診療所で
上層部の方がいろいろ立て込んでいるらしい。
何せ、こう何人も毎週のように犠牲者が出ているのだ。それを揉み消すだけでも大変な重労働だろう。
私たちみたいに討伐を本職とする兵隊とは違い、管理者ならではの気苦労があるに違いない。
……まあ、かくいう私もまた、そんな御上に命じられ今日も今日とて見回りに繰り出されているのだが。
これら事件のせいで、私の一夏は丸々潰されたのだ。とても他人事ではない。
ちっと舌打ちしながら、私は自身の担当区を周っていく。
面倒だといいながらなんだかんだ続けていられるのだから、私も存外真面目だ。
(はぁ……。
これちゃんと給料に加算されてるんでしょうね?)
毎回給料があんな杜撰に手渡されるものだから、疑いたくなる。
今時現物主義っていうのも、どうなのか。
デジタル世代の私としては組織の古い仕来りに眉を顰めたくなる。
そんな私の溜息を聞いてたのか、同僚の円藤が気安く声をかけてきた。
「操もまだ学生の身分だってのに大変だな。まあ、そうしょ気るな。
仕事なんて大抵こんなもんだ。今のうちに割り切っておけば、未来に絶望することもないぞ?」
有難くもない言葉だ。私は「そうですね」と気のない空返事をしながら、つかつかと前を歩く。
正直他人のペースに合わせるのは好きじゃない。
そんな私の愛想のない態度に円藤は、やれやれと肩をすくめる。
そのまま立ち去ろうとする私の背に、円藤が大きな声で声をかけてくる。
「いいか、あんまり無茶すんなよ?
そうでなくても最近のお前は不調続きなんだ。
獲物が現れたら大人しく俺たちに回せ」
「心配いりません。不調の原因はもう、自分で取り除いたので。
今日からはまた皆さんと一緒に働かせていただきます」
「ひゅぅ~~っ。さっすが本庁のエリート。
そんな年で一体、何をどうしたっていうんだろうねぇ。
これだから女って奴は油断ならない」
言いたいことを言い終え安心したのか、円藤は軽口をやめて、大人しく自分指定の区域に向かっていった。
私は彼が去って行くのを見送ると静かに緊張を解き、空を見上げる。
見上げる月は満月で、なんだか気味の悪い色を浮かべていた。
「………………………」
私は言いようの知れない不安を感じながら、夜の街を駆けた。
―――――――
―――――
―――
「……ったく、何をどう扱ったらこんなになるんだ……?」
白衣の女はぶつぶつと文句を垂れながら、苛立たしげに舌打ちする。
そのまま遠慮のない手つきで私の身体を触ると、グイッと包帯を巻いていく。
「……っ、痛ぇな!
どこ触ってんだよ!このヤブ医者!」
私は乱暴な口調で、彼女を睨みつける。
「チッ、そんなに言うなら自分でやれ!
誰が好き好んで女の身体など触りたがるか、ボケ!」
そう吐き捨てるように、女医は悪態をつく。
この口の悪い女は私がかかりつけにしている診療所の医者だ。
いつも不満そうに眉を寄せながらも、面倒くさそうに患者を診ている。
こんな露骨に事件性を匂わせる裂傷ですら、余計な詮索もせず診てくれるのは、こいつがいわゆる闇医者だからだ。
私のような人間は、本来なら個人に専属医をつけられ、仕事面・生活面のサポートまで管理されるようになっているが、私はそういうのが信用できず、自分の信用が出来る者にコンディション管理を任せるようにしていた。
というのも、私には人には言えない悪癖があるからだ。
こいつと知り合ったのも、仕事で何度か世話になったのがきっかけだった。
彼女は気だるげに椅子にふんぞり返りながら、足を組み携帯をいじる。
「いいのか?外で患者が待ってるんだろ?」
「いいわけあるか。お前が来たから、なし崩し的に面倒見せられてるんだろっ。
まったく、あんまり面倒ごとに関わらせるなよ。
ただでさえ、ポリが煩くて敵わないってのに」
「お前がそんなの気にするタマなのかよ。あからさまに人の財布見やがって。
そんなに嫌ならさっさと医者など辞めちまえ」
実際彼女の医療費は通常のレートと違い、異常だ。
それも私たちのような特殊な仕事の人間にのみ限定する特別料金で、通常の診察費の数倍ぼったくられる。
通常の患者なら保険も効いて手ごろな価格になるが、それも彼女のさじ加減で如何様にもなり、態度の悪い客ほど施術も料金も悪くなる。
もしまともな治療を受けたかったら、彼女に逆らわないか他の病院に行くのが賢明だ。
これはこの区域で囁かれる暗黙のルールで、それを知っている者はまずここで事故なんてしない。
ここに運び込まれて生きて帰った者はいないなど、なかば都市伝説まで流れている始末だ。
「はぁ?私が見なけりゃ誰が診るってんだよ。
私はお前たちの命を預かってんだぞ?
