135:夏祭り前夜
夏休みの成果を一言で言うと、それは『魔法』だった。
学院では、幅広い人に当て嵌るように講義が行われる。
課外授業などもあるけれど、それは極限られた回数であり、タイミングの問題もある。
だから、今回のように魔法使いが一箇所に集まり、話し合う事は稀だった。
今回使えるようになった魔法はいくつかある。
公爵領で最初に覚えたのは、『カラー』という水属性魔法だった。
サラが見本を見せてくれた、二つの水属性魔法をキレイに編みこむ魔力操作をしていて、ふと気が付くことがあった。
これって、両方同じ色だから分かり難いんだと……。
「サラさん、これって色をつけることが出来ますか?」
「え……、何で色をつけるの?」
「魔法は属性によって、関係する色があることにはあるけど……」
「ルーシーさんも、ピンときません?」
「あぁ、必要性を感じないと言うか……。水って透明だし、属性で言えば青だよな」
火の魔力のイメージカラーが赤のように、水の魔力の色を変えるのには違和感があるらしい。
そもそも今いるメンバーは、海や池や湖などを見たことがないようだ。
透明だけではなく青や緑、温泉で言えば白濁など、水の属性で表現してもおかしくないはずだ。
そう考えて魔力鉢を使いながら試行錯誤をすると、水という組織を一切変えず色だけ変更することが出来た。
その流れで炭酸水も作れないかと試してみた所、これも問題なく作ることが出来た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『さくら院』の温泉施設を検討する際に、リュージに『カラー』と『ソーダ』を披露した。
リュージは「そっち方面は考えたこともなかったなぁ」と苦笑いしていたが、考えてみると水の色を変えただけで、成分は何も変わっていない。炭酸水だって酒を割るのに適しているかなくらいで、特に何が役に立つという魔法ではなかった。
ただ、リュージにはヒットしたようで、一部の温泉の色を変えて、『ソーダ』は蓋のついたガラス製のピッチャーで魔道具にした。
「リュージさん。魔道具って、何でも出来るんですか?」
「うーん。この分野は正直あまり詳しくないんだよね。理論については、ガレリアさまかエントさんに聞くと良いよ」
「理論以外があるんですね?」
「簡単にで良ければ説明をするよ」
リュージによるとこの世界の魔道具は、魔法そのものを込めるタイプと、動作を込めるタイプがあるらしい。
例えば【成長/増殖】という植物属性の動作がある。これを魔道具化すれば、成長促進するプランターが作れる。
それとは別に『成長促進』という魔法がある。これも魔道具化すれば、成長促進するプランターが作れる。
結果が同じでも、魔法を直接込める方が容量を多く取り、受け皿となる宝石も良い物が必要になるらしい。
ちなみに動作とは、その属性が持つ特徴のような物で、相反する属性の特徴を持つ場合もある。
「こういう魔法の開発、嫌いじゃないよ。他に覚えた魔法はあるかな?」
「覚えたというか、覚えていた魔法を試しに使ってみました」
「となると、時空間魔法の方かな?」
「はい、『ホール』という魔法です」
『ホール』と唱えると、コイン位の大きさの暗闇が二つ姿を現した。
分かり易いように、テーブルの上にある大き目のコップの上に移動をさせる。
この先は少し集中力を使う作業なので、杖を取り出して水の魔力の制御を始めた。
今、目の前には三つのコップがある。
真ん中と左のコップは空であり、その上にはホールの暗闇がそれぞれ浮いている。
右側のコップに入った水を魔力操作で糸状に汲み上げる。それを真ん中にあるグラスの上の『ホール』に落とす。
するとそこを境に、中央の『ホール』に入った水が、左の『ホール』から零れて左のグラスに注がれていった。
「まるで手品だね」
「そうですね。液体が『ホール』の入り口から入り、出口に出る魔法……なんですかね?」
