接触
紅葉の葉がすっかり枯れ落ち、風が冷たく刺すころ。
私は意を決し、彼女との接触を試みていた。
出会った彼女は当初こそ、何も知らないというように他人のようにおどけて見せていたが、話が彼のことになると、途端にその表情を変えた。
空気は変わり、柔和だった態度は、嘘のように険しくなる。
まるで、人外の何かがその本性を露わにしたかのように。
彼女の瞳に、温度は籠っていなかった。
「へぇ……。あなたがそうなの?」
彼女がそうつぶやくと、途端に周囲の温度が急に下がったような気がした。
私は背中に薄ら寒いものを覚えながらも、努めて冷静に目の前の彼女を見据える。
その内に潜む闇を捉えるように。
彼女はそんな私を睨みながら、ゆっくりと口を開いた。
「どうりで彼、なかなか話したがらないと思っていたわ。あなたが後ろで糸引いてたのね?」
顔は穏やかだった。
けれど、内面は憎憎しげな怒りを滲ませ、私を見下ろしていた。
近くで見る、彼女の身体は大きい。
身長は一七〇センチくらいだろうか。
ヒールを履いているせいで、ただでさえ高いその身の丈がさらに増している。
今では、私より頭一つ分ほど高い。
そんな彼女に凄まれるのだ。
その圧迫感は、遠くから見ていた時とは比べ物にならない。
遠目に眺めているだけでも、彼女には明らかに他とは違うオーラがあった。
けれど、こうして実際に目の前に立ってみると、その存在がいかにケタ違いなのかが、嫌でも分かる。
間違いない。
化生だ。
それも、私がこれまで出会ってきた中でも特級の――化け物……。
「……っ」
私は緊張に息を呑むと、彼女に気圧されまいと、ずいと前に出て向かい立った。
「糸を引くとはおかしな言い草ですね。彼は私のクラスメイトですよ?
学生が校内で友人と親しくするのは、自然なことじゃないですか?」
そう言って私は怯むことなく、真っ向から彼女と対峙する。
それを彼女は「ふぅん」と、さして興味もなさそうに見下ろした。
そして、つまらなそうに目を細める。
まるで私など、その辺にいる有象無象と何ら変わらないとでも言うように。
彼と一緒にいる時は、あれほど慎ましげに振る舞っていたというのに。今の彼女には、どこか意地の悪い笑みが浮かんでいる。
まるで、隠していた性根の悪さが戻ってきたかのようだった。
これが彼女の本性なのか。
それとも、彼の知り合いだと分かったことで、感情的になっているだけなのか。
まるで分からない。
「…………………」
彼女は内心を微塵も感じさせないまま、ゆっくりと髪をかき上げた。
「それで?私に一体何の用があってここまで連れ出してきたの?
まさか、ただ挨拶にきたというわけでもないのでしょう?」
私のことに興味を無くなったのか、周囲の景色を眺めながら彼女が尋ねる。
その一挙手一投足を慎重に眺めながら、私は静かに告げる。
「単刀直入に言います。彼と別れてください」
「……はぁ?」
突然そんなことを言われ、彼女は理解出来ないとばかりに、引きつった笑顔を浮かべる。
まさか私から、こんなこと言われるとは想像もしていなかったのだろう。
「別れるって、あなた何言ってるの?
さっき自分で友人と言ったばかりじゃない?
彼女でもないくせに、何を偉そうに命令してるの?」
「そうですね。けど、それとこれとは話が別です。
私は彼が他の誰と付き合おうと文句はありません。彼が誰を好きになろうがそれは彼の自由です。
けど、それはあくまで常識の範疇…。
相手があなたであるというのなら、話は別です。
あなたが彼に付きまとうというのであれば、私はそれを見過ごすことは出来ない」
「酷い言いがかりね……。なんだかんだと理由をつけてるようだけど、ようはあんたの僻みでしょう?
彼を責められないからって、私に八つ当たりしないでくれる?」
「確かに……これは私の勝手な八つ当たりかもしれない。
彼を三年近く視てきて、その人柄と在り方から友人以上の感情を持ってきました。
彼が本当にそれを望むのなら私も諦めがついたでしょう。
……けど、違った。彼は変わらなかった。
誰と会っても何と会っても相手を見ようとしない。
誰と友好を深めても自分の内側に入らせようとしない。
いつも自分の内側に籠って、差し伸べる手を躱していく。
私はずっとそれが、彼がただ奥手なものなのだと思ってました。
自分の劣っている部分を相手に知られることを恐れ、隠しているのだと。
けど、違った。あの人は本質的に人という存在を避けたがっている。
誰かの特別になることを極端に恐れている。
意図は分かりませんが、ところどころにそのような節が垣間見えた」
「………………………」
「彼の孤高ぶりは異常だったんですよ。誰も自分とは相容れない。誰も自分とは思いを共有できない。
そんな目をして陰から世の中を眺めている。
何をするでもなく、何を求めるでもなく、ただジッと周りの景色に想い焦がれながら、じっと眺めているだけなんです。
私はそんな彼の特別になりたかった……。
でも、彼はそんな私さえ拒絶した。
感情ない笑みで、その思いをも殺した。彼の笑みはいつも悲しみに満ちている。
……私は彼が分からない。
そんな彼といるあなたも。
彼は何者なんですか?あなたは何なんですか?
