368:ベターハーフ
その日、大きな魔力がアキラと繋がった。それは元々アキラが込めた魔力だった。
失ったはずの『時空間魔法』の魔力が戻ったことに、アキラは少し身動ぎをした。
「んん~、晃。そろそろ朝?」
瑞穂は探索の途中で晃を見つけたので、全てのことを放り出していた。
この部屋はかなり大きい。そして隣に続く部屋も見つけていた。
まだ眠っている晃を起こす前に、少し探索するのもありだと思った。
「あっ、スケッチブックに鉛筆だ」
アキラには絵の趣味もなければ、そういったセンスもない。
だからこれは、私へのプレゼントだと直感的に分かった。
パラパラと紙を捲っても真っ白で、すぐに新品だと分かった。
ベッドの端を借りて、起こさないように起こさないようにと、瑞穂はゆっくりスケッチを始めた。
水の属性魔法しか残っていないアキラは、持っていたはずの魔力に居心地が良いような、若しくは懐かしいような感触を楽しんでいた。そして部屋の中には暖かい何かが……。
これは学生時代で眠っている時に、瑞穂やトモがちょっかいを掛けてくる気配に似ている……。
あぁ、いつまでもこんな時が続けば良いのに……。でもそんな時に限って、起きなさいと言ってくる相手が……。
魔力が繋がったアキラは幸せな空気の中、自然と魔力にアクセスしていた。
それは無意識の中の意識。戻ってきた魔力と本人の魔力が混ざり合い、ベッドの横には光による魔法陣が刻まれ始めた。
「やっぱり夢って、何でもありね」
瑞穂は晃のスケッチを止め、魔法陣を描き出す。
いつまで経っても変化が起きない魔法陣は、爆発でも起きるのかなと少し不安になるものだった。
瑞穂は魔法陣を小さく描き過ぎたことを後悔した。手元に消しゴムがないからだ。バランスを見るため親指と人差し指でスクエアを形成し、スケッチブックの魔法陣がもうちょっと大きければバランスが良かったのにと、手元の魔法陣を指で広げる動きをした。
まるでスマホの『ピンチアウト』という拡大するような動きは、スケッチブックに描かれている魔法陣を大きくした。
その瞬間、現実の魔法陣も大きく広がりだした。
徐々に競り上がるドアは何故か異様な圧迫感があり、全て出る前にドアが開き女性達が雪崩れ込んできた。
「脱出成功」
「アキラと知らない女の人がいる……」
「あの……。もしかして、彼女さんですか?」
「あ、はい」
女三人集まればカシマシイとは言うけれど、六人揃ったらどうなるのだろうか?
目の前の女性達は、革鎧やローブ姿をしている。アキラが読んでいた本に出てくる、まるで冒険者のようだった。
「私達は頑張って任務を終えた。だから休む権利がある!」
「あ、はい。そう……ですね?」
「邪魔はしないから、二階を借りるょ」
「フカフカベッド!」
「あ、お邪魔しましたー」
勝手知ったる家なのか、五人の女性達はドアを開け、スタスタと二階へ上がっていくようだ。
戸惑っている瑞穂は、晃に問い質したい気持ちでいっぱいだった。
既に魔法陣は消えていて、いつの間にかドアも消えていた。
再びベッドの端に両肘をつき、頬杖をついて晃に話しかけることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「晃、朝ですよぉ」
「うーん、後五分だけ……」
「じゃあ、五分だけ待ってあげるね」
「ありがとう、瑞穂……」
晃の生返事に、なんだか胸のあたりがポカポカしてくる。
なんとなくだけど、会っていない間に随分寂しがり屋になってしまったみたいだった。
そんな幸せを噛み締めつつ、この景色を記録に残したいと思った。
それは写真なんかじゃ足りない。この線の一本一本が、晃に対する愛なのだから。
五分間は書きたい放題だ。
自然と至近距離まで近付き、細部まで記録に残したいと筆を進める。
カリカリ・カリカリ、シュッシュ・カリカリ。
カリカリ・カリカリ、シュッシュ・カ……。
「分かったよ、起きるから!」
「おはよう、晃……」
「あれ? 瑞穂……」
二人は向き合ったまま、まるで時が止まったように見つめあった。突如、晃が強く抱きしめてきた。
ストレートな表現は嬉しいんだけど、女性達が通過した家で少し照れてしまう。
夢ならば覚めないで欲しいな。知らない場所や知らない人が出てくるんだから、夢には違いないと思うけど。
すると、「ただいまー」という声が聞こえてくる。
晃のホールドが解けないまま、知らない男の子がガチャリとドアを開き、後ろを振り向けないままアワアワしてしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「初めまして、瑞穂です」
