134:公爵領の夏休み5
ジリジリと音が聞こえそうな王都を離れ、公爵領では緩やかな時間を過ごした。
週末にはセルヴィスやスチュアートがやってきて、マイクロ以下騎士達にも実践稽古をしていた。
子供達は午前の比較的涼しい時間に稽古をして、午後はそれぞれの時間を過ごした。
初めの方は団体行動だった子供達も、特待生達が混ざり、いくつかのグループを作っていく。
今日は低学年の子供達が勉強をして、剣術グループと魔法使いグループが分かれて色々やっていた。
サラの水属性魔法の話はとても参考になったし、コロナの魔法は火の属性なので使い手が少ない。
ルーシーとサラは、魔法を使う際に瞑想する時間が極端に短く、コロナと一緒に色々と勉強させて貰った。
今は夏休みの宿題である、魔法技術の向上に努めていた。
「アキラ君、何をやっているの?」
「はい、サラさん。こう二本の水を糸みたいに細くして、編みこもうと思って」
「それって、こうか?」
ルーシーが砂の魔力を二条出し、ネジネジと編みこんでいって……、一本の砂の塊になってしまった。
自分がやっても同じように水の魔力が混ざってしまい、一本の水の魔力になってしまう。
最後にサラがやってみせると、キレイにすばやく編みこまれていった。
「さすがサラちゃん」
「もう、ルーシーは集中力が足りないの。同じ事が出来る実力のはずよ」
「えー……。サラちゃんに魔法で勝てたこと、一度もないけどなぁ」
リュージ曰く、サラもルーシーも天才の部類らしい。
ただでさえ少ない魔法使いの中で、年少の頃から魔法を発動し、フィーリングだけで魔法を覚えていく。
サラは水の精霊さまに愛されているし、ルーシーは風の精霊さまに直々に魔法を教わった数少ない人だ。
二人はたまに公爵領の畑の相談を受け、魔法的な何かで手伝っているようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夏休み期間中は、王家の家族は度々王都に戻っている。
業務の指示であったり、浴衣の寸法あわせだったり、王都にいることのアピールだったりする。
特に王とローランドは、必ずどちらかが王都にいる必要があり、侍女を通して二人の業務はまとめて報告されていた。
二人が揃って休みを取れる日は少ないが、それでも子供や孫達の為に多くの時間を取った。
逆にリュージ達は様子を見ながら公爵領へやってくる。
ザクスやアンジェラもやってくるし、この間はガレリアもやってきた。
環境を変えると新しいアイデアが湧くようで、空いているコテージも使いたい放題だった。
そんな時は、自分もよく呼ばれることになった。
「リュージ君、あの話をアキラ君に話してみたらどうだい?」
「はい、ガレリアさま。アキラ君、『さくら院』と『ソバット診療所』の今後が大体決まったよ」
この夏休み中に大きな外観の工事が終わり、中の工事もリュージが関わる部分以外が終わるらしい。
そして笑い話として、『さくら院』での失敗談を聞いた。それは学院に寄せられた、夏休み中の演奏場所の問題だった。
ミューゼ家を含め音楽科に多くの特待生がいる中、少数ながら新入生が入ったらしい。
アルバイトを認められた学生は、多くの貴族家に招かれて、練習をしながら夜会で演奏をすることが出来る。
ただ、まだ実力が認められない者も存在した。
『どこかに大きな音で演奏して良い場所はありませんか?』
『涼しくて集中出来る環境が欲しいです』
このような声に学院を解放しているが、音楽科の練習は一人でやる作業が多かった。
そこで『さくら院』の運動場を使わせてもらう事になった。
この頃になると、作業場で作った手押し車を押しながら、具合を確かめる年配の方が運動場を利用する。
そして、多くの人がカラコロカラコロと、歩きながらお喋りをする姿も増えてくるようになった。
「広さは十分あったんだよ。でもね、問題があったんだ」
「え? 特に問題ないと思うんですが……」
「それはね。楽曲のチョイスがね」
お婆ちゃんがカラコロカラコロとゆっくり運動場を歩く。