大体怪我や病気になる奴が悪いってのに、その対応について素人が一々口出しするな。
本来私が見てやることですら有り難いってのに……、感謝が足りないんだよ」
ぶつくさと文句を言いながら、女は治療を続ける。
いつもながら酷い言い草だ。いかにもエリート気質で、他人を見下して生きてきたのがよく分かる。
人を人とも思わないマッドっぷりは、そんな医者たちの中でも群を抜いている。
こいつがこの街で医者を開業出来ているというんだから、どうも世の中腐っている。
「そんなのは、まともな治療をしてから言えってんだ」
そういう私の愚痴を彼女は「はいはい」と横から聞き流し、面倒そうに眼鏡をいじる。
なんだかんだ言いながらも、ここに通う自分も相当偏ってはいるだろう。
それというのも私の悪癖が原因だ。
さっきも軽く触れたが、私は時々自分の感情の昂ぶりを抑えられなくなることがある。
普段生活する上では支障はないのだが、学校の外だったり異常が漂う機関の中だと別人のように対応するらしい。
特に酷いのが戦闘の後で、戦いの高揚感がしばらく抜けずに小汚い言葉を終始吐き続けてしまうようだ。
そんな欠点を持つ為、私は組織から充てられる専門の医者にかかることを嫌い、
人目を避けるようにこんな町外れの闇医者に面倒見てもらいにきている。
正直、彼女に対しての暴言は何も心が痛まないというものだ。
こういうあからさまに酷い人間に対しては、私も何を気にすることなく自身の悪性を解き放てる。
そういう意味ではここは私の心にとっても、いい清涼剤になっているのだろう。
彼女にしてみれば溜まったもんじゃないだろうが。
それはお互い様だ。
「……それで、今回は一体何をやらかしたんだ?
こんな不細工な傷跡見せてきたんだ。なんか面白い土産でも持って帰ってきたんだろう?」
さっきから気になってしょうがないんだろう。
彼女はそれとなく視線を流し、私の足元に置かれた鞄の中を見る。
「不細工で悪かったな」
私は包帯をそのままに仕方なく立ち上がると、鞄を手にする。
そしてゴトリと例の物が入った瓶を机に置いた。
「ほう」
彼女は興味を惹いたとばかりに目を見開き、瓶に視線を向ける。
「……手だな。
まだ皮膚の色が大きく変わっていない。硬直があることから、斬られて5時間以内といったところか。
しかしキレイなもんだ。スッパリと理想的な切り口で、断面がほとんど傷ついてない。
誰かさんについた傷とは大違いだな」
「茶化すな」
彼女はしばしソレを観察しつくすと、ギシリと椅子の背もたれにもたれかかった。
「これは……人の手によるものではないな」
「ああ。こんなことが出来る人間がいるのなら、お目にかかりたいよ」
包帯をキュッと強引に縛り、私はその場で身繕いを済ませていく。
「しばらくの間、預かっててくれ」
それだけを言い捨て、扉の方へ向かう。
「は?こんな面白いもんを私に見せ付けて、どうする気だ?
言っておくが、私は治すのが専門だぞ?
