話があります
私は自分の気持ちをもう一度はっきりさせるべく、彼を部室の空き部屋へと呼びつけた。
彼はのん気なもので、自分が今どういう立場にいるのか露とも知らず、私の召喚に無警戒に応じた。
「話があります」
私は唐突に切り出す。
彼は、そんな私の威圧に今頃気づいたのか、途端に身構えた。
「もう一度訊ねますから、今度ははぐらかさないように答えてくださいね?
新宮君は私に何か隠してることがあるんじゃないですか?」
「え……?」
突然の問いに、彼は驚いて眉をひそめる。
何を言われてるのか分からないと言った様子で、思案を巡らせている。
私はそこでいったん言葉を止めると、じっくりと彼を見定めるように見つめた。
無言のまま向けられる私の視線に耐え切れなくなったのか、彼は弱弱しく疑問を口にする。
「隠すって……何を?」
「解らないのなら、それもいいです。私はただ尋ねるだけですから」
「……………………」
「訊ねたいのはいくつかありますが、そうですね。
まずは先週に校門に来てた彼女について尋ねましょうか」
「……ちょっと待ってよ。これって一体何なの?
いまいち話の意図がつかめないんだけど」
私はピクリと血管を浮き立たせ、更に笑みを強める。
それを私に言わせる気ですか、この男は……。
「知らなくてもいいですよ。言って分かってもらえるとも思いません。
そうですね。どうしても答えが欲しいというのなら、単純に僻みです。
私はすごく新宮君に対して怒ってます」
「……………………っ」
そんなことを言われたら、心の弱い彼は縮こまるしかない。
私は彼が怯んだのを見て話を続ける。
「では、始めますね。
先週、新宮君と一緒に校門にいた彼女は誰なんですか?」
もう答えを言ってるようなものなのに、あえて私はそれを聞いた。
彼自身から直接答えを聞きたかったから。
「……先週って、彼女のことだろ?
彼女は彼女だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「………………………」
ああ……、と一瞬天井を仰ぎたくなる気持ちをこらえながら、私は絞り出すように彼に尋ねる。
「それじゃあ先週のあの女の人は、新宮君の彼女ということでいいんですね?」
「……え?」
一瞬何を言ってるのか分からないように彼は「う~~~~ん」と腕を組むと、ハッと気づいたように声を荒げる。
「違う違う違う!!
彼女は彼女だけど、僕の彼女じゃなくて……っ!
彼女……、え~と、あの人は僕の姉さんなんだよ!」
「……お姉さん?」
突然のことに理解が追い付かず、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
しばらくその言葉の意味を頭の中で反芻すると、私は恐る恐る彼へと尋ねた。
「新宮君のお姉さん……ですか?」
「そうそう……っ!彼女じゃないよ!
そんなの僕にいるわけないじゃないかっ!?」
そう断言すると、彼はドカッと椅子に腰を下ろした。
その自信がどこから来ているのかはあえて聞かず、私は彼を見つめ返す。
「……それで。他に、何かあるの?」
ジトッとした目で私を見る新宮君。
尋問みたいなことされて気分を害したのだろう、少しふてくされたようにしている。
けどふてくされたいのは寧ろこっちの方だ。ホントに傍迷惑な男。
私は自分の不満をグッと飲み込み再び彼に尋ねた。
「その彼女……お姉さんのことについてなんですけど」
「姉さんがどうかしたの?」
「ええ……。彼女について、何か聞いてませんか?」
「…………………………。
……それもさっきの続き?」
しばらく思案した後、彼はそう返す。
いじけた彼は、何だか子供みたいに感情的な態度をしている。
「はい……。言いたくないのであれば、言わなくても結構ですが………」
いつにない彼の頑固な反応に調子を狂わされ、私は語気を弱めてしまう。
そんな私のしおらしい態度を見て溜飲が下がったのか、彼は顔の険を解き普段の柔和な表情を浮かべる。
「……いや、誤解が融けたのならいいんだ。僕もつい感情的になってしまった。
大人げなかったよ。ごめん」
「いえ……こっちこそ……」
互いに平謝りをし顔を見つめあって、やがてふふふと二人で苦笑する。
なんだかすごく馬鹿馬鹿しい。
二人で勝手に勘違いして、怒って、謝って。
これでは道化ではないか。
彼もそう思ったのだろう、いつもみたいに空っぽな笑いを浮かべて、場を和ませる。
「姉さんについては僕もあまりよく知らないんだ。最近になって、再会したばっかりだから。
これまでどこで何をしていたのか全然知らない」
「……そうなんですか?」
「うん。コンビニの前でバッタリと出くわしてね、それからの付き合いだよ。
さすがに学校まで押しかけてきた時は戸惑ったけど、でも、あの人らしいっていえばらしいよね。
本当、こちらの都合を考えないんだから…」
どこか遠い目をしながら、苦笑するように話す彼。
姉のことを思いだしているのだろう。その表情は、どこか寂しげだった。
私は彼のいつにない反応に目を細めると、注意深くその様子を窺った。
(知らない……はずなんてない。だって彼女はあんなあからさまに分かる形であなたを……)
浮かんだ言葉を、私はううんと頭を振り飲み込む。
「そうですか。おおよその事情は分かりました。
なんだか問い詰めた形になってすみません」
「あははは。べつに気にしてないよ。
考えてみれば、学校に関係ない人を連れてきたら、誰だって驚くだろうしね」
「そうですよ。ほんとそういう行動は控えてくださいね?
いつか手痛いしっぺ返しにあいますよ」
「もうこれでもかってくらいに経験したよ……。みんなも、ほっといてくれてもいいのに……」
相当そのことで周りから質問攻めに遭ったのだろう。彼は心底ぐったりとした様子で肩を落とす。
そりゃあ、感情的にもなるか。ご愁傷様である。
「でも、話が聞けてなんか安心しました。
てっきり夏の誘惑に負けて、先日の女性と遊び惚けてたのかと心配しましたから」
「そ、そんなことしないよぉっ!」
慌てたように手をばたつかせる彼を見て、私はクスクスと笑う。
……もっと普通にすればいいのにな。
ふと、そんなことを思う。
彼を見てると昔の自分を映し鏡で見るようで、痛い気持ちにかられる。
本当にどこまで自分を隠し通し続ける気でいるのだろう、彼は。
彼女を見た後で、より一層その気持ちが強まった。
この男はやはり周りとは違う。
その事実が分かり、私の心が途端に冷たく乾いてくるのを感じる。
彼女の存在が今後私たちにどのような影響をもたらすのかは知らない。
けど、私はこの出会いをけして離してなるものかと、そう心に強く誓うのだった。