健康の為に歩くのは推奨され、誰にも邪魔をされることなく歩ける広さがあった。
工事現場の作業員も、夏場は無理な作業をしない。
高所作業もあり王都の夏は日差しが厳しいので、ゆっくり休憩を取りながら作業するようにと言われていた。
そんな中、凛とした一人の女性が楽器を構える。
チャッチャッチャ チャッチャッチャ チャッチャッチャッチャッチャ テッテケテッテーテッテッテー
運動会の徒競走でよくかかる音楽で、後で曲名は『クシコスの郵便馬車』と教えてもらった。
『天国と地獄』も演奏したようで、どちらも勇壮な音楽で有名だった。
ゆっくり歩いていたお婆ちゃんの速度が、知らないうちに徐々に上がっていく。
一緒に話していたお婆ちゃんの速度も、釣られるように徐々に上がっていく。
工事関係者の作業速度も上がり、現場の作業員に不協和音が広がっていく。
医者の手術で言うならば、「メス」「汗」「メス」「汗」と、明らかに効率が落ちているのが分かるようだと言っていた。
事態を察した協会関係者がメルナールに報告し、しかるべき練習場所を確保すると約束して、曲目をゆったりした物に変えてもらったようだ。その後の話し合いで、必ずしも運動場の必要性はないと意見が出て、今は休憩が出来る公園風に作り変えているらしい。中央に円形の樹木を植えられるスペースを作り、常緑樹の大きな物を植えて育てたようだ。
「内装に関しては相談なんだけど、まずはこっちかな?」
「相談って、設備とか詳しくないですよ」
「あぁ、温泉施設についてなんだ。湯船なんかはもう取り掛かっているんだけど、面白いアイデアとかがあったらね」
「日本人だから……ですか?」
「まぁ、そんなところ。魔法使いを集めると、面白いアイデアが出るんだよね」
ソバット診療所の人材不足問題は、スラムから働きたいという少年少女が手を上げた。
GR農場ではある程度の年齢がいかないと雇えないらしく、あまりに若い人を雇うと『虐待』っぽく言われてしまうようだ。
ただスラムでは早くそこから抜け出さないと、ぬるま湯なような環境が徐々に人をダメにしていく性質がある。
アンジェラが足繁く通うようになり、ボランティアとして清掃活動をする者、GR農場で働く者など徐々に増えている。
相変わらずスラムから出ようとしない者もいるが、こっそり畑を作っている場合もあり、人生に悲観して怠惰な暮らしをしている者は大分減ったようだ。協会が後ろ盾につけば虐待とは言われないようで、『健やかな筋肉』と呼ばれているウェイドが正式に受けて、この子供達の指導をしているらしい。この少年少女は、GR農場が責任を持つという証に、エプロンを作り贈った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夏休み中は途中抜けることもあった。
主にリュージの関係で、釣り人のブレスに届け物をすると、お返しに釣りセットを預かった。
公爵領では川遊びが出来るようで、釣りをしたり水遊びをしたりして楽しんだ。
釣れた魚はアラクにお願いをして、塩焼きにしてもらった。
こちらの魚の名前はわからなかったけど、岩魚や山女など定番の顔つきをした魚だった。
強めの塩に久しぶりの魚で、やけに美味しく感じた。
長期間の夏休みでは、食事のバリエーションに困るかと思って、ブリュレには素麺を大量に渡してある。
そして、濃縮タイプの麺ツユをリュージが持ってくると素麺談義になった。
食べやすくて美味しい素麺だけど、醤油系だけでは飽きてしまう。
梅干を刻んで添えたり、味噌汁につけて食べたりしても美味しい。
どんどん脱線した結果、ジャージャー麺風や坦々麺風、果てはバンバンジー風やソーメンチャンプルにまで発展した。
ブリュレは特にゴマダレに感動したようで、色々試行錯誤したのか、冷やし中華のような物までもってきていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リュージの呼びかけで、魔法使い達は一日王都に集められた。
『さくら院』の温泉施設で、アイデアがあったら出して欲しいと言っていた。