なぜ、貴方のような存在が彼と一緒にいるんですか?
私に教えてください。そうでなければこの思いは永遠に晴れず、彷徨ったままだ」
目の前の女へと容赦なく、思いの丈を吐き出していく。
疑問はあった。怒りもあった。けど、なにより不安が大きかった。
それが私にとっての隠せない本心だったから。
その答えを目の前の彼女なら知っているのかもしれない。
だからこそ尋ねずにいられなかった。
私は自分の疑問の答えを求めるように、彼女を見つめる。
「…………」
彼女はそんな私の視線に目もくれず、じっと瞼を閉じていた。
何か染み入るような表情を浮かべて。
「……答えては、くれないのですか。
では、やはり私はあなたを認めるわけにはいかない。
彼がなんと言おうと、私はあなたの存在を見過ごすことは出来ない」
「活きのいいこと。
若いってのはいいわね?
そんな綺麗事を並べて、感情のまま直走って行けるのだから」
「どういう意味です?」
「分からない?ガキだって言ってるの」
「……………………………」
「一つだけ教えといてあげる。
あの子はね、ただの人間よ。
あなたが思ってるような特別な存在じゃない。
普通の……どこにでもいる子よ。
狂って見えるのは、子供の頃にちょっとした事故に遭ったから。
あなたは、それを特別だと勘違いしたんでしょうね。
愛は盲目って言うから。
自分の理想をあの子に重ねて、勝手に特別なモノへと仕立て上げただけ」
「……事故……ですか」
聞き覚えのある言葉に、私は深く頷く。
確かに能力覚醒の条件としてはおかしくない。
そういうこともあるだろう、と。
「彼の心は脆いわ。ちょっとした刺激にも敏感に反応し、心を歪つに歪めてしまう。
どこまでも透明で、どこまでも綺麗な子。
彼を追うつもりなら止めときなさい。アレはあなたの手に負えるものじゃないわ。
ああいう壊れた人間はね、同様に壊れた者にしか扱うことはできないの。
私みたいなね?」
彼女はそう言ってどこか遠い目をした。
遠い昔の彼を思い返すように。
「あなたの言いたいことはよくわかりました。彼の昔に何があったのかも。
それについては感謝します。
けど、あなたは大事なことを話していない」
「……………………………」
「あなたは彼の何なのですか?
何の目的があって、彼に付きまとっているのですか?」
睨むように私は彼女を見据え、糾弾する。
「何って、私は彼の姉よ?
血の繋がりはないけど、実の姉以上に親しく思ってる。
私の目的は彼を幸せにすること。それ以外に興味はないわ」
「けど、あなたは人じゃない。
人じゃないものに彼を愛するなんて、出来るわけがない!」
感情に任せて、つい避けていた言葉を口走ってしまう。
彼女はそんな私の言葉を受けて、堪えきれないとばかりに、
「あっはははははは!!!」
と、笑い声をあげた。
その顔は、心底愉快そうだった。
「……人じゃないときたか。あなた、面白いわね?
そんな風に言われたの久しぶりよ」
「とぼけないで下さい。あなたが普通でないのは、既に分かっているんです。
正体を現したらどうですか?」
カチャリと、背中のギターケースを斜めに傾ける。
「……ふぅ。あなたもおかしなことを気にするのね。
私が普通じゃなければ、なんだって言うの?
愛に境界線なんてないでしょ?
愛とは理性を壊すものなんだから」
「愛……ですか。
それで、彼に憑きまとっているというんですか?
彼を完全に自身の物へ落とし込むために?」
「必要とあらばね」
「本気で、そうお考えですか?」
「嘘なんていわないわ。私はいつだって本気よ」
「………………………」
「それが要件?なら、もう帰ってもいい?
これでも私は忙しいのだけれど……」
「ちなみに……、訊ねますが。
ここ最近の事件はあなたが引き起こしているのですか?」
「……は?事件?
何のこと?
それとこれと一体何が関係してるって言うの?」
彼女はわずかに目を見開き、首を傾げる。
心底知らないというような反応だ。
「関係がないというのなら、それもいいです。
私は真実を知りたいだけですから」
「話の意図が掴めないんだけど?」
「では、言う気がないと?」
「意図の分からないものについて、わざわざ話す必要もないでしょう?」
「そうですか……。
なら……、あなたは私の―――敵だ!」