「この大きさまでなら何でもいけるの? 例えば指とかコインとか」
「ちょっと怖いので、コインから試してみますか?」
リュージも「折角だから」と、実験に付き合ってくれることになった。
『ホール』の魔法は空間に固定出来て、維持をするのも難しくはない。
だから水の魔法を同時に使うことも出来たし、簡単な魔法くらいなら二つ同時に使うこともできる。
感覚的な事でリュージに、「通そうとしなければ通らない」とは伝えてある。
結論を言うとコインなどの小さな物体は通ったが、入り口に入りきらない物は通せない事が分かった。
続いて、二つのグラスに魔法で水を注ぐ。
片方は透明にして、片方はメロンソーダのような鮮やかな緑色にした。
リュージからコップの中央に『ホール』を沈められるか聞かれたので、指示通りに丁度中間地点で固定をした。
ゆっくり緑色の液体を透明な方に流していく。きっと溢れるなと思っていたら、両方の水量は変わらなかった。
緑色のグラスは、『ホール』より下が緑色で、『ホール』より上が透明な液体ではっきり分かれていた。
透明だったグラスは、全体が薄い緑色になっていた。
「これは単純に、一方通行じゃないんだね」
「そうなると、最初のホールの現象はどう解釈すれば?」
「もしかすると、同量の空気なんかが移動しているのかもね」
「これって、大きさ的に『通り抜け○―プ』……は無理ですよね?」
「異世界でその考えは禁忌だからね」
『レコード』の魔法までは手が出せなかった。
魔法使いが集まっても、アイデアは出るけれど、実際の魔力操作は本人によるところが大きい。
ただ意見を聞けたのは大きく、出来ると思った事は成果に繋がっている。
今回は水属性魔法で二つも魔法を覚える事ができたので、夏休みの課題として発表するのが楽しみだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
GR農場では、祭りでの最終確認を行っていた。
『夏祭り』では出店を予定しており、最終的に焼き鳥を出すことになった。
加工食品と野菜にこだわり、GR農場で出した数々の料理を検討した。
ブリュレからの発表で季節や客層を考えた結果、屋台の基本に帰って『地味に串焼きが美味しいのでは?』と意見が出た。
通常出店で串焼きと言えば、獣肉をサイコロ状にカットし、塩のみで味をつける。
最近ではGR農場からハーブ類と一緒に香辛料を購入し、場合によってはバーベキューソースを購入している業者もいる。
仕入れ値を考えると圧倒的に塩で出す業者が多く、宣伝費用と割り切って祭りの時くらいしか豪華な味付けをしない事もあった。
夏のキーワードと言えば、『さっぱり&あっさり』・『酸味』・『辛味』・『苦味』・『夏野菜』など、体を気遣いつつ力をつける目的の物が多い。そして担当者は肉の種類を検討し、フルーティーでぴりっと一味来る串焼きをトルテとリュージに相談した。
早速、肉屋に相談をして鳥肉と決め、ソースの開発に取り掛かった。
「うん、これはこれで美味しいね」
「トルテさんはどうですか?」
「エールには合うと思う。ただ、アクセントが欲しいというか……」
「カレーで言う福神漬けとか。この間ブリュレさんが作った夏野菜のカレーとか。その先が見られたらいいね」
専用の調理台を用意し、バーベキューの要領で色々な素材を炭火で焼いていく。
肉や野菜だけでなくキノコなども並べ、じっくり火の通りを見極めていく。
「そこ、香りも楽しめないか?」
「え? ブリュレさん……」
「リュージさん、これタレを刷毛で塗りながら焼いたら、良い香りじゃないですか? バーベキューでは肉に下味をつけてますよね」
「焼き鳥なら、鳥の油をタレに戻しても美味しいかもね」
「そう考えると……、こうですか?」
トルテはまだ完全に仕上がっていない、焼き鳥の串を三本取り、どぼんとタレにつけて再び調理台に戻した。
