一昨日までは、仕事中だけだったし、たまにしか感じなかったからよかったが、ひどくなってからは外に出たらいつでも感じるようになってきた。別に殴られるわけでもないからいいけど、気持ちが休まらない。
家に帰ったとたん、疲れて倒れそうになった。あ 買ってきた卵が一つ割れた。もっと気を付けてないと危ないな…
キッチンで、買ったものをしまいながら考える。最近カイルも調子悪い。
今日は元気が出るようににんにくたっぷりラーメンにしようかな。彼女と別れちゃったみたいだし…あ でもそれでダメージくらってんならおなかにやさしい感じのほうがいいかな。雑炊にしようかなぁ。
冷蔵庫から二人分の材料を取り出す。
まだカイルは帰ってきていない。今は5時だから、そろそろ仕事が終わって帰る支度をしているころだろう。僕の仕事は6時半からだからまあカイルが帰ってくるまで家にいれるんじゃないかな。話したいし。
カイルはお城で護衛の仕事に就いている。この闇の世界を統治する王がいる城だ。最近戴冠式を終えたばかりのなり立てほやほやの王様は、あまりいい政治をしているわけではないそうでカイルが愚痴りまくっていた。しかも今年は千年に一度の大きな儀式がある年だから、ちゃんとやれるか心配らしい。
この儀式がどういうものかは、王様とその側近の家系だけに伝えられているもので、平民に詳しい内容は知らされていない。でも儀式に参加できないことはない。秘密を守るために魔法をかけられるが、面接に受かれば参加できる。
明日あたりにその面接があるらしく、儀式には3000人ほどの力の強い悪魔たちが出席するそうだ。一年間かかる儀式のために閉鎖される儀式の塔の周りではお祭りが開かれて、そこで珍しい食べ物や服や魔法具なんかが買えるらしい。お祭りは好きだから、僕もそれには行ってみようと思っている。それまでにはカイルも元気になってたらいいな…。
おいしそうなにおいになってきた鍋をかき混ぜていると、ふと思い出した。
「かぐやさんに鍋返さないと。」
借りてきた大きな鍋はキッチンのすみっこにぽつんと置いてある。あとでカイルにもっていかせよう。僕が行くよりきっと喜んでくれるだろうし…。
さっきから視界にちらつく黒い長めの前髪がうざったい。目をあまり見られたくなくて髪を伸ばしてるけど…僕のあまり量のない髪の毛が、もうひもでしばれそうなほどに長くなっていた。
悪魔には目の奥に魔力の光みたいなものが見えるが、僕にはもちろんそれがない。この世界に来て4年になるから少しはあると思うけど、目の奥で大きな魔力が揺らめくカイルを見てしまうと、何も言えなくなる。
鍋をテーブルの真ん中に置き自分の分の雑炊をよそっていると、ペットのキュイがすり寄ってきた。ものほしそうな目をしている。雑炊たべたいのかな。
「キュイって雑炊食べれるの?熱いよ?」
ちょっと話しかけてみる。キュイは相変わらず僕を見つめていた。見つめ返す。あ、意外とはりねずみって目がおっきいんだな。もっとちっちゃいと思ってた。そのまま一分くらい、キュイのうるっとしてかわいい目を観察していると、カイルが帰ってきた。相変わらず暗い顔をしている。
「おかえり。今日は雑炊だよ」
声をかけたが、カイルは何も言わずにダイニングを素通りして部屋に閉じこもってしまった。…もう一週間もこんな感じだ。怖い顔して、ご飯も食べないで、でも魔力はいつもマグマのように吹き出しそうになっている。いつ魔力が爆発するか、わからない。
無視することないじゃん。
「…もう六時だ」
僕は鍋を片付け、カイルの分の雑炊をラップして机の上に置いておいた。ウェイターのきちっとした服に着替え、さっきから邪魔な髪の毛を後ろで一つにしばってみた。前髪は目を隠さなくてはいけないから残したままだけど、これでちょっとましになった。鏡でおかしなところがないか確認して、玄関に向かう。壁にかかった時計が見えた。
「まだ二十分あるか…」
通勤時間は0分って言っていいほどお店は近いし、もう着替えているから店に入ってすぐに仕事が始められる。今日は特に宴会をするお客はいなかったから比較的暇なはずだ。
「そろそろかぐやさんに鍋を返しに行こう」
カイルは機嫌が悪いから僕が行くしかないだろう。蛇シチューをやってから一週間たった。早く返さないとかぐやさんも困ってしまう。キッチンに戻って鍋をもつ。もう一回鏡で確認する。かぐやさんに会うんだったら、ちゃんとしていかなきゃ。
玄関を出て、階段を下りる。かぐやさんの家の前。チャイムを鳴らした。なかからとたとたと音が聞こえて、僕は自然と笑顔になる。もうすぐ来るかと思った瞬間、ドンっと鈍い音が響いた。どうしたんだろう。1秒、2秒、3秒…心配になって声をかける。
「かぐやさん?大丈夫?転んだの?」
何回かドアをたたくと、ゆっくりとドアが開いた。かぐやさんだ。少し涙目になっている。
「つきやさん…どうしたんですか?」
「それよりかぐやさんは大丈夫?ころんだ?急がせてごめん。」
「はい…ちょっと足をベッドのかどににぶつけちゃって。大丈夫ですよ」
かぐやさんは笑顔を見せてそういった。でもきっと痛いんだろう。ちょっとこわばっている。
「見せて」
僕はお鍋を置き、しゃがんでかぐやさんの右足を見てみた。脛のあたりから少しだけど血がにじんでいる。七分丈のズボンをはいていたから赤くなっているのがよく見えた。かぐやさんは急にしゃがんだ僕にびっくりしたのか、はえ?とかいう変な声をあげながら自分もしゃがんでしまった。
いきなり同じ高さになった顔が近い。かぐやさんの金色の瞳に僕が映っているのが見える。いつも白い頬が、少し赤いし、お風呂上りなのか淡いシャンプーの香りがする。
あ 僕の好きな香り…思わずそのいい香りの黒髪に手が伸びる。きっとその髪はふわりとしていて、しゅるんと僕の手をすり抜けていくんだろう…そんな想像をして、はっと気づく。手を止めて、僕はばっと立ち上がった。
行き場のなくなった手を後ろに隠す。もうすぐで触れてしまうところだった。かぐやさんが好きなのは僕じゃない。カイルだから…
しゃがんだままのかぐやさんは目をしばたかせたあと、
「心配してくれて、ありがとう」
と言って、やわらかく、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
その笑顔に、心の奥のほうからあったかくてとろとろしたものが流れ出てくる。ああ
「好きだな…」
小さくつぶやいた。周りをきょろきょろしながら立ち上がったかぐやさんはそれには気づかなかったみたいで、鍋を見つけると、そっか。って。お鍋返しに来てくれたんだねって言ってくれた。
そうだ。僕はお鍋を返しに来たんだ。こんなこと考えてる場合じゃない。急いでお鍋を拾い、底についてしまった砂を払う。
「遅くなってごめん。助かったよ」
お鍋をかぐやさんに返して、じゃあねと言うと、笑顔と一緒にドアが閉まった。ドアに向かって小さくつぶやく。
「カイルなんてやめて、僕を好きになってよ」
受け止める人のいないその言葉は、夏の温かい風に連れ去られてどこかに飛んで行ってしまった。
氷華です
かぐやさんをできるだけかわいく書くため奮闘中です。
男の子の気持ちって難しい…