「初めまして。アキラ兄さまの弟のロロンだよ!」
「晃、いつの間に弟が出来たの?」
「あー、これには深い事情が……」
長い間眠っていたせいか、瑞穂がいることが現実と噛み合ってこない。
そして瑞穂から女性達5人が突然現れたと聞いたので、ティーナ達が無事ミッションを完遂したことが分かった。
この家は盗賊ギルドが監視しているはずだ。そして構成員であるラビも同行していたんだから、ほっといても誰かが来るだろう。
レーディスという女性が、通称『ねこねこ魔法』を使えるので、その辺の情報については問題なかった。
ロロンにはGR農場とさくら院に行ってもらい、心配をかけたみんなに無事を伝えて欲しいとお願いした。
本当なら自分が行くべきなんだけど、大きな力を失ったせいか、確かめたいこともいっぱいあった。
何より瑞穂がすぐそばにいる……。このまま別行動をしたら、消えてしまいそうな予感がしたので、それだけは譲れなかった。
ロロンがいなくなって、みんなが来るまでの間。この世界と今までの事を、瑞穂に伝えられるか少し心配になった。
「瑞穂に聞いて欲しいことがあるんだ」
「なーに? 晃」
「とても長い話だけど我慢出来る?」
「うん、何だか楽しそう」
それはね……。
たった一人の女性を救えなかった、情けない男の話。
そこに至るまでに、数々の失敗を重ねてきた。
それでも諦めなかった男は、最後に最上のご褒美を貰った。
ファンタジーと言ってしまえばそれまでだ。
一途に愛を貫いたので、ハーレムエンドはなかったはずだ。怪しい目で見てくる瑞穂は、二階を指差していた。
四人パーティーにコロナが入っても、誰ともそういう関係にはなっていないと素直に説明した。
だいたい瑞穂を助ける為に動いていたんだから、そういう時間はなかったと思う。
「まあ、いいわ。それにしても晃、少し幼くなってない?」
「そういう瑞穂だって、同じ年くらいに見えるよ」
異世界に来る時、リュージも外見が若返っていたと言っていたのを思い出した。
これはきっと、そういうものだと割り切るしかない。そうこうしている間、続々とやってくる関係者に瑞穂を紹介する。
誰も彼も「おめでとう」と言い、事態が分かっていない自分達は、「「ありがとうございます」」とよく分からないで返事をしていた。
今日は「疲れているだろうから」と言われ、みんなは早々に帰って行った。リュージとは明日、情報の摺り合わせをするらしい。
みんなが帰った後、瑞穂には伝えなければならない事があった。
それは元の世界に帰れないことだった。
「瑞穂、ごめん。日本には帰れそうもないんだ。だから友達や家族には、二度と会えない」
「そっかぁ……。そんな環境で、晃は頑張ってたんだね」
「自分の努力なんて、微々たるものだよ」
「もう、俺じゃないの?」
「妙なところを突っ込むよね。瑞穂は大丈夫?」
「晃がいるところが私の世界だよ。だから心配しないで、今度は私が支えるから」
「漁師なめんな」
「今は魔法使いさんでしょ? さあ、明日の為に早めに寝ましょう」
瑞穂の微笑みは、決して強がっているだけではなかったと思う。
届かなかったはずの瑞穂が、手を伸ばせば届く距離にいる。
それはとても幸せなことであり、もうこの手は離せそうもないなと痛感した。
『運命の相手』というより、『ベターハーフ』と言ったほうがしっくりくるかな?
こんな言葉は照れくさくて本人には言えないけれど、多くの神さまに祝福されている筈だから、ちょっとぐらいは自惚れても良いと思う。ありがとう瑞穂、この世界に来てくれて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜中起きてきたティーナは、珍しく晩御飯が出てこない事に驚いていた。
続々と起きてきた四人は、一階のリビングへ食料を探しに向かう。
特にティーナとラビは、勝手知ったる他人の家だった。明日になれば、このパーティーは解散になるだろう。
だから快適な睡眠を取ったら、今度は満足のいく食事を楽しみたかった。
「文句言ってくるょ」
「ティーナさん、いくらなんでもそれは……」
「私達は頑張ったんだから、ご褒美は当たり前」
「ちょっと、ラビ止めなさいよ」
何だかんだ言っても全員で行動するところは、長期間の旅で仲が良くなったことを表していた。
みんなで足音を殺して、家主の部屋へ向かう。そしてドアを開けると、二人は仲良く眠っていた。
二人の手が片方ずつ毛布から出ていたが、その繋がれた手を見たらティーナ達は何も言えなくなっていた。




