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Youなるもの  作者: あなた
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9/18

影対霧

私は剣を地に突き刺し、自身の枷(しばり)を解き放つ。

瞬間、地に落ちた影がゴウ……と炎のように揺らめく。

昏き黒焔は業火のようにその主たるカタチを現し、周囲の空間をぐにゃりと歪ませる。

罪深きはその形か。

この肉体を移し取る影(かがみ)は、なんと黒く歪つな形状をしているのだろう。

ぶくぶくと膨れ上がった影は人外の化生となり、その本性を地に晒す。

もはやそれは人ではなかった。

人がおよそ心の中で知る、最悪の恐怖の具現。

―――鬼(隠ぬ)。

影はゆらゆらと燃えながら私の体内へと入り込み、この世に残していた形までも消し去っていく。


―――瞬間、私の存在がこの世より消失する。


比喩ではなく、世界から私という存在が認識されなくなる。

この身は影。故に形は無い。

幽鬼のような人型がただそこに佇むのみ。


影はヒュッと動くと霧の奥まで疾駆し、そこに隠れた闇を捉える。

抜き放たれた一閃は、死のない妖精をも掴んで見せた。


「おどろいた……。その業は、私をも殺せるというの?」


「………………………」


女は僅かに身をかがめ、その指で刀を防いでいた。

彼女の両手が私の刀を押さえ込みにかかる。

グググググ……!と、鍔迫り合うように、互いの顔が近づく。


「けど……、その代償は大きかったわね。

あなた。自分でもかなり無茶してるって気付いてるでしょ?

そんなにまでなって、私を封じることに意味があるの?」


「…………………………」


「……フン。話す理性さえ無くしたか。

所詮、あなたたち戦士は組織に遣われるだけの物言わぬ機械。

明確な自我など持たず、ただそう在ることに意義を持つ傀儡に過ぎない。

でもね……無意味なのよ。

何度魔を屠ろうが、なんど世を平定しようが。

この世の悪意は人によって生み出される。

あなたが誰かを助けるたびに闇は産まれ、人の世に悪意をまき散らす。

その業は永遠に消えることはない。

人が生き続ける限り、ずっとね」


「斬っ!!!」


私が発すると同時に、刀は質量を増し、力任せに彼女を突き飛ばす。

怒号のように地から唸り上げる一閃は、彼女のスカートの端を引き裂いていた。

なんたる剛剣か。小力な少女の細腕から為されたとは思えない一撃に、女は僅かに目を見開く。

姿は少女の原型こそ残していても、その力はもはや人外そのものだった。


女怪は不利と悟ると、空へと飛び上がり、くるりと天上で身を翻す。


「あ~あ……。この服結構気に入ってたのになぁ……っ。

ほんと、少しは加減してよ、―――ねっ!」


みなまで言わせず、畳み掛けるようにして私は駆ける。

手に禍々しい業物を持って。

魔女に、僅かな休息の猶予さえ与えない。


その刃は、振るうたびに勢いを増していく。

身体は際限のない暴風と化し、この世にあるすべてのものを破壊し尽くすように暴れ回る。

手が付けられないのは、そこに理性の欠片もないからだろう。

一度(ひとたび)解き放たれた刀は、対象を殺すまで止まらない。


首筋を流れる焦りは、はたして彼女から出たものか。


「……っ!」


小さな鬼の猛撃を捌きながら、女怪は思わず魔術を発露させる。

それは彼女にとっても予期しないことだった。

私はその爆炎を咄嗟に刀を盾にして、衝撃を受け流す。


「………………………」


「………………………」


じりじりと睨みあう両者。

もう、どうしようもないほどに二人は昂ぶっていた。

この戦いを止めるには、どちらか一方の死以外にありえないだろう。

彼女もそれが分かっていたのか、私を見て声を上げる。


「言っておくけど、最初に手を上げたのはあなただからね?」


そう言って、彼女は左手を顔の前にかざした。

私が二の太刀を振り下ろす、その合間に――


「hfdkskdjmc」「ghdsokg」


奇妙な発音を、彼女はぽつりと零した。

何を言ったのかは知らない。発声もおよそ人の口から放てるものではない。

まるで異なる世界の言語と言語を同時に発声し、重ねたような異質さ。

それも人の聴覚で聞き取れるような並みのスピードではなく、だ。

そうして彼女の詠唱は、速やかに紡がれていく。

異変は、まず地表の地鳴りとなって現れた。

ボコボコと盛り上がる地面に、私は体勢を崩す。


耳はピーーーーーンと耳鳴りを訴えている。

私は眉を顰めながら、その異変を見つめた。

地中から顔を出すのは、無数の白い霧の巨人たち。

地層の割れ目から這い出るように、もくもくと姿を現したそれらは、どれも顔を持たない。

彼らに意思はない。

ただ命令を待つ人形のように、そこに在るだけだ。


先ほどの霧が形になったようなものか?