こんな治しようのない患者の腕、バラす以外に使い道が浮かばないぞ」
気だるそうにそう言う彼女。
その瞳の奥には、爛々と狂気の色が浮かんでいる。
…ああ、こいつならやりかねないな。
物騒なことを言う彼女に、私は呆れて溜息を吐く。
そして、挑むような目で彼女を見下ろす。
「出来るものなら、すればいいさ。たぶん面白いことになるぜ?」
「何……」
「皮膚の色が変わらないのは当然さ。そいつはまだ”生きてるんだからな”」
「………………………」
彼女が揺らしていた椅子が、ピタリと止める。
「……どういうことだ?」
はたから見れば、斬られて5時間ほど経過しているように見える左手。
死後硬直が始まったかのように、既にカチカチになっているのに、その実その手は時を止めていた。
これをただの人間の手と見間違えるのも仕方のないことだ。
「さすがのアンタでも見誤ることがあるんだな。少し安心したよ。
狂ってるのが自分だけかと思ってた」
「……………………………」
「そんな状態の中、何がそいつを生かしているのかは知らないが。
確かにソレはまだそこで生きている。医師としては研究心擽るだろ?」
「どうしてこれを私に?」
「別に。物好きなあんたのことだ、処理が面倒そうな代物も気安く引き取ってくれると思っただけさ」
「……本当に、それだけか?」
彼女は訝しそうな目で、下から私を見据えてくる。
私の意図を測る様に。
「それは言いっこなしだ。私のところにも色々事情があるんだよ。
互いの仕事を詮索しないのが、この世界のルールだ。
……嫌なら、別にそれでいい。他の信頼できるところに持っていくだけだ」
「……信頼ときたか……、お前がねぇ……」
「うるさいな。それ以上、口喧しくいうのなら持ってくぞ」
「待て、そう慌てるな。何も嫌だとは言ってないだろう。
だからこれは確認だ。本当に私でいいんだな?」
彼女の狂気に満ちたまなざしを見て、私はフンッと鼻息を鳴らす。
「ここまでいけば、本当に変態だなアンタ。
良い死に方しないぜ」
「お互い様だ。お前にはいろいろ人外なモノにつき合わされてきたが、今回のは際立って狂気じみてる。
私にはこんな奇怪なモノが生きて動くのを相手にしているお前のほうがよっぽど狂って見えるがね」
「どうとでも言え。じゃあ、確かに預けたからな」
「ああ」
「気が向いたらまた訊ねてきてやるよ」
「その時はもう、これは残ってないかもしれんぞ?」
彼女はくっくっと喉を鳴らす。
もう、こんなマッドドクターなど相手にしてられない。
「勝手にしろ」
そう言って私は診察室を後にした。料金は既に手渡しで済ませてあるので、待合室をそのまま素通りしていく。
外は赤く染まり、夕日が照っている。
隠れるように立ち並ぶ建物の隙間を縫うように、私は大通りへと歩を進める。
そうして歩きながら、私は自分の手の感触を確かめる。
まだ本調子とはいかないか。
……まあ、すぐ落ち着くだろう。
彼女といるとますます自分が黒く染まっていくような気がする。
清涼剤のつもりが、余計な邪気を貰い、私の男口調まで悪化する始末だ。
…配役を間違えたかな。
立場が立場なら、私と彼女は互いを殺すまで食い潰しあっていたことだろうに。
何の因果か、今では互いの愚痴を言い合う関係だ。
ホント、世の中何が転んでどうなるか分からないモノだ。
私は人知れず「ハァ……」と息を吐く。
帰るまで知り合いと会わなければいいのだが……。
しかし、そんな時に限って一番出会いたくないのに出くわす。
「………………」
「………………」
こんな場所で会うなんて、本当に世間は狭い。
「~~~~!~~~~~!」
彼らは何か揉めているのか、通りにいる男性たちに執拗に絡まれていた。
どうにも穏やかな雰囲気ではない。
トラブルだろうか?
「………………」
まだ向こうはこちらに気づいていないようだ。
気づかないのなら、気づかないままやり過せばいい。
私は前を向いていた足を返し、後ろに振り返る。
少し遠回りになるが、止むをえまい。
私は彼と出会わなかった。
彼も何も見なかった。
そうしておこう。
そう、私は心に暗示をかけ、街を歩いていく。
ドクドクと高鳴る心臓の鼓動を必死に落ち着かせる。
彼は一人ではなかった。
隣には彼を守るように例の金髪の美女がついていた。




