幕引きなき終幕
大地が揺れ、洞窟内が軋みを上げる。
彼と彼女の幻想が壊れたことで、世界が自身の異変をようやく認識したのだろう。
空いた空白を埋めるよう世界が急速に動きだしていく。
異常はこの街を限定したものだったが、それでも世界に及ぼす影響は大きかったのか、このような異常気象で清算を断行したようだった。
早くここを立ち去らなければ、彼女達だけでなく自分も崩落に巻き込まれ生き埋めとなってしまうだろう。
だというのに、私は動かなかった。
この世のすべてがどうでも良かった。
大義を失くし、戦う目的を奪われ、生きる衝動を失くした私は魂の抜け殻だった。
今更この身を大事に生かして、何になるというのだろう?
私を突き動かしていた生への執念は、全てあの女に勝つために捧げていたモノだった。
それがあのような形で決着をつけられ、うやむやにされたのだ。
このまま生き延びたところで、魂は亡者のように行き場を失くし、さまよい続けるだけ。
それならいっそ、このまま消えてしまった方がいい……。
「……………」
いずれ来る滅びに私はさして興味を抱かずただ茫然と立ち尽くし続ける。
どれほどの時間そうしていただろう。
気づくと円藤が近くに駆け寄り、声をかけてきていた。
「功刀!ここにいたのか!?」
「…………円藤」
「何をボーっとしている!さっさとここを出るぞ!死にてえのか!?」
「しかし、私は……」
「御託はどうでもいい!とにかく足を動かせ!
愚痴は後でいくらでも聞いてやるから!」
そう言って彼は腕を取り、引っ張る。
私はその腕に誘われるまま、その後に続いた。
駆けながらふと後ろ髪を引かれ背後に振り返ると、そこに彼らの姿はなかった。
始めからそんな者いなかったように、辺りはがらんとしている。
「……………」
私はそんな光景を呆然と眺め、円藤に引かれるまま駆けていく。
落石がいくつも落ちる中、私たちは洞窟を直走る。
前方が彼、私が後ろ。
特について行く理由もなかったが、拒む理由もなかったので大人しくついて行った。
洞窟を走る間二人に会話らしい会話は無かった。
ただ黙々と出口に向かって走るだけ。
彼から質問をぶつけられたところで答える余力はなかったので、むしろ好都合だったが……。
そうして無言のまましばらく走り続け、洞窟の外へと出た時、円藤が言葉を失う。
「なんだこりゃぁ……」
彼は空を見上げ固まっていた。
私も彼の後を追い空を見上げると、そこに虹色のオーロラが幾重にも折り重なる様に浮かんでいた。
それら光の帯は何かの映像を流すスクリーンのように、ちかちかと場面を切り替え瞬いている。
彼の記憶?いや彼女の記憶の痕跡か?
それら光の集合体は街から上っていく光の粒を頼りに夜空にゆらゆらとゆらめいていた。
恐らく街の住人達から彼女たちがいた数か月の記憶だけごっそり吸い上げているのだろう。
これまであった異常や神秘をなかったことにするように。人々の記憶から痕跡を消していく。
街にいた灰色の表情をした人間たちからヴェールが解かれ、意識が覚醒していくのが想像できる。
この街は1か月近く、人々を包む瘴気が濃かった。
解放されたことで戻る人々の反動は大きいだろう。
けど。それも一瞬のこと。
すぐまた理性を取り戻し住民は元の日常に戻っていく。
街で起きた不思議な現象も忙しい日常に忙殺され、夢のように塗りつぶされてしまうだろう。
「……………」
消えていく。これまであった何もかもが。
回帰していく。いつもの日常へ。
そこにいた少年と女の存在を消し去って。
こうして街を見下ろす私たちの記憶さえ、いつかは露となって消えていくだろう。
コレはそういう奇跡だ。
盲目でなければ幻想は実現できない。
秘匿されなければ神秘は形にならない。
どんなトラブルが発生しても良いように、彼女は街中に霧という目隠し(ヴェール)を施したのだ。
万に一つも手違いは起こり得ないだろう。
どれほどの力があればこれだけの奇跡を生み出せるのか、戦い専門の私には想像もつかない。
それでも起きたんだ。私の目の前で。
彼ら(彼女ら)の小さな奇跡が成し遂げられた瞬間を。
確かに彼らはその時、この場所に存在していた。
…思えば最初に彼女と戦った時もそうだった。彼女の神秘の隠蔽は徹底していた。
自分だけでなく私にまで気を回し、街への影響を減らしていた。
異能力を秘匿する私たち組織の人間よりもよっぽど慎重にだ。
円藤に言われたからではないが、彼女も彼女なりにこの街の治安を守ろうとしていたのかもしれない。
今更ながら、そんなことを考えた。
そんなことを私が思っていると、円藤は空を見上げふと感想を零す。
「綺麗だな。功刀。
こんな不思議なことがこの世にはまだあるんだな。
神秘なんて俺たちの内側にばかり広がっているものと思っていたが、なかなかどうして世界は広い。
こんな力を使うものがまだ日本にいたのだから」
「………………」
「お前が何を焦り、何を追いかけていたのかは知らない。
お前にも自分の成し遂げたい事情があったんだろう。
そこについては俺もとやかく言わねえよ。
ただな、もう少し周りを頼ってくれても良かったんじゃないか?