メルナールからウェイドを紹介してもらい、宮廷魔術師団からはメフィーとワァダが、学院からはサリアルとアンジェラが来ていた。
他にはガレリアにエント、サラ・ルーシー・コロナに今日はウォルフも参加していた。
公爵領に滞在していた魔法使いのメンバーには、自分が使える魔法を公開してある。
男湯も女湯も、基本的には同じ作りにするらしい。
今回決まっている事は、年配向けになると思うのでサウナは中止。セットになる水風呂もやらない事になった。
大浴場一つに変わり風呂を、二個以上を予定しており、そのうち一個は週代わりか月代わりで薬湯や○○風呂を予定するらしい。
主にザクスが関わり、柑橘系や香りの良い花を浮かべるようだ。
「リュージさん、お湯ってどうするんですか?」
「そこは魔道具で再現するよ。ラース村でも作ったし、学園の特待生寮でも魔道具があるんだよ」
「源泉かけ流しですか?」
「そうだね。その辺も意見があれば応用はきくよ」
サラとルーシーはラース村の出身なので、あれが欲しいこれが欲しいと意見が出る。
主に椅子や桶の備品に関するもので、洗い場も充実した出来になりそうだ。
意見はエントが小型の黒板にメモしていく。
「温泉と言えば、打たせ湯とかですか?」
「そうそう。泡が出るタイプも良いね。下からだったり背中からだったり」
「いっそ、マー○イオンのように口からお湯が出たら面白いですね」
「……エントさん。お湯の出口なんだけど、動物を模したものでも大丈夫です?」
「あぁ、リュージ。時間をもらえればなんでも作れるぞ」
協会的にはダメでも、聖者達は浮世離れしているので平気な事がある。
今いる人達に、『怖くて触りたくないモンスター』の意見を色々出してもらった。その中から選ばれたのがキマイラだった。
メインの湯船には、ライオンの口からお湯が溢れるように出す。その他のお風呂にはヤギ・ヘビを模した像が置かれる予定だ。
それだけでは怖いので、女性風呂には聖女の像を、男性風呂には英雄の像を設置するらしい。
メルナールとウェイドは、協会がOKを出せる像を作れる業者を手配した。
ここからは魔法使いと付与魔術師による実験コーナーだった。
土の壁で水を貯めていく。壁からジェットが出るように、下から泡が出るように細工を施していく。
どのくらいの高さからどのくらいの水量を落とせば、ほど良い水圧を受けられるのか?
これには3パターン用意して、最も強い場所をウェイドに受け持ってもらった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
公爵領での夏休みを、一ヶ月まるまる楽しんだ。
子供達は剣術の訓練は程ほどにして、体を動かすことをメインにした。
親犬や子犬と戯れ、羊やヤギを追い、馬術の稽古をする。時にはドッジボールだったり、バドミントンをしたりした。
夜には子供だけで泊まる事もあり、夜更かししてゲームを楽しんで、揃って正座してソルトに怒られた。
騎士団は初めの方で、『地獄の訓練』に突入したようだけど、後半には『良い訓練』だったと感想が変わっていた。
遠出の際にはきちんと護衛を勤めてくれて、こっそり狩りにも連れて行ってもらった。
生息域的に野生の害獣が、牧場の動物を獲物として狙う事がある。
現地で休憩をすると、騎士団は簡易カマドを作り、炙っただけのパンやチーズ、塩っ辛い乾燥肉に様々な感想が出た。
後数日で王都では夏祭りが開催する。
ギリギリまで公爵領で過ごせるが、下の子供達はもう別れが寂しくなっているようだ。
最初あまりライマードとロメロに良いイメージを持っていなかったレイルドでさえ、すっかり仲良しになっている。
騎士団と特待生組の一部は既に旅立っている。有意義な訓練に、グレファスはミーハーのように多くの人と模擬戦を行った。
学院の夏休みは、まだ一週間以上残っている。
今までこっそり訓練していた成果を、サリアルにきちんと報告出来るように、最後まで頑張りたいと思う。
ウォルフとの模擬戦の結果は……、公然の秘密だけどそっとしておいて欲しい。