鳥が炭に炙られ余分な油を落としていく。そして、落ちた油と一緒にタレの香りが爆発的に広がっていく。
リュージから「何回つけるかはお任せします」とアドバイスがあり、一回だけではないとハッとする担当者。
後の工夫は、祭りの前日ギリギリまで続けられることになる。
『裏夏祭り』は夏祭りと同時開催で、貴族お抱えの料理人達が、貴族に代わりに行う代理戦争のようなものだ。
ただ、多くの料理人がトルテに師事しており、参加するのは公爵以下の限られた上級貴族が占めている。
「うちの料理人はこんなに凄いんだぞ」という社交であり、一品を持ち寄る形なので順位をつけると言っても明確なものはない。
ちなみに祭りとは主に民のものであり、更には大人の為のものであるとされている。
貴族が参加することはあっても、そこで権力を振りかざすのは無粋とされている。
『裏夏祭り』に参加出来ない貴族家は、ダンスホールでささやかな宴が予定されていた。
「トルテさんは、祭りの前日までの準備で良いですよ」
「いや、リュージさん。仕事は仕事ですから」
「でも、予定があるんでしょ? 最後の挨拶までに間に合えば良いですから」
GR農場からは一品しか出さない予定だったが、トルテたっての希望で二品を出すことになった。
それはトルテが作るにはあまりに簡単な、『甘酒』と『大学芋』だった。
夜に開催するとはいえ、夏の暑い時期にワインとエールが農場で用意される。
多分だけど、冷たい料理が多く出されると予想される。
夏バテしている貴族も多いかもしれない。そんな人々を労わる料理として、チームが選択したものだった。
『さくら院』の調理場を担当するブリュレは、大胆な企画を考えていた。
旬の素材を使った食材で、『冷蔵庫のありもので仕上げる』という、家庭の主婦のような料理スタイルを取るらしい。
スタッフは『ソバット診療所』を通じて、常連さん達から募るようで、リュージもトルテも異論は出さなかった。
栄養学を考えるなら、本職がやるべきだ。ただ、旬の食べ物とは、本来その時必要な物が摂れることが往々にしてある。
夏野菜にしても、緑黄色野菜にしても、根菜類にしてもそれに合う季節があり、最も似合う料理法が存在する。
「ブリュレさん。『これが正解だ』という料理を持ってくるかと思いました」
「リュージさん。季節が巡ったら改めて披露します」
「ブリュレ、良い決断だと思うぞ」
GR農場は祭りの準備は整った。
レンとナディアがトルテを支援しようと何かを画策しているようだけど、今回は止めた方が良いかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「スタッフのみんなー。キャストのみんなー。明日はプレオープンなのだ」
「「「「「はい、ミィさん」」」」」
「もー。ミィちゃんって呼んで!」
明日の祭りは昼から酒が振舞われ、例年より少し遅い時間まで屋台が延長される。
エールは二日に渡り振舞われるので、初日の量は決まっており、屋台は人が減ったと感じたら三々五々解散になる。
その後に行くとしたら、『宿屋兼酒場』・『ワインバー』・『ブルーローズ』があり、そこにミィが立ち上げた若者向けの『女性がついてくれるお店』がプレオープンとなる。あまりに『ブルーローズ』の格が上がってしまった為、ミィが若手に酒の飲み方を教えるという裏の目標を掲げ、『ブルームーン』という『2』を意味する名前になった。
『ブルームーン』の初日は浴衣祭りである。
一度『ブルーローズ』を出禁になった者が多く集まる事が予想され、粗相をしたらすぐに出禁となる。
両店とも用心棒はしかるべき人物が務めている。入店時に武器を持ち込めないのは当たり前なので、酒に酔った貴族家のボンボンがどれだけ撃ち落されるか、それによって王都での暮らしに反映することを理解しなければならない。
救済やチャンスは何度も与えられない物だから……。