俺たちは確かに個人主義で皆ライバルみたいな関係だがよ、同じ仕事場の仲間であることには変わりないんだ。メンタルや体調に不安があるなら、言ってくれれば調整くらいする。
それが職務に関係あることなら猶更だ。
万全を期するためにも、ホウレンソウを重視するべきだろう。
そうすりゃ、こんな形でぶつかることもなかったんだから……」
「………………」
「第一よく考えてみろ?
こんなすげぇことする奴が、あんな人間の小さな事件ごときに深く関わると思うか?
それこそどうでもいいって思うだろう。
そんな面倒なことしても何の益も無いんだからな。
アレはいわば……イレギュラーみたいなもんだ。
人にはどうしようもない災害みたいなもの。
まともに相手にしようとするな。
そうしなきゃあっという間に世界が天変地異で飲み込まれちまう。
触らぬ神に祟りなしってやつだ」
「………………」
「……問題があるとすれば、寧ろ坊主の方だ。
アレの能力の方が、今回は酷かった……。
一連の記憶障害の事件も殆どが絡んでいたんだからな。
それもあって、奴さんには協力を願い出たんだが……、
お前が出てきた為にオジャンだ。
ま、結果的には上手くいったんだし、なるようになったんじゃないか?
というわけで、これ以上首を突っ込んでも何も得る物はないぞ?
悪いことは言わない。やめとけやめとけ」
そう言ってしっしっと手を払う円藤。
言いたいことを言い終えたのか、スッキリした表情で空を眺めている。
視界に広がる神秘を少しでも記憶するように、全身で感じているようだ。
彼にしてみればこの現象も、ただの綺麗な奇跡にしか見えないのだろう。
どういう理屈で起き、何の為に発生させたのか、その詳細の半分もたぶん知らない。
けれど、そんなことに関係なく目の前の光景は見るに値するもののようだった。
「………………」
私も彼に合わせるようにもう一度空を見上げる。
そうしてしばし眺め、目を閉じる。
「……どうでもいいです。そんなの」
そう言って私は彼に背を向ける。
誰が悪かったとか、何が原因だったとか。そんなことはもう今更だ。
神秘も神も関係ない。
私にとって大事なのは、この手で敵を屠ることだけ。
倒す敵がいないのなら、そこに興味はない。
どれほどの奇跡を叶えようと、戦えないモノに意味はないのだから。
そうして私がその場を去ろうとすると円藤が止める。
「おい、どこに行く気だ?本部はそっちじゃないだろ?」
「……………」
「もしかして帰らないつもりか?
命令無視のこと気にしてるんだったら、俺が口裏合わせておく。
あまり気負うな。みんなだってきっと、心配してるぞ?」
「今更どの面下げて戻れというんですか。
私は組織より自身の私情を優先したんですよ?
みんなが許しても私が自分を許せません。
仮に今戻っても、前のように仕事に従事することは出来ないでしょう。
私の執行者の職務はこれで御終いです」
「だからって、これからどうするんだ?
生きていくには金がいるだろう?
学校だってある。一人じゃどうやったって限界があるぞ?」
「学校にはもう行きません。あそこで学ぶことはもうすべて学び終えましたし、必要な単位も取り終えましたから。
しばらくはフリーの掃除屋として活動していこうと思います。
幸い、伝手もありますんで」
「……そうか。ま、お前がそう決めたんなら俺も何も言わないけどよ。
ただ、もし助けが要りそうならいつでも相談に来いよ。
歓迎するから」
「はい」
「本当に遠慮するんじゃないぞ!?どんな軽いことでも遠慮なく頼れ!
お前はいつだって俺の同僚だ!
お前にはそれを言うだけの資格がある!
困ったことがあったらいつでも言え!いいな!?」
円藤の言葉を背中に受けながら私は夜の街に溶けていく。
しばらく一人になりたかった。