……けど、それに何の意味がある?


私はためらいなく、その一つを斬った。

先のように物を斬る一閃ではない。

魔を断つ閃光として、像そのものを斬り飛ばす。


それは刃に触れた瞬間、霧散するように消えた。


鏡斬り、影抜きとも呼ばれる操の秘奥の一つだ。

魔を通す刃は鏡のように対象を写し取り、その存在を消し去る。

そこに区別はない。映るモノなら、何であろうと斬れる。

たとえ姿のない化生であっても、その刃は鏡のように真実を写し取り、相手の業を斬り取ることが出来る。


そう、斬れる。

人だからこそ、斬れる。

さっき彼女は、この世は人の業で溢れていると言った。

ならば、人を斬るために作られたこの刀なら、この世に斬れないモノなどないだろう。


そして私は、人の闇を裁く執行者。

およそ人である限り、私たちに断罪出来ぬモノなど、ありはしないのだ。


そんな私の興奮をしり目に、魔女は大して感慨もなく、斬り伏せられていくそれらを見下ろしていた。

何度使い魔たちを滅せられても、その表情は一向に曇らない。

少女の体力を奪うために作られた足止め用の駒とばかりに、拱手して眺めるだけだ。

私は魔女への道を駆けるように、彼らの列を切り開いていく。

その身体をアクロバティックに踏みつけ、彼女へと躍りかかる。


――が、


「dhdkffio」


それよりも尚速く、彼女は詠唱を終え、無造作に霧の壁を作った。

壁に阻まれ右往左往する私を歯牙にもかけず、目前を横切っていく。


……舐められたものだ。

目の前に私がいるというのに、無視するとは。

今なら私をその奇怪な魔術で圧倒することだって出来ただろうに……。


――その驕りが身を滅ぼすぞ?


私は不敵に嗤う。

手に持つ妖刀はカタカタと鍔を鳴らせ、私にアイツを食わせろとせっついてくる。

言われずとも、喰らわせてやるさ。

極上の化生の血をな。

私は乱立していく壁を薙ぐように壊し、嬉々として彼女を追いかける。

しかし、視線の先に彼女はもういなかった。

気づけば私のはるか前方に立っていた。


「didhidfjiof」


なんとよく通る声か。

彼女の声は、まるでどこぞの教会にいるかのように、あらゆるところへ反響していく。

少なくとも、この閉鎖された霧の世界においては、誰より自分を反映させることが出来るようだった。

周囲を覆うこの白い空間だけは、私の刀をもってしても完全に掃うことは出来ないだろう。

彼女を消すまで、いつまでも私をこの世界に閉じ込めてしまう。

一種の魔界。

亡霊や妖怪などが、生者に干渉するために作り上げた疑似世界のようなもの。

その恐怖は人であるなら、誰しも分かるだろう。


彼女たち化生は人の怖がせ方をよく知っている。どうやれば不安を膨らませるか。

この世界に漂う敵意や殺気も、おそらく彼女が私を怯えさせるために作った幻影だ。

普通の人間ならその恐怖に負けて押しつぶされるだろうが……、私は戦士。

この程度でくじけるほど軟弱に育てられてはいない。


……しかし解せん。

なぜあいつは何もしてこない?

これほどの結界を作る力があるのに、なぜ私を押し潰しにかからない?

いくらでも攻撃のチャンスはあったはずなのに。


……いや、出来ないのか?

それが彼女の本質だから。

アレは存在自体が幽体であるゆえ、表立って生者に攻撃が出来ないのか?

だからこうして私を翻弄し、私が自身の業で滅びるのを待っている?

だとしたら……やつの狙いは、私の消耗……っ!?


「……くっ……」


肉体の消耗に耐え切れず、私は地に足をつく。

倒れそうになる身体を何とか刀で繋ぎ留め、支える。


「…………………」


彼女は体勢を崩した私を見て「今更気づいたの?」とでも言いたそうに優雅に私を見下ろしている。

これまで通り何をするでもなく、遠くから私の破滅を待っていた。

この霧は、人の精神を汚染する毒だ。見る者、触れるモノを容赦なく染め上げる、冥府の穢れ。

私は身の業の深さゆえに、その邪気を多く取り込んでしまう。


「ごほっ、ごほっ……!」


私は無様に両手をつき咽せ込む。

身体から魂が剥離されるような錯覚さえ覚える。


どうしたというのか、私は……。


感覚の薄い手足。

自分の身体さえ、そこにあるのか今ではあやふやだ。

私は自分を確認しようと、手を胸元へと引き寄せる。

その視線がふと、手にした刀へと降り、私は絶句する。


「!」


その刃が……白く濁っていた。

どうやら先ほどのやりとりで、かなりの瘴気をその刃に吸い込んだようだ。

相棒と思っていた武器は既に、”この結界の中のモノ”へと上書きされてしまっていたようだった。


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